ep.5 『祭の朝』
東の空が朱色に輝き出し、小鳥達の囀りが爽やかに森を包んでいた。
窓の外に目をやると、森の女性達が大きな籠に野菜をつめて、世界樹の方角へと足早に向っていた。
「いけない、寝過ごしちゃった」レピンは急いで立ち上がりローブの裾を払うと、
髪をポニーテールに纏めながら戸口に向かって走った。
扉を勢い良く外に開けると、そこには、人が立っていた。
「痛ぇー」「あっごめんなさい」咄嗟に謝るレピンがケールだと気づき、
「はっ! あなた、ごめんなさい 大丈夫ですか?」「ああ、ちょっと驚いただけだ」
ケールは額のこぶを押さえながら「ただいま」と笑顔で言った。
「おかえりなさい。無事で何よりです」レピンはケールに勢い良く抱きついた。
ケールも額を押さえながら片手で優しくレピンを抱き寄せた。
「危ない事はありませんでしたか?」
ケールの腰に抱きついたまま、上目遣いで気遣うレピンにケールは赤面し、股間の膨張を覚え咄嗟にレピンの肩を掴んで離した。
「ああ、大丈夫だった。皆もいたしな 迷った蟻がちょっと…」そう言い掛けて口を噤んだ。
「いあ、何でもない」
ケールは魔物と言えど、命を奪う事の話をレピンにはしたくなかった。
レピンもそれを察してそれ以上は何も聞かなかった。
ただ、もう一度、主人の股間の膨張を確かめるべく抱きつこうとした。
「子供は? キュタールとユーダは子供を連れて来たか?」
膨らみが完全にバレると思い、部屋を見渡すように振り返るケール。
その瞬間、ケールはぶつぶつと呟き右手で股間を押さえた。
レピンは「クフッ」と笑いながら「お父様の書斎だった離れに、寝かせて在ります。」
「それでは、私はお祭りの準備に向いますわ」と言うと、ポニーテールを弾ませて軽く一礼した。
辺りを見渡す振りをしながら、【リラックス】の魔法でエルフの小枝を落ち着かせたケールは、
「じゃぁ、俺は長老に報告に行って来るから~」と、すでに家の外に出ていたレピンに叫ぶように伝えた。
「分かりましたわ~、あ、そうだ!」
レピンは何かを思い出したように立ち止まると振り返ってこう言った。
「お隣のジャンクスさん。無事に女の子が生まれたみたいですわ」
ケール達が出発した後、隣に住む森の精鋭の一人、ジャンクス・パンクース家の長女が誕生していた。
狩りや探窟に向う時には、いつも行動を共にするケールとは幼馴染だったが、
今回の全満月は出産と重なり、立ち会いたいと言うジャンクスの意思を尊重したケールだった。
ジャンクスの嫁、ルピン・パンクースはレピンの姉である。
「じゃぁ、先に行ってますわ」
そう言いながらケールに笑顔で手を振り、腕を横に一生懸命動かして、内股でドタドタと走って行った。
ケールは思う。あの子は走っちゃだめだと。
「そうかぁ、女の子かぁ~良かったなぁ、あいつ」思わず笑みがこぼれるケールだった。
*****
「只今戻りました、マーテル長老」
「うむ、ご苦労であった。して、無事であったか?」
この森の長老、コー・マーテル様。
五元素を自在に操り、人を一瞬にして大量に眠りに陥れる技術を持つという。
金髪の長い髪と髭を綺麗に編み込み、白色の聖ローブを肌の上から羽織っていた。
エルフと喩えるよりは、筋骨隆々の力士の風貌だ。人族の戦士に近いものがある。
「はい、大した事は起こりませんでした。ナオッペン国王から頂いた石のお陰でしょう。それと、マカベウス家の叡智を感じました。さすがゼネラリの装置です」
ケールは石の取り外しがとても簡単だったと身振りを大きくして長老に説明した。
「そうか、それは安心した。二万年も手入れが必要無いとは驚きじゃのぉ」
長老は飲みかけの麻茶の搾りをくいっと一気に飲み干した。
「じゃぁ、わしは今から祭りの準備があるでのぉ」
と言って立ち上がり裏手に消えようとした長老に「いえ、まだ、もうひとつ。」とケールが身を正し改めて云うと長老は「ぬ?」と半身で振り返った。
「どうした、何事じゃ?」
「赤子を神殿で見つけました。恐らく人族か・・」そこまで言いかけてケールは黙った。
「マントラの反応はどうじゃ? おぬしなら善悪の区別は判ろう」
長老の問いに、ケールは目を細めて笑いながら言った
「はい。私は大丈夫だと思っています。とてもかわいい男の子です」
「ただ…」「ん? 全部はっきり口を濁さず、さっさと言わんか」長老は少し苛立ちを見せた。
「その子は、黒い瞳です。」
「なに!!! 髪の色は? 何色じゃ?」
「銀髪です。私と…、額と首にも何か傷があります。マントラではなく傷が塞がった痕のような」
「ふむ。まさか、東の侍の国アキバハーラから……あそこには黒い瞳の種族が住んでいるはずじゃ」
「でも、そんな遠くから…なぜ。全満月の夜に神殿に…」
「うーん、ワシにもわからん」長老は座り込み腕を組んで髭を触っていた。
「とにかく、今は祭りの準備じゃ。お前も一眠りしたら準備を手伝え」
そう言って長老は、すっと立ち上がり奥の間へと消えて行くと、顔だけひょこっと戻し
「祭りの時に子供を連れて来い、ジャンクスの所の子と一緒に命名式やるぞい」
最後の言葉はこちらには向いて発せられていなかった。
奥の隙間から見える長老と若い娘の光景は、ケールには少し刺激が強過ぎた。