第103話 セウーユ畑と取り込み工作
9月30日に、3巻が発売します!
主な舞台はデシバトレですが、全編書き下ろしとなっております!
「昨日、キングテイルブルを倒したんですが、これもテイルブルと同じように調理して大丈夫ですか?」
「キン……すみません。もう一度よろしいですか?」
「キングテイルブルです。森にいた、大きいテイルブルです」
「……あれ、倒せるんですか!?」
「倒せるというか、倒せましたよ」
パワーと耐久力がありそうな雰囲気だったが、そこまで強い魔物という感じはしなかった。
デシバトレ人を数名集めれば、普通に倒せるだろう。人によっては一人でもいけそうだ。
「あれ、前領主が30人規模の討伐隊で返り討ちにあって、討伐を諦めていた魔物なんですけど……」
30人で返り討ち……それは、適当に頭数だけ揃えたとかじゃなかろうか。
まあ、あまり触れないでおこう。すでに倒された魔物の強さなんて、あまり重要なことじゃないし。
「問題は強さじゃなくて、味です。どう調理したらいいんでしょう」
「私のカンでは、テイルブルと同じでいい気がしますが……なにしろ倒されたことがない魔物なので、はっきりしたことは言えませんね。少し提供していただければ、調理法は分かるかと思いますが……」
考えてみれば、倒されたことがないということは、調理されたこともないってことだもんな。
そんな物の調理法をいきなり聞かれたら、いくら腕の良い料理人でも困るか。
「じゃあ、後で肉を用意しましょう。ここではちょっと、切り分けられないので」
キングテイルブルは、この部屋に収まるサイズじゃないからな。
「ありがとうございます。……ところでキングテイルブルは、どうやって倒したんですか? 倒し方が分かれば、今後の参考になるかと――」
「普通に近付いて、首を切っただけですよ。一撃で落としきれなかったので、刃渡りの大きい刃物を使うといいかもしれません」
「……なるほど。参考にならないことが、よく分かりました。ありがとうございます」
どうやら、参考にならなかったようだ。
まあ、数だけ集めた討伐隊だから失敗しただけで、ちゃんとした冒険者を集めれば、普通にやっても倒せると思う。
食事を終えた俺は、今日も一度森を見に行くことにした。
昨日もかなり倒したはずなのだが、森にはすでに多少のテイルブルが戻っていた。
それを狩りながら動き回るうち、見覚えのある黒い雲が目に入る。
大発生の予兆とみて、ほぼ間違いないだろう。
「……ちょっと早くないか?」
来る前に聞いた話では、明日が大発生の日だったはずだ。
だが今の様子を見る限り、大発生までにはもう三十分もないだろう。様子見に来たのは正解だったようだ。
出現予測の場所が遠すぎると、やはり精度も落ちるのだろうか。
幸い、雲の直下にはセウーユの木など、特に守る必要のありそうなものは存在しない。
セウーユ畑は雲から少し離れた位置にあるので、巻き込んでしまうことはないはずだ。
いつも通り、空中に結界を炎魔法を置き、魔石を回収する用意をして待ち構えていたら――なんと、その下に魔物が出てきた。
今までの大発生は全て空中からだったので、不意を突かれた形だ。
俺はセウーユ畑を守るため、手前に小さめの炎魔法を放ち、牽制を試みる。
しかし魔物たちはそれを気にしないどころか、余計に勢いを増して、セウーユ畑へ突撃していく。
お前らはセウーユに何か恨みでもあるのか? ゾエマースの手先か!?
いずれにしろ、のんびりしてはいられないようだ。
俺は大規模な結界魔法を発動し、セウーユ畑を保護する。
それから、効果範囲内に人がいないことを確認し、高威力の炎魔法を発動させた。
轟音と共に魔物たちと、森の木々が吹き飛ぶ。
だが、セウーユ畑は無事だ。魔石は……最初は拾い集めていたが、あまりに数が多すぎて、途中で諦めた。
「カエデ様、ご無事でしたか! 急に空が黒くなったと思ったら、今度は赤く染まって――」
街へと戻った俺に、衛兵の一人が声をかける。
「無事ですよ。森は少し吹き飛んでしまいましたが、セウーユ畑は無事です。大発生って、ああいうものなんです」
赤く染まったのは、俺のせいだが……炎魔法を使うのはいつものことなので、それも含めて『ああいうもの』と言っても間違いではないだろう。
「森が……吹き飛ぶ?」
「ええ。でも、今は様子を見に行かないほうがいいかもしれません。地面がかなり高熱を帯びていて、火傷をする可能性があるので」
「森が吹き飛んで、高熱……? そんなところから平然ともどって……デシバトレって、恐ろしい場所なんですね……」
「慣れると結構楽しい場所ですけどね」
「いや、慣れる前に死にますから」
そんなやりとりと共に、俺は街へと入った。
領主のところへ報告に行こうと思ったが、領主は調査の関係で少し外に出ているとのことで、宿で待つことになった。
少しの後、領主が帰ってきたようで、俺は領主館へと招かれる。
「調査員たちの報告によると、予想よりも早く大発生が起きた……ということのようですが、カエデさんも同じ認識ですか?」
「同じです」
「森の一部が……その……何かの爆発に巻き込まれたかのように吹き飛んでいるのに、なぜかセウーユ畑だけ無傷なのは?」
「それは魔物じゃなくて、魔物を倒すときに起きたものです。セウーユは結界魔法で守りました。ゆっくり倒していると、逆に被害範囲が増えそうだったので。森の被害も、もっと小さくすべきでしたか?」
「いえ。使い道のあまりない森でしたし、むしろ新しく畑を作れそうで助かります。あまりに異様な光景だったので、見た時には驚きましたが……」
調査って、自分で見に行ったのか。
高いところに登って、遠くから見たのかもしれないが。
「では、こちらがセウーユの受け取り証です。私がいるうちはこれがなくても大丈夫だとは思いますが、何かないとは限りませんから。それと吹き飛んだ森の中に、魔石が沢山落ちているという報告があったのですが……集めて、届けさせましょうか?」
「いや、そろそろ向こうへ帰らなくてはならないので、魔石はそちらで処分していただけると」
もし魔石が属性を帯びていたら、何とかして回収する必要があったかも知れないが、今回は万一にでもセウーユ畑を壊さないため、少し出力を抑えていたからな。
そこまでのことにはならないはずだ。
「ありがとうございます。今度いらした時までに、何かお礼を用意しておきます」
「……出来れば、食べ物とかでお願いします。領地じゃなくて」
こんなやりとりの後、俺はソイエルを出発し、途中で印籠などを返却しながら、フォトレンへと帰還した。
新しい食べ物などが手に入ったので、とりあえずメルシアの元へと向かう。
「あっ、カエデさん。おかえりなさい! ノイレルからの取り込み工作などを心配していたのですが……大丈夫だったみたいですね」
開口一番、メルシアがノイレルの動きを見抜いていた。
ノイレルというよりは、ソイエルの動きか。
「取り込み工作は、あったぞ」
「でも、引っかからなかったんですよね?」
「ああ。報酬と称して領地を押しつけられそうになったが、代わりにセウーユを受け取ることになった。毎年もらえるらしい」
「……引っかかってるじゃないですか!」
引っかかった……? どこがだ。
まあ多少のつながりはできるかもしれないが……ああ。メルシアは、セウーユの価値を分かっていないんだな。
「セウーユっていうのは、ソイエル特産の果実で――」
「知ってます! 調味料として使われるものですよね? そうではなく、なぜ毎年受け取るのかと聞きたいんです!」
「……年間の生産量が限られているから?」
「そういう問題じゃ……もう、いいです。何となくそんな気はしていましたし、領地を受け取ってくるよりはよほどマシですから……。ただ絶対に、領地は受け取らないでくださいね……」
「ああ。分かった」
確かに、毎年他国に行って特産品を受け取るというのは、政治的に多少の問題があるのかもしれないが……セウーユやミーリン、それにあのレシピ達のことを考えれば、安いくらいだ。
ちなみにキングテイルブルは、普通のテイルブルとほぼ同じ調理法で大丈夫だった。サイズが大きいからといって大味だということもなく、むしろ美味いくらいだ。
この後、俺はメルシアに相談して、レシピを生かせる料理人と、その人に持たせる店を用意してもらった。
ただ問題だったのは、取り込み工作のことを知った人物が、俺とメルシア以外にもいたことだ。
情報源は、例の印籠だったのだが――この時の俺は、まだそのことを知らなかった。
次話前半は、本作初めての他キャラside(予定)になります。




