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ep.17 『パセリ』


 「オレは……いったい……」


 宮殿の東にある客間に案内され、窓の外を眺めながら自分の事を考えていた。

一体なぜ、エルフの村に転生したのか。人族のまま、いや、昔の自分のままの顔をして……。

髪は銀髪だが、あの鏡に映った顔は……たしかに幼少期の自分だった……。


 眼下に広がる街の様子は、人混みはかなり小さく映り、まるで蠢く蟻のように縦横無尽に行き交っていた。


「ご飯どんなのが出てくるのか、楽しみだなぁ~」

ユーダは森エルフの正装に着替えながらお腹を鳴らしていた。

「人族の料理は脂が多すぎて……俺は酒でも楽しむとするかな」

ケールは薄着になり布団の中に足を入れてユーダが買った本を読んでいた。


「そうだ、ニートン。こっちへおいで。渡す物がある」

ケールはそう云いながら傍らに置いてあった小袋の紐を解き始めた。

「――え? あ、はい」なんだろう?


「人族の男の子は五歳の誕生日に贈り物をする習慣があるらしい。――それと」

ケールはそういうと袋の中身を取り出しながら

「――話さないといけない事がある」

と云って剣先に布が巻かれた短剣を渡して来た。


「エルフの男の子は七歳になると一人前として扱われ、贈り物を貰う――布を解いてごらん」

麻紐を解き、布を外すと赤色に綺麗に光る波打った短剣が出て来た。

「わぁぁ~! こ、これもらっていいの……?」

その短剣はまだズシリと重く感じられショートソードと云っても過言では無いくらい重厚な造りだった。

「まだ、少し大きいかもしれないが、すぐに体が大きくなるさ――イージョク家は短剣を贈る家系だから、城下町の鍛冶屋に頼んでおいたのさ」

「ありがとうございます! たいせつにつかいます」

腰を九十度に曲げ、深々と頭を下げた。

「あはは、そんなに改まるな。普通の事だ。お前はイージョク家の男の子だからな!」


 そう云うとケールはオレの前にしゃがみ込んだ。

「それと――これだけは話しておかないといけないとおもってな」

ケールは俺の肩に手を置き、優しい目でオレを見た。

「ニートンは、――生まれたてのおまえは、全満月の夜に神殿の崩れた柱の下に居るところを、偶然、ユーダが見つけたんだ。――お前は、エルフの子ではなく……人族の男の子だと思う。――今まで黙ってて悪かった」

両肩を掴む手に力が入り、真剣な顔でゆっくり云った。

「――う、うん。……さっきの、はなしで……すこしわかった……」

 戸惑ってはいたが冷静さは失っていなかった。しかし、エルフの寿命や魔法などが備わっていないと考えると少し寂しい気がして声に張りが出なかった。

「そ、そうか」

「ニートンは、すごくかわいかったんだよ~!」

ユーダは遠くを見るような顔でオレを見ていた。今は……?

「そ、そうなんですか……」

「驚かないのか?」

「え? いあ、びっくりします。少し。――で、でも、アーリアみたいに耳の形も様々だと思ってて……ず、ずっと……えぐっ、え、エルフだと、ひっく、お、思ってました……うう」


そういうと、なぜか涙が溢れて来た。


「うわあああああん」

「し、心配するな、ニートン。さぁ、おいで。お前はウチの子だ」

ケールは戸惑いながらもオレの頭を優しくそして、力強く抱き寄せた。

オレは思いっきりケールの胸で泣いた。

ケールの胸元は涙と鼻水でぐっしょり濡れた。


 ケールはオレを抱いたまま、過去にエルフの村で暮らした人族の男の話を聞かせてくれた。

その人は森から一切出ない約束で一生を森で過ごし、エルフの女性と結婚しハーフエルフの祖となった人らしい。

だから、お前も心配しなくていいんだと。ずっと一緒に森で暮らそうと云ってくれた。

オレは涙が止まらなかった。


「それと、もうひとつ。――そら、新品の弓だ」

ケールと同じ細身のフォレストボウを取り出して渡してくれた。

オレは涙を袖で拭いそれを受け取った。

「これは、もう少し早く渡すつもりだったんだが、色々あって……まぁ、これで今日から正式にイージョク家の男の子だぞ!」

ケールはオレの頭を掻き毟りながら布団に入って行った。

「はい!」

オレは精一杯の笑顔で笑った。


 もらった短剣に布を巻き、腰布に差し込んで弓を背中に担いでみた。弓が大きすぎて地面に当たる……。

「あはは、ニートンかわいい」ユーダはお腹を抱えて笑っていた。

「もうーユーダさん。わらわないでよ」

オレは弓を下ろしてユーダに飛び掛った。

「あはは、やめろって……あはは」

ユーダの布団の上で暴れていると、ケールの寝息がそっと聞こえてきた。

オレとユーダは一瞬驚いたが、その寝息が今日は静かな事を喜びながらオレ達は宴会までの時間を過ごした。


***


 ナオッペン二五○世の宮殿は、街の中心に聳える城の東に隣接してあり、城内からでも宮殿に行けるように地下道が掘られていた。

 案内された客間から、その地下道に下りる階段の横を通り抜け、中庭越しに見える城を眺めながら通路をしばらく進んで行き、突き当りを左に曲がると、王の間に飾られていたのと同じ、歴代の王の絵が並ぶ豪華な通路に出た。

その絵を初代から眺めて進んで行くとその先に、黒く鉄で出来た大きな扉が片側だけ開け放たれていた。

 部屋の中に入っていくと、信じられないほどの大きな空間が目の前に拡がった。

天井に描かれた絵は高すぎてよく見えず、人が五人で手を繋いで回しても届かないかも知れない程の大きな大理石の柱が、十数メートル間隔で部屋の奥まで見えないほど建っていた。

 多くの給仕が所狭しと動き回り、頭に盆を抱え宴会の準備に追われていた。

その雑踏は天井の上へと伸びた円錐状の穴へと吸い込まれ意外と反響は少なく感じれた。

 血眼で駆け回る給仕のあいだをぬって奥に歩いて行くと小さな段差があり、それを三段ほど上ると、今回の宴会場の大理石の広間に到着した。

 広間に犇めくように埋め尽くされた食卓には、色鮮やかな食材や果実が乗せられ、宴会の開始を今かと待ちきれない様子で台座が軋んでいた。

 その食卓の周りには、ナオッペン王を初め、シオッペン夫妻、来賓各国の代表者、貴族、そしてオレたちエルフの近親者のみという豪華な顔ぶれであった。

 それでも数は数百に上り、給仕や護衛などを合わすと千人以上が一つの間にごった返していた。

すると、大きな太鼓の音がどんっと一発鳴り響いた。


「静粛に!――着席中の方はご起立下さい。――これよりナオッペン二五○世国王陛下の勅を奉じます」

全身黒尽くめの白髪の男が太鼓に負けない大きな声で叫ぶと宮殿内は一斉に静まり返った。

「ウホン。今宵の主役はシオラじゃ。宴が終わるまでワシに気を使うでない。よいな。シオラの思うようにさせてやれ」

あとでこの一言がどういった結末を迎えるのか、まだ王は知らなかった……。

「ほぼ、身内か来賓の者しかおらん。心行くまで楽しんで酔いしれるが良い。ルナの最後の晩じゃての」

ナオッペン国王はそう云うと杯を傾け一気に酒をあおり、杯を地面に叩きつけた。

「宴の開始じゃ!」

国王の合図で会場は一気に騒然となり踊り子は大理石の間の下で踊り回り、給仕は右往左往しながら酒を注いで廻っていた。


「さぁ、ニートン、ボクたちも食べよう!」

ユーダはオレの手を引っ張って食卓に着いた。目の前に拡がる見たことも無い肉にかぶりついていると、隣にあいさつ回りが終わったケールが戻って来て坐った。


「ふぅ~。これで一段落。全満月のあいさつ回りも済んだし、やっと酒が呑めるぞ」

「おつかれさま、ケール」

ユーダが新しい瓶を開け、ケールに酒を注いでいる。

どうみても派手なキャバ嬢と真面目なサラリーマンにしか見えないのは……。

「ここでしか食べられない物もあるから、しっかり食べておくんだぞ! ニートン」

「ふぁい!」

 言われる前から口に詰めれるだけ詰め込んでいる。

チェロの様な音色が場内をゆったり包むと、慌しく動いていた人並みは一旦落ち着きを取り戻し、宴会場は優雅なひとときに満ち溢れていった。


「かわいいなぁ~」

「えっ? ユーダさん あのおてんば娘がいいんですか?」

「シオラ様にハレルヤで逢って以来一目惚れしたらしいぞ」

月を眺めて居たケールが傍に寄って来た。

 確かに顔だけ見たら抜群に綺麗だけど……性格が、ダメでしょ。というかお前もロリか!

「かわいいけど……」

そこまで云うと後ろに殺気を感じた。

「だまれ! キモヲタ!」

 シオラはオレの頭を往復で二発殴り、背中に蹴りを入れ、笑いながら顔にツバを吐いて、背中を踏み越えてまた踊りに行った。

「いいな……ツバ……」

ユーダが呟いた。


うそだろ……おい。どエムエルフか。


「いや、そこじゃないでしょ……いたた。なんであんなの……」

「カワイイ」ユーダ無表情で即答。


それだけかよ。


「あはは」

「とうさんも笑ってないで、ヒールをお願いします……いたた」

「俺はヒールは出来ん。あはは」

 薄っすらケールの頬が赤くなっていた……。

「今日はらりがあっても彼女りは逆らえないからら。ンック。――グビッ、ぷはぁ~うまい! この酒どこ産らんだろうか? ヒック」

……と言うよりすでに呂律が廻っていなかった。


「おう、すまぬな少年。許してやってくれ」

振り返ると国王がケールの隣に坐っていた。

「あ、はい。大丈夫です。これしき……いたた」

「わっはは、無理をするな。どれこっちへ来て隣に坐れ」

国王は椅子の上を軽く叩きながらオレを見た。


 食卓を廻り、国王の横の椅子に飛び乗ると目の前に緑黄色野菜が詰められた籠が置いてあった。

その中からひとつ見覚えのある植物を取り出し、オレの皿の上に国王が置いた。

「その植物は、ダイニポン人が嫌いな植物だ。もしお前がダイニポン人ならこの植物は食べられないであろう」

国王はそう云うと、さぁ食べろと言わんばかりに目を見開き腕組みしてオレを見下ろしていた。

「あ、え? 食べられなかったら……どうなっちゃうんですか?」

「斬る!」

国王の目は笑ってはいなかった。


――は? 斬る? えっ? まじですか……つか、これパセリじゃねぇか! 

食べられねぇよ……。いや、まじで。どーする、これ。

ケールは酔っ払ってるし、ユーダはどエス姫に夢中だし……。

パセリムリ! 


 ……あれは人生で初めて、小学校三年生の時に給食でパセリが出てきて食べた時。

苦くて一口噛んだだけで飲み込めず、そのまま給食の皿の上に吐き出してしまった。

隣の席に坐っていたケイコちゃんに見られ嫌な顔をされて、食べ方が汚いと先生に言い付けられた。

 当時の担任の先生は食に厳しく、絶対に給食は残せなかった。

オレは吐き出したパセリと格闘すること数時間、午後七時半まで、心配した親からの電話と担任の限界により釈放された。


シャバに出たときの開放感は今でも忘れない。


 しかし、今日はためらうと斬られる。

どうする……。


「さぁ、どうした? 食べられぬのか? まさか、おぬし……」

「あ、あの、こ、これ、全部ですか……?」

オレは山積みになったパセリの束を指差して訊いた。

すると国王は一番大きな一本を取り出した。

「これはうまそうだな」

と云って自分で食べた。


助かった……。しかし、まだ食べなければ……。なるべく小さいの! 小さいの!

必死に心で念じた。


「ほれ。これもうまそうじゃ。食うてみい」

 

 そこに出されたのは先程国王が食された物と瓜二つ、いや、それ以上はあろうかと言う、それはそれは、立派なパセリが置かれていた……。


「……。」


 意を決して、パセリを掴み口に持っていって噛み千切ろうとした瞬間、大広間の入り口の方で悲鳴が上るのが聞こえてきた。

国王は振り返りながら立ち上がった。数名の護衛兵が駆け寄ってくるのが見えた。

 額のマントラが赤く激しく発色している事に気が付いて、ケールも意識を取り戻した。

オレはその瞬間両手でパセリを引きちぎり食卓の下に捨てた。

宴会場は悲鳴に包まれ、その中で誰かが叫んだ。


「トロールだ! 逃げろ!」



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