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ep.14 『トシジルの実とマノン』

 王子は立ち上がるとオレの方に来てまたしゃがみこんだ。

膝がぽきっとなる音が聞こえる。

「キミは……ニートン君だね? 大きくなったなぁ」と云いながらオレの頭をポンポンと叩いた。

「えっと……」命名式に来ていたのは覚えているが……。

「ジョーイだ。ジョーイ三世王子だよ」王子は軽く頭を下げた。

ユーダも胸に手を当てて礼を返している。オレもユーダの真似をした。

すると、赤いワンピースを着て、白い大きな帽子を被った小さな女の子が、白と黒の斑模様の大きな猫を抱え、王子の後ろに隠れているのが見えた。

「ほら、マノンおいで、ちゃんと皆さんに挨拶しなきゃ」王子は少女の背中を押してオレ達の前に一歩出した。

「……。」少女は何も言わず、軽く膝を折り、スカートの裾を持ち上げ、会釈すると王子の後ろに再び隠れた。


――ぶさいくな猫だな。太りすぎだろ。


「おろして下さい。マノン様」斑猫は突然言葉をしゃべり、少女の手から降りてきた。

「え?」

「おまえ、今、おいらのことぶさいくだとおもったにゃ?」猫が二本足で歩き、オレを指差しながら歩いて来た。

「ええ? ちょ、いあ、そんな。」どういうこと……? 考えている事が判るのか?

「そうだ。判るにゃ。まぁ、そんなことはどうでもいいにゃ、ぶさいくなのも事実だからにゃ……」猫なのにしっかり自分が見えてるってすばらしい……。

「――ふふっ。 そうじゃにゃい! ここにおられるジョーイ王子の妹君、マノン様は、初めましてよろしく、とおっしゃっているにゃ」

 よくみると額に星型の斑がある猫は胸に手をあて右手を少女に向けて高々に云った。

どうやら、マノン様と呼ばれる少女は言葉がしゃべれないらしい。


「そうなんだ、妹のマノンは言葉がしゃべれないんだ。ごめんな――あ、そうだ! ケールは? ケールはどこにいるんだい?」王子は周りを見渡しながらユーダに訊いた。

「もうしばらくしたらここに来ると思いますよ」そう云うのが早いか、ケールが諸手を振り、叫びながら走ってきた。


「お~い! ジョーイ~! ここに居たか。探したぞ――」ケールは足は速いが、走り方が不恰好だ。

「――やぁ~、久しぶりだなあ~」ケールは右手を差し出して、ジョーイ王子と握手を交わした。

「――やぁ、ケール。元気だったかい? 全満月の時、以来だね」王子は両手でケールの手を握り返した。

マノンは笑顔で駆け出し、ケールに飛びついた。


「やぁ、マノンも元気だったかい?」ケールはマノンを抱え上げ頬をつつきながら訊いた。

「会いたかった。と申しております。ケール殿。お久しぶりです」斑猫は深々と頭を下げた。

「そうか、イギンも元気だったかい? 少し肥えたんじゃないか? あはは」ケールはそう云うともう片方の脇に猫を抱えた。

「マノンより重たいじゃないか。あははは」

「にゃっ! ケール殿っ!そんなことはありませぬぞ!」イギンと呼ばれる猫はケールから飛び降りた。

「猫に体重の事を申すなど――失礼にゃ! むむ。ケール殿の頭の中はやはり読めませぬにゃ……」

「あはは、ごめん、ごめん。悪気は無いんだよ、イギン」イギンはペロペロと自分の顔の手入れを始めた。

 見た目はそのまんま猫なのにすごい能力を持ってるな……。

そう考えていると、舌を半分だけ出して顔を擦っていた肉球は目の上でピタと止まりオレの顔をジロリと見返してきた。

 あんまり猫のことは考えない方が良さそうだ……。

「――そうだにゃ」

イギンはそういうと、また目を瞑り顔の手入れを始めた。


「父上には会ったのかい?」ジョーイ王子が担いでいた籠を下ろしながら訊いてきた。籠の中にはトシジルの実がたくさん入っていた。

「いや、つい先程到着したばかりなんだ。オレはキートゥーンを預けて来たんだよ。」

「そうなのか、先に荷物をウチに置いてから行くかい?」

「そうだな、そうさせてもらおう」ケールはそう云うとマノンを肩車し歩き始めた。

オレはジョーイ王子に手を引かれ彼の家に向った。

イギンとユーダは何やら楽しそうに話をしていた。



***



 あとから聞いた話だと、ケールとジョーイ王子は幼馴染らしく、幼少期のひと夏をお互い、たまたま出かけた川で共に過ごし、仲良くなったらしい。

 その時は、お互いの身分を語らずただ友達として過ごした。

ケールの守護代襲名式の時にガルド公国の来賓として式に初参加した折、身分を明かさず仲良くしていたことが、更にお互いの友情を深めるきっかけになったとケールは目を細めて云っていた。それ以来の古い付き合いなのだとユーダにも聞かせていた。


――普通、川挟んで赤髪のあんなの居たら場所変えるよな……。


 しばらく五人と一匹は大通りを進み、教会の前の広場を抜け、山手側の道に差し掛かってくると丘全体を囲う柵の中に立派な屋敷が見えて来た。

「すげー」ユーダはその屋敷を見て驚いていた。

「ニートン、屋敷の中で迷子になるなよ~あはは」ケールが笑いながら振り返った。

マノンのスカートがひらりと舞う。

――くっ、オレとしたことが……見逃すなんて。


 その屋敷は、屋根全体を金で固め、土作りの白壁に囲まれた、いかにも王族の屋敷という佇まいであった。

重厚な黄金の飾りが施された扉を開けると、大きな空間が広がる高い天井がオレ達を迎え入れた。


「荷物を置いたら、すぐに父の所まで行きましょう。私はここで待っていますから」

ジョーイ王子は、入り口で待っていた従者からトシジルのスープを受け取ると、それを飲みながら玄関に坐り込んだ。

「――イギン、部屋を案内してあげてくれ」王子はそう云うとケールに鍵を渡した。

「了解しました。王子」イギンはそう云うとスタスタと正面階段を上って行った。

階段の中ほどで立ち止まると振り返り「こっちだにゃ」と云い、尻尾を立てて階段を登っていった。

オレ達もその後を追った。

 部屋はとても広く、布団も綿で寝心地は最高だった。


「ほら、ニートン起きなさい、すぐ出発だって言ってただろ」ケールは荷物を置くと、顔を洗っていた。

「はーい、すぐいけまーす」ベッドに寝転がり足をぶらぶらさせてケールが出てくるのを待っている。

ユーダも準備が出来て玄関にイギンと二人で向っているのが廊下から聞こえて来た。

「おまたせ、行こうかニートン」

「うん」オレは差し出された手を握った。


***


 王子に連れられて行くとそこは、教会だった。いや、教会より、もっと大きくて、そう、正に大聖堂と言った方が早いかも知れない大きさと装飾だ。

「わあ~~すごおお!」下から全部見上げようとすると、後ろに倒れそうになった。

 大聖堂の大きな扉は催し事の時以外は開かれないらしく、その横にある、小さな通用口から中に入った。

中は中世ヨーロッパの大聖堂と言った言葉以外は見つからない程、静寂と威厳が同時に存在していた。ケール達が中に入ると、ろうそくの炎がゆっくりと灯を揺らした。

「おお、ケールよ。よお、おいでなさった。近う寄りなさい」

「ご無沙汰しています、ジョーイ二世。お変わりなく安心致しました」

「ほーっほほっ。まだまだ息子にはこの座は譲れませんでな、今日はゆっくりしていってくだされ」

「はい、ありがとうございます。明朝早くにはここを発ちますので、今日は早めに就寝させて頂きます」

「そうか、そうか。そりゃ、残念じゃのぉ~。久しぶりに一献とでも思うておったが」

「復路でお邪魔致す時、ぜひに」ケールは深々と頭を下げた。

「おお、そうじゃったの! それまで待とう。わはっはは。ゆっくり休んでくだされ」

「はい。お休みなさいませ」軽くジョーイ二世と挨拶を交わすと、オレ達はジョーイ三世王子の屋敷に向った。


「――本当にありがとう、王子。それに、今日は酒に付き合えなくてごめんな。オレは酔うと長いから……」

「ああ、判ってる。気にしないでくれ。それより明日早いんだろ? 早く寝なよ」そう云いながら部屋のろうそくをジョーイ王子は消した。

「はぁ~、すぐ寝れそうだああふぅ、ありがとう、おやすみ王子」ケールはそう云うとベッドの上で上半身を伸ばしながらあくびをしてた。

「おやすみ。王子」オレは笑顔で手を振った。

「おやすみなさい、ケール、ニートン」

王子が音も無く扉を閉めると、そこは暗闇の中の静寂とケールのイビキがまもなく開始される魔の刻であった。


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