ep.o 『プロローグ』
人生で初の小説執筆、初投稿になります。
不定期ですが、なんとか書き上げるつもりなので暖かく見守って下さい。
叱咤激励お待ちしております。どうぞよろしくお願いします。
白の筒袖と濃紺の袴に身を包み「会」の姿勢で的を睨む。
数秒置いて風斬り音と共に放たれた銅褐色の矢は
二十八メートル先に置いてある尺二の真ん中に中った。
「残心」の構えから、ふぅっとひとつ息を吐き、静かに振り向いた。
その瞬間、満員の会場には大歓声と祝福のラッパが鳴り響いた。
オレが全国学生弓道大会で優勝した瞬間だった。
「どうしてこんな夢を今頃見るのだろう?」
と、訝しげに耳の裏を掻きながら
天井に吊るしてある、七尺三寸の和弓を見て考えた。
順風満帆に思えた人生だったが、今思えば、
十八年前のこの瞬間から、人生の墜落が始まっていたのかも知れない。
物心付いた頃から弓道一筋で育ち、
祖父に厳しく教えられ毎日猛練習の日々だった。
だから、勉強は大嫌いだった。
その甲斐あってか、大学にはスポーツ推薦で入学し、
全国大会優勝までした。
しかし、その後が続かなかった。オリンピック競技でもなく
ことさら取り立てられることも無く
静かにオレの全盛期はフェードアウトしていった。
それで将来食って行ける筈も無く
必死に勉強して、やっとの思いで卒業し皆と同じように就職した。
だが、上手くは行かなかった。
何事においても、弓道の 間、というものを、
大事にして育ってきたオレにとっては
社会の進行速度はとても異常な速さに映った。
入社三ヶ月で先輩社員と折りが合わず退社。
すぐに、いくつかの会社の面接を受けたが
結果はすべて不採用。
履歴書を買うのもアホらしくなり、ネットで仕事を検索し応募したが
これもすべて不採用だった。
次第に検索する内容は仕事の事からネトゲの情報へと
ごく自然に変わっていった。
ちょうどこの頃、祖父が他界し五月蝿く言う人は居なくなり
家から一歩も出ずに、部屋に閉じ篭る事が多くなった。
以後、十八年間、定職に就いたことは無く今に至る。
只今無職、親の脛かじる四十歳、独身、素人童貞、水虫。デブではない キリッ。
しかし、薄毛。残念。
先の人生に希望など無く、毎日パソコンに向かい
ただ、ぼーっとモニターを眺める日々。
楽しみと言えばネトゲ、ラノベ、ポテチ。
それと週に一回、近所の幼稚園に無給で教えに行っている
わんぱく弓道教室くらいだ。
子供達に混って弓を射っている時が一番癒される。
かわいいお母さん達の視線を気にしながら。
だから、今流行りのヒキコモリでもない。
一番中途半端なキモヲタニートオヤジだ。
普段はヨレヨレのねずみ色のスウェットを穿き、万年胸元にケチャップの染みが付いた白のランニングシャツを着て、二十四時間モニターの前で戦える戦士だ。
時々合間にエロフィギアを組み立てながら、鱒を書く。
ピザとポテチとアレで脂まみれのキーボードには一瞥もくれず
カタカタと器用にキーを叩く、自称準プロゲーマーだ。
昔はそれなりに恋もして、彼女と映画を観に行ったり、
お洒落なイタリアンレストランへ食事に出掛けたりしたこともあるけれど、
それがいつの事だったかは思い出せない。
「ふんっ。」
思わず声が漏れた。嫌な事を思い出してしまった。
当時付き合っていた彼女と別れた原因は
パソコンの中のエロ画像だったことを。
その日は三回目のデートを終え、彼女を家に誘う事に成功し
意気揚々と鼻歌交じりで、先にシャワーを浴びていた。
オレの暴れ馬は、初出走を目前に念入りに手入れをしてもらい、少々興奮気味だったが、ドウドウと落ち着かせながら笑顔で部屋に戻るとそこには、
モニターの前で口を大きくパクパクさせて
フリーズしている彼女が居た。
「まさか?!」
嫌な予感は的中した。
ネ申画像と書きバレるはずのない
金髪ロリ少女物フォルダーの暗号を
意図も簡単に解除しやがったのだ。
そして、見られた。 あらわな姿の金髪少女の写真を。
彼女は大きく目を見開いて平手打ちをオレに二度ぶっ放すと
吐き捨てるように言った。
「キモっ!」
オレをフリーズさせるには十分な二文字だった。
彼女にあげたプレゼントは気持ち悪がるようにその場に投げ捨てられ、
火でも付いているのかと錯覚する勢いで着ていた服を脱ぎ捨てると、
ほぼ裸同然の格好で、忌み嫌う目を一瞬オレに向け、踵を返して去って行った。
プレゼントした服を着ているより、裸を見られたほうがいいなんてね。
それ以来、オレの暴れ馬は出走登録されていない。
「はぁ~、なんだろうねぇ。今頃」
と溜息混じりに一伸びし背骨を鳴らした。
そして、布団から立ち上がり、まだ半分寝ぼけた目を擦りながら、眩い朝日が差し込む窓のカーテンを開けた。
庭付き一戸建ての二階を占領したダメ息子。
階下からは家族が朝食を取っている音が聞こえてくるが、呼ばれる事は無い。
切ないと思いながらも、今日もパソコンの電源を入れた。
洋物ロリ画像を手馴れた手付きで隠しフォルダから取り出し
日課のブリッジインパクトオ○ニーをしているときに
それは起こった。
地鳴りと轟音と共にブリッジの体勢は下から突き上げる衝撃により、
尻餅を突いた状態になった。
「なんだ?」
ガタガタと揺れる窓の外には土埃が起こり、銀杏の葉がざわざわと揺れていた。
無数の鴉が一斉に南の山に向けて飛び立つのが見えた。
「地震だぁ大きいぞぉ」
二階の窓から見える大きな庭から、叫びながら家の中に入る父の声が聞こえてきた。
朝食用のトマトをもいでいたのかも知れない。
それが父の毎朝の日課だ。
オレは今一度、自分の日課を終わらす為に尻を持ち上げ地震の揺れに対抗しながら、
ジェットストリームブリッジオ○ニーの体勢に入った。
ガンガンと下から突き上げられる揺れに、腰の動きを合わせながら
シャトルを天に送り届ける作業を急ピッチで進める。
「ふっ、この程度の揺れならオレのバランスは崩れない」
最終段階に入り圧力を掛け一気にシャトルを発射しようとした瞬間、
地震はぴたりと止み、勢いよく部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
と真顔で問うわが妹に、三点ブリッジシャトル最終発射二秒前の
状態を見られてしまった。
長い二秒間。
うっすら頬が紅潮し、わなわなと口を動かしながら形相が変わっていく妹。
妹の目とオレの目がバッチリ合いシャトルの発射台は妹に向いて聳え立っている。
オレの視界には妹の純白下着が神々しく頭上で輝いていた。
空白の二秒後
数億機のワタクシのシャトルは
阿修羅の顔をした「妹の髪」という、決して足を踏み入れてはならない
惑星に、べっとりと不時着に成功していた。
妹の紅潮していた顔はプルプルと震えながら真っ赤に変化していき、
髪に不時着したシャトルを振り落とそうとしながら、言葉にならない何かを叫んでいる。
拳は固く握られ、こめかみをヒクつかせながら奥歯から聞こえる歯軋りの音がデスマーチの如く響き渡った。
怒り狂う妹。
妹は強い。
腕力も、頭脳も勝てない。
両親の悪いとこだけ集めたらオレになり
良いとこだけ集めたら妹になるらしい。
叔母が冗談交じりで言っていたのを思い出した。
あれは本気だったな。
まぁ、もうどうでもいい。
そんな記憶も、あと少しで消えそうだ。
妹に殺される。
無防備に全開放されたオレのシャトル発射場を
怒り狂う阿修羅が髪を振り乱しながら踏みつけてくる。
瞬時に足を上げ膝を閉じて防御するも
ひょっこり燃料玉が二つあらわになったところを見逃さず
的確にかかと落としでヒットされた。
「ぐおぉぉぉ。」
転げ廻り悶え苦しむオレ。
唇の端を引き上げ奇声と共に空中にジャンプし
またしてもシャトル発射台を狙ってくる阿修羅、否、妹。
反転して発射台を守り、額にそのかかとを喰らう。
「うぐぅ…」
激痛に悶え苦しみながら部屋の隅へと追いやられるオレ。
詰んだ。
逃げ場を失ったオレを薄ら笑いを浮かべ
冷徹な三白眼で見下ろす妹、否、阿修羅様。
役目を終えた発射台は恐怖に慄き格納庫へと避難を開始していた。
それを踏み潰そうと大きく振り上げられた足が勢い良く踏み下ろされた。
もうだめだと思った瞬間
「ドッガァーン!!」
という爆発音と同時に家が傾いた。妹は「キャー」と
叫びながらバランスを崩し階段を転げ落ちていく。
窓の外に目をやると今度は真っ暗に。
「一体なにが起こってるんだ?地震じゃなかったのか?」
と考えながら揺れに耐えていると、うめき声が聞こえてきた。
妹が階下で呻っている。打ち所が悪そうだ。
助けに降りようとした瞬間、三度目の大きな横揺れが起きた。
それと同時に辺り一面が激しい閃光に包まれた。
よろよろと部屋の真ん中に仰向けに転げ叩き付けられた。
家の揺れが縦なのか横なのかも判らないくらいに揺れている。
打ち所が悪かったのか、体が痺れて動かない。
視界が朧に天井の和弓を映し出す。
その隣に飾ってあった矢筒から、一本の矢がゆっくり咽喉に目掛け
まっすぐ落ちてきた。
「ちょっおま、待って。あっ」
辺りからは色や音が消え
すべてがスローモーションで
視界の真ん中の一点の矢先に、意識がゆっくり飲み込まれていく。
懐かしいような気持ちと
このまま眠りたくなるような
心地よい気持ちとが入り混じった様な。
何が起こっているのだろう。
妹は大丈夫かな。
父さんは。
激しかった揺れはもう感じられない。
オレどうなっちゃたんだろう。
あたりは真っ白い景色に包まれ、視界はずっと先に見える
小さな黒い点に向かって次第に高速で進んでいった。
それは終わりの無い旅の始まりのようであった。
まぁ。お下品。