第101話 領地とセウーユ
領主の逮捕から、数日後。
逮捕された領主は、隣領の領主(エイルデンという名前らしい)に引き渡され、処刑されることとなった。輸送中に起きた『不慮の事故』により、隣領に到着した領主はすでにボロボロの様子だったようだが、どうせ処刑される人間だ。特に問題は無いだろう。
俺はそれを確認するとすぐにディルミアを出て、ソイエルへと移動していた。
いつまでもディルミアに留まっていては、どんな面倒ごとがあるか分からないからな。
その点、ソイエルならば安心だ。
ディルミアと違って、ベイシスから遠すぎるため、俺の移動に情報が追いつかない。
俺に連絡が来た時期から言って、『デシバトレ人の援軍を要請した』という程度の情報が伝わっているとしても、援軍が実際に来るのか、その援軍が具体的に誰なのかや、その援軍がノイレルに来てから巻き込まれた事件については、伝わっていないはずだ。この世界の情報伝達は、そこまで速くはない。
きっとそうだ。
飛行魔法を使い、地図の通りに移動するうちに、ソイエルらしき町が見えてきた。
どうやらかなり寒い都市らしく、雪が積もっている。この世界では、初めて見る気がする。
魔法とステータスのおかげか、寒さは感じない。
もし魔法に守られていなければ、俺も上空で凍えていたかもしれない。
魔法に感謝しながら俺は高度を落とし、ソイエルの門へとたどり着いた。
「カエデ様! ようこそソイエルへ!」
俺が街に入ると、門あたりにいた三人の衛兵たちが、敬礼のようなポーズとともに、そう出迎えてくれた。
随分と丁寧な街……あれ?
どうしてこの衛兵たちは、俺の名前を知っているんだろう。
どうして挨拶の声を聞いて、領主館と思しき、大きめの建物へと駆け込んでいく人がいるのだろう。
どうして街の入り口にほど近い高級そうな宿に、『カエデ様が宿泊予定のため、五日後まで休業します』などという、看板が立てられているのだろう。
……ああ。今度こそ本当に、同姓同名のカエデさんか。
恐らくその人が来る予定のタイミングで俺が来てしまったため、勘違いされたのだろう。
急いで衛兵たちの誤解を解かなくては。
「あの、俺はベイシスから来た、冒険者なんですけど……」
「魔物の大量発生の件で来て下さった、カエデ様ですよね。領主様には、丁重にお迎えするようにと申し付かっております」
……当たっている。
驚く俺の元に、領主館から出てきた男が走り寄り、こう告げる。
「領主様の準備ができたようです。こちらへどうぞ」
何が起きているのか分からないが、どうやらソイエルにはすでに俺の名前が伝わっており、なぜか凄まじいまでの好待遇を与えられることになっているらしい。
街を救いに来たとは言っても、俺は要するに、ギルドから派遣された冒険者だ。流石に待遇がおかしい気がする。
まあ、行ってみれば分かることか。
男の案内に従って、俺は領主館へと入る。
そのまま応接室まで案内されて、領主と話すことになった。
「ようこそお越し下さいました。ソイエルを治めている、ソフィアと申します」
驚いたことに、ソイエルの領主は女性だった。それもかなりの美人だ。
女性の領主など、ベイシスでは聞いたこともない。まあ俺がベイシスの領主事情に詳しいかといわれると、全くそんなことはないのだが。
「どうもご丁寧に。カエデと申します。ところで私はただの冒険者なので、ここまでの歓待は……」
とりあえず挨拶を返しながら、この待遇の理由を探ってみる。
「いいえ。このソイエルを救って下さる方なのですから、そういう訳には参りません」
俺の質問にソフィアさんは、当然だという顔をして返した。
これはソイエルが、そういう文化だということなのだろうか。
それとも何か、別の理由があるのだろうか。ソイエルはおろか、ノイレルの文化すら知らない俺には、判断がつかない。
メルシアならばすぐに分かるのかもしれないが、残念ながら彼女は今、七百キロの彼方にいる。
よし。結論は保留。成り行きに任せよう。
「では早速ですが、カエデさんを招待した理由の話に移らせていただこうと思います」
「理由……?」
大発生に対する対応についての質問……ではない気がする。
もし大発生関連であればこんな切り出し方はせず、最初からそう言ってくるのではないだろうか。
「ゾエマースの件です。伝書鳥経由で、連絡を受けまして」
ここのところ外れ続けていた俺の推測が、珍しく当たったようだ。
内容も情報の伝わった方法も当たっていないので、精度は相変わらず微妙なままだが。打率でいうと二割といったところだろうか。
【情報操作解析】、仕事しろよ。
「もしかして、倒しちゃまずかったり?」
よく考えればディルミアはソイエルにとって、同じセウーユを栽培する、ライバル企業のようなものだ。
そのディルミアのトップリーダーがゾエマースのような無能になり、競争が楽になっていたところに、俺が余計な横槍を入れた形になったのかもしれない。
あれ? それだと歓待する理由がないな。
「いいえ全く。むしろ大歓迎です。実はエイルデンの領主は、私の親戚なんです。ゾエマースが倒れたおかげで、ディルミアを手に入れられそうなんですよ」
……領主が倒れたドサクサに紛れて、領地ごと奪うってことか?
流石に無理がある気がするが。
「そんなことが可能なんですか? というかそうだとして、そんなことを私に話して……」
「問題ありません。ノイレルはそういう国ですので。中央に大きい権力のあるベイシスとは、色々違うんです」
違いすぎだろ……。
ノイレルは色々と、俺の想像を超えた国のようだ。
というか、もはや国として成立しているかすら怪しいんじゃないだろうか。
領主を裁ける法律があるようなので、最低限の縛りはあるのだろうが。
「それで、お礼をさせていただこうということになりました。この中から一つ、お好きなものをどうぞ」
そう言いながらソフィアさんは、文字が書かれているであろう板を、四枚まとめて取り出した。
なんだろう。喜ぶべき場面のはずなのに、面倒な予感しかしない。
だが、断る訳にもいかない。
とりあえず、一枚めくってみる。
そこには、『バルーミア』という名前とともに、説明が書かれていた。
説明によると、『バルーミア』というのは……
「街!?」
街の名前だった。
つまり、領地だ。武器やアーティファクトの類なら分かるが、領地をもらうのは流石にあり得ないだろう。却下。
その板をスルーして、俺は次の板をめくる。
そこに書かれていたのは、『ノーブレイ』という名前。……ノイレル南部にある街だ。
俺はその板を無視して、残りの二枚をまとめてめくった。
片方は残りの二枚と同じく、ノイレル南部にある街の名前。
もう片方の内容は、今までの三枚とは違った。
ノイレル南部ではなく、北部にある街だ。ちなみにこの四つの領地は全て、エイルデンかソフィアの持ち物らしい。
「……お気持ちはありがたいですが、ご遠慮させていただきます!」
あまり大きな街ではなさそうだと言っても、他国の領地をもらうとか、面倒ごとの予感しかしない。この予感だけは、当たる自信がある。
「うーん……ダメですか。では、どこの領地がお望みですか?」
……どうして俺が、領地を受け取る前提になっているのだろうか。
いくら領主を倒したとはいっても、限度があると思うのだが。
というか、これはもしや、お礼にかこつけた引き抜き工作なのではないだろうか。
そう考えれば、この待遇にもつじつまが合う。
うん。ここは距離を取るべきだろうな。
「私としては、セウーユのほうが」
「分かりました。ではセウーユの栽培が行われている……」
「領地はいりませんよ」
俺がそう言うと、ソフィアさんは一瞬『ぐぬぬ』というような顔になったが、すぐに表情を戻す。
「……分かりました。ではこれから毎年、できがいいセウーユをお送りしましょう。ただ普通の人の足で運ぶと、どうしても鮮度が落ちてしまうので、できれば……」
「わかりました。取りに来させていただきます」
よし。何とか取り込まれずに済んだようだ。さらに毎年、良質なセウーユがもらえるらしい。
素晴らしい。交渉は大成功だ。非の打ちようなどどこにもない!
その後の話は、魔物の出現範囲、優先して守るべき場所、近付かないほうがいい場所や当日までのスケジュールといった、普通の話だった。
特に問題が起こることもなく面会は終わり、俺は今日の宿へと向かうことになる。
「カエデ様! 宿にご案内いたします!」
……ところでこの待遇、いつまで続くんだろう。