第16話 襲撃と邂逅
いつも通りの日課を終え、ギルドへ向かう道を歩くが、何かがおかしい気がする。どことは言わないが普段と雰囲気が違うのだ。
街が騒がしいというか、ざわざわした感じだ。
ギルドにつき、中に入る。ギルドの様子は普段とは一変していた。
普段はそこそこすいているが1,2人のギルド嬢が常にいるカウンターはすべてしまっており、依頼板もすべて取り外されている。
杖を突いた男が一人立っているほかには誰もいない。
カウンターには「緊急事態発生、戦闘が可能な冒険者は直ちに森側の門の前に集合すること」と書かれている。何か起きたのだろう。
とりあえずギルドを出て、森側の門へ向かう。普段と違い門番はおらず、かわりにサリーさんを含むギルド受付嬢たちが門の付近に武器を持って立っている。
そのまわりには新人などだろうか。あまり体格もなければ立派な武器も持っていない冒険者たちが緊張した面持ちで門の方を見ている。
門の前、少し外れた位置には幅2.5mほどの細長いマットのようなものが置かれ、2人ほどの魔法使いらしき男がその近くに立っている。
「何が起きたのでしょうか」
近くにいたサリーさんに質問する。状況から察するにモンスターの襲撃とかだろうか。危険の香りがする。
もしかしたら昨日のグリーンウルフの大群はその前兆だったのかもしれない。
「はい、昨日のグリーンウルフの群れに関して調査に出た冒険者が、魔物の群れがかなりの数この町の方向へ向かっているのを発見しました。あの件がなければより大きな被害が出ていたことでしょう。ありがとうございました」
不幸中の幸いというやつか。つまりこれからエイン防衛戦が始まるということかな?
「では門を守ればいいということですか?」
「いえ、ガルゴンなどの突進力に秀でた体重が大きい魔物も群れには多数確認されていますので門だけを守っていても塀が破られてしまいます。ここの塀は要塞都市ほど厚くありませんので。ですから門は新米冒険者たちに任せてカエデさんはできるだけ前線に出てガンガン魔物を倒してください。街を守る上では後退できる距離を稼ぐことは重要ですので。もちろん討伐数によって報酬が出ます。値段は一律で平時の討伐依頼の報酬の3倍、討伐依頼がない物に関しては過去の駆除依頼から相場の倍を出します」
よし、前に出て戦えばいいんだな。でも俺って……。
「俺もつい先日ギルドに登録したばかりの新人ですよ? 後ろに下がってなくてもいいんですか?」
「いいえ、新人ではありますがグリーンウルフを多数討伐した実績、グリーンウルフの傷口などを見る限りカエデさんこの町でもトップクラスの冒険者です。そのカエデさんを登録して日が浅いからと言ってここで遊ばせておくわけにはいきません。恥ずかしい話ですがこの町のギルドはとても強い冒険者がいっぱいいるとは言えない、はっきり言ってしまうと弱小支部ですから今回ほどの規模の襲撃になると戦力に全く余裕がありません。なので出来るだけ早く出発してください。準備は出来ていますか?」
「はい、アイテムボックスに一式入っているのでいつでも行けます」
そう言って俺は剣と鎧と盾をアイテムボックスからまとめて装備し、最後に短い杖を握りこむ。
この町に来てからの時間はそう長くはないが、それでもこの町には思い入れがある。街が襲撃されるのを防ぐことができるなら全力で協力する程度には。
それに地球での交通事故の時のような気持ちはもう味わいたくはない。
「わかりました。あなたは今回の襲撃では主力クラスですから怪我をして戦線離脱、というようなことがないようにお願いします」
「はい、行ってきます」
そう言って駆け出す。前に出ながら怪我もするなとはずいぶん要求が厳しいがこれも期待されているということなのだろう。まあレベルアップも見込めるし見敵必殺しながらガンガン森の奥に入ってしまおう。多少のけがだったら治癒魔法でなんとかならないこともない。それどころか敵を倒しておけばレベル上昇で安全も増す。変な敵とかが出てくる前にできる限りレベルを上げておいた方がいいだろう。グリーンウルフしか出てこなければありがたいのだが……。
走りながら魔力回復加速ポーションを飲む。これで魔力の回復速度は上がるだろうが温存できるうちは温存しておいたほうがいいだろう。
多いとはいっても無尽蔵ではないのだ。フルパワーなら910秒+回復分程度、1秒あたりMPが1.5程度回復する
まずは1つ目の群れ、グリーンウルフが5頭いるのを発見したので走る方向を変更してそのまま突っ込んで剣で薙ぎ払う。
一太刀で右にいた2匹が上半身を大きく切り裂かれ、次の一太刀で左から飛びかかってきた1匹といっしょに機会を窺っていた緑犬を切り裂く。
最後に残った1匹の頭を剣で切り裂きながらまた駆け出す。余っている緑犬の死体を回収している暇があったらもっと前に出たほうがいいだろう。
さらに走る。前方に凶暴そうな顔をした豚のような生き物が2匹いた。すれ違いざまに切り裂いてそのまま進む。豚を切り裂くとき他の冒険者の姿が右斜め後方に見えた気がしたが関係ない。俺はただ見つかる魔物を殺せばいいだけだ。慈悲はない。FPSのフリフォみたいなものだ。
今度は緑犬の群れだ。一瞬火魔法を放とうかとも思ったが山火事は怖い。消火に時間を使うのももったいないので岩の槍を使うことにする。先頭に向かって7本放ちつつ盾と剣を構えて突っ込んでくる群れを処理する。
右手の剣が届く範囲は剣で殺し、時間的または位置的な問題で剣が届かない緑犬には岩の槍を当てることで魔力消費を減らしつつ効率よく処理する。
\テッテレー/
レベルアップの音が響く。レベルが上がって必要経験値的なものも上がったのかBGMというほどには流れない。
今回の群れは前回ほど大きくなかったようですぐに倒し切った。レベルアップは一度だけだ。そのまま進むことにする。街を守るためには前に出なければならないのだ。もちろん限度はあるが森をこちらに向かって走ってきている魔物は基本的に全部敵だ。
少し走ったところで今度は若干大きい反応があった。見ると高さ1.5mほどの猪が猛然とこちらに突進してきている。あれがガルゴンだろうか。
速度はなかなか早いし巨体だが猪だし恐らく曲がるのは苦手だろう。そもそもあの巨体、あの速度から機敏に曲がる動物はあまり想像できないが。
鑑定している暇はない。魔力を惜しんで轢かれては仕方がないので岩の槍を7本まとめて生成、追加で0.5秒ほど魔力をこめ、猪との距離が5mほどになったところで放つと同時に全力で右に向かって飛ぶ。
やはりガルゴンは曲がるのは得意ではないようだ。俺の左を猪が通過する。もしうまく曲がれてたらどうしようかと思った。
その隙に鑑定してみる。
ガルゴン
RANK:C
HP 2252/3500
MP 0/0
STR:251
INT:1
AGI:63
DEX:3
スキル:
やはり魔物は脳筋か。しかしSTRが高いな。轢かれたりしたら大惨事になる可能性も高い。
その上HPも多くてタフだ。普段の倍以上の魔力を込めた岩の槍を7本まとめて喰らって3分の2近くもHPが残っているとは。
もう一度突進してきたところに岩の槍を追加で当ててやろうと思いガルゴンを観察するが様子がおかしい。
もたもたとこちらに方向転換しようとするが足がもつれてガルゴンは倒れてしまった。
死んだふりか何かかと思って鑑定してみるがHPは0になっている。
考えてみればそれもそうだ。当たってすぐにHPを3割近く持って行かれるような攻撃をくらったら出血やらであっという間に死んでしまうだろう。
この世界はゲームとは違い、HPが0にならなければいいというわけではないのだ。怪我をすればHPは減っていく。
ガルゴンをアイテムボックスに収納してからさらに進む。さすがにこれを拾わずに進むのはもったいないからな。
ガルゴンはランクが高い上、塀を壊す可能性が高いモンスターのうち1つだ。潰せる限り潰しておくべきだろう。
とりあえず岩の槍を9本生成、1本あたり10ほどの魔力を込めてそのまま浮かべておく。これを頭に1本打ち込めばガルゴンは恐らく死ぬだろう。
思いっきり地面を蹴って跳躍し、獲物を探す。触板より高所から見たほうが範囲が広いからな。
獲物を見つけた。2匹のガルゴンが俺の10mほど左を通るコースを走ってきている。
先回りして岩槍を当てたところ、今度のガルゴンたちは即死した。
脳にまで槍が達したのだろう。\テッテレー/という音が響く。
跳んだ時に見た限りではガルゴンほどのサイズの魔物はもういなかったが、魔物たちはみんな似たような方向から走ってきていたようだ。
あちらに行けばさらに獲物が見つかりやすいかもしれない。俺はガルゴンをアイテムボックスに収納するとその方向に走り出す。
案の定魔物たちは向こうからこちらに向かってきてくれた。
グリーンウルフや豚は剣や新たに生成した普通の岩の槍で殲滅し、ガルゴンには大きい岩の槍をプレゼントする。
そうやって走っていたのだが、ここ5分ほどは走っても魔物の姿は見つからない。
行きすぎてしまっただろうか、戻ろうかなと考えていると、
「ギョアアアアアアァァァァァァァァ……」
という不穏な音、というか咆哮が聞こえてくる。
もしかして街を襲ってきた魔物たちはそいつから逃げてきたのか?
逃げ帰ろうと思うがどんな魔物かは報告したほうがいいだろう。
咆哮の音源を解明すべく俺は一度飛び上がる。何やら太陽の光を反射してきらめく銀色の塊がこちらに向かって進んできている。
もう一度飛び上がり、鑑定を発動させる。
メタルリザード
RANK:B
HP 2798/2800
MP 0/0
STR:1237
INT:4
AGI:163
DEX:6
スキル:金属装甲
スキルを持っているのか。HPはランクの割に低いが装甲のせいでダメージが通らないのだろう。
……あ、目が合ってしまった
「ギョアアアアアアアアアァァァァァァァ……」
やばい、ばれたかもしれない。随分尖ったステータス構成だがAGIも俺よりは高い、逃げ切るのは厳しいだろう。
とりあえずダッシュでの逃走を試みる。
あ、やばい、ついてきた。どうしよう。