第109話 武器と領地
俺が防御魔法を張った直後、裏組織の拠点に仕掛けられていた大量の魔道具による爆風が、俺へと殺到した。
地面も破壊されてしまったので、俺は吹き飛ばされながら防御魔法を張り、爆発の終わりを待つ。
爆風は、どちらかというと上に向いているらしく、俺は空高く吹き飛ばされた。
幸い爆発魔法は、あまり長持ちしなかった。
すぐに爆発は終わり、俺は着地し、炎と煙が晴れ始める。
「……うわ。これは酷いな……」
連中の拠点となっていた建物は一階から吹き飛び、周囲の建物も、ほとんど全壊している。
ただ、爆発が一瞬のことであり、熱より爆発力を重視した魔道具だったのが幸いしたのか、火事は起きていないようだ。
そして不思議なことに、巻き添えとなった民間人は見当たらない。一人もだ。
時間や場所からして、たまたま人がいなかったというのは考えずらい。
だとすると、考えられる可能性は――
まあ、後で確かめれば分かることか。
それから、数時間後。
俺とメルシアは宿の一室で、ゲンガーの組織を潰しに行ったレイク達を待っていた。
「おう! 大漁だぜ! なかなかいい酒が手に入った!」
「つまみの方も、バッチリだ! もちろんゲンガーの組織も、一匹残らず滅ぼしてきたぜ!」
「情報持ってそうな奴らだけ、衛兵に突き出したけどな!」
景気のいい話をしながら、二人が戻ってきたようだ。
だが俺は、二人に聞かなければならないことがある。
飯の話はそれからだ。
「弁解は?」
俺の言葉を聞いた二人は、首をかしげた。
まるで、俺が何を言おうとしているのか、全く見当が付かないとでも言うように。
「……何のことだ?」
「お前ら、俺が行った拠点が、周囲の建物ごと俺を吹き飛ばすような代物だってこと、知ってて送り込んだだろ!」
あらかじめレイクたちが爆発のことを知っており、周辺の住民を避難させた。
それ以外、巻き添えを出さない方法は考えられない。
「そうだぞ。罠の種類はちゃんと調べたって、最初に言ったじゃないか」
「じゃあ、安全って話はどこに行った!」
あれが安全なら、この世界に危険な場所は亜龍やドラゴンの前くらいしかないことになるぞ。
少なくとも、デシバトレは安全な場所だな。そんな訳あるか。
「まあまあカエデ。よく考えてみろ。今回の爆発で、カエデに怪我はあったか? 傷ひとつでもついたか?」
「つかなかったな」
直前に気付いて、防御魔法を使ったし。
まあ、上空に吹き飛ばされはしたのだが。
「病気や毒は?」
「なかったな」
爆発魔法は細菌兵器ではないし、爆発は一瞬のことなので、酸欠や一酸化炭素中毒もなかった。
そもそも魔道具による爆発が、酸素を食うのかも分からない。
「火傷は?」
「ないな」
「ほら、安全じゃないか!」
「言われてみれば、確かに安全……か?」
こうも当然のように言われると、確かに安全に思えてくる。
何だか騙されている気もするが……
「そんなことより、飯の話をしようぜ。いい肉が手に入ったからな」
そんなこと……?
まあ、肉に比べたら、確かに重要性は低いか。所詮はただの爆発だもんな。うん。
「酒も出すぜ!」
「あの、明日は謁見なんですから、流石にお酒は……」
「デシバトレ人を二日酔いにできる酒なんて、この世界にはないから安心してくれ。メルシアは……カエデの回復魔法があれば、大体は何とかなるだろ!」
「そうですね。では、私もすこしだけ……」
そんな感じで、謁見前日の夜は過ぎていった。
翌日。
俺達はいつも通り、鐘の音で目を覚ました。
「いよいよ、謁見ですか。……本当に、私なんかが行って大丈夫なんでしょうか?」
「俺だけで行っても、王様は逆に困るんじゃないか? 商会関係の話とか、俺はほとんど知らないし」
「確かにそうなんですけど……」
それに万が一、領地をもらうとなった場合、俺一人ではどうしていいか分からない。
領地経営の経験なんて、全くないからな。
メルシアもないだろうが、冒険者と商人なら、まだ商人のほうが領地経営に向いているだろう。
ただ、ちょっとした空き時間でメルシアに聞いた所、その可能性は低いらしい。
基本的に冒険者を国に関わらせないのがこの国のスタンスであり、もし国王が俺に領地を与えようと考えても、流石に反発が強すぎて無理だろうとのことだ。
まあ俺としても領地とかいらないので、下賜しないでほしい。色々大変そうだし。
「……そういえば、謁見って王城に行けばいいのか?」
謁見の話を書いた手紙には、当日に行く場所が書かれていなかった。
言わなくても分かるだろ、という意味なのだろうか。
「いえ。宿が指定されていますし、ここで待っていれば大丈夫だと思います」
「……そういうものなのか?」
「冒険者が謁見することなんて今までなかったが、商人とかと同じなら待ってればいいはずだ」
メルシアとレイクの意見が一致した。待っていれば良さそうだな。
まあ、この世界の慣習はよく知らないが、レイクが持ってきた情報で、間違っているものはなかったし。
……安全に関するものを除けばだが。
――それから数十分後。
「カエデ様。お迎えに上がりました」
10人ほどの衛兵が、俺の部屋へと来た。
念のために【情報操作解析】でステータスを確認したが、例の組織の罠などということもなさそうだ。
こうして、俺とメルシアは衛兵たちに連れられ、王宮へと通された。
そして、豪華な装飾のついた扉の前で止まる。
「謁見の準備はいいですか?」
えっ、いきなり謁見?
「謁見って、もっと面倒な手続きとかがあるんじゃないんですか?」
「少々事情がありまして、非公式な謁見ですので」
非公式とはいえ、こんな簡単に国王に会えるのか……。
「武器は預からないのですか?」
俺が考えていると、メルシアが衛兵に質問した。
確かに国王に会う前には、武器を預けなければならない、とか聞いたことがある気がする。
というか、王宮に入る前に預けるものじゃないのか。
「本来はそうなのですが、カエデ様の場合、持っている武器が多すぎて、預かるのが現実的でありませんから。これは国王様も了承していらっしゃることです。カエデ様がその気になれば、武器があろうとなかろうと関係ないとのことで……」
ぶっちゃけたな……。
確かに俺は杖なしでも普通に魔法を使えるし、外から王城を吹き飛ばすことも多分できるので、武装解除したところであまり関係ないのだが。
そんな会話を経つつ、俺は国王の前へと通される。
国王は、壮年の男性だった。体格はデシバトレの戦士ほどではないが、それ以上に迫力がある。
その国王が、俺に話しかけた。
「よく来てくれたな。冒険者カエデ、メイプル商会の商会長メルシア」
「あ……ありがとうございます」
どう対応していいか分からないが、隣にいたメルシアが膝をついたので、俺も真似しつつ、返事を返してみた。
「礼を言うのはこちらだ。ブロケンの奪還、ドラゴンや亜龍の討伐、魔物大発生の鎮圧など、貴君の功績は建国以来のものだ」
そこで国王は一旦、言葉を切った。
「その功績に報いるべく、貴君には伯爵の位と、領地を与えようと思う」
いきなりの発言に、部屋の空気が一瞬固まった。
メルシアは表向き普段通りの表情だが、動きが固まっている。
「……領地、ですか?」
恐れていたことが起きてしまった。
冒険者に領地を与えることなど、ないと聞いたばかりなのだが。
できれば遠慮したいところだが、どうやって断ればいいんだろう。
「領地だ。もちろん冒険者に領地や貴族位を与えた前例はないし、当然反発はあった。だが与える領地が領地なものでな、何とか納得してもらえたよ」
「……与える領地……」
もしかして、他の人が欲しがらない土地とかだろうか。
土地が痩せていたり、治安が悪かったりとか――
「魔物への対処に追われて、税収はマイナス。住民の力が強すぎて、ロクに統治もできない。誰も収めたがらないから、今は仕方なく王家直轄領扱いになっている場所だが……きっと気に入ってくれると思うぞ?」
予想以上に酷かった。
どこに気に入る要素があるというのか。
それなら確かに、冒険者に与えることができるかもしれないが……そんな土地をもらっても、俺にとっても迷惑だぞ。
この国ではドラゴンを討伐すると、罰ゲームを受けさせられることになっているのだろうか。
「それだけではないぞ。なんとここ100年間、あの都市には一度も貴族が立ち入ったことがない。それどころか『あの都市を与えるぞ』というのは、この国における最高級の脅し文句だ」
最悪じゃないか。
……ってあれ? 何だかそんな都市、聞いたことがあるぞ。
「もしかして、デシバトレですか?」
「正解だ。それと、ブロケンもだな。フォトレン外壁以南の土地を、全て下賜する。魔物の領域も含めてな」
「それって、凄まじい広さなんじゃ……」
「もし開拓できれば、この国の数倍の広さになるぞ。それに、あれだけ金のかかる土地を任せるのだ。タダでとは言わん。今までデシバトレ防衛に使われていたのと同じ額を、前線都市防衛費として毎年与えよう。国税も免除だ」
……いらないゴミを押しつけられるのかと思ったら、実は破格の待遇だった。
そんなことして、国は大丈夫なのだろうか。
「怪しんでいる顔だな?」
「失礼ながら、国にとってのメリットが分かりませんので……」
「なに。国にとって最重要防衛拠点であるブロケンを、最強の英雄に守ってもらえるのだ。お釣りが来るくらいだ。それにカエデはこの国……いや、この世界に、これでもまだ足りんほどの貢献をもたらしている。むしろ今までがおかしかったのだ」
まあ、そういう話であれば、受け取っても問題ないか?
税金から補助が出るのは気になるが、そっちに関しては、余ったら返せばいい話だし。
大変お待たせいたしました!
謁見シーンを書くのって、難しいですね……。
一番苦手なシーンかもしれません。