第19話 準備とツバイ
エレーラまではここから馬で10日ほどかかるそうだ。俺の走る速度も大体馬と同じ程度と考えていいと思う。
まず3日ほどかけてツバイ街へ行き、そこから7日ほどかけてエレーラへ行くことになる。
エレーラとツバイを結ぶ道はエレーラの金属製品などを運搬するためによく整備されていて道中には宿もあるが、街となるとエレーラの付近及びツバイ街の付近に村がいくつかある程度でその間にはほとんど人が住んでいないらしい。宿は物資の運搬など、宿を経営するのがあまり楽だとは言えない場所に無理やり立てているので高い上に食事は運搬、保存性を重視したものでまずくはないが塩味がかなりきついらしい。まあ地球のジャンクフードで慣らした俺には楽勝だろう。四川料理みたいな辛さのが出てきたらさすがに困るが。
逆にエインとツバイを結ぶ道はあまり整備されていない上、宿もないため野営になるらしい。一人での野営というのはきつい、というか警戒ができないため普通は不可能だが触板を使えばなんとかなるだろう。
ツバイ街はこの辺りでは特に大きい街で、もし俺がメタルリザードを討伐できていなかったらおそらくここへ使いを出すことになっていただろうとのことだ。「このあたりでは」大きいというだけで外壁の大きさもそこそこだが人は多いらしい。エレーラの隣の町ということもあって周辺の他の街との貿易拠点ともなっているようだ。
と、ここまでが俺の旅に必要であろう知識のまとめだ。今日の昼間はその準備を行う。なんだかずいぶん時間がたった気がするが実際の時間はまだ昼前だ。
とはいっても準備するものはそれほど多くはない。お世話になった方々への挨拶は済ませてきたし実質用意するものは飯くらいだ。
ドヴェラーグさんにあいさつしに行ったらドワーフから武器を買ったり素材の加工を頼んだりするときには絶対に値切るなと言われた。
ドワーフは鍛冶に関して誇りを持っているから吹っかけることはしない、そのため値切りは「お前の武器にその価値はない」と言うのと同じことで大変失礼なことで叩きだされても文句は言えないらしい。
と、いうことで俺は雑貨屋へ向かう。食器を買うためだ。
パンばかり食って旅するのもなんなので店で料理を買って旅に出ることにしたのはいいが、店の食器を持って行ってしまうわけにはいかない。
そこで食器を買ってそれに料理を載せてもらった上でアイテムボックスに収納する、これでいつでもうまい飯が食えるわけだ。
仮にアイテムボックスの容量を1皿で1個とられるとしても俺の容量なら余裕だ。
雑貨屋にはきれいな陶器の皿が置いてあった。しかし俺がほしいのはこれではない。
俺はその近くに置いてあった木の皿を手に取る。まがりなりにも冒険者が使うものなのだ。簡単に割れるようなものでは話にならない。
それから箸 (この世界には箸があった。発想さえすれば加工も簡単なうえ使いやすいから普及したのだろう)もいくつか購入しておく。
木皿50枚、箸10膳で合計3000テルだ。
次に肝心の料理を調達する。場所は宿の飯屋だ。
「へいらっしゃい!」
飯屋が出迎えてくれる。
「こんにちは。旅に出ることになったのでここにある皿にあるだけ定食を盛っていただきたいのですが大丈夫ですか?もちろんお代は払います」
「おう! 宿とは関係ねえから料金は規定通りかかるがそれでもいいなら任せろ! 食器を洗う手間が省ける!」
大丈夫だったようだ。金にはまだまだ余裕がある。
「ではグリーンウルフ定食、ガルゴン定食を20、オーク定食を10お願いします」
「おう! その数だとさすがに今から料理しねえとなんねえから10分くらいかかるがいいか!?」
やはりあのすぐ出てくるのはストックされていたものだったのか……。
「ええ。かまいません。熱いまま食べたいので盛っていただけたらすぐにアイテムボックスに収納します」
そう言って銀貨3枚、銅貨80枚を手渡す。
「おう!」
飯屋の店主はそれを受け取ると数えもせずに箱に放り込み、料理を始める。
店主は出来た端から料理を皿に乗せていき、俺はそれをアイテムボックスに放り込む。最後に50食分のパンを受け取って店を出た。
さて、今は昼過ぎなわけだが、今から何をするかと言うと睡眠だ。
この世界、宿がない場所を旅する場合の方法は、その場所の危険度及びメンバーによって違う。
まず危険度が比較的小さくメンバーの練度も低い場合、またはそもそもほとんどが非戦闘員のとき。この場合には昼に寝て夜に移動するのだ。
なぜかと言うと主に寝ているときの警戒の問題だ。
比較的危険度が高い夜だが、移動しているということはほぼ全員が起きているので警戒がしやすい。
そして、起きている人数が少なく警戒に割ける人数、戦力が小さい休憩時間を比較的安全な昼に持ってくるのだ。
危険度が比較的大きい場合は、逆に夜ではなく昼に移動する。
比較的危険度が大きい場所に入るようなメンバーは基本的に寝ていても見張りが敵を発見すれば即応できるし、その場合には移動中より迎撃しやすい場所を選べる野営場所のほうが危険が小さい。
俺の場合は昼は触板、視覚が使えるし意識も覚醒している。寝るときは触板のみの警戒になるうえ反応も遅れる。寝る時間は昼にしたほうがいいだろう。
と、いうことで俺は眠りについた。
夕方の鐘で目をさまし、鍵を返してから宿を出て、そのまま草原側の門から街を出る。さらばエイン。
地球では短距離走でも出さないような速度で移動し続ける。この世界ではAGIによっては早歩きくらいの体力消費で短距離走並みの速度が出せる。
さすがに競馬などで短距離を走る馬ほど速くはないが長距離を走る馬や馬車に比べて特に速度では劣らないと思う。
そのまま明るくなるまで走り続け、腹が減ったら飯を食い、昼になったら眠る。昼夜逆転の不健康な生活だが一応日光は浴びているしビタミン何とかは生成されていると思う。干ししいたけを食わないでもすみそうだ。
寝るときには適当にその辺にあった草を枕代わりにした。マントか何かを購入するかいっそ寝具でも買ってきてしまえばよかったと思ったが幸い服の汚れなどは問題にならないので我慢できないこともなかった。
そんな不健康なんだか健康なんだかよくわからない生活を丸2日繰り返し、3日目の昼前くらいに街についた。確かにエインに比べればずいぶん大きい。それでも街に入る際の手続きはエインと変わりないようだ。
久々の街だ、別に急いでいるわけでもないし1泊して行こうかな。おすすめを衛兵さんに聞いてみる。
「すみません、おすすめの宿ってありますか?」
「……1泊の予算は?」
旅の疲れも癒やしたいし多少奮発してもいいかな、でも道中の宿に泊まれないのは困る。
「1000テルでお願いします」
「……じゃあそこをまっすぐ行って左、草枕亭だ」
「ありがとうございます」
そう言って言われた通りのルートをたどる。草枕が嫌で宿に行くことを決めたのに結局草枕とはこれいかに。
草枕亭は3階建て石造りの宿だった。頑丈そうだ。草枕という割にはかなりでかい。とりあえず入るか。
「いらっしゃいませ、宿泊ですか?」
ホテルのフロントのような場所があり、そこで店の人に挨拶された。
ホテルのフロントと言うよりはギルドに近いデザインな気もするが。あと当然ながらエレベーターはない。
「はい、泊まりです。一人で明日の昼まで泊まります。」
「それでしたら1泊、シングルになりますので本日の夕食、明日の朝、昼食付きで900テルとなります」
「わかりました。昼食はいりません」
「でしたら50テル引きで850テルとなります。先払いですが大丈夫でしょうか?」
ちょっと安くなった。先払いは当然だろう。
「はい、これでお願いします、それからマントを買える場所を知りませんか?」
そう言って銅貨を85枚差し出す。
「はい、確かに。鍵はこちら、部屋は203号室となります。冒険者用のマントでしたらまっすぐ行って2つめの道が交差する場所の左側にあります。」
「ありがとうございます、行ってみます」
別に荷物を下ろしたりする必要はないのでそのまま鍵を持って外に出る。
鍵は鍵らしくないただまっすぐなだけの棒だ。カードキー的な何かだろうか。
言われたとおりに移動すると毛皮関係らしき店があった。防具はないがマントはおいてある。店番は背の高い男性だった。
「すみません、野宿するときに使えるマントを買いたいのですが。予算はこのくらいでお願いします」
そう言って銀貨4枚取り出す。
「ああ、それならこれがおすすめだ。本来は4200テルのところを4000テルにしてあげるよ」
結構する。変なものを勧められたりしていないだろうか。
鑑定の力で試してみるか。
「具体的にはどの辺がおすすめなんですか?」
「まずは外側、傷つきにくく火にも強いから防具にも使われるガルゴン皮の中で柔らかめのものだ。やや感触は堅くはあるが頑丈だし防御力もある。地面に直接寝るときに使うならこのくらいの方がいい。裏地は柔らかめのものだし主に野外で地面に寝ることを目的として作られているから寝具代わりにするならこれが1番かな」
鑑定してみたところ間違ったことは言っていないようだ。買うことにする。
「それでお願いします」
そう言ってそのまま硬貨を手渡す。
マントはその場でつけてもらった。確かに少し堅いし重い。ほとんど負担にはならないが重さは感じる。
特にほかに必要なものもないので宿に帰り、マントをアイテムボックスに着たまま収納して寝ることにする。明かりの魔道具はどこも大して変わらないようだ。