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ep.9 『決意』


 「―――父上っ!いつまでこんな事をやればいいのですかっ!?」

左膝を折り曲げ片足で立たされ、ツルで足を結ばれて自由を失い、右目に木の皮で作った眼帯を嵌められて視界を失っている、幼いケールが憤っていた。


「お前は、エルフの中でも小柄だ。魔法の才能もミリタリア家に比べたら幼児そのものだ。弓の使い方が上手くても、狙いが定まらないと矢は当たらないぞ。動きながらでも獲物に矢が当たるようになったら新しい魔術を教えてやる。それまでは弓の練習だ! つべこべ言うな! バランスを鍛えろ!」


 栗の木に紐をぶら下げて、そこに小さな丸太が結びつけてある。ケールの父親、バージルがそれを振り子のように大きく揺らした。

「さあ、矢は3本だ。狙ってみろ……」

丸太がゆっくり大きく揺れ、父は段々と遠ざかって行き、真っ白に薄くなっていく…


「う~ん、父上…」


ケールは離れの書斎で一人うなされていた。

薄暗かった窓の外は、紫から橙へ、そして、薄っすら白みがかかった黄に変わっていった。

書斎の窓は大きく開けられたまま、少し肌寒い事に気がつき、ケールは飛び起きた。


「うわああああああ~、寝過ごしたあああああ!」


慌てて身だしなみを整え、傍らに置いてあった短剣を握り締めると、窓から飛び降りて湖へ向った。


「まずい。これは、まずいぞ。くっ、レピンめ、なぜ起さなかった…」

全速力で湖に向っていると、前から数人のエルフが歩いて来た。


「やぁケール」「おはよう、ケール」「うぇーい、ケエエエエルウウウ。ヒック 元気かぁ? ヒック」


おはよう…?


「やあ、みんな、おはよう!…って、今何時ですか!? ま、祭りは…?」

「何言ってんだよ、もうとっくに終わったぜ、まだ数人は湖に居ると思うけどな」


空を見上げると、暗くなっていっていると勘違いしていたケールは、自分がどれくらい寝ていたのか気が付き、蒼ざめていった。


「…ええーっホントですかっっ!まっ…まずい。ハレルヤ初日、寝坊してしまった。まずいなぁ…長老怒ってるかな…?」

「大丈夫じゃねぇか? 無礼講って言ってたし。長老はまだ湖で飲んでるはずだぜ、まぁ行ってみな」石斧を持ったエルフが疲れた顔で湖の方を振り向いた。

「わかった。ありがとう。行ってみるよ」ケールはそう云うと、駆け出した。


 水辺のせせらぎと酔っ払いの喧騒が同時にケールの耳に飛び込んできた。

湖から目と鼻の先にある杉林の丘を、更に加速して走って行くと、赤子を抱えたレピンがいた。


「…ぉっとっとっ、おお~、レピン。まだ居たか。はぁはぁ」

さすがのケールも全速力で村から湖までは辛かったみたいだ。膝に手をついて肩で息をしていた。

「あら、あなた…。はっ、も、もしかして…、ずっと、寝ていらしたのですか?」

レピンは耳をピンと立て小さな手を口に当てて驚いている。赤子はしっかり抱かれて気持ち良さそうに眠っていた。

「なぜ、起さなかった…」

「いえ、ちゃんと起しました。赤ちゃんを抱いて降りるときも、あなたはしっかりお返事なさってましたけど?」ぷいっと背中を向けるレピン。

「なっ…」それ以上言葉が出ないケールであった。


「こんな時間まで寝ていらしたのですもの。お疲れになられてたんでしょうね。クフッ」

レピンは振り返りながら笑うと、

「あ、そうだ。この子、太朗(ニートン)って名前になりました」


腕に抱えていた赤子をケールに見せた。


額に傷(ロリコン)黒い瞳(キモヲタ)月の迷い子(ブサメーン)になりそうでしたけど、この子が大暴れして嫌がっていたので、長老も仕方なくニートンにしたみたいです」

「また、ニートンか。長老も悩んだらすぐ、ニートンだもんな~。ブサメーンで良かったんじゃ…まぁ、でも、よかったな」

「姉さんの所の女の子は猫耳(アーリア)になりました…王女(アールィア)かと思ったのですが」

「へぇーっ、ルピンに似て耳が上なのか~、そして先が丸いのか…かわいいじゃないか」

ケールは、ルピンとジャンクスの顔を思い出しながら、子供の顔を想像して笑っていた。


「それでは、私は先に、この子と帰りますわ」そう云うとレピンは赤子の頭を抱えお辞儀をした。

「俺は…長老に謝罪してくるわ…」足取り重く湖に向うケールだった。


*****


 湖に着くと、酔っ払いのエルフ達が上半身裸で、樽の上で腕相撲をしていた。

よく見ると、その一人は、長老その人だった。


「つまらんの~誰もワシを負かす奴ぁいねぇのか?」

長老は片手で鼻をほじりながら若いエルフの腕をなぎ倒していた。


「あの~マーテル長老…」ケールがオドオドと樽の前に出てきた。

「おおお!ケール。おぬしどこにおったのじゃ?」

長老はそう云うと樽の横に置いてあった酒を飲み干した。ケールは後ずさりしながら、

「書斎で記録書を書いていたら…寝てしまっていました。申し訳在りません」深々と頭を下げた。

「まぁ、よい。おぬしも飲め。ヒック」おおきな酒杯にたっぷりと酒が注がれてケールの前に出された。

ケールはそれを「はい」と云うと一気に飲み干した。

「がはははは、さすが守護代じゃ。どうじゃ?ケール。ワシと一勝負しようじゃないか」

長老は右手の手首を回しながら肘を樽に置いた。

「判りました。まだ、一度も勝ててませんからね。今日こそは…」少し頬が赤くなってきたケールも上半身裸になり樽の上に腕を置いた。

審判役の太めのエルフが二人の握り締められた手を両手で包み込むと、

「はじめっ!」と二人の手をぐっと握りこんで開始の合図を出した。


長老も歳は取っているが、まだまだ現役で最前線に出れる体格をしている。

ケールも守護代の地位と自分の健康の維持の為、日々鍛錬を怠らず鍛えている自信があった。


「くっ…ケール、おぬし強くなったのぉ」長老は歯を食いしばり、樽の端を握り込んで踏ん張っている。

「ご無礼」ケールは静かに言うと、一気に長老の腕を樽に押し込んだ。

長老は仰向けに倒れ、勢い良く破裂した樽の中から出てきた酒でびしょ濡れになった。


「わー」「すげーケール、っ長老に勝っちゃうなんて」「うぉ~ケールすげー」

周りに居たエルフ達も半狂乱でケールの勝利を喜んでいた。


「ぬぅ、ケールおぬしいつの間にそこまで強くなったのじゃ…?」

肘を押さえながら、顔を歪めて長老は立ち上がった。

「日々、鍛えてますから」ケールはただそれでけ云うと、もう一杯酒を注いでいた。

「むぅ…あのケールがここまで強くなるとはのぉ…がはは、まぁ飲め、飲め」

服の裾を搾りながら大笑いしていた長老も大きな杯を掴み、酒を注いだ。


(あ、あぶなかった…。殴られると思って樽に行く前に【骨筋強化(マイトボディ)】のオーラ纏ってて正解だったな)

(防御に使うつもりが、こうなるとは。あはっ)


チートなケールだった。


「おう、そうじゃケール。今、おぬしが壊した樽、これが最後の樽じゃった。して、隣町まで行って買うて来い。がはは」長老はそういうと金貨を五枚ケールに投げた。


「……はい」


*****


「ジス イズ ア ヴィーナス」


離れに戻って来ると、ニートンと一緒に寝ている我妻、レピンを見て思わず最近、勉強中の人族語で言ってしまうケールだった。


村一番の美人を射止めたケール。幼馴染のルピンの妹。

小さくてかわいかった子が妻に。自他共に認める程レピンを溺愛している。

その隣で眠る、ニートンを見て弟か、妹を早く作ってあげようと決心するケールだった。


その夜、深夜遅く

ケールのミツバチは、薄暗く湿った迷宮の花園に迷い込み、花たちに受粉させた。

まもなく春が訪れるロードウッドの森の夜は、まだ長く、そして深く更けていった。



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