第111話 薬草と雑草
「開墾の調子は……順調そうだな」
開墾が始まってから、一時間ほど後。
魔物の領域をまとめて爆撃した俺が戻ってくると、畑の予定地はすでに耕され、ほとんど普通の畑のようになっていた。
まだ端の方では木の切り株の撤去作業などが行われているようだが、デシバトレ人の腕力の前では、切り株が全滅するのも時間の問題だろう。
「今のところ順調なんですが……一つ、問題が」
俺の質問に、メルシアは心配そうに答えた。
「どうかしたのか?」
「ズナナ草です」
ズナナ草か……。
便利な薬草ではあるのだが、魔素が多い土地だと、際限なく生えてきて逆に困るんだよな。
俺も前にサトウキビを育てようとした時、ズナナ草にそれを阻まれたことがある。
幸い、その時には回復薬として
デシバトレが最前線でなくなってから割と時間が経っているが、やはり相変わらず多いのだろうか。
「やっぱり、ここにも生えてくるのか?」
「今のところは、大丈夫そうですが……」
言ってメルシアは、周囲を見回す。
その直後、開拓地の一角から声が上がった。
「ちくしょう! ズナナ草が生えてきやがった!」
「……大丈夫じゃなかったみたいだな」
「やっぱりですか……」
そんなことを話しながら、俺達は声を上げた冒険者の元へ向かう。
その足下には、確かにズナナ草と似た形の草が生えていた。
念のために【情報操作解析】で鑑定するが、生えてきたのは、紛れもなくズナナ草のようだ。
ズナナ草が生えたという声を聞いて、他のデシバトレ人たちも、近くに集まってくる。
デシバトレ農業が、いきなり頓挫の危機に見舞われたのだ。
「これって、耕した後で生えてきたのか? 元々生えてたとかじゃなく?」
「いや、間違いねえ。ズナナ草だけは、一本残らず根元から引き抜いたはずだ……」
発見者のデシバトレ人にも聞いてみるが、やはり間違いはないらしい。
というか、最初に発見された一本の他にも、それらしき芽が複数出ている。
「ズナナ草って、防ぐ方法はないのか?」
「ねえな。デシバトレはいつもこうだ。最前線がブロケンになってから結構たってるし、生えてこないと思ったんだが……」
「私も、分かりません。そもそもズナナ草って、普通は足りなくて困るものだったので……。カエデさんは何か知らないんですか?」
俺が知ってることか……。
とりあえず、魔法による爆撃で島の表層をまとめて吹き飛ばしても生えてくるということだけは分かっているな。
海水を浴びるような場所も大丈夫だったようだし、島の中でズナナ草が生えていなかった場所など、それこそ水面くらいのものだ。
……水面か。
水耕栽培という手は、あるかもしれない。
だが、肥料の確保が問題だな。
水耕栽培は、基本的に化学肥料あってのものだったはずだ。
うん。水耕栽培は厳しそうだ。
となると、ズナナ草の種(そもそも、種で生える草なのかすら分からないが)の侵入を防ぐのが一番だから……
「とりあえず、隔離してみるのはどうだ?」
「隔離……仕切りとかを作るんですか? ズナナ草の生命力を考えると、そのくらいでは大人しくしてくれない気がしますが……」
「いや。もっと本格的に、それこそ人間と空気以外は全部カットしよう。土もデシバトレ外から持ってきて……それでダメなら、流石にお手上げだな」
「それなら確かに、行けそうな気がするな! ……でも、どうやって遮断するんだ?」
「そうだな……いっそ、植物工場みたいにしてしまうのはどうだ?」
俺はアイテムボックスからミスリルを取り出し、圧力魔法を使って延ばす。
それから適当に折り曲げて直方体を作り、辺を炎魔法で溶接すれば、コンテナの完成だ。
「ここに大型のプランターでも置けば、そこそこ植物が育つんじゃないか?」
そう言って俺は、アイテムボックスから取り出した魔灯を使って、コンテナの中を照らす。
「……なんか、一瞬ですごいものができたな……」
「まあ、カエデさんですから……。でも確かに、これならデシバトレでも農業ができるかもしれません!」
ただ、問題は相手がズナナ草であることだ。
本当にこの設備で十分な隔離ができるかどうかは、試してみないと分からない。
「……とりあえず、ここに土を入れて試してみよう。プランターってあるか?」
「そんなもの、デシバトレにはないぞ。魔物の甲殻ならその辺に転がってるから、それでいいんじゃないか?」
魔物の、甲殻?
「なあ。魔物の甲殻って、プランター代わりになるのか?」
「俺は使ったことないが、昔デシバトレにいた花好きが、デシバトレに種とか持ち込んで花を植えてたことがあるんだ。そいつは確か、ジャイアントスパーダークラブの殻をプランター代わりにしてたな」
デシバトレに、花……?
ここまで不似合いな組み合わせが、今まであっただろうか。
「その時、ズナナ草対策はどうしてたんだ?」
「確か、気合いで全部引っこ抜いてたはずだ」
やっぱり、生えてきたのか……。
そこまでしてデシバトレで花を育てる意味が、果たしてあったのだろうか。
いずれにしろ畑にズナナ草が生えてくるのは困るので、甲殻プランターはやめておこう。
せっかく外の土を使っても、甲殻に種がついていたら本末転倒だからな。
「プランターがないなら、それも作るか」
プランターというと、陶器のイメージがあるが、それは作るのが面倒なので、とりあえずミスリルでいいだろう。
これも魔法で適当にプレスして、コンテナの床に溶接してみた。
そこに、デシバトレの外……確か、エインあたりで手に入れた土を入れてみる。
作物の種は持ってきていないので、今はズナナ草が生えないかどうかのチェックしかできないが。
最後に魔灯を置いて、
「……こんな箱で、農業ができるのか……確かにこれなら、土も光も確保できるし、水も魔法でなんとかなるか……」
完成した農業用コンテナを、元農民のデシバトレ人が興味深げに観察する。
そして、おもむろに呟いた。
「これ、便利だな。重さもそんなになさそうだし、これなら持ち運んで、どこでも農業ができるんじゃないか?」
「いや、これ、ミスリルの塊に、土を詰め込んだようなものなんですけど……」
「おっ、試してみるか! そっち持ってくれ!」
メルシアがその動きを止めようとするが、デシバトレ人たちは気にしない。
そしてついに四隅に一人ずつ立ったデシバトレ人たちが、コンテナの角に手をかける。
「せーの!」
かけ声とともに、コンテナが持ち上がった。
確かに、コンテナの用途としては間違っていないのだが……。
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今回も、全編書き下ろしとなっております!
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