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ep.3 『忘れられた神殿』

 忘れられた神殿(フォゴットンテンプル)


 アスガルド大陸の北端、ロハン皇国の属国ラセルパ神院国(後のリットエンド)の神殿として、約二万年(ちょっとまえ)前に建立された。


 ここは、第三次人魔大戦の主戦場であった場所でもある。


 当時、まだロハン皇国の友好国であった、ゴランドール大陸の南端に位置する、ミリア中立国内の炭鉱族の街(ドワーヴスン)から、海を隔てたアスガルド大陸に友好の印として、莫大な資金を掛け炭鉱族(ドワーフ)達が建設寄贈した、壮大な黄金の神殿であった。

 

 ミリア中立国は、ゴランドール大陸の様々な王国とアスガルド大陸の覇者、ロハン皇国との政治的な拠点として国内は繁栄を極めていた。

 

 しかし、その建設はミリア中立国の枢機卿の企みであり、ラセルパ神院国を攻め落とす為の布石でしかなかった。炭鉱族は神殿内にあらゆる仕掛けを施し、神殿の基礎を作ると同時に、ミリア中立国から海底トンネルを掘り進めていた。そのトンネルは海を渡り神殿内の祭壇へと続いていた。


 ミリア中立国内で反乱を指示したマモン枢機卿は、ラセルパ攻略の首謀者である、ベリオル魔王により功績を称えられゴランドールの大国 フォラス共和国の左大臣として迎えられた。しかし、すべてはベリオルの策略であり、マモンは暫くして神殿内の一室に幽閉されてしまう。


 ベリオルは軍を整え、まずミリア中立国を攻め落とした。その情報はすぐにロハン皇国の当時の国王、ナオッペン二世にも届き、すでに大軍を引き連れて神殿へと向かっていた。しかし、ベリオル軍の勢いは止まらず国王軍は劣勢を強いられた。

ナオッペン二世国王は、深手の傷を負い数人の付き人とロードウッドの森に逃げ込んだが、救援を待つ間に敢え無く力尽きてしまった。

その様子を見ていた当時の守護代、マーサク・ヴォルテックスは遺憾の意を示すと共に、ロハン皇国を助けるべく、部隊を引き連れて神殿へと向かった。

 

 煌びやかな栄華を誇った神殿は、見るも無残な姿に破壊され尽くしていた。

数で劣るマーサクの軍団は機動力を生かし、次々にベリオルの軍を撃破していった。

最後の一人になったベリオルは、幽閉していたマモンを盾に取り、マーサクの猛攻を避け祭壇の中の通路に飛び込みフォラス共和国へと逃げ帰っていった。


 マーサクの軍団の一人が追いかけようとしたが、マーサクに止められ、そこへ聖賢母(エルダ)・マタラニを呼び祭壇を封印し、周辺に結界を敷いた。


マモンはこの時に受けた傷が原因で後日、ロハン皇国の牢獄で死亡した。


 ナオッペン二世の盛大な国葬を見送った後、森に帰ろうとしたマーサクは次国王のナオッペン三世に呼び止められ、皇国に残って国王親衛隊の隊長に就くよう懇願されたが、それをあっさり断り森へ帰って行った。


 しばらくは平和が続いたが、全満月の夜に神殿の結界が崩される事態が発生した。

大きな魔力の魔物は封じ込められていたが、小さな魔力の小鬼(ゴブリン)飛鬼(インプ)などの魔動物がゴランドールより流出し、地下道を通り神殿内に溢れかえっていた。マーサクはエルダ・マタラニら数人を引き連れて神殿内の調査に向かった。

すると、三つの月の引力により祭壇の封印が歪み、そこから出てきた魔物に結界が掻き消されていたと言う事が分かった。


 すぐさま再封印を施し、マタラニは魔力結界を祭壇の上に作ると、ラピスラズーリ石を使ってその結界を強固な物とした。

ラピスラズーリ石は祭壇の上に浮かび上がり、強い光を放ち、その周りを包み込む結界を敷いた。


 この石は四十年で効力を失うので、封印が歪む前に石を取り替える必要があった。

それを結界から取り外せるのは、ツキが地平線から顔を出し、神殿上で二つの月と重なり合うまでの間、時間にして二時間程であった。

石を外している間は神殿の裏の祠から魔物が出てくる。その魔物に対処しながら石を変えなくては為らない。

石を取り外せる者は、守護代のみ。以降、代々の守護はこれを守り通して来た。


 ロハン皇国はロードウッド族のエルフたちに対して深く感謝し領地から取れるラピスラズーリ石を寄付した。領地内の税は免除され、マーサクの後の守護代・ゼネラリの時に国王ナオッペン五世と不可侵同盟を結んだ。以来二万年間ロードウッド族が神殿の管理を任されている。


 マーサクはゼネラリに掟を作るよう指示すると守護代の地位を譲り渡し、ゴランドール大陸へ逃げたベリオルの討伐に向かったまま消息を絶った。ゼネラリは掟をまとめ上げ神殿の裏の祠を整備し、誰でも今後守護代は簡単に祭壇の結界石が取り外せるように改良した。ゼネラリの掟を改良したのが現在のロードウッドの掟だ。

しかし、神殿の事については、最初の項から一文字とも変えられていない……


****


「…これが第三次人魔大戦から二万年。今年で五百回目の全満月だ。」

ミッツィール隊長がユーダに人魔大戦の話を聞かせていた。

「ふーん、じゃぁ石の交換は簡単なんだね? 楽しみだなぁ~」

ユーダは目をキラキラさせてミッツィール隊長の話を聞いていた。


 結局、湖から一匹たりとも魔物に遭わず難無く雑談しながら神殿に辿り着いたのだ。


「あーあっ、せっかく気合入れたのになぁ~」

ヒュオラッテがツインテールのリボンを同時に解いた。彼女は狩りの時はいつもツインテールだった。


「今年はナオッペン二百五十世から特上のラピスラズーリ石を頂いたからな、持ってるだけで魔除けになったのかも知れない」

石を眺めながらケールは、神殿の前に立っていた。


 今尚も、輝きを失っていないかの如く、一行を見下ろす厳粛な神殿が、そこに威厳を放ち、聳えていた。

 立ち入ろうとする者を、遠ざけようとするツタや無数の雑草が、神殿周辺に生い茂り、幅五メートル、高さは七メートルを越したであろう大理石のアーチ状の門構は、両脇の支柱を残し無残にも崩落し、血の痕や燃えたススが残骸に黒く無数に附着ていた。


 正面入り口の壁も同様に激しく崩壊し、中の様子が手に取るように判った。その奥に、二階に上る螺旋階段が見え、二階の床は所々抜け落ち、大きな穴が開いているのが判った。

建物の右半分は、完全に崩れ去り、ただの瓦礫と化していた。

壮絶な戦いが繰り広げられた神殿は亡き者への墓標の様でもあった。


 幻想な淡い光に包まれている祭壇が離れた所からでも見て取る事が出来た。


「キュタールはここで見張りを頼む、神殿内から魔物を外に逃がさないでくれ」ケールは門が在ったであろう場所でキュタールに説いた。


「了解、ありんこ一匹逃がしやしねぇよ」

弓を携えて仁王立ちで門の前で構えるキュタールはツンと鼻を上に向けた。


「ささ、早く交換しに祭壇に向かいましょう」崩れ落ちた門を避けながらミッツィール隊長は、足早に奥の階段に向かって行いった。

「マリッチとヒュオラッテは祠から出てくる魔物を頼む」

と二人に伝え、ミッツィール隊長を追いかけるケールの顔は少し緊張した面持ちで、ラピスラズーリ石が汗ばんだ右手にしっかりと握られていた。


「ほい」「おっけぇ」軽い返事で二人は神殿裏の祠に向かった。

「待ってよー」

辺りを捜索し取り残されていたユーダがケールの後をチョコチョコと追って行った。


 祭壇まで来ると天井から夜風が吹き抜け、少し肌寒い雰囲気に包まれていた。

四十年前、ケールの父親が交換した石が弱い輝きを放ち、祭壇の結界の上に浮かんでいる。


それを、すっと持ち上げると祠の方から怒号が聞こえてきた。

と、同時にケールの額の紋様が赤色に激しく発色した。


「キェェェェェ」「シャァァ」「ゴブルゴブルルッ」

 

様々な小魔動物が祠から出てきている音が聞こえるがすぐにその音は二人によって静かに消されていた。


「あー、こんなんじゃぁ、つまんないわねー張合いが無いわ」

口述詠唱でアイスダガーを繰り出し、それを投げナイフのように器用に飛ばして的確に敵を倒しているヒュオラッテが愚痴っていた。

長くて綺麗な銀髪は、いつの間にかツインテールに再び結ばれていた。


「はっはっはー とりゃ、そい、えーいっ。このぐらいでいいじゃないか、大勢来ると漏らす可能性だってあるからな はっはー」

笑顔で小魔動物たちを潰しながらマリッチは・・・廻っていた。


「上等だ! もういいぞー、交換完了だ」ケールがあっさり作業を終えると、階下の三人に向かって叫んだ。

ケール自身も呆気なく事が終わったので、少々腑に落ちない顔をしていたが、ゼネラリの功績をしかと感じた瞬間でもあった。


「え? もう終わりなの? なーんだ、つまーんなーいのっ、あたし来なくても良かったんじゃない?」

味気ない終わりに、口を尖らせてヒュオラッテが手を後に組みながら石を蹴っている。

凶暴な魔族が来るかもしれないからぜひ、付いて来てくれ。とケールに頼まれたからだった。


「おい、俺なんて門の前で一人でずっと立ってただけなんだぞ!」

遠目で見ていたキュタールも苛立ちをあらわにしていた。高級な毒を矢先に塗り待ち構えていたのに、ありんこ一匹たりとも、現れなかったからだ。


「三分だけな~」冷静にミッツィール隊長が、二階の崩れ落ちた壁際から顔を出して応えた。

「まぁ、何事も無かったんだ。いいじゃないか~ララ~」マリッチは、まだ笑顔で廻っていた。


「さぁ、帰ろう、今日は朝まで警護しなくてもよさそうだ」

先ほどまで激しく赤色の光を発していたケールの額にあるマントラの紋様からは、もうすでに魔反応は微塵も感じられず、静かな白色に落ち着いていた。

「かーえろっもう次は、こーないぞーっと」ヒュオラッテはまだ駄々を捏ねていた。誰よりも戦闘を好む彼女には、少々物足らない戦いだった。


ケールとミッツィール隊長が階段を下りると、

「あれ? ユーダは?」キュタールが周りを探しながら聞いた。

 

 すると上階の祭壇からユーダの声がした。「ねぇーみんなこっちに来て! 急いで!」

「おい、ユーダなにやってるんだ。早く降りて来い、もう帰るぞ」ミッツィール隊長が二階の崩れた穴から顔を出しているユーダに向かって言った。

「んー、何かの赤ん坊がいるんだよー」ユーダが下にいるみんなに叫ぶと、

「なに?」「えっ?」「あん?」「ん?」「ララ~ン」それぞれがユーダの声に反応した。一人を除いて。


崩れかけの階段を急いで駆け上がると、祭壇の裏にある瓦礫の隙間から裸の赤子が静かに眠っているのが見えた。


「うーん、手が届かないんだよ」僅かな隙間から手を伸ばしながらユーダが言った。

崩れた柱が重なり合い邪魔をしていた。

「どいてみな、むんっ!」肩に大きな柱を乗せるとマリッチは一息でそれを持ち上げた。

「俺がやろう。ユーダはちょっと、どいてな」

ミッツィール隊長がユーダの代わりに隙間の奥へと潜って行った。


隙間からミッツィール隊長が出てくると、その手には

額とノドに傷跡がある銀髪の生まれたての男の子の姿があった。



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