第104話 領地と貴族
前半は、web版本編で初のsideです。
――――――――――王宮―――――――――――――――――――――――――
カエデがフォトレンに戻った翌日。
王宮には貴族や軍、ギルドの上層部が集められ、会議が行われていた。
時間がなかったため、集められたのは王都付近にいた者だけだが……それでも参加者は二十人を超える。
まだ来ていないものの、国王も参加する予定だ。
そんな面子が集まって、何を相談するかというと……
「ノイレルの取り込み工作か。予想はしていたとはいえ……厄介なことになったな」
「ノイレルの、というよりは、ソイエルの独断でしょうな。まあ、事態に変わりはありませんか……」
カエデのことである。
国を出る際カエデに渡された印籠には録音用の魔道具が仕込まれており、その中身から、取り込みのことが発覚したのだ。
ちなみにカエデは知らなかったようだが、録音機のことは秘密でもなんでもない。
何か起こったときに、証拠として活用するために堂々と入れられているものだ。
もしカエデがこのことを知っていたら、恐らく印籠はアイテムボックスに入れられ、取り出されることはなかったかもしれない。
「うむ。このままではカエデを引き抜かれる可能性さえある。そこで対応を決めるために集まったわけだが……何か案のある方は?」
「即刻処刑すべきだ!」
議長が質問を言い終わるや否や、参加者の一人、ゲンガー伯爵が叫んだ。
「ゲンガー卿、それはないだろう。冒険者カエデは国に利益をもたらしたし、悪事を働いた訳でもない。処刑する理由などどこにもないぞ」
「しかし冒険者カエデは、隣国に特産品を受け取りに行ったそうだ! 隣国と友好関係を結ぶなど、これは国に対する反逆!」
「……ノイレルは友好国だし、援軍として派遣したのはベイシスなのだが?」
「しかし、果物の件は個人的な契約ではないか!」
「まあ、その点に関しては冒険者カエデにも若干の非があるかもしれないが……それだけで処刑などあり得ないし、彼の功績に比べれば小さい話だ。そもそも、国の最大戦力を殺してどうする」
「しかし……」
これだけ言われてなお、ゲンガーは食い下がる。
理由は単純。ゲンガーにとってカエデは邪魔なのだ。
不正に横流しされたズナナ草が取引される裏市場を掌握し、そこから多大な利益を得ていたゲンガーにとって、メイプル商会は目の上のたんこぶ。
どんな手を使ってでも潰したい対象である。
「ゲンガーよ、それは無理というものだ」
自分の言葉を遮っての言葉に、ゲンガーはすぐさま反論しようとして……すぐに口を閉じた。
なぜならゲンガーの言葉を遮ったのは、いつの間にか会議室へと入ってきていた、国王だったからだ。
「百歩譲って、カエデを処刑する理由があったとしよう。どうやって処刑するのだ?」
「どうやって……」
言われたことの意味がよく理解できていないゲンガーを見てため息をついた国王は、騎士団長に問いかける。
「国軍を総動員したとして、カエデに勝てると思うか?」
「……まず不可能かと。5分もつかどうかといったところです」
「だろうな。五秒と言われても、俺は驚かなかったぞ。大陸を更地に変えるドラゴンを倒した男を敵に回すなど、正気の沙汰ではない。……やはり他国に先んじて、ベイシスの領地を与えるのが一番だろうな」
国王の発言を聞いて、会議室が驚きに包まれる。
それも無理はない。
領地をもらうということは、貴族になるということなのだ。
冒険者が貴族になるなど、ここ数百年は例のなかったことである。
「冒険者に、領地を与えるのですか?」
「ああ。冒険者カエデは、それに相応しい功績をあげた。……それに、丁度いい土地もあることだしな。
そう言って国王は、地図上の一点を指した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……それから、数日後。
俺の元へと、一通の手紙が届けられた。
ひと目で、尋常ではない代物だと分かるような装飾と、やたら大きい判がいくつも押された手紙だ。
封を切って中を見てみると、冒険者としての功績を称えるから、メルシアを連れて王都に来いとのこと。親切なことに、どんなルートを使って、どの宿に泊まればいいかまで書かれている。
俺はともかく、なぜメルシア?
……よく分からないが、本人に相談するのが一番だな。表彰がどうとかも、俺よりよほど詳しいはずだ。
とりあえず商会を覗いてみると、メルシアはあっさり見つかった。
「なあメルシア、なんか豪華な手紙が届いたんだが」
「商会にではなく、カエデさんにですか。ギルド経由じゃないのは珍しいですね。どんな内容だったんですか?」
「装飾だらけのゴテゴテした文章だが……要するに、俺の功績を称えるから、メルシアを連れて王都に来いって話だな」
「表彰……ですか? 何だか怪しいですね。私としては、あまりフォトレンを離れたくないのですが……差出人は誰ですか?」
「差出人……そういえば、見てなかったな」
派手な装飾に気を取られて、差出人の確認を忘れていた。
変な手紙をもらって、俺も少し動揺していたのかもしれないな、などと考えながら、俺は手紙に書かれている名前を読み上げる。
「テラバード=ベイシス」
「ぶっ!? けほっ、けほっ……」
俺が名前を読み上げると同時に、メルシアが吹き出した。
「メルシア、大丈夫か?」
「それは私のセリフです! 差出人、王様じゃないですか!」
「王様? でもそんなこと、手紙には書かれて……」
「書かなくても、気付かない人なんていませんから」
いや、ここにいるんだが。
だが言われてみれば、名字が国名と同じというのは、いかにも王族っぽい感じがする。
というか普通、誰でも知っているような立場の人だからこそ、名前の前とかに立場を書いておいておくものじゃないのか。
……この世界では違うのかもしれない。
「つまり俺は、この国の王に呼び出されたってことか?」
「そういうことですね」
「……どうすればいい?」
「どうするも何も、行くしかないでしょう。まあ用心しておくに越したことはありませんが、王様自身に関してはあまり心配はいらないかと」
「そうなのか?」
国王に呼び出されても心配がいらないって、ずいぶんと剛胆だな……。
「今のカエデさんを敵に回すような人が王様なら、この国はとっくに滅んでいますから。むしろ警戒すべきなのは、王都の貴族かもしれません」
「貴族っていうと、人に自分の罪をなすりつけて逮捕して、財産を没収しようとしたりするやつのことか?」
「いえ。正面からカエデさんを逮捕できると考えるほどの馬鹿は、流石にいないと思います。寝ている間に暗殺するとか、そういうことですね」
そんな馬鹿が、実際にいたんだけどな。
まあ寝ている間の暗殺に関しては、魔法装甲を維持しておけば問題ないだろう。
だが、この国の貴族に、俺を殺さなければならない事情があるのだろうか。
アイテムボックス持ちを殺したところで、その中身は手に入らないはずなのだが。
「俺を暗殺して、得をする奴がいるのか?」
「カエデさんというか、商会が邪魔なんだと思います。被害はほとんどありませんが、ちょっかいをかけられることが増えています。不自然な場所で妙に装備のいい盗賊が現れたり、移動中の私を暗殺しようとしたり……」
メルシアは何でもないことのように話しているが……暗殺って大事じゃないか!
目の前にいるメルシアを見る限り、未遂のようではあるが……
「その暗殺未遂って、どうなったんだ?」
「普通に返り討ちですよ。このくらいのことは予想して防御用の魔道具を用意していましたし、なにより護衛が優秀ですから。敵の数は三十人ほどでしたが、三百人いても結果は変わらなかったと思います」
「護衛って、そんなに優秀なのか?」
「元デシバトレ人です」
「なるほど」
俺が知らない間に、メルシアは護衛が必要な立場になっていたらしい。
まあ、デシバトレ人と魔道具の守りがあるなら、メルシアの心配はいらなさそうだ。
「で、その黒幕が、王都にいる貴族なのか?」
「流石に依頼人の証拠は見つかりませんでしたが、盗賊の持ち物などを見る限り、ほぼ間違いないかと。特に怪しいのは、マシュロン伯爵、ゲンガー伯爵あたりでしょうか」
「その二人って、何かあるのか?」
「どちらも、ズナナ草の闇取引で稼いでいた家ですね。二人にとって、この商会は目の上のたんこぶでしょう。特にゲンガー伯爵はかなり闇取引に頼っていたようなので、どんな手を使ってきてもおかしくありません。船を沈めようとしてきたこともありましたね」
ズナナ草に、闇取引なんてあったのか……。
そこに俺達が乗り込んでいったせいで儲からなくなって、妨害工作を仕掛けてきたと。
うん。見事な逆恨みだな。
……よし。
「潰すか」
「潰しましょうか」
俺たちの意見は一致した。
王都旅行のついでに、面倒な工作を仕掛けてきている連中を潰そう。
ただ、ズナナ草の闇取引をしていたというだけで犯人扱いは、乱暴にもほどがある。
何かほかの手段で、黒幕をあぶり出す必要があるな。
……まあ、向こうがわざわざ暗殺に来てくれるなら、それを利用させてもらうか。
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