第13話 防具と定食
鐘の音で起床し、飯屋に行って飯を食い、それから出発する。これが俺の生活の基本サイクルだ。
しかし今日は普段よりちょっと目が早く覚めてしまったようだ。起きたはいいが鐘の音で起きたわけじゃない。下に降りてみる。
「今日は一段と早いね。まだ飯屋は多分仕込みをやってるよ」
掃除をしていた宿屋さんにそう声をかけられる。この人はいつ寝ているのだろうか。
「この時間でもやってる飯屋でおすすめってありますか?」
とりあえず聞いてみる。金にはそこそこ余裕があるしたまには隣の飯屋以外の飯を落ち着いて食べたい(ここ重要、毎朝飯屋のおっさんの大声に晒されたいとは思わない、わざわざ避けるほどではないが機会があれば、たまには静かな食事を楽しみたいのだ)。
「それならギルドの近くの飯屋がいいと思うよ。ちょっと高いが活動時間が不安定な冒険者用の飯屋がある、ウチの隣ほどじゃないがうまいと思うよ。おすすめは冒険者定食だね、その日によって内容は違うがはずれはないよ」
ギルドの近くの飯屋か、定食屋かな? とりあえず行ってみることにしよう。
ギルドまで来た。確かに一軒の飯屋が営業しているので入ってみる。
宿屋さんが言っていたのがこの店かどうかはわからないが他に飯屋は開いていない。多分この店だろう。
「へいらっしゃい!」
裏切られた気分だった。たしかに宿の隣の飯屋とは違う。店主も隣の飯屋とは違い女性だ。
しかし声の大きさに違いはない、したがって俺の期待していた静かな食事は期待できそうにない。
いや、音量は大して変わらないがむしろ悪化している気さえする。
店主の声は標準的な女性よりは低めだ、身長が高くいいプロポーションも含めて男前に見えるが女性だ。当然飯屋の店主よりは声が高い。
その分同じ音量であっても声が耳に刺さるのだ。俺の心の平穏を返せ。
「あ、冒険者定食お願いします……」
すっかりテンションの落ちた俺は宿屋さんのおすすめメニューを注文する。値段は100テルだ。返ってくるのは当然、
「へいおまち!!」
という返事だ。ご丁寧に!マークを2つもつけてくださった。遠慮してくれていいのに。相変わらずこの世界は料理が出てくるのが早いが傷心の俺をなぐさめるには至らない。
飯を食ってみる。メニューはよくわからない肉と野菜を炒めたようなものとパンだ。確かに宿の飯屋ほどではないがうまい。パンは宿の飯屋で出されるものと同じようなものだ、というか同じものな気がする。同じパン屋から仕入れているのかもしれないな。
心はともかく腹は満たされたので金を払って店を出る。
「まいどあり!!!」
もうやめて。俺のライフはもう0よ。
気を取り直して薬草採取に行く。昼過ぎまで薬草採取をすればいいだろう。それから飯を食って装備を受け取りに行く予定だ。
やはり森の中での食事は落ち着いてできるのでありがたい。触板のおかげで警戒をする必要もないし。
と、飯を楽しみにしながら今日も薬草採取に励む。薬草を発見すると小走りで駆け寄ってしゃがみ、根本から折ったものを立ちながら収納して次に行く。この間約3.5秒。作業には慣れている、もはや熟練していると言って差し支えないレベルだが速度が若干落ちているのはテンションのせいなのだろうか。
ともかくひたすらズナナ草を採取する。1時間ほど採取したところで気になるものを見つけた。
ズナナ草だ。だがただのズナナ草ではない。長さは12㎝ほど、値段は落ちるが買い取ってもらえはするレベルだ。
しかし▼マークは表示されていない。これはズナナ草ではないのかもしれないが利用価値はあるのかもしれない。摘まずに鑑定してみる。
ズナナ草(未熟、有用)
説明:未熟なズナナ草。止血効果、増強効果がある。
増強効果というのは他の薬の材料と混ぜると効果が出やすくなると言っていたののことだろうか。
有用なものがあるからには無用なものもあるのかもしれない。無用なものも見てみたいので未熟なズナナ草の形だけを思い浮かべる。小さいものまで乱獲してしまうのはよくないので未熟なズナナ草は放っておくことにする。
▼マークが増えた。ズナナ草の10倍ほども数がある。今見ていたもの以外で1番近い物を鑑定してみる。
ズナナ草(未熟、無用)
説明:未熟なズナナ草。経口摂取すると下痢や腹痛を起こす。
ん?これはドクズナナの説明ではないのか?
しかし鑑定ウィンドウにはズナナ草と書いてある。これを信じなくては俺は何を信じたらいいのかわからない。
無用で未熟なズナナ草がドクズナナに変化するのだろうか。それとも全く別の種類で未熟なものが成熟するにしたがって有用なものに変化する?
ギルドのほうで10cm未満のものを買い取っていないことを考えると後者なのかもしれない。
ドクズナナは昔突然変異で毒のまま成長するようになったものが動物やらに食われなくなったおかげで繁殖したとかかもしれないな。茎が四角い理由はわからないが。
と、考察はここまでにしよう。俺はズナナ草を採りに来たのだ。俺は普通のズナナ草をイメージして▼の表示を変える。
下がっていたテンションも戻ってきたようで速度もやや上がった。
ひたすら薬草を採ること数時間が経過した。太陽はほぼ真上に上がり、昼を告げている。
俺はその場に座り込むと、アイテムボックスからパンを取り出す。やはり落ち着いた食事はいいものだ。
森はついさっきまで薬草採り魔によって荒らされていたとは思えない静かな雰囲気で心を癒してくれる。
テンションも戻ってきたことだし装備を受け取りに帰ることにし、ゆるい坂になっている森を上り、いつものようにギルドへ向かう。
ズナナ草は荷物になるわけではないがさっさと納品してしまったほうがいいだろう。
ギルドに入ると窓口にはサリーさんがいた。2つある窓口のうち1つは他の冒険者が使っているが幸運にもサリーさんの窓口は空いている。
「こんにちは、薬草を納品しに来ました。今日は昼までなのでちょっと少ないですが」
そう言ってズナナ草をアイテムボックスから取り出し、カウンターに置く。アイテムボックスには252と表示されていた。
「ええ。少ないですね。たったの252本です。7560テルになります」
サリーさんはあきらめたようにズナナ草をいつものように処理すると、そう言って硬貨を手渡してくれる。アイテムボックスに放り込みながら申し訳なく思う。やっぱり少なかったな。もうちょっと採ってくれば良かったかもしれないと思いながらギルドを出る。
とりあえず杖を受け取らなければ。と思い杖屋に向かう。あのロリ魔法使いの店だ。
「すみません、杖はもうできてますか?」
ロリ魔法使いがいたので声をかけてみる。
「ぷっ、くくく……」
人の顔を見て笑うとは何事か。失礼なロリだ。まあロリだから許す。
「あ、すみません、つい。杖はもうできてますよ。2.5倍くらいしか上がりませんから相変わらず走って近付いて近接武器として使ったほうがましなレベルの魔法速度でしょうが」
そう言ってロリ魔法使いは箱から小さい杖を取り出す。長さは20㎝弱、まっすぐな杖、というかサイズ的にはなんだろう、小さいヌンチャクの棒を1本だけ切り離したような感じ?そんな微妙なサイズだ。
「ありがとうございます、それで十分です」
そう言って杖を受け取る。真ん中付近に縦に繋ぎ目がある上木の割には重い。鉄芯でも入っているのだろうか。
防具を受け取れるまではまだしばらく時間がある。この杖の威力でも試しに行こうか。
そういえば討伐依頼とかギルドにあった気がするが依頼を受けるほど長時間狩る気はない。
森に入って薬草を集めながらちょっと奥に入るか。緑犬でも見つけたら魔法をぶつけてやればいい。
再度盾を装備、杖をつかんで森に出る。
とりあえず試しに岩の槍を放ってみた。明らかに以前より速い速度で魔法が飛んでいく。確かに時速100kmほどだろう。
俺がロリ魔法使いが持っていたような杖を使ったら発動した瞬間着弾するような魔法になるのだろうか。
使うかはわからないが念のため長い杖も持っておきたいな。まあそのうちでいいか。
防具で思いついたが魔物に対してわざわざ毛皮の上から魔法を放たなくても体内に直接発動させればいいのではないだろうか。そう思い立ち試しに木の中に直接岩の槍を出現させてみようとしたができなかった。生成範囲の一部が木とかぶるだけでも無理なようだった。残念だができないことが分かったというのは収穫だ。
右手は開いたまま薬草採りに使っている。薬草を採りながら奥へと進んでいくと触板が緑犬の反応をとらえる。数は1匹だけだ。
すかさず岩の槍を頭に放つ。以前と同じ程度の大きさの岩の槍は以前よりはるかに速く緑犬に飛んで行ったが、やはり命中すると砕けてしまう。
\テッテレー/
レベルアップした。当たり所が悪かったので緑犬は一撃で死亡したが、外傷を見る限り速度が上がっても威力は変わらないようだ。
そろそろ暗くなりそうなので街へ帰る。MPはやはり500増えていた。
名前:スズミヤ カエデ
年齢/種族/性別 : 20/人族/男
レベル:4
HP:141/141
MP:2011/2512
STR:28
INT:60
AGI:37
DEX:49
スキル:情報操作解析 (隠蔽)、異世界言語完全習得 (隠蔽)、魔法の素質、武芸の素質、異界者 (隠蔽)、全属性親和 (隠蔽)、火魔法3 土魔法3 水魔法3 圧力魔法1 知覚魔法4 回復魔法2
AGIが上がったせいか街に帰る道を走る速度が上がった気がする。どのくらい上がったかはわからないが。
薬草採りのせいで思ったほど奥には入っていなかったのかすぐに街に到着する。鐘が鳴っているのが聞こえた。ベストタイミングだ。
そのままの速度で門をぶっちぎ……らずに、ちゃんとギルドカードを見せて中に入り、防具屋を目指す。
「こんにちは、防具を受け取りに来ました」
「はい、もうできてるよ。試着してみて」
そう言われて防具を装着してみる。いかにも革鎧と言った感じの装備で、日本で着る服などとは構造も全然違うがなぜか装備のしかたは理解できた。
スムーズに皮鎧を装備して動けるか確認する。しっくりきている。
「大丈夫です。しっくりきます」
「よし、また何かあったらボクの店に来てね。もちろんお金は取るけど」
「はい、では俺はこれで」
そう言って俺は鎧を装備したまま宿に帰り、部屋でちょっと気になったことを実験してみる。
試しに着たままの鎧をアイテムボックスに収納したいと念じる。できた。
今度はその鎧を取り出すのではなくそのまま装備したいと考える。これもできた。
盾も同じことができるようだ。これを使えば身軽な状態で動いた上で戦闘時にはすぐ着替えることができるな。魔法○女みたいに。
まあ魔○少女たちの場合は戦闘用装備のほうが移動も早いが。
とりあえず装備をぜんぶまとめて(もちろん服はそのままだ)アイテムボックスにしまい、飯を食いに出る。
飯屋のオヤジの大声も夕方であればあまり気にならない。俺は寛容な気持ちで飯を食い、宿に帰って寝る。
明日はモンスターを本格的に倒す依頼を受けよう。