第28話 契約と交渉
「5割……ですか……?」
聞き間違いではないかと思い聞き返す。さすがに5割はないだろう。製薬会社みたいに開発に巨額の資金を投じてるわけでもないし。
「ええ、設備などを全て用意していただくわけでないのでしたらさすがにアーティファクトみたいに9割となるとこちらも厳しく……」
9割? この世界の特許はどうなってるんだ?
「はぁ…… 5割というのは安めなんですかね? ちょっとこういうことには疎くて」
「ええ、私も特許契約など初めてですし詳しい契約内容は商業ギルドの人にも仲介に入ってもらって決めることになりますが大体特許料は利益の7~5割程度が相場かと思います、これほど大きい物を独占するとなると……」
そういうものなのか……
これは技術が保護されているということか? この世界の文化レベルにしてはできすぎている気がしないでもない。
まあどこの世界にも天才とかそういった類いの人間はいるのだろう。案外この文明レベルも魔道具が便利すぎるせいだったりして。
しかしまてよ、独占といったな、ここで5割もらう場合、この技術はここの炭鉱会だけが使うことにならないだろうか。
たとえば割合を半分にしたとして倍広まればトントンなのだ。その方向性というのはアリではないのか?
それでは炭鉱会の人は納得しないだろうがそれならそうで他に利権をあげればいい。代理店みたいな感じで。
「ええと、ちょっと俺に考えがあるんですけど、手続き的にいいのかわからないので商業ギルドの方がいるときに話すことはできませんか? 実現すれば特許料はもっと安くなりますしそちらもさらに利益を得られる可能性も高いです」
「そ、そんな方法があるんですか? こちらとしては利益が出るなら構いませんし欠陥があるようならお断りさせていただくかもしれませんが提案自体は構いません」
「ではそれでお願いします、今からで大丈夫ですか?」
「あ、炭鉱会会長を呼んできますので待っててください」
そういって炭鉱会の人は走って行ってしまった。
イググさんは相変わらずコークス炉のあたりで何かしている。
しばらくして元気そうな初老の人族の男とさっきの人がやってきた。
「5割より安く、とか聞いたが本当にいいのかね? 正直5割というのでもかなり安いと思ったのだが」
「はい、でもちょっと特殊なシステムになるので詳しい説明は商業ギルドの人がいるときでいいですか? 同じことを2度聞かされるのも退屈だと思いますし」
「いいだろう、商業ギルドの人間と一緒に行くことにする、今からでいいかね?」
「私は構いませんが商業ギルドの人のほうは大丈夫なんですか?」
アポなしで突如新しい契約を持ち込まれても困ると思うのだが……
「それは大丈夫だろう、あいつらはフットワークの軽さが命だからな、何か大きなことがあったとかでも無い限りは何人かはいるはずだ、もちろんくだらない案件だと判断されたら後回しにされるが木炭に代わる精錬用燃料ならそれはない、この街で特殊素材関連を除けばトップクラスの大事件だろう」
「特殊素材関連はそういった大事件になるんですか」
「高い素材はものすごく高いからな、十年くらい前に亜龍の素材が一部持ち込まれたときとかな。最近メタルリザードが丸々1匹運び込まれたとか言うデマが流れてるが本当なら亜龍までは行かないが大騒ぎだ、まああんな馬鹿でかいもん運び込んだらいくら関係者の口が堅くても誰かしら気付いて騒ぐに決ってるし間違いなくデマだろうがな」
すみません、それデマじゃないです。俺がアイテムボックスで運び込みました。
今のところ金にはそんなに困ってないので市場を混乱させることは無いと思います、多分。
「ソ、ソウデスカー まあそれなら問題ないですね、早速行きましょう」
「そうしようか、コークスとやらを発明したお前の特許に関するアイデアとやら楽しみにしているぞ」
すみません、コークス発明したの俺じゃないです、昔の偉いひとです。
何か心の中で謝ってばかりだ。何も悪いことはしていないが。
炭屋さんと一緒に炭鉱会長さんについていく。
少しして商業ギルドについた。冒険者ギルドとは違い白っぽく清潔感のある感じの建物だ。
中に入ったが冒険者ギルドのようなカウンターではなく、大学の研究室棟みたいな場所に小さな受付らしき物が着いたような場所だ。
受付らしき場所にはエインの冒険者ギルド同様女性が座っている。
とはいっても冒険者ギルドのような人当たりの良さそうな感じの受付嬢ではなく、性格がキツそうな顔の人だ。現代日本ならメガネをかけて秘書とかをやっていそうな感じだ。。
「特許契約に関しての商談に来た、仲介を頼む」
「何に関しての特許契約の件でしょうか」
「木炭より高温で燃え、木炭より安上がりな精錬に使える燃料に関しての特許だ」
「なっ……!? ……炭鉱会でそんな物が開発されたんですか?」
「いや、開発したのはそこの少年だ、だが使えることに関しては確認している、でなければここには来ない」
少年呼ばわりか。日本人は童顔に見えると言うが。
しかしこっちでも日本人っぽい人間を見た気が……。
「まあ、嘘をつく理由もないでしょうしどの程度実用段階なのかはわからないとはいえ重要案件であることに間違いはないレベルですね、仲介を連れてきます」
受付さんは多少取り乱したがすぐに復帰し、見た目通り忠実に職務を果たし始めた。
仲介は若い男、やはり人族だ。ドワーフメインの街だというのに人族とばかり話している気がする。
やはり仲介に限らず交渉やらがメインとなる仕事は人族任せなんだろうか。
「仲介に入ります、カイチといいます、よろしくお願いします」
あ、そういえば特殊な契約になりそうなんだけどこの人で大丈夫なのかな……
ダメならダメでそのときに考えればいいか。
「カエデといいます、お願いします」
「知っていると思うがガインタだ、よろしく頼む」
カイチさんに連れられて研究室っぽい部屋の一つに入る。
カイチさんは最後に部屋に入ると俺たちに座ることを促しながら何かの魔道具を操作し、最後に席につき、口を開く。
「本日は特許契約についての仲介とのことで、特許のシステムについては説明が必要でしょうか?」
俺はこの世界の特許制度について詳しく知らない。元の世界でもそんなに詳しくは知らないが。
聞いておいた方がいいだろう。
「みなさんがよければ、一応説明をお願いします」
炭屋さんとガインタさんがうなずく。非常識だとか思われていないようだ。
「では説明します、特許というのは利益、もしくは売り上げのうち何割など、場合によってさまざまですが、特許を使う側が特許を持つ側に決められた額の金、まれではありますが物品など、特許料を払うという制度で、新しい技術や製品の開発者、それからアーティファクトの発見者などを保護するための制度です。不正な手段で特許料の支払いを回避しようとした場合は厳しく罰せられます、一般的に金銭の場合は小型魔石アーティファクトで利益の9割、新規技術については8割から5割程度となっています。この額は交渉によって決められますが、相場は技術によってどの程度の付加価値がつくか、その技術なしで商売をする場合どの程度の利益を生むかによって決る傾向があります」
ふむ……
交渉か、幅広く広めるならこれは邪魔になりそうだ。
「大体分かりました、ところで交渉なしで特許の契約を作るというのは可能でしょうか?」
「可能も何もそれでは価格が決らなくて契約のしようが無いと思いますが」
「ああ、言い方が悪かったかもしれません、たとえばこちらからあらかじめ『この技術を利用する場合それによる利益の5割をもらいます、その範囲でなら勝手に使って構いません』とか、そんな感じのことを宣言する感じです」
「ええと…… それはちょっと私には判断しかねます、支部長を呼んできます」
慌てた様子でカイチさんが出て行き、ほどなくいかにも商人って感じの小太りの男が入ってきた。
「こんにちは、私は商人ギルドエレーラ支部長のナイアキといいます、特殊な特許契約をお望みだと聞きまして、詳しい説明をお願いします」
「はい、まず私が受け取る利益ですが3割程度にしたいと思います、そして1割を炭鉱会に、1割を炭屋さんに、といった感じで配分したいと思うのですがどうでしょうか」
「特許を利用する側が金をもらうのかね? 特許料を安くするのと何が違う?」
「いえ、大事なのはこれからです、炭屋さんと炭鉱会さんにこの技術を広めてもらい、それによって得た利益の一部を俺がもらい、残りは炭鉱会さんと炭屋さんに分配する、といった感じです。これならこの技術の使用者が増えれば私も炭屋さんも炭鉱会も潤いますし、技術も発展します。技術が発展するのは広めてこそですから」
俺が高炉やら色々提案したほうが発展する気はしないでもないがそこまで時間をかけるのはコークスが広まってからのほうがいいだろう。
地球ではコークス製鉄とセットで広まった気もするがこっちではそれなしでもコークスで製鉄できるみたいだし。
ナイアキさんは黙って考え込んでいたが、ふいに顔を上げる。
「確かにそれはいいシステムですね! しかしそれでは価格競争が激化しすぎてしまう可能性があります、技術が高い利益率を維持できるのは独占、寡占あってのことです」
「それもそうですね…… ではたとえば1キロ当たりの定価を決め、1キロあたりいくらといって特許料を取るのはどうでしょう。そうすれば価格ではなく、質での勝負が行われるようになります。どっちが勝ってもこちらは損はしませんし質の悪い物が駆逐されてこちらとしては競争してくれた方がありがたいくらいになります」
「それなら問題はなさそうですね、ミヤスさん、ガインタさんはさっきから黙って聞いていますが大丈夫ですか?」
「私はそれで構いませんね、ウチの規模でやるには限界がありますしね」
「俺も構わん、炭鉱は掘られてないのが多いだけでここよりでかい場所はいっぱいある、ここだけで独占するというのは無駄というものだ」
二人とも了承してくれたので話をまとめにかかる。
「では、かかるコストから定価を決め、それから契約を結ぶので構いませんか?」
「あー、できれば3日ほど待っていただけるとありがたいですね」
ナイアキさんが申し訳なさそうに言い出す。
「さすがに一支部長が判断できる案件じゃありませんのでギルドマスターに連絡をしなければなりません、急いで情報だけをやりとりしてとりあえずの許可を取るのにもそのくらいかかるかと…… 金属の生産量が増える可能性がある技術となると他にも色々と話を通さないといけないところが……」
お役所みたいだな。実際お役所みたいなもんか。
月単位、年単位でかからないだけお役所にしてはフットワークが軽いとさえいえる。
そのままギルドを出て今日は解散ということになった。
そのまま宿に帰って寝ることにしたが、寝る前にステータスを確認したところMP上限が1増えていた。
レベルが上がらなくても成長する物なのだろうか。