第107話 王都とデコイ
「おお! ここが王都か!」
出発からおよそ二時間後。
メルシアを乗せた馬車(だったもの)を担いだ俺達は、王都の目の前へとたどり着いた。
国の首都だけあって、日が完全に落ちた今でも、街の中はかなり明るいようだ。
門を通して見える風景も、フォトレンやエレーラに比べ、デザインに凝っている印象がある。デシバトレとは比べるまでもない。
最も大きい特徴は、門の上から顔を出している、巨大な城だろうが。
「カエデは初めてだったのか。人の多い場所に慣れている感じがあったし、てっきり王都にいた経験があると思ったんだが」
「ないぞ。人混みに慣れたのは、別の場所だ」
そんな話をしながらも、俺達は足並みを揃えて減速する。
このままの速度で、王都の門に突っ込むわけにはいかないからな。
「ここの門も、夜だとかなり空いているんですね。以前に来た時には、入るまでにものすごく並びましたから……」
「ああ。王都のあたりに魔物はほとんど出ないが、途中の道は少し危なくなるからな。まともな護衛が確保できるなら、夜に到着した方がいい」
スピードを出している時は馬車から指一本出そうとしなかったメルシアも、スピードが落ちたのに気付いて顔を出したようだ。
そのまま俺達は、ゆっくりと王都の門へ近付いていく。
「あの……それは何ですか?」
「馬車だ」
馬車だったものを背負った俺達を見て、門番が困惑の声を上げた。
他の街では敬語を使っていない門番が敬語になっているのは、ここが王都だからだろうか。
まあ、気持ちは分かる。
これを何と説明していいのかは分からないが、人力車などは一般的ではない気がするし、一番近いのは恐らく馬車だろう。
「馬がいないように見えるのですが」
質問にマティアスが答えると、衛兵はますます困惑を深める。
これは、適当な場所で馬車だけ収納して、歩いて到着すべきだったかもしれない。
まあ、目立った方がゲンガーやその裏組織の動きを誘いやすいだろうし、短期決戦にはその方がいいのだが。
「馬は足が遅いから、前の街に置いてきた。少し急ぐ必要があってな」
「速度を上げるために、馬車から馬に乗り換えるという話は聞いたことはありますが……馬を置いてくるというのは聞いたことが――あっ。失礼ですが、どこの都市から来たかお聞きしても?」
「三人とも、デシバトレだ」
「私はフォトレンからです」
俺達四人は、身分証を取り出して衛兵に見せる。
「なるほど、デシバトレの方でしたか……。身分証に問題はなさそうですが、一応、馬車の中に他の人がいないか、確認させていただいても大丈夫ですか?」
「ああ」
衛兵は馬車の中を確認すると、俺達を街の中へと通してくれた。
この反応だと、恐らく謁見云々の話は、衛兵たちには伝わっていないのだろう。
あからさまにデシバトレ人っぽい、筋骨隆々の冒険者を護衛に入れていたら、もっと早く話が済んだのかもしれない。
敵を油断させるため、わざと甘く見られそうな外見の護衛を選んだのがあだとなったか。
「それで、これからどうするんだ?」
「とりあえず、宿に行きましょう。流石に疲れました……」
「メルシアは、馬車の中で休んでたんじゃなかったのか? 寝ててもよかったんだが」
移動中、この馬車がどんなに素晴らしい物なのか、レイクが説明してくれた。
ちゃんと中で休めるよう、サスペンションに加えて性能の高いクッションを用意していたはず。
中に人が乗って、寝られるかどうかのテストまで、ちゃんと済ませたそうだ。
「あんな速度で動く乗り物の中で休める人がいたら、その人の顔が見てみたいものです。……時間短縮は魅力的ですが、できれば二度と乗りたくありませんね……」
「ふむ……まだ改善の余地があるか。俺自ら乗り込んで、快適な乗り心地を確かめたんだが。俺以外にも、希望者全員……ベルドやガスト、レイリーなんかが乗ったが、満場一致だったぞ」
「希望者全員、デシバトレ人じゃないですか!」
「他の奴らは、誰も名乗りを上げなくてな……」
どうやら、馬車は不評だったようだ。
「馬車の設計は後で見直すとして、宿はもう取ってあるんだったか?」
「そのはずです。ドラゴンの尻尾という名前の宿だそうですが……」
「ああ。俺達が王都に来た時、いつも使う宿だな。宿を取った奴は分かってるな。それならこっちだ」
レイクの案内でたどり着いた宿は、国王の関係者が取ったというだけあって、中々に高級感があった。
特にセキュリティには気を遣っているらしく、宿に入る際にも、身分証のチェックがあった。
それでいて成金趣味でもなく、客層も貴族というよりは、商人や冒険者がメインのようだ。
まあ、特に面白いものがあるかというと、そういう訳でもないのだが。
それよりも、問題はゲンガーのことだ。
「とりあえず、例の機械でアジトの場所には目星が付いた訳だが……向こうの持っている拠点は、一つじゃないよな?」
倒した冒険者から得られた拠点の情報は、結局一つだけだった。
恐らく、襲撃の実行犯は組織の末端付近で、あまり多くの情報が与えられない立場だったのだろう。
ちなみにその一つは、普段は酒場として運営されているらしい。
「あんな馬鹿が知っているような拠点しか持たない組織なら、こちらが手を出すまでもなく滅んでいるでしょう。ただ、他まで調べるとなると、時間がかかりそうですよ?」
「その件については、俺に作戦がある」
そう言って手を上げたのは、またしてもレイクだ。対人戦が得意だというだけあって、盗賊退治の知識も豊富らしい。
「どんな作戦だ?」
「まずはカエデが、連中の拠点に行く」
「それで、戦うのか? 作戦になってない気がするんだが……」
「いや、普通に帰る。連中も流石に、カエデがただ酒を飲みに来ただけだと勘違いするほど馬鹿じゃないだろう。カエデから手を出さない限り、何の準備もなくカエデに喧嘩を売るのも考えにくい。逃げ出すか、そうじゃなければ次の訪問に備えて罠を張るだろうな」
「逃げ出した場合は、逃げる先を探ればいいわけか。罠を張られたらどうするんだ?」
レイク達の力を考えれば、相手が逃げてくれた場合に後をつけるくらいは簡単だろう。
つける相手を選べば、割と簡単にアジトの場所が割り出せるはず。
しかし、相手が逃げ出してくれなければ、事態が余計面倒になるだけだ。
「罠を張られた場合の対応も、ちゃんと考えてあるぞ。罠を仕掛けられた場合、まず俺達がアジトの建物の近くに行って、張り込む」
「それから?」
「次に、カエデが連中の拠点に殴り込みをかける。メルシアはこの宿にいるから安全だ」
「なるほど、この宿は信頼できるわけだな。 ところで店には罠が仕掛けられているはずなんだが、俺の安全は?」
「カエデが殴り込みをかければ、罠を張った連中も逃げ出すだろう。そこをつける」
「なるほど、逃げなくても、無理矢理追い出すわけだな。そうすれば、明日までに連中の拠点をまとめて割り出せると。ところで俺の安全は?」
「これは、ちゃんと安全も考えられた作戦だぞ」
「どうやってだ?」
「安全のために、殺しても死なないカエデを、デコイに使う」
「おい護衛」
ひどい職務放棄だった。
よりによってクライアントを、敵が罠を張った場所のど真ん中に一人で突っ込ませようとしていた。
「俺に護衛を依頼したのは、メルシアだからな。カエデは守る必要ないだろ」
……そういえば、依頼主はメルシアだったな。
だが、それならレイク達は、メルシアの指示には従わざるを得ないはずだ。
そしてメルシアは、商会のオーナーである俺を、一人でそんな危険な場所に送り込むことをよしとしないはず。
「じゃあここは、メルシアの判断に従うことにしよう」
危険な作戦を少しでもまともなものにすべく、俺はメルシアに判断を委ねた。
メルシアなら、俺の期待に応えてくれるはず――
「分かりました。レイクさんの案で行きましょう」
……あれ?
ちょっと短い気がしますが、書籍版の原稿がやばいのでご容赦を……