第18話 凱旋と決意
元来た方向に戻る。メタルリザードによって倒された木や、荒らされた地面を目印にすればいいだけだ。迷うことはない。
メタルリザードが俺を発見した場所の近くまできたので、今度は坂を上り始める。
その時、前方に多数のガルゴンが現れた。こちらへ向かってきている。少し遠いため触板には引っかかっていないが。
岩の槍に魔力を多めに込めて頭を貫く。以前と同じMPしか使っていないが以前より槍は深く刺さり、やはり砕ける。
これは無駄に死体を痛めてしまうだけなのではないかと思い次からは威力を抑えようと決意する。
さらに走っていくと、今度は豚みたいなのが5匹現れたので近くにいた1匹に剣を打ち込んで倒す。
すると、残りの4匹は逃げて行ってしまう。拍子抜けしたが町の反対側に向かう魔物をわざわざ殺す必要はあまりないし俺はその死体をアイテムボックスに収納すると再度走り出す。
さらに5分ほど走ると今度はグリーンウルフの群れが来た……が、群れは俺を迂回して逃げて行ってしまう。
メタルリザードから逃げるときにはあんなに殺る気だったのに、日和ったのか?
まあ正直疲れているし無駄に戦闘をしないでいいのはありがたい。そのまま走っていく。
向かってくる魔物たちはみんな俺を避けて行ってしまったのでそれ以上の戦闘はなかった。
メタルリザードを倒してから大体20分くらいたっただろうか、ようやく村に到着する。
「カエデさん!生きてたんですか!」
サリーさんが駆け寄ってくる。勝手に殺すなと言いたい。
「え……、普通に生きてますけど、勝手に殺さないでくださいよ」
「だってかなり前に魔物たちが撤退を開始して冒険者さんたちも村に帰ってきたのにカエデさんだけ帰ってきませんし! 他の冒険者さんが言うにはカエデさんらしき人が森の奥へ走っていくのを見つけたって聞きましたし! 何やってるんですか! 心配したんですからね!」
「え、でも撤退できる距離を稼ぐためにできるだけ前に出て戦えって言われましたし……」
「そんなことを言った覚えはありません。私は前線に出て戦ってほしいと言っただけです。一人だけで突出するなんて自殺行為を要求した覚えはありません」
「えぇ……」
そんなこと言われたっけ、言われたおぼえがしないでもなくもない。
「で、急に魔物が撤退し始めましたがもしかしてカエデさん何かしましたか?」
疑われてる……。まあ実際多分俺のせいだけどさ。
「ええと……森の奥に入って行ったらメタルリザードと遭遇して、」
「め、メタルリザードに遭遇したんですか!? 早く魔法使いを集めないとでもこの町じゃ数が足りなああ援軍を……」
「あー……、倒したんですけど、メタルリザード。もしもーし?」
「はっ!」
どうやらビジー状態から復帰したようだ。
「メタルリザードはもう倒しました。魔物が撤退したのはそのせいだと思います」
魔物のくせに情報網は随分と足が速いらしい。メタルリザードを討伐してからここに来るまで俺は走ってきたし、かなりの距離があったのに俺がここにつく前に撤退を完了しておくとは。
「ああ、確かにカエデさんは剣を持った魔法使いでしたね。火魔法も使えるでしょうし、あれ? カエデさんって風魔法使えましたっけ?」
「風魔法?」
そんなもの使った覚えはない。そもそも俺が風魔法を使おうと思って作った魔法は風魔法ではなく圧力だの知覚だのだ。
「はい、風魔法で浮きながら上から炎で焼いたんじゃないですか?」
「えっ、普通に背中の装甲に強い魔法で穴をあけて倒したんですけど……」
「ちょっと何言ってるか分からないですね。メタルリザードの装甲に穴が開くわけないじゃないですか。それメタルリザードじゃなくて他の魔物なんじゃないですか?死体はどこに?」
「ええと、アイテムボックスにあります。ほら」
そう言ってアイテムボックスから門の前付近の邪魔にならないような位置にメタルリザードの死体を置く。
「ああ、これは多分本物のメタルリザードですね。……って一体どこから出したんですか!?」
「アイテムボックスって言ったじゃないですか、私のアイテムボックスはちょっと容量が大きいみたいで」
そう言いながらメタルリザードをアイテムボックスに入れたり出したりする。
サリーさんは目をこぼれ落ちそうなほど見開いている。
「”ちょっと”大きいですか。そうですか。わかりました。しかし穴はあいていないようですが? ……きゃっ!」
穴が見えないそうなので抱えてジャンプしてメタルリザードの背中に飛び乗ってからサリーさんを下す。
「ほら、これが穴です」
俺はメタルリザードの背中にきれいに円形に開いた穴を指差す。
「こんなものを開けるような魔法なんて聞いたことがありません。あと勝手に持ち上げないでください」
サリーさんは顔を赤くしている。おこなの? そんなに怖かったのだろうか。
「すみませんでした。でもわかっていただけたでしょう?」
「はい。あなたが魔法使いとは別の何かだということは理解しました。あと抱えて下さないでください。自分で降りますから」
そう言ってサリーさんはメタルリザードの背中を尻尾に向かって降りはじめる。
「そういえば風で浮いて倒すって言ってましたけど風で浮く魔法ってのは魔力をあまり消費しないんですか?」
「いいえ、むしろ割と多い方です。火魔法使いの魔力だって切れます。ですから普通はCランク以上の風魔法使い、火魔法使いを各10人位用意して殻ごと中に火を通してしまいます。装甲は頑丈ですが中身はとても弱いので。これがもし中身も強かったりしたらAランクでしょうが中身がもろい上空中に対する攻撃手段を持っていないのでBランクとなっています」
そりゃ大変だ。魔法使いのランクがどの程度なのかはわからないがCランクの依頼がほとんどないエインでは用意できない人数だろう。俺なら多分一人で何とかなるが。実際なんとかなった。
俺が足元に火魔法を放った時には熱よりも爆発に重点を置いていたので熱が通らなかったのだろう。
「そうなんですか。今度からはそうすることにします」
「飛べるんですか?」
あー、まだ風魔法開発してないけど、まあ何とかなるよね、多分
「何とかなりそうな気がします」
「そうですか。支部長に報告しに行きましょう」
そう言ってサリーさんはギルドの方へ走って行ってしまった。
「はい。お仕事がんばってください」
メタルリザードを収納し、にこやかに見送ってあげることにする。
「何言ってるんですかカエデさんも来るんですよ!」
あれ?俺も?
そして5分ほど後、ギルドに入る。普段はカウンターで話すのだがサリーさんは一度奥へ引っ込み、そのあと出てきたサリーさんに2階に通される。
「ここです」
そう言ってサリーさんが止まった部屋のドアには「支部長室」と書かれている。
支部長室はもちろん、2階に入ったのもはじめてだ。なんだかそわそわしてしまう。
コンコン。サリーさんがノックをした。異世界でもノックという文化はかわらないんだな。
「入れ」
サリーさんがドアを開け、俺は中に入る。サリーさんは中に入らずにそのままドアを閉じた。
部屋の中には目のあたりに傷がある強面の老人が立っていた。老人とはいってもムキムキのおじいさんだ。不意に老人が動いた。
「すまなかった!」
と思ったら頭を下げられていた。なぜだろう。何かしたっけ。
「え、ちょ、よくわかんないですけど頭を上げてください。何も変なことされた覚えはありませんから」
ムキムキの老人に頭を下げられるのは居心地が悪い。
「そうか、だが魔物たちの異常行動は少し前から報告されていた。強力な魔物が襲来する予兆だと判断できなかったのはこちらの責任だ。もしお主がメタルリザードを討ってくれなければ倒せるだけの魔法使いが揃うのに最短でも5日はかかっていただろう。街とは違う方向に誘導することになっただろうが多くの死者が出ていたはずだ。ありがとう」
うん。メタルリザードを倒すのは骨が折れた (物理的にも) がそのかいがあった。人が助かるのはいいことだ。無理して助けようとは思わないが助かるに越したことはない。
「ところで報酬なんだが、他の魔物の討伐も含めて10万でいいだろうか、もちろん素材については売ってくれるなら別途で買い取らせてもらう」
「もちろんいいですよ、素材はとりあえず持っておこうと思います。剣を作りたいので」
メタルリザードの装甲はいい剣の素材になるらしいからな。頑丈さからして鎧にしても強いかもしれない。
重いかもしれないが胸当てとかヘルメットとか、攻撃を受けたら即死するような部位だけ守ってあとは回復魔法という手がある。
「そうか。ところでひとつ頼みがあるんだが」
「はい、なんでしょう?」
頼み?メタルリザードの倒し方を教えてくれとかかな?
「今回のメタルリザードの件は黙っていてほしいんだ、この話が広まると周囲が混乱する」
「メタルリザードは群れたり一度に発生したりするんですか?」
だとしたら恐ろしい。さすがにあれを複数相手にするのは厳しい。
「いや、メタルリザードが今までに2匹以上まとまって現れた例は存在しない、だがそれを知っているのはギルドの人間や冒険者くらいだ、巷の人間にそう言ってもみんなが納得してくれるとは限らん」
「そうなのか」
「そうなのだ」
そうなのだった。
しかし教える必要がある人がいる。ギルドが知っている人みたいだし大丈夫な気もするが一応聞いておこうか。
「でも装甲から武器を作りたいのでその時にはドヴェラーグさんに入手方法くらいは教える必要がありますし、あの大きい死体も出さないといけませんがどうしたらいいでしょうか?」
「ドヴェラーグは口が堅い、なにより一般人とあまり話さないから大丈夫だ、ギルド関係者みたいなものだしそのくらいのことはわかっているだろう。死体のほうは恐らくここで取り出す必要はない、そもそもメタルリザードの装甲を加工するには専用の設備が必要だ。この町にはない」
熱して叩いて成形して焼き入れして終わり!じゃないのか。
まああのクソ硬いのを簡単に成形できるとも思えないが。
「では設備がある場所で素材を送って作ってもらうことになるんですか? どのくらいの期間がかかりますかね?」
「うむ……大規模だったり特殊だったりする鍛冶の設備はエレーラに集中している。ドワーフの鉱山街なんだが山奥にあってな、それを輸送させるくらいなら自分で行った方が金も時間もかからんと思うがどうだ?」
この町を離れるのか……
でもこの町の付近に普段からいる魔物はガルゴンが最強クラスのようだしそろそろ移動するのもいいかもしれないな。
宿代を納めたのもちょうど今日で最後だ。
「はい、そうすることにします」
俺は、この町を出ることを決意した。