第1話 グリーンウルフとはじめての魔法
緑犬はそこまで大きくないしさっき歩いていた時の動きからすると戦えなくもなさそうな気はするが、戦おうにも手元に武器などないので、逃走を試みる。
緑犬とは逆の方向にダッシュするが下草や木の根が邪魔で思うほど速く走れない。緑犬もついてくる気配がある。50mほど走ったあたりで後ろを確認する。距離を詰められている!
走り出した時は10mほどの距離があったが、今では半分ほどまで縮まっている。俺はこのままでは追い付かれると思い、何かできないかと走りながら考える。
見ると右斜め前、20m先の高さ2m半ほどの位置にそこそこ太い木の枝が見える。脚が6本あろうが犬は木には登れないだろうと判断し、その木に向かって走る。さっきジャンプした感覚から言って全力で跳べば枝に届かないということはないだろう。
振り向いた上方向転換までしたのでかなり速度が落ちている。木の近くまで来たが緑犬との距離はもう2mもないだろう。俺は勢いのままに全力でジャンプし腕を枝に伸ばす。捕まることに成功した。
緑犬はジャンプした俺に追いすがろうとするが届かなかったようだ。助かった。
そのまま腕の力を利用し枝の上によじ登るが緑犬はまだこちらを見て威嚇している。このまま待っていたらどっかに去ってくれるだろうか……。
10分ほどそのまま待ってみるが緑犬は去る気配はない。威嚇はやめたようだが座ってこちらを見ている。長期戦の構えだ。
このまま待っていると夜が来る。こんな得体が知れない生物がいるような森で夜を明かすのは出来れば遠慮したいしこの枝はそこそこ太いとはいえ上で眠る気にはなれない。
ここから逃げたところで人に会えるとは限らないがこのまま待っていてもジリ貧だ。どうにかしてここから脱出する必要がある。
俺はさっきステータスが表示されたことを思い出し、他にコマンドがないかどうかを探す。
「装備!」 「アイテム!」
装備には反応はなかったが、アイテムと唱えた時何かが体から抜けるような感覚がする。
1秒ほど待った後、灰色のウィンドウに白い枠が書かれたようなものが表示される。見慣れたMMOのものとは違うがなんとなくアイテムボックスっぽい気がする。
右上には0/1012という文字が表示されている。容量だろうか。
試しに木から葉っぱを2枚ほどむしって枠の中に入れようとしてみるが、枠に手を動かすまでもなくアイテムボックスに入れようと思った途端に手から葉っぱは消えてしまった。
アイテムボックスの中には葉っぱの写真のようなものが表示されていて、その右下には2という数字が書かれている。アイテムウィンドウの葉っぱに意識を向けるとポップアップウィンドウらしきものが表示される。
ポレの葉
説明:ポレの木の葉。
アイテムボックスとして機能はしているようだ。試しに取り出そうと思うと手に葉っぱが1枚現れ、写真の右下の数字が1になった。
どうやら1枠にまとめて保存できるようだ。
アイテムウィンドウの右上には1/1012と表示されている。葉っぱをアイテムボックスに戻してみるが表示は1/1012のままだし1012というのは枠の数なのだろう。
1012というのはMPの最大値と同じだ。アイテムボックスの容量(?)はMPの最大値に依存するのかもしれない。
片方の葉っぱを半分にちぎり、両方収納してみる。写真右下の表示は3になっている。千切られたものでも1つとしてカウントされるらしい。千切られた方の葉っぱを取り出したいと念じたらその通りになった。もしこうでなければ複数似たようなものが入っている場合狙ったものが出るまでいくつも取り出さなければならないところだった。中々便利な機能なようだが初期装備までは用意してくれないみたいだ。いや、今の服装が初期装備なのか?確かに裸足にジャージよりはましだが戦闘用という感じはしない。
ふと思いつき、ポレの葉を手に取り出して鑑定してみる。
ポレの葉
説明:ポレの木の葉。油分を含むため乾くとよく燃える。
油分を含むというのは松ぼっくりのような感じだろうか。どちらにしろ今の状況では役に立ちそうもない。アイテムボックスで表示されるものより情報操作解析による鑑定のほうがわかることが多いようだ。
緑犬も鑑定してみる。
グリーンウルフ
RANK:F
HP 35/35
MP 0/0
STR:32
INT:1
AGI:30
DEX:2
スキル:
脳筋だ。スキルは持っていないようだ。
ランクとは何が基準なのだろうか。Fというアルファベットからはそこまで強そうな印象は受けない。
ネーミングは脚を除いては見たまんまだ。
しかしSTRやAGIは俺よりは高いし俺はレベル1だ。やはり戦う気にはなれない。せめて武器があればいいのだが何かないだろうか。
……スキルに「魔法の素質」というものがあったな。もしかしたら魔法が使えるのではないだろうか。
ステータスを見ようと思うとステータスが表示された。詠唱はいらなかったようだ。前回詠唱が必要だったのはステータスを見たいと思いながらではなくとりあえず言っておこうといった感じで唱えたためかもしれない。
名前:スズミヤ カエデ
年齢/種族/性別 : 20/人族/男
レベル:1
HP:51/51
MP:508/1012
STR:16
INT:42
AGI:22
DEX:34
スキル:情報操作解析 (隠蔽)、異世界言語完全習得 (隠蔽)、魔法の素質 (隠蔽)、武芸の素質 (隠蔽)、異界者 (隠蔽)、全属性親和 (隠蔽)
MPが減っている。アイテムボックスを発動した時に何かが体から抜けるような感覚があった。あれがMPだったのか?
使ってからの時間を考えると大体半分くらいのMPを消費したようだ。
初回発動時にアイテムボックスを作るせいでMPが消費するとかならいいがアイテムボックスを開くたびにMPが減るとかなら厄介だ。
MPが空になっても大丈夫なのかは分からないがあまりいい予感はしないので安全なところに行くまでアイテムボックスの使用は一応控えておこうか。
さっき鑑定していなかったスキルを鑑定してみたところ、魔法の素質、武芸の素質は魔法、武芸の習得を格段に早めてくれ、魔法、武芸の能力が上がる効果があるということがわかった。
全属性親和は全属性の魔法が使用可能になるスキルであり、異世界言語完全習得は見たままだ。
魔法の素質 (隠蔽) ユニーク
説明:魔法の習得が格段に速くなる。また魔法を使用する能力が上がる。
鑑定では表示されない。
こんな感じだ。後半は隠蔽の効果だろう。なんだか不親切というかもうちょっと詳しく書いてくれてもいいんじゃないかとは思うがこれは効果範囲が広いということかもしれない。
日本で昔やっていたカードゲームでも「テキストが短いカードは強い」などと言われていた。きっとそうだ。そうだったらいいな。
魔法の習得が格段に速くなるとはいえ今は習得していないし練習の仕方も知らない。しかし他に手も思いつかないのでいろいろ試してみようと思う。
攻撃力が高そうだからとりあえず火魔法の使用を目指してみようか。俺はステータスウィンドウを閉じると緑犬のほうを見ながら思いついた呪文を適当に唱えてみる。
「ファイア」「フレイム」「ファイアアロー」「メ○」「○ラゾーマ」
「だめか……。」
やはり魔法は習得していないし使えないのか?
こう、火の玉が緑犬に向かって飛んで行って緑犬が火だるまになるようなものを少し期待していたんだが……。
そう残念に思いながら緑犬のほうを見た時、想像したよりはやや小さい火の玉が現れる。
「うわっ!」
急に目の前に火の玉が現れたせいで驚いて木から落ちそうになってしまった。火の玉は消えている。イメージが大事なのだろうか。
木に再度よじ登り自分を再度鑑定してみるとスキルに火魔法が追加されている。
これで攻撃できるのではないだろうか。
「グルルルル」
緑犬に警戒されてしまったようだ。逃げてくれればそれはそれで楽なのだがそんな気配はない。
今度は驚かないように気を引き締め、火の玉を作り、それが緑犬のほうに飛んでいくのを想像する。
すると、直径30㎝ほどの赤い火の玉が目の前に現れ、かなりの速度で野良犬に向かって飛んでいく。時速40㎞くらいだろうか。
緑犬はよけようとするが、左足のあたりに火の玉が当たったようだ。左足から炎が体表をつたい、緑犬が火だるまになった。
これでは緑犬ではなく赤犬だな。
しょうもないことを考えているうちに、もがいていた緑犬は動かなくなる。
\テッテレー/
なんだかどこかで聞いたような音が聞こえた。周囲を見回すが今のような電子音の音源になりそうなものなどもちろん見当たらない。
それになんだか頭の中に直接音が響いたような気がした。
もしやと思い再度ステータスを表示してみる。
名前:スズミヤ カエデ
年齢/種族/性別 : 20/人族/男
レベル:2
HP:51/81
MP:508/1512
STR:20
INT:48
AGI:27
DEX:39
スキル:情報操作解析 (隠蔽)、異世界言語完全習得 (隠蔽)、魔法の素質 (隠蔽)、武芸の素質 (隠蔽)、異界者 (隠蔽)、全属性親和 (隠蔽)、火魔法1
レベルが上がっているようだ。今気づいたが火魔法は横に1と数字がついている。
他のスキルにはない。どこが違うのかと思い鑑定してみる。
火魔法 レベル1
火属性の魔法が使用可能になる。
魔法効率はレベルが上がるほど高くなり、INTが上がるほど高くなる。
魔法効率とは何だろうか。
魔法効率の部分に意識を向けて鑑定したいと念じてみるが鑑定できない。説明の本文は対象外なのだろうか。
語感からするとMP消費に対する魔法の大きさと言った感じだ。
ん?MP?
再度ステータスに目を移す。MPは508のままだ。しかし火魔法を使う前も508だったはず。
消費してない?小数点以下で減ったのかもしれないが魔法使用前のMPを鑑定していないので比較のしようがない。MPを鑑定してから魔法を無駄打ちしてみるか。
そんなことを考えているとパチパチという音が耳に入る。そちらに目を向けるとグリーンウルフが死んだあたりが燃えている!燃え移ったのか!
幸いそんなに燃え広がってはいないようだがそこそこの火力はありそうだ。
「水よ!」「ウォーター!」「アグアメ○ティ!」
慌てて変な詠唱をしてしまうが効果はない。焦ってイメージが大事だという事がどっかにいっていたようだ。
落ち着いて消防用のホースから出る水を想像する。わずかに体から何かが抜けるような感覚の後、水が勢いよく噴出し、火は消し止められた。
ステータスを見ると水魔法1が追加されている。
MPは507だ。やはり小数点以下でMPを消費していたのだと想像できる。
この表示では小数点以下を切り捨てているため、実際は小数点以下のMPを消費する。
そういうことのようだ。しかし低燃費だな。
放水した時に自分にも水がはねたのだが、やけに感覚がリアルだ。やはりここは夢ではなく異世界の可能性が高いな。
どうやってこの世界に来たのかもわからないし帰り方もわからない。しかし俺は意外と冷静だった。
考えてみれば地球にいても退屈な授業を受けて家に帰りネトゲをするだけの日々。
親は2年前に交通事故で死んでいるし兄弟もいない。やはり特に地球に未練はない。
持っているスキルも何やらチートっぽいのが多いしこうなったらとことん異世界を楽しんでやろうじゃないか!
……夢じゃなければいいな。
緑犬はもう死んだので移動を開始する。緑犬は黒こげだしゲームのように自動でアイテムになってくれるような便利機能もないらしい。
何かの役に立つかもしれないしアイテムボックスに死体を収納しておく。少し手を放して念じてみたが無駄だった。触れていないと収納は出来ないのか。まあそうでなければ盗難とかに使い放題だろうしな。
脚が6本ある犬だとはいえ生き物を殺したのに特に罪悪感などは覚えなかった。FPSなどでの殺し合いの経験が生きたのだろうか?まあ罪悪感で動けなくなるよりはよっぽどましだ。
暗くなってきそうだしそろそろ道か何かが何か見つかってくれないと野宿をする羽目になるなと考えながら相変わらずの広葉樹林のような場所を歩いていると森の木々の音とは違う音が耳に入る。
耳に手を当て、意識を集中する。
「ぐああああああ!」
悲鳴?何が起こっているのかはわからないし決して穏便とは言えない状況な気がするが人間がいることは確かだ。様子を見に行ってみよう。