ep.1 『これって転生?』
気がつくとまだ、グラグラと上下に激しく揺れていた。
―――くぅ、まだ、体の自由が効かないな。さっきの閃光は一体何だったんだ?
目が眩んで周りが良く見えず、硬い紐か何かで体を縛られている様な気がした。
しばらく経つと徐々に視界が戻り、ここが自分の部屋じゃない事はすぐに判った。
―――ここはどこだろう? オレは死んだのか?
確か、矢が落ちてきて…白い空間を飛んでいた様な…あれは夢…だったのか…。
色々な思いが巡る中、目を凝らし辺りを見渡すとそこは、
幾重にもシダが地表を覆い、無数の針葉樹が月の光を遮っていた。
文明的な物は一つも視界に入らず、見慣れた人々や動物も見えない。
古代から続く森が、凄然と無限に拡がっているように感じた。
ただ、明らかな事がひとつ。
銀髪で弓を持った集団の一人に背負われている。と、言うことだ。
麻縄で編み込まれた、厚手の大きな袋に体ごとすっぽり入れられて、身動きが取れないまま、頭だけ出している。
しかも、この人たちはとてつもなく大きい。
ほぼ二十年間も、だらしのない生活を繰り返してきた、
推定体重七十八kgのオレの体を軽々背負って歩いている。
そしてたまに、小走りで走り出す。
――― 一体何なんだろう? どこに向かっているのだろうか?
巨人の国に迷い込んだのか? 豆の木を登った記憶はないが。
疑問に思い勇気をだして声を出してみる。
「ウー アー ウー」
銀髪の集団は即座に立ち止まり、オレを背負っていた男が優しく肩から袋を下ろした。
すると、一斉に色んな顔が小口を覗き込み、オレの視界を遮った。
よく見ると、金髪や白髪、それに青髪までいる。男性は弓や弩弓を持ち、女性は杖や分厚い本を持っていた。そして、腰にサバイバルナイフのような短剣を皆が携えていた。
―――あれ、なんかヤバイ集団に捕まったかな? 皆さん目つきがよろしくないようで。
何か言われたら、即、土下座スキルを発動させ、危機を回避せねば。
と、戦慄いていると、金髪の大男と青髪の女がオレに向かって何か叫んだ。
(リーブリィスルバー ケールゥ) (ジオン サン キモヲタ!)
―――ん?
なんですって? 何を言ってるのかさっぱり判んないですけど?
しかも青い方! 最後、なんかすっごく身に覚えがある言葉に聞こえたんですけど? 聞き間違いですか?
もしかして北欧系の人? オレはドコまで飛ばされたんだ? 何が起こってる?
金髪の大男は、大きな鼻を拡げて、くしゃくしゃに崩れた笑顔で、オレの頭を撫でている。
その手には無数の傷跡があった。状況が飲み込めず、きょろきょろと目が泳ぐ。
もう一度袋に入れられそうになったので、首を振って足掻いてみる。
「アー ダー」
躊躇無く入れられた。
―――むぅ。
やっぱり言葉が出ない。手も体も動かない。打ち所が悪かったのか?
矢は?
咽喉に刺さった矢はどこにいったんだ?長い間あの白い空間を飛んでいた気もするが。
妹は? 父さんは? 一体ここはどこなんだ…?
という疑問を必死に伝えようとするが、銀髪の男はにっこりと笑い、肩に袋を担ぎ再び走り出した。
身動きが出来ないので、しばらく成り行きに任せることにしようと考えたら、
ウトウトし始めて、また寝てしまった。
***
鳥の囀りと、木々の間から差し込む煌く光で目が覚めるとそこは、
見慣れたはずの部屋ではなかった。
藁の上に寝かされて、真綿のような暖かい布に包まれていた。
「夢じゃなかったんだ」
そう思い辺りを見渡すと古い民家の一室のようだった。
体を起こそうとするが、やはりまだ自由が利かない。
「痛っ…」
妹に蹴られた額がかすかに疼いた。
部屋の中は家具も床も壁もすべてが木で作られていて、食器や窓もすべて木製だった。
壁には見たことが無い形をした弓が数本掛けてある。
部屋の中央には小さな丸机があり、その上に一輪挿しの花瓶が置いてあった。
窓際の本棚には無数の本が整頓されて並んでいた。
電化製品は見当たらず、水道も無さそうだ。
トム○ーヤのハックル○リーの家か、スタンドバ○ミーの秘密基地みたいなところだった。
―――もしかしてタイムスリップ?
現代の建物じゃないと考えていると、床にある扉がそーっと開いた。
―――床に扉?
やっぱりツリーハウスか? ジャングルの密教族の地に落ちちゃったのかな?
麻痺の薬とか塗られちゃったのかな? 裸にされてグルグル巻きにされて、タレつけて食べられちゃうのかな?
「助けてください! なんでもします! 食べないでくだざい!」
(アー! ダー! バーー!)
声を大にして訴えたつもりだが、やはり声にならない声しか出ない。
「うむ。おかしい。せめて手が動けば」(アーナー)
―――はっ?! 手!? さっきからオレの視界でぶらぶらしてるこれ…
「まさか、オレの手?」(ヒャァー?)
―――赤子の手じゃないか? 動かしてる感覚は無いが。
「こんなことって…」(アー)
そう思っていると、体ごと宙に持ち上げられた。そこに居たのはオレを背負っていた銀髪の巨人だった。
(ソルイ ムルルg ドァンゴf)
「あの~、言葉はわかりません。ここはどこですか?」(ンーアダッター?)
(ヒオィツy ヤンド?)
ダメだな。ワカンネ。コマッタ。シッコしたい。
よく見ると北欧系というよりも、色白で線が細く髪は銀髪で耳は尖って長い…。
―――ん? 尖って長い??
―――あっ!
何で今まで気が付かなかったんだ。この人達は巨人なんかではなく、オレが…
いあ、待て、そんなはずは無い。ありえない。そんなことが現実に起こるはずが無い。
でも、まさか…
オレは興奮気味に銀髪の男を観察するように見つめた。
上下皮製の鎧に身を包み、背中に矢筒と弓を携えて、長い銀髪の男が夢ではなくしっかりと、
目の前に居る。
すると、ある思いが脳裏に浮かんだ。
―――これって、もしやファンタジーなゲームに出てくる…
なんだったっけな? 力が弱くて、動きが機敏で。えーと。妖精を連れて悪戯する…
あれこれ考えているといきなり服を脱がされ始めた。
―――ちょ? マテ! おぃ! 恥ずかしいからやめれ…
体に巻かれていた布を藁の上に置くと、男は片手で器用に銀髪を後ろに束ねた。
男の額には、なにやら幾何解な紋様が記されていた。まだ若そうな男だ。
―――んん? 体が… 長年見慣れたモノが…ちいさく…
素っ裸にされたオレに向かって、男はにっこりと笑いながら何かをぶつぶつと呟いた。
額の紋様が青白い光を放ちながら小さく瞬いている。
―――あっ! そうだ! 思い出した! エルフだっ! 水と森の精霊。腐女子がよろこぶイケメン集団!
すると、すーっと体が宙に浮き上がり、その場でふわふわとゆっくり廻り出した。
―――ふぇ?! なにこれ! マジですかっ!?…魔法なの?
じゃぁやっぱり…
「これって転生!?」(バーブゥ!?)
―――え?
うそだよな? バキューンな魔法使ってドラゴン倒したり?
パンツ半分だけ見せて歩く、かわいい悪魔が出てきたり? 五歳で聖級魔術師になっちゃったり?
何回死んでもまた生き返ったり出来ちゃうわけ?
信用しちゃって良いわけ?
ねーねー。わくわくしちゃうんですけど?
「オレにも最強チートはよ!」(ダァー!)
しかし、なぜだ?
オレはエルフの子として生まれて来たのか?
なぜ、前世の記憶が残ってるのだろうか?
勇者になるため?
魔法使いになって家族を探す旅に出るため?
可愛いヒロインを助け、竜王を倒して世界を救うため?
ムリムリ…
オレがこの世界に来る理由など無いはずだ。特技は三点ブリッジしか出来ないのに。
まさか、かわいいエルフがオレを召喚したのか?それならなぜ赤子に…!?
そもそもオレを選ぶのが間違いだろう。もっと若くて活きの良い奴は大勢居ただろうに。
待てよ。このまま生きて行けば、その内かわいいエルフと恋に落ちて、
楽しいセクロスタイムを満喫出来るんじゃないか?
エルフ長生きだから300年間くらい…いや。
確か、エルフは不老不死のはず! まさかの無限ループセクロスタイム突入じゃないか!?
うひょー!
と楽しんでいたら、銀髪の巨人がオレを誰かに手渡した。
高級シルクのような細い青髪に、丸く垂れ下がったエメラルドグリーンの瞳。
ピンと横に張った尖った耳。華奢な指でオレを支え持ち上げたのは…
「美女エルフきたぁぁぁぁぁぁ!!」(モエーッ!)
はぁはぁ。ま ぢ か よ。 鼻ぢ出そうだ。
かぁわいいぃぃ。この人がオレの母ちゃん? 良い匂いだぁ、ハァハァ。こんな美人でいいの?
クゥーッたまらん! 転生最高! 神様感謝します!
オパーイタイムはよ! ワショーイ! 腹減ってます! ワショーイ!
オレの興奮が判ったのか、怪訝な顔をしながら藁のベッドに、そっと寝かしつけられた。
「オレは腹が減っているのだ! 早く乳房を出さぬか! さもなくば」…と御託を並べていると、エルフ女がオレの額に手をかざして何かぶつぶつ唱え始めた。
華奢な指が眩い光に包まれ、暖かい何かが頭を覆った。
次第に気分が良くなり満腹感に包まれて、そのまま眠ってしまった。
***
ポロロン シャラン ポロン
(目覚めなさい、アルデウス)
(随分と時間が掛かりましたね。待っていましたよ、アナタが戻るのを)
(さぁ、長老に会いに行き、報告しなさい)
(アナタの帰りをみんな待ち望んでいましたよ)
綺麗な声がどこからともなく頭の中でハープの音色と共に響いた。
んぁ!? なんだ今の? ア、アルデウス?
それがオレの名前なのか? エルフはテレパシーも使えるのか。
言葉も理解出来たけど…なんだったんだろうか…
赤子のオレにどうやって長老に会いに行けと。
そもそも、ここが何処かも分かっていないのに、どうやって…。
頭が混乱して、あれこれ色々考えているうちに、再度深い眠りに落ちてしまった。