第99話 檻と領主
「大人しくしておいていただけると助かります」
俺が連れてこられたのは、一種の地下牢のようだった。
中には『魔法使い用』と書かれた金属製の檻があり、そこに閉じ込められる。
触板によると、檻の底面はやたらと分厚い金属の塊のようだ。
重量を増やして、アイテムボックス対策をしたつもりだろうか。
「俺としちゃ領主の物なんざいくらでも盗んでもらいたいし、脱獄して貰っても構わないんだがね。逃げるにしても俺達がいなくなってからにしてくれ。責任かぶせられて、俺達が牢に入る羽目になっちまうからな」
衛兵とは思えない発言を聞いた気がする。領主って、衛兵からも嫌われてるのか?
「ドムール。それを領主の手の者に聞かれたら、それだけで牢屋行きですよ……」
「おっとあぶねえ。聞かれてないよな?」
少なくとも、俺の触板の範囲には俺と衛兵二人と、看守以外にはいないようだな。
看守も今の話を聞いて笑っているので、恐らく『領主の手の者』では無いと思われる。
「多分聞かれてませんよ。それとさっき言ったことが本当なら、早く出て行ってください。脱獄できないじゃないですか」
俺が言うと、衛兵の二人は顔を見合わせて笑った。
「それならお言葉に甘えて。生きてそこから出られることを祈ってるぜ。ついでに領主から、横領の証拠でも盗んできてくれよ」
「ドムール、あなたそのうち捕まりますよ……」
看守も笑いをこらえている。ジョークだと思われたらしい。
それから看守が檻を施錠したのを確認すると、衛兵たちは手を振りながら出て行った。
看守は檻のある場所から角を曲がり、その先で待機しているようだ。
俺の位置から看守の姿は見えないし、向こうから俺の姿も見えないはずだ。
魔法を封じる(ことになっているらしい)手錠と射線を通さない構造の、二重防御といったところだろうか。
そこまで考えたところで、手元から「パキ」という音が聞こえた。
「あっ」
見ると、手錠の右と左をつないでいた部分が真ん中から割れて、離ればなれになってしまっていた。
これではもう、手錠とすら呼べないだろう。ただの魔法をほんの少しだけ弱める、エキセントリックな形をした腕輪だ。
ちなみに俺の声は看守に聞こえたはずだが、看守に動く気配はまるでなかった。
元々やる気がなさそうだったのに加え、檻が頑丈そうなので、鍵さえ押さえておけば安全という意識があるのだろう。
まあ、全く安全ではないのだが。
俺は檻に手を当てると。
多少は重く作られているようだが、アイテムボックスの容量はMP依存なのだ。
そして今の俺のMPは、桁を数えるのが面倒になる数字である。
俺が念じると、檻はあっさりとアイテムボックスに収納された。
それを確認した俺は、牢のさらに奥へと向かう。
本来、ここから脱出するルートは、看守のいる場所を通るものしかないようだ。
しかしこの牢、実はそれ以外にも、どこかへ向かうルートがある。
そのルートには蓋がされており、その蓋も周囲と同化するように偽装されているようだが、触板ははっきりと別ルートの存在を示している。
どこに向かうのかは分からないが、ちょっと行ってみることにする。
何かヤバそうなら引き返せばいいし、面白いものが見つかるかもしれない。
蓋をアイテムボックスに収納し、灯りのともっていない地下道を進む。
三十メートルほど移動すると、行き止まりに突き当たった。
行き止まりの天井には、入り口と同じく偽装された蓋がある。
おれはその蓋をアイテムボックスに収納しようとして……やめた。
蓋の上から、何かドアを開けるような音が聞こえたのだ。
続いて触板に、人間らしき反応が出る。
片方はかなり太っており、もう片方は比較的痩せている。
「いやはや、見事な腕前ですなぁ」
中で何か話しているらしい。声が丸聞こえだ。
盗み聞きはどうなのかと思ったが、よく考えれば牢につながっている部屋がまともな訳がない。
盗賊のアジト……がこんな街中にあるはずがないが、それに近い代物の可能性もある。
もし盗賊のアジトだったら、それはそれで好都合だ。
安心して討伐して、逃げ出せるからな。
「だろう?」
「いやまったく。しかしこの成功は部下の報告あってのこと。そのことも……」
「もちろん忘れておらぬよ。あの忌々しいディルミアを救いに来たとかいう冒険者……ケーデとかいったか?」
「カエデですよ」
んん?
なぜか、俺の名前が聞こえてきたぞ。
「全く迷惑な話です。ディルミアがつぶれてくれれば、我々はセウーユの販売を独占出来るというのに」
「まあそう言うな。ありがたい話じゃないか。わざわざベイシスから、私が横領した金の罪を背負うために来てくれたんだからな! ふはは!」
「ははは。 全くです。」
……ほう。
中々面白い話をしているようだ。
っていうか、この通路の上、領主の館じゃないか?
話している内容はドンピシャだし、隠し通路を持つことも、領主なら納得いかなくもない。
緊急用の逃走経路といったところだろうか。
「よし。例の魔法使いに合わせて新しい帳簿を作るから、お前も手伝え」
「分かりました。カエデの盗んだことにする額は、いくらにいたしましょう」
「そうだな。横領した額と……奴は向こうでは有名な魔法使いらしいからな。テルもかなり持っているだろう」
「では倉庫にあるテルは、根こそぎ盗まれたことにいたしましょうか」
「いや。奴のアイテムボックスの容量はそこまで大きくないだろう。金貨百枚……一千万テル程度なら、持っているんじゃないか?」
「いやはや流石のご慧眼。ではそのくらいにいたしましょう」
流石のご慧眼だな。
金貨百枚の重さなど誤差でしかないし、俺は魔法使いじゃなくて魔法剣士だ。
ついでに言うと、、金貨百枚は百万テルだぞ。一個十万テルなのは大金貨だ。 大丈夫か?
「それで例のケーデとやら、魔法使い用の牢に閉じ込めてあるんだろうな?」
あと、俺はまだ名前を覚えて貰っていないらしい。
金貨の価値を間違えるのも納得の記憶力だな。
ちなみにケーデさんが誰かは知らないが、カエデのことなら、もう閉じ込められていないぞ。
「ええもちろん。強いと言っても所詮は魔法使い。例の手錠と重い檻があれば、逃げられますまい」
逃げられるぞ。
例の手錠とやらはほとんど魔法抑制の効果を発揮していないし、そもそも手錠の強度が足りなさすぎる。
デシバトレ人なら、純粋な魔法使いにもこれを壊せる奴がいるのではないだろうか。
戦士なら、人差し指に引っかけて引っ張るだけで壊せそうだ。
……何というか、ツッコミどころが多すぎて、げんなりしてきた。
「ははは。わざわざ高い金を出して作ったからな。看守などいなくても、死ぬまで出てこられまい」
「まったくです。あそこから出てこられるなら、出てきて貰いたいものですな」
……ふむ。
どうやら領主様方は、俺に出てきてもらいたいようだ。
いい加減に盗み聞きも飽きてきたし、ご期待に応えるとするか。
「どうも、悪徳領主さん。カエデです」
俺は丁寧に隠し通路の蓋を取り除き、礼儀正しく礼をしながら部屋へと上がった。
「ん? 誰だ貴様は……」
「なぜお前がここに!」
「出てこいと言ったのは、そっちじゃないのか?」
どうやら領主は、俺の顔を知らなかったらしい。丁寧に自己紹介までしたというのに。
そりゃそうだよな。ケーデさんだもんな。
「な、なぜだ! あの檻は……」
うろたえているのは、痩せた方の男である。
話の内容からすると、領主の腹心の部下といったところだろうか。
それに加えて部屋の隅には、二名の護衛らしき男がいた。
ちなみに【情報操作解析】には、全員まとめて盗賊扱いされている。
「これのことか?」
俺はアイテムボックスから、さっき収納した檻を取り出した。
重さで床が沈み込む。
「なっ! それ一体、何キロあると思って!」
「それからこの手錠、不良品だったみたいだぞ」
俺は腕を上げ、千切れた手錠を見せてやった。
ここの警備体制は、全く酷いものだった。
おまけに冤罪が作られた現場へのルートまで用意してくれているとは、至れり尽くせりだ。
「ってことで、とりあえず死んでもらえますか……ね!」
「ひぃっ!」
俺が領主達の方に踏み込むと、二人は手に持っていた書類を捨てて逃げ出そうとする。
俺はそれを追いかけて殺し……たりはせずに、領主達が放した書類と、机の上にあった書類をまとめてアイテムボックスに収納する。
死んでもらえるか、というのは、ただの脅しだ。
他国の領主をいきなり殺すのは、あまり得策ではない気がする。
ただ逃げられても困るので、足下に結界魔法を張ってみた。
「がっ!」
「ぶべっ!」
見えない結界に足を取られ、二人はかけ出した勢いのまま派手に転んだ。
そのままでは床に叩きつけられてしまうので、俺は親切にも地面付近に結界を張って受け止めて差し上げた。
ちなみに結界魔法は、床に敷かれた絨毯よりも遙かに硬い。
しっかり受け止めてあげようという、俺の親切心の現れだ。
できれば、この国で調査した上で裁いてもらうのがベストだろう。
デシバトレあたりの海に捨ててくるというのも、選択肢には入ってはいるのだが、優先度は低い。
不正の証拠と一緒に大通りあたりに縛り付けるとか、領主が動けないようにして、評判の良い他の領主のもとに書類だけ届けてくるとか。そういった形がいいだろう。
まあセウーユの恨み(捕まったことは、セウーユのことほどは気にしていない。おかげで早くカタが付きそうだし)があるので、領主を捕縛するときには、多少の不慮の事故が起こってしまうかもしれないが。
どの程度痛めつけ……いや、どの程度の規模の事故が起きてしまう可能性が高いかを考えていると、突如領主が口を開いた。
「今だ! やれ!」
その言葉を聞いて、隅にいた護衛たちが、同時に俺の方へと駆けだした。
どちらも多少は体格がいいようだが……デシバトレにいた冒険者たちと比べると、どうしても見劣りしてしまうな。
だが領主は自分の勝利を確信しているようだ。俺のことを指さし、あざ笑う体勢に入っている。
「バカめ、油断したな! いくら冒険者でも、魔法を奪われた魔法使いが剣士に勝てるものか!」
どうやら俺が魔法使いだという誤解は、未だに解けていないらしい。