第22話 宴と鋼板
「スミサが助かった! 宴会やるぞ! 酒もってこい! ……ん? 客か? 悪いが今日は店じまいだ。また明日あたり来てくれ」
そう言って工房の外に追いやられてしまった。背後でドアが閉まる。
女の子を助けたらその親である店主に店から放り出されるとは何事か。現代日本なら事案が発生とかになる可能性もあるしましなほうなのか?
ソンなことはないだろう。間違いない。ドワーフには工房にいる人間を追い出す習性がある。
追い出されてしまっては仕方がないので宿を探すことにしようか。
しかし宿を探すにしてもいい宿かどうかは判断しようがない。衛兵さんに聞くか。
門に行くとギルドカード確認の時の衛兵さんが先に話しかけてきた。心持ちさっきよりフレンドリーだ。
「装備の調達はうまくいきそうかい?」
「あー……、たぶん明日以降になると思います。工房から追い出されちゃって……」
「ん? 工房から追い出された? 値切るか何かしたのかい?」
値切りはおろか交渉さえしていない。
「いえ。スミサちゃんの親御さんの工房だったみたいで『宴会だ!』とか言って追い出されちゃったんですよ」
「スミズさんの工房かい? 何か魔法関連の素材でも使うのかい? まあそれはいい。話しかけたのは礼がしたいし君もスミズさんの家での宴会に参加しないかと誘っておいてくれと言われたんだ。どうする?」
ドワーフの宴会か……。
ゲームとかのイメージだとドワーフってやたら酒に強いイメージがあるがどうなんだろう。酒もってこいとか言ってたしそんな気がするな。
元の世界で俺は酒に関しては強くも弱くもなかったが今はどうなのだろうか。疲れずに走れるが食事の量はべつに変わっていない。こればっかりは試してみないとわからないな。
そのためには参加するのが一番だ。ついでに加工も頼めるかも知れない。
「行きます」
「そうか。場所はわかるな? 名前は伝えてあるから勝手に入って近くにいる酔っ払ってなさそうな奴にギルドカードを見せればいい。それで対応してくれるはずだ」
「わかりました。行ってきます」
ずいぶんとアバウトだな……。
魔法関連の素材がどうとか言っていたがメタルリザードの装甲は魔法関連の素材なのだろうか。思いっきり物理系って感じがするが。
再度工房に戻ってきた。ドアに鍵はかかっていない。工房に入ると横の方にドアがあってそこから声が聞こえる。入ってみるとスミズさんがいた。
「すみません、宴会に誘われてきたのですが」
「あ? お前はしばらく前の客じゃねえか。もしかしてカエデってのはお前か? 確かに言ってた通り冒険者にしては華奢だな、娘を助けてくれてありがとな」
ついさっきだが……
ともあれスミズさんが話しかけてきた。息は酒臭いが酔っ払いと言った感じはしない。
スミサちゃんは奥の方で女性達と飲んでいるようだ。酒かジュースかはわからないが。
「はい、魔法も使いますし体はそんなに鍛えてませんから」
そう言ってギルドカードを見せる。
「魔法を使うのにウチの工房にきたのか? まさかスミサ目当てか?」
スミズさんの目が胡散臭いものを見る目つきになってしまった。別にやましいことはないのに。
「いや、そんなことは……」
「確かにスミサの杖はいいのが多いが杖ならわざわざ注文しなくても実用本位のやつなら大体はあるぞ? それともなんか特殊なのがほしいのか?」
……べつになにもやましいことはかんがえていませんよー、杖のことを言ってただけですよー。
「いえ、剣も使うんですよ。それでメタルリザードを倒したのがアイテムボックスに入っているのですがそれを使って剣と防具を作ってほしいんです。あとたぶん加工代が足りなくなると思うのですが、その分はメタルリザードメタルを買い取っていただけると聞いたのでそうお願いしようかと」
代金を装甲で払うのはもしかして値切りになったりしないだろうか……。
「おう、メタルリザードメタルは買い取ってるがメタルリザードの装甲はどのくらいある? アイテムボックスってことは100キロやそこらか?」
「いえ、死体が丸々1匹入っています。俺のアイテムボックスは容量が大きいですしメタルリザード自体も自分で倒したものなので」
「メタルリザードを一人でか、剣なんて必要ない気がするがなんか事情があるんだろ。金は装甲の買い取りで加工してやる。まあ飲め!」
そう言ってスミズさんはこちらにどこからか取り出した木製のジョッキに注がれた酒をこちらに渡す。
言われるままに一気飲みしてしまった。度数はそこそこ高い感じがするが別に酔った感じはしない。
そのまま勧められるがままにガンガン飲んでいったがいっこうに酔う気配はなかった。
数時間後、部屋には酔いつぶれた人たちが大勢寝ていた。
俺は別に酔ってはいなかったが、起きている理由もないのでそのまま眠りについた。
ちなみに、この世界の人間は酔っても吐かないようだ。女性もいたので吐くのを見ずにすんでよかった。
翌朝、鐘の音で起きるとまわりではすでにほかの人たちが働き出していた。
工房の方からも鉄をたたくような音が聞こえる。
スミズさんもいなかったので工房の方を見に行ってみる。スミズさんは工房でほかの人たちに指示を出していたようだ。
一段落ついたらしいところで声をかけてみる。
「すみません、メタルリザードはどうしたらいいでしょうか」
「おう、メタルリザードか、昨日のうちに大処理場をとっておいたからそこでとりあえず処理するぞ、ついてこい」
そう言われたのでついて行く。ほかにも5人ほどついてきているようだ。
到着したのはだだっ広く、周りを低い壁で囲われた場所だった。ただし地面は石造りで草は生えていない。
「ここはこういうでかい奴を処理するための場所だ。ただでかい魔物をここまで運ぶ手段を考えてなくてな、今は普通に解体所としてたまに使われる程度だったんだ。とりあえずそこにおいてくれ」
そう言ってスミズさんは処理場の真ん中あたりを指さす。
俺はそのあたりにメタルリザードを出した。
「んじゃあ処理始めるぞ、メタルリザード倒したってことは火魔法使えるよな?」
そう言いながらスミズさんはメタルリザードの口をこじ開ける。
「はい、使えますけどどうするんですか?」
「メタルリザード処理は初めてか。そのまま鎧をはがすのは難しいっつーか無理だし装甲だけ切り取るとか論外だからな、内側を燃やし尽くして装甲だけにするんだよ。そうすれば装甲が簡単にパーツごとに分かれる、ってことで適当に口の中に突っ込め」
そんな方法で解体するのか。
しかし脚あたりはともかく背中あたりの装甲とか大きい一枚板で軽く100kgを超えそうな気がするがどうするのだろうか。
そう思いながらも火の玉を適当に作り出しながら口の中に突っ込む。
50個ほど突っ込んだあたりでメタルリザードはしっかりと燃え始めた。通気性が悪そうなのにかなりの勢いだ。
「すげえ魔力だな、今ほどの火をあの速度で連射できるなら一人でメタルリザードが倒せてもおかしくねえな、最低でもBランク、多分Aランクの実力はアルだろうが何で剣や鎧が必要なんだ?」
「魔法も使えますがソロですので前衛に守ってもらって魔法を撃ったりはできません。20cmくらいの杖でも魔法は実用的なレベルの速さですし剣で戦いながらでも魔法を使えますのでもっといて損はないって感じですかね。鎧も一人で前衛と後衛を兼ねますし鎧があっても集中が乱れたりはしないのでこれもあっていいです」
「そうか、聞いたことねえ話だがなんとなく嘘には見えねえな。20cmとはずいぶん短いが杖はどんな材質の使ってんだ?」
「えーと、普通に街で買った奴です」
「特に何も書いてなかったなら鉄芯に銅皮とかだろうな。だいぶ金はかかるがもっと速くなる杖が作れると思うがどうする? ……っと、焼けたみたいだぞ」
見るとメタルリザードは崩れて金属製の部品が地面に積まれているような感じになっていた。しかし最初の見た目ほどの量はない。縮んだりのだろうか。熱すれば膨らみそうなものだが。
背中の装甲板は1枚に見えたが実は50cm×70cm程度の長方形の装甲板がくっついたものだったらしい。使いやすそうだ。
まだ熱いようなので冷めるのを待ちがてらさっきの杖の話を続ける。
「杖の材質によって魔法の速度が変わるんですか?」
「ああ、そうだぞ。詳しいことはスミサにでも聞いてくれ、杖ならスミサの方が詳しいからな。俺は武器やら金属製の防具やらが専門だ。特にうちでは魔法使いと組んで魔法的な処理が必要な素材とかがメインだな」
そういえばそんなことを言っていた気がする。メタルリザードのどこが魔法的なんだろうか。
「メタルリザードの装甲に魔法的な要素は見当たりませんけど魔法的な処理が必要なんですか?」
「ああ、そのままじゃ叩こうが熱しようが曲がりもしないからな、そこで魔道具の出番だ、魔法で魔力を抜いた水にしばらく晒すと装甲から魔力が抜けて熱した鉄くらい柔らかくなるんだ、それを手とかで触らないようにして魔法的に絶縁した道具で加工した後に魔力を込めれば元の硬さに戻るのさ」
そんな方法で加工するのか。熱しても曲がらないってどういうこと? 熱膨張って知ってるか?
「それは大変そうですね。何か手伝えることとかありますか?」
「いや、結構経験とかが必要な作業だからな、素人に任せるわけにはいかねえ。代金は鎧も併せて適当に余った素材から2キロくらいでいいか?」
「大丈夫です。杖を作る場合それもメタルリザードメタルで大丈夫ですか?」
「かまわねえぞ、性能がいいし最近入ってなかったからな、作っただけ売れるし現金でもらえるよりもむしろありがたいくらいだ、加工には多分1週間以上かかるから杖がほしいならその間にでも説明してもらえ」
どうやら交渉成立のようだ。