ep.11 『初めての外出』
――神殿には近づくな。 湖には一人で行くな。 とにかく一人でこの家から出るな!
日頃、ケールが口うるさくオレに云っていた言葉だ。
そのケールが、突然何を思ったのか、オレを外に連れて行ってやると言い出した。
出来の悪い子だから、谷に捨てられるかも知れない、なんてことは一切、頭には浮かばず、準備を軽く済ませて勢い良く扉を開けると、外にいるケールに飛びついた。
「いこーっ! とおちゃん!」
「あはは、こら、重たいぞ、降りないか」
「むふっ。だってうれしいんだもん」
「そうだな。村を出るのは初めてだったか、ニートン? 」
「うん! はじめてだよ。一番遠くに行ったのはチョーローの家だよ」
「そうだったか、よし、じゃぁ行こうか」
「はいっ」
ケールとベルスクリット牧場に向かおうとしていた矢先に、家の中からレピンの叫び声が聞こえた。
「待ちなさ~い、ニートン! ロピン、これをニートンに持って行ってくれる?」
「うん。わかったぁ。まってぇ~、おにぃちゃ~ん」
一つ年下の妹、ロピンが、麦わら帽子を抱えて、小走りで追いかけてきた。
レピンによく似て、綺麗な青髪に少し垂れ下がったまん丸の目、耳と鼻の形はケール似だ
前世の阿修羅の妹とは天と地ほどの開きがある。
目の中に入れても痛くない、オレのかわいいエルフの妹だ。
「ああ、ロピンありがとう。忘れてたよ」
「きをつけていってきてね。ロピン、おみやげまってるから」
歳はひとつしか離れていないのに、体格差は小学生と幼稚園児並みに違っていた。
「ああ、いい子にして待ってるんだぞ」
「うん」
オレはロピンの頭をなでた。
「あっ!そうだ、思い出しましたわ!」
扉の前に立っていたレピンが何かを思い出してケールに駆け寄った。
「うん? どうした? 何を思い出したんだ?」
ケールはベルスクリット用の手綱を巻きながら訊いている。
「ニートンの傷です。王都の…」
「あ~あれか、やっと思い出したのか? で、誰なんだ?」
「え~っとたしか、王宮の専属鍛冶屋にアキバハーラ出身の刀鍛冶がいるはずです…」
「おお! そうか、良く思い出した。ちょうど王宮にも用事があるからな、ついでに覗いて見るよ。それで、名前は判るかい?」
ケールは綺麗に巻いた手綱を傍らに置き、しゃがみ込んで靴の紐を結び始めた。
「はい、たしか隻眼の……え~とっ、う~ん」
レピンは、しばらく腕を組んで首をかしげていたが、
「ごめんなさい。 名前までは思い出せませんわ」と言うと軽く頭を下げた。
「そうか、それだけ判れば十分だ。ありがとう じゃあ、行って来るよ」
ケールは両足の紐を結び終えると立ち上がってオレの手を引いた。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
オレとケールは日もまだ昇らないうちに家を後にした。
しばらく雑談しながら家の敷地内を歩いていると、二股の道に差し掛かった。
この頃になると、東の空が薄っすらと青くなり始めていた。
牧場へ行くには、ここを右へ曲がるのにケールは左へ進んだ。
「どこにいくの? 森の出口は右に行くんじゃないの?」
「牧場に行く前に、隊長の家に寄るぞ」ケールはそう云うと隊長の家の煙突を指差した。
「あ、なんだ。はいっ」
森の出口とは反対方向に歩き、川沿いを少し上るとミッツィール隊長の家が見えてきた。
ケールの家ほど大きくはないが、それでも、周りの家に比べると立派な家だった。
扉にかけてある蛇の形を模したノッカーを数回叩くと中から声がしてきた。
「は~い、はい。今、出ます~」隊長が中でなにやら急いで走り回っているのが聞こえた。
「隊長~オレだ~早く開けろ~」
ケールはノッカーを離すと、自分の手で扉をどんどんと叩き始めた。
しばらく物音が続き、玄関口でガシャーンと陶器が割れる音を最後に、黒くて大きな扉が開いた。
「あ、ケール様。お久しぶりです。はぁはぁ」息を切らしながらミッツィール隊長が出てきた。
「やあ、久しぶりだな隊長。元気でやってたかい? 何していたんだ? ん? 誰か中に居るのか?」
ケールは隊長の家の中を覗いた。奥の部屋のベッドの上に、艶かしい裸の背中が大きく息をしているのが見えた。
「お、わりぃわりぃ。真っ最中だったか」ケールはそう云うとオレの視界を遮った。
「少し、用事でロハン城に行くから、留守の間は頼んだぞ」
「あ、分かりました。いつお戻りで?」額の汗を拭きながら隊長がケールに訊いた。
「ベルスクリットで行って帰ってくるから五日もあれば戻る」
「判りました。気を付けて行って来て下さいませ。留守は私が責任を持ってお預かり致します」
「うむ、頼んだぞ」
固い握手を交わし、隊長の家の門をくぐろうとしていると、家の中からケールを呼ぶ女の声がした。
「ケール~! なによっ、挨拶なしでいっちゃうわけ?」
しっとり銀髪が濡れ、素肌にローブを羽織ったヒュオラッテがドアに半身を隠してケールを見つめていた。
「ぬわわ、ヒュオラッテッ。服を着ろ」隊長が慌てて大きく手を振りながらヒュオラッテの体を隠した。
「あはは、そういうことか。隠す必要ないじゃないか隊長」ケールは大笑いしていた。
「なっ、失礼ねっ、ふん。もうケールは式には呼ばないんだからっ」
そういうとヒュオラッテは部屋の中に入っていった。
「…式? なんの式だ?」ケールが隊長に訊くと隊長はもじもじと顔を赤くした。
「わたくし達、今年の夏に結婚することになりました」
隊長は恥ずかしそうに伏目で云った。
「なあああにいいいいい? そりゃああ、めでてええええなぁぁぁああ!」ケール・ポコ
「……。」
「そうか、めでたいな! それなら、王都でナオッペン様にも伝えてくるよ」
「おおっ! お心遣い感謝致します! それでは、道中くれぐれもお気をつけて」
「ああ、頼んだぞ。あんまり激しくするなよ」
「……。」
話が早すぎて展開が見えないが隊長が結婚するのかな、そんな感じに聞こえる。
隊長の家を出るとベルスクリット牧場へ向かった。
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