プロローグ クリスマス・イブ・プレゼント
悲劇の始まりは、十二月二十四日……そう聖なる日の前夜――
にわかキリスト教信者が激増するクリスマスイブの夜。
僕は一人ベランダに突っ立っていた。
まさかこの数秒後、常識という名の世界から追い出されることになるとは知らず。
未来を予知できない僕の目の前には、嵐の前の静けさ的な神秘溢れる世界が広がっていた。
クリスマス直前に相応しい澄み切った風、透明な夜空。
そこに浮かぶ数多の星とひっそりと輝く月だけが、暗いだけの夜空に優しい色彩を添えている。
その遠く向こうには、赤い未知の物体が空中を楽しげに浮遊中。
なんて素晴らし…………くない! (否定)全っ然素晴らしくない! むしろその逆!
ってアレは一体何? 飛行機にしては動きが鈍い……えっ!?
ところで、その謎の物体が僕目掛けて落下してきているように見えるのですが、自意識過剰でしょうか?
「やっほぉ――――い!」
今のは僕の声ではない。
「こらクロスー! 待ちなさーい」
これも僕の声ではない。
ふと頭上に目をやれば、そこにはサンタクロースのような恰好をした女の子。
「え゛え゛っ! ちょちょちょ、ちょっと待った! ……ぐおえっ」
制止を掛けたがすでに時遅し。
サンタの少女は僕の首をあまり一般的ではない方向へと曲げ、一瞬息が出来なかった。
そして目の前が真っ赤な世界へと早変わりした。
できることなら気絶したかったが、どうやら僕の神経はそこまでか弱くなかったらしく、しばらくの後、僕はゆっくりと目を開けた。
が、またすぐに閉じた。
視界に入ってきたのは、僕の顔をまじまじと見詰めるさっきの少女……の胸。
ど、どど、どうやら落ちた衝撃で上の服がどこかへ消えてしまったらしい。
「へくしゅっ!」
少女がくしゃみをする。
当たり前だ、ま・ふ・ゆ! 大体空中浮遊しただけで脱げる服とかあるのかよ?
ってそんなこと言っている場合ではないっ!
僕は今、非現実の世界へと独走中。
これは人生初の経験であり、できれば一生体験したくない種類の経験だった。
とにかくこの落下物をどうにかしないと……
「ってえぇぇぇ!」
僕が考え込んでいる間に少女は、僕の秘密世界でもあるマイ・ルームへと入って、あろうことか鍵を閉めようとしていた。
「待ちやがれこの野郎ぉぉぉおお!」
間一髪のところで締め出しを免れた僕は、この問題についてはとりあえず話し合いで解決することにした。
「き、君は一体誰なの?」
「ボク? 見習いサンタの、タサン・クロスだよ? サンタの国から降りてきましたっ!」
「サンタ……!? だったら、ほら。サンタクロースがこんなところにいたら駄目だからお家に帰ろう? ね、ね」
帰れーと視線で圧力をかけながら僕は言った。帰ってほしいという淡い願いも込めて。
しかし。
「えー、無理だよぅ……まあ落ちちゃったのはお互いの責任だし」
ついさっき『降りてきた』って言ったの誰でしたっけ?
しかもこいつ、さりげなく僕に罪を擦りつけていません?
どうやらたった今コイツとの間に、話し合いでは解決できない問題ができてしまったようです。
久しぶりに女子へ殺意に近い感情を抱いた僕は、けれど極めて控えめに、
「どーして僕まで悪くなるんですかっ!」
擦りつけられた罪を押し返した。
「だって君があまりにも物欲しげな顔でベランダに立っていたから、ボクてっきり君が……」
そう言ってかぁぁっと頬を染めるバカサンタ。
いや、今の発言のどこに照れる要素があるんだよっ、と突っ込みたかったが必死に堪える。
なぜか?
こいつには何を言っても通じないと分かったから。
かくして僕の素晴らしい平凡は簡単に奪われてしまったのであった。
そして、新たな悲劇まみれの日常が始まった。