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ep.2 『全満月の夜』

 ロードウッドの森。

それは遥か昔の古代、十四万八千年前(おおむかし)から続くハイエルフの末裔達が住む、聖なる森。

アスガルド大陸の北西に位置し、要衝のロハン城より徒歩で六日の距離にある。

 森の中央にミマールの湖があり、湖の中央には母なる世界樹(マザーツリー)が凛と威厳を保ち、静かに佇んでいた。

湖を越えると幾つかの散居村が点在するそこは、森エルフ達の聖地であった。


「今日は全満月(オール)だからな、帰りは朝になる」


 そう言いながら、ロンズデーライト製の短剣を椿油に浸し、難しい顔で念入りに手入れをしているケール・イージョクは藁のベッドの端に腰掛けていた。

彼がこのロードウッドの森の守護代に就いてから、今日が初めての全満月の夜だった。

 その傍らには、透き通ったブルーの髪をサイドでルーズにシニヨンで留め、薄茶色のマンティアローブに身を纏い、青狼族の戦士の毛皮で作られたケールの手袋を、窓際に腰掛け月明かりを頼りに修繕しているレピンが、月光に妖艶に映し出されていた。そのレピンはケールの言葉に小さく頷き「はい」と答えた。



「――――痛っ」


 その美しい姿に見とれていたケールは手を滑らせて親指の先を切ってしまった。

「あなた、だいじょうぶ?」首を傾げ心配そうにケールを見つめるレピン。


その表情はまだ幼く、聖賢母(エルダ)のオーラを纏っている巫女(オラクル)には見えなかった。

 

 咄嗟に指を咥えてケールは答えた。「ああ、大丈夫だ。少し、よそ見をしていた。俺としたことが」

「うふっ、ほら、こっちにきて 治すから」レピンは目を閉じ呪文を唱え始めた。

ケールは短剣をその場に置き、窓際へと歩み寄った。


「天から給いし我が力、聖なる言霊を我が指先に宿し賜う 【リルヒール】」


 すると、レピンの指先に蛍の光ほどの大きさをした淡い光が浮かび上がった。

その光でケールの指をなぞると、滲んでいた血が止まり、切傷は引き波の如く消え去っていた。

照れ臭そうにケールは立ち上がり「ありがとう」と言うと、そっとレピンの額にキスをした。

レピンは頬を紅潮させながら、窓の外を眺めるケールに後ろからそっと抱きつき、ケールの背中にその頬を当て言った。

「今まで何も起こらなかったんですもの、今回もきっと大丈夫ですわ」

「そうだな、…だといいな」ケールは浮かない顔で月を眺めていた。


 結婚して間もない二人には、初めての全満月の夜であった。


 ここ、アスガルド大陸には四十年に一度起こる、第一の(ムーン)、第二の(ルナ)

そして、第三の(ツキ)すべてが満月になる全満月(オール)がある。

その日を無事に終えると、次の日から一週間程続く、満夜月祭(ハレルヤ)と呼ばれる大祭が待っている。

女性達はその為の準備に追われ、森を駆け巡る事になる。

しかし、男性や闘職(ファイター)の女性には少々事情が違っていた。

 アスガルド大陸の北端、最果ての地(リットエンド)にある、忘れられた神殿(フォゴットンテンプル)の祭壇を夜明けまで警護しなくてはならないのだ。


「全満月 頭上神殿重刻、闇拠出魔物 闘護祭壇 祠迎撃 迄聖朝」


これが(いにしえ)より続くロードウッド族の掟である。

子供の頃にはよく意味が判らなかったケールだが、守護代になってからは、その重責を(ひし)と感じていた。


「よし、そろそろ行って来る」戸口に手を掛け肩越しに振り返りながらケールは言った。

レピンは何も言わずにただ微笑んでケールを見つめていた。

「部屋を暖かくして、戸締りをしっかり頼む くれぐれも外には出ぬようにな」

「分かったな?」レピンはこくりと頷きケールの背中を見送った。

 

 ケールはレピンが気安く外に出るんじゃないかと心配していた。

ロードウッド族には『全満月の夜は女性は一歩も家の外に出てはならぬ』という言い伝えがあるからだ。

村の女性は皆、掟を順守し、言い伝えを守って来た。レピンもその一人だったが、献身的な彼女は、困っている人がいると、掟や言い伝えを無視して助ける傾向にあったからだ。

その優しさに惚れてケールは恋に落ちたのだが。


ケールが外に出ると、武器を携えた戦士たちが家の前の広場で待っていた。

「ケール様、すべての月が出揃う前に出発しましょう。間に合わないかもしれません。 さぁ皆も早く身支度を整えて。まずは東のミマールの湖に向かいますぞ」

エルフにはめずらしく大鼻で金髪の髪を刈り込んだミッツィール隊長が優しくそこにいる皆を促した。

号令を聞き、靴の紐を足首に巻いて固く結ぶ者、蜥蜴(リザード)乗り物(ストライダー)に跨る者、

矢先に毒を塗りつけている者、各々が淡々と出発準備を開始した。

「さぁ。出発するぞ!」ケールの言葉で、まもなく一行はミマールの湖に向けて出発した。


****


「ケール、あれを見て」

青髪の斥候、ユーダが空を見上げ、杖で指し示しケールに促した。

ユーダは一見すると女の子に見えるが、身のこなしが軽く気の強い小さな男の子だった。

「やばいな…時間がない走るぞ」

ケールは夜空に一瞥をくれると、弓の矢摺藤(やずりどう)を固く握り締め駆け出した。ケールに続いて皆も駆け出した。

第一月(ムーン)第二月(ルナ)は其々もうすでに、高々と一行の頭上で輝いていた。


第三月(ツキ)が地平線に出てきましたな、もうゴブリン達が這い出てきているかも知れないです」

ミッツィール隊長がすっとケールの横に並び、地平線に目をやって言った。

「まだ、大丈夫だ。それにゴブリンならお前一人で十分だろ?」

ケールは笑いながら更に速度を速めた。ケールは森一番の俊足で、誰も彼に追いつける者は居なかった。


しばらく走ると、悠然と広がるミマールの湖とマザーツリーが現れた。


「はぁはぁ、早いよ。はぁはぁ。あー疲れた。」

肩で息をしながら白髪の大男マリッチが、一番にその場に座り込んだ。

ケールは息ひとつ乱さずにマザーツリーを眺めている。

皆も座り込んでミマール湖の水を飲み始めた。


「ほら、マリッチ お前も飲んどけ」「どうせ二日酔いなんでしょ? マリッチは」


ケールが矢筒に水を汲みマリッチに渡した。その横でユーダが杖でマリッチをつついていた。

「けっ、なんでオラクル連れてこねーんだ? こんなのヒールで一発で治るじゃないか」

杖を振り払いながらマリッチも悪態を突きつつ矢筒から水を飲み干した。

「普通の狩りとは違うんだ、防御力の弱い癒職(ヒーラ)は神殿には連れて行けないのはお前も分かっているだろ?」

「分かってるってよぉ、けど・・」マリッチはそこまで言うと言葉を呑んだ。

それ以上言うとケールの怒りを買うのが分かったからだ。オラクルを連れて行くということは

レピンを危険な目に遭わせることになると。


「―――だから、機動力のあるものだけが神殿に行くんだ、癒職や女が居たんじゃ足手まといだもんな」

珍しく寡黙なキュタールが口を開いた。

森で二番目の機動力を持ち、射的に関しては右に出るものは誰も居ない。

ただ、口を開くと愚痴か差別的な発言しか出てこない白髪の美少年だった。


「なっ、キュタール あなた何言ってるの?」

マザーツリーの葉を集めていた銀髪のヒュオラッテが立ち上がって叫んだ。

舞い散る世界樹の葉が地面に触れ落ちる前にヒュオラッテはキュタールの背後に廻り

氷短剣(アイスダガー)をキュタールの首元に宛てていた。


「走るのが速いだけで、あなたの動きは遅い、遅い」「わ、わるかった。許してくれ」

ヒュオラッテは女性だが白兵戦においてはマリッチの次に強く、彼女の口述詠唱に敵う者はいない。

「おいおい、やめろ もうそろそろ出発するぞ」

ケールが仲裁に入るとヒュオラッテはすっとダガーを溶かした。

「うっ」冷たい水滴が首筋を伝うと、キュタールは斬られたかと錯覚を起した。


「もう神殿は目と鼻の先だ、このまま現地まで止まらない。視界に入る魔物はすべて排除しろ。朝まで長い戦いになるぞ、お互い気を抜かないように。じゃぁ皆の健闘を祈る」

ケールが皆を鼓舞した。

「よっしゃ! みんないくぞー!」

ミッツィール隊長の号令で皆一斉に神殿の方角へ飛び出していった。


ロードウッドの森の精鋭達はミマールの湖を後にした。


****

「どどどどぅどーーうっ とまれえええぇぇっ」

土埃を撒き散らしながら蜥蜴の乗り物(リザードストライダー)に乗ったチャボ爺が今頃

湖に到着した。


「はて、皆はどこじゃろうか?」


ただ一人存在を忘れられた 白髪の老兵(チャボじぃ)は 朝まで湖畔に佇んでいたのは後日談。




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