第105話 メルシアと演技力
手紙が届いてから、数日後。
準備を済ませた俺達は、フォトレンを出ようとしていた。
「よし。それじゃあ行ってくる」
「「「行ってらっしゃいませ! お気を付けて!」」」
見送りは要らないと言ったはずなのだが、フォトレンの門には、商会の従業員が多数集まっており、一糸乱れぬ動きで、俺達のことを見送っている。
「私がいない間、商会を任せましたよ」
「「「はい!」」」。
メルシアの言葉にも、一糸乱れず答えを返す。
……一メイプル商会って、軍隊だったっけ。
「……何か、妙に統率が取れた従業員たちだな」
「妨害工作に対抗するため、従業員達にもある程度の戦闘力を付けてもらおうと思い、ギルド関係の方に指導をお願いしたんですが……帰ってきたら、一部の従業員があんな感じになっていたんです」
「ギルド関係?」
「主に、グンスーさんという方ですね。直接指導を受けた人数は多くなかったんですが、その人達が他の人達にも、似たような指導を施したみたいで」
グンスーさん……どこかで聞いた覚えのある名前だ。
ああ。俺がフォトレンに来たとき、試験を担当してくれた鬼軍曹みたいな人か。
いい人なんだけど、グンスーさんが本気で指導したら、あんな感じになるのも無理はないな……。
しかもあのテンション、伝染するらしい。
「おかげで、商会の防御力はだいぶ高まりました。デシバトレ人の護衛もいますので、安心して商会を離れられます」
「……つまり、俺達は安心して囮になれるわけだな」
その気になればすぐにでも王都へ飛んでいける俺だが、今回の移動は馬車だ。
高性能な馬車と良い馬を用意し、荷物などを積まないことで速度を上げたが、それでも到着には五日ほどかかる。
これには俺がメルシアを守る目的以外に、あえてわかりやすく移動することで、敵に早く手を出してもらう意味がある。
襲撃者の方々への尋問……もとい歓迎会の準備も万端だ。
ただ返り討ちにするだけでは、誰が俺たちの敵なのか分からないからな。
「はい。護衛の皆さんも、襲撃者の方々が出てきやすいように、油断したふりをしながらついてきてください」
「分かったぜ」
「任せてくれ」
今回、メルシアが用意した護衛は二人。
これも相手を油断させるように、できるだけ『弱そうに見える』人に護衛してもらうことにした。
レイクとマティアス。どこの町にもいるような、普通の村人――のような見た目の、デシバトレ人達だ。
体力は低めだが、索敵や対人戦に秀でており、今回の作戦には最適だといえる。
……ちなみにデシバトレ基準での『体力が低め』というのは、『他の前線都市の主力級より、少し強いくらい』という意味らしい。
その二人は俺たちの指示を受け、眠そうな顔で馬車を操ったり、荷台に寝転がったりし始める。
そんな調子で俺たちは、のんびりと王都へ近づいていく。
一日目、二日目、三日目は特に動きがなかったが……四日目の夕方、つまり到着予定の前日、事態が動いた。
「ちょっといいか?」
夕食前に、俺の部屋に集まって話しているとき。
偵察から帰ってきたレイクが、耳をふさぐようなジェスチャーをしたのだ。
それを見た俺は、来る前にカトリーヌに作ってもらったアーティファクトの一つである、外へ声が漏れるのを防ぐ『消音』という魔道具を起動する。
「どうした?」
「宿の井戸に、薬が盛られた」
ああ。ようやくか。
明日には到着してしまうから、もしかして暗殺に来てくれないのかもしれないと、心配したじゃないか。
「とりあえず、実行犯の荷物には小さいアンカーを放り込んでおいたぞ。どうも下っ端っぽいから、捕まえて警戒されるのは避けたい」
「今後の対応は、どうしますか?」
「そうだな……いっそ気づかないふりをして、食べてしまうのはどうだ? 狸寝入り作戦だ」
「解毒薬の用意があるんですか?」
「用意はしていないが、必要ない。井戸に混ざった睡眠薬を調べてみたが、あれは薬の魔力で人の魔力に干渉して眠気を誘う、遅効性の睡眠薬……要するに、魔力の強いデシバトレ人には、効き目が薄いんだ。濃度からいくと、せいぜい軽い眠気を覚える程度だな」
「どうして、そんな薬を?」
「睡眠薬としては、割とメジャーな薬だぞ。六時間もすれば消えて証拠が残らないし、ズナナ草系の回復薬が効かないからな。……それと、デシバトレ人に効果が薄いことはあまり知られていない。デシバトレ人に薬を盛ろうとする命知らずが、そもそもいないからな」
……見た目で油断させる作戦が、うまくいったということか。
「じゃあ、それでいくか。念のため、俺は回復魔法を用意しておくとして……メルシアはどうする?」
「私はいつも、毒対策用の魔道具をつけていますので、そのままでも大丈夫です」
言いながらメルシアは、首にかけた小さい魔道具を指した。
鑑定によると、強力な解毒効果を持ったアーティファクトのようだ。
……つまり盛られた薬は、俺たちの誰にも効かないってことだな。
「よし、飯を食いにいくか。睡眠薬は遅効性だから、あんまり早く寝ても怪しまれる可能性がある。夕食後は雑談でもしつつ、誰かが眠気を感じたら狸寝入り開始だ」
「「了解!」」
「分かりました」
みんなの返事を確認してから、俺は魔道具をアイテムボックスに収納し、食堂へと向かった。
出てきた水や料理などを鑑定してみると、確かにレイクの言う通りの薬が入っていることが分かる。
他の客も似たような状況なので、井戸に薬が仕込まれたという情報に間違いはなさそうだ。
それから俺たちは、薬に気づかないふりをして食事をとり、予定通り部屋に戻った。
だが、襲撃を待っている間に、問題が一つ起きた。
「なあ。あの薬の効果って、どのくらいで現れるんだ?」
「調合次第だが、2時間から5時間ってとこだな」
「そろそろ、5時間経つんだが」
三人とも、いつまで経っても眠気を覚えないのだ。
いい加減、暇つぶしのネタも尽きてきた。
かといって、部屋を出るとピンピンしているのがバレてしまうので、そういうわけにもいかない。
「もしかして、薬の効き目が弱すぎたんじゃ……」
「……カエデの魔力で、薬の魔力が吹き飛ばされてしまった可能性もある。この時間なら怪しまれることもないだろうし、そろそろ寝たふりを……ちょっと待て。何か聞こえないか?」
耳を澄ましてみると、確かに何かが歩くような音が聞こえる。
「足音だ。十人はいる」
「しかもこの足音、そこそこ武術の心得がある奴だ。これ、襲撃者じゃないか?」
「……急いで寝たふりだ! 起きているのがバレると、襲撃が中止になるかもしれない!」
「それだと証拠が押さえられないじゃないか!」
「わ、分かりました! 急いで寝たふりをします!」
俺たちは大慌てでこんな会話を交わし、急いで地面に寝転がり、寝たふりをはじめる。
まるで先生の見回りを恐れる修学旅行生みたいな対応だな。
「すー、すー……」
そして、ここでメルシアの演技力のなさが露呈した。『すー、すー……』って、口で言ってどうする。
割と完璧人間だと思っていたメルシアだが、こんなところに弱点があるとは。
いろいろとグダグダすぎる気がするが、これは暗殺者が、効かなかったり効果が飛んだりする薬を盛るのが悪いのだ。せめてどこかに、何時間後に効果が出る薬なのか書いておいてほしかった。
だが幸い、声が小さかったおかげで、暗殺者たちには気付かれずに済んだようだ。
いきなり俺の部屋のドアが開けられ、剣を持った男達が十人ほど入ってくる。
「よし。ちゃんと薬は効いているようだな」
「でも、なんか寝方が不自然じゃないか?」
……早速、メルシアの演技が気付かれかけていた。
触板の反応で、侵入者達の視線がメルシアに集まるのが分かる。
その隙を見計らって、俺は薄目を開け【情報操作解析】で、連中が盗賊扱いになっているかどうかを確認する。
結果は、黒。全員が盗賊だ。
「薬で眠らせたわけだからな。自然な眠りとは違うに決まっている。……さて、これで手柄は俺のもの……だっ!?」
倒しやすいところから、ということなのだろう。メルシアを攻撃しようとした侵入者を、俺は蹴り飛ばした。
護衛の二人も同じタイミングで動いたようで、侵入者(口ぶりからすると、恐らくリーダー格)は、3人からの同時攻撃を受けて吹き飛んでいく。
だが、殺さないように気をつけていたせいだろう。侵入者はすぐに起き上がり、他の連中へと指示を出した。
「くっ……いくら相手が強かろうが、囲んでしまえば関係ない! 全員でカエデを囲んで殺せ! そっちの弱そうな連中は、俺が一人で相手をする!」
その、あまりにお粗末な指示を聞いて、俺達は思わず顔を見合わせる。
「おいマティアス、舐められてるぞ」
「レイクもだな。……まあ、一番ナメられてるのはカエデなんだが」
「とりあえず、捕縛したらどうでしょう」
「そうするか」
――それから、およそ十秒後。
侵入者たちは残らず捕縛され、部屋の片隅にまとめて積まれていた。
さあ、尋問タイムだな。
カトリーヌ謹製の魔道具の出番だ。