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第十一話 酢昆布と春の訪れ

冬が通り過ぎ、ようやく春になった。

スギ花粉が空中に風と紛れて飛んでいる、苦痛の季節。

風はまだ冷たく、春の訪れはほとんど感じられない。変わったことといえば、雪が降らなくなった程度だ。

今日は楽しい春休み、なのにサンタの少女はどこか不機嫌。

「クロス? どうしたの、なんか元気無さそうだけど」

「……………………、!」

クロスはしばらく沈黙した後、ポンと拳で手のひらを打つと紙と鉛筆を取り出し、震える字で

『声を出すと、くしゃみと涙がでるの』

と書いて、はぁと溜め息を吐いた。

「もしかして花粉症? サンタが!? えぇぇどうすればいいの、僕」

『お腹がすいた。とりあえず、飯』


こんな時でもお腹は空く。


僕はクロスを勉強机に寝かせると、キッチンへ向かった。

そしてインスタントラーメンを作り、花粉症サンタのもとへと戻る。

「はい、食べて? それとほかに何か食べたいものある?」

別に重い病気に掛かっている訳ではないけど、クロスが静かだとなんだか槍が降ってきそうなくらい違和感がある。

『ほかには…………酢昆布と酢昆布と酢昆布と酢昆布と酢昆布と酢昆布と昆布ポン酢』

……。


酢昆布6個と昆布ポン酢がどうしても食べたいらしい。


仕方が無い、お小遣いで買えるったけ買ってあげようと思う、もちろん激安ショップで。

そう、酢昆布専門店ベーカリー・ストアで。

この的違いにもほどがある店名の酢昆布専門店は、世界中の酢昆布を取り揃えている、酢昆布が集まる約束の場所、酢昆布の聖地である。

ちなみに、酢昆布百箱セットがたったの五円!

僕はお財布を握りしめて走った。ひらすら、もう信号なんて気にならなかった。

サンタの少女を救うべく、


走れ斗助!


「ぬんぐぉおぉぉおぉお」

奇声と共にスピードアップ、あっという間にベーカリー・ストアへ到着した。

「酢昆布と酢昆布と酢昆布と酢昆布と酢昆布と酢昆布をください! あの日何かが切れたものでお願いします」

切れたものとは、言うまでも無い。

――賞味期限だ。

世界一信頼を置けない店。店長曰く、賞味期限は所詮賞味期限、気にすることはないらしい。

「はい、酢昆布六個セット、おまけは昆布ポン酢でいい?」

「お願いします」

「毎度ありー、合計代金は六円になります♪ またのご来店を、心の隅でお待ちしておりますねぃ」

さっと六円を差し出すと、酢昆布と昆布ポン酢を店長から半ばもぎ取るようにして受け取った。

そして、語尾にハートマークがつきそうな気色悪い声をBGMに、僕はまた走り出した。

店を飛び出し、道路も飛び出し、走る。ただ、走る。

途中、酢昆布の箱が大きく揺れて、あの特有な臭いが鼻を突いたが気にしない。

気にならないほど、僕は必死だったから。


家についた頃にはもう全身汗だくで、一足早く夏を味わった。

僕は汗を拭くのも忘れ、階段を駆け上がって自室へダイブ。フローリングを少し滑って、やがて停止した。

投げ出された酢昆布と昆布ポン酢。

それを見たサンタの少女は紙に、喜びと謝辞を大量に書き、拍手をする。

頑張ってよかったな…………汗の海に沈みながら、僕はそう思った。


酢昆布の香りが春の訪れを告げた、そんな感じの一日は、あっという間に夕闇に消えてしまいます。

夜、寝る直前にサンタの少女は、

『お、お腹痛い……』

と紙に書き、苦痛に悶えながら眠りにつきました。

もし酢昆布がその原因だったとしたら、それは物凄く気合の入った腹痛だと僕は思います。

それはそう、クロスが食べたのは『あの日何かが切れた酢昆布』なのですから。

中井家の二階では、サンタの少女の唸り声がしばらく響いていました。




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