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ep.8 『オレの名前は』

 

  三十三間の広さに杉木で作られた板張りの床を、初老の坊主が袈裟に身を包み、静かに歩いていた。

初夏の夕暮れ、額からは青春の汗が滲み出て、女子生徒のTシャツはヴィーナスの絹糸の様に微かに素肌を浮かび上がらせ、男子生徒の視線を潤していた。

 

「――― 喝っ! バチン!」


 ― 禅とは―

禅定とも云われ、お釈迦様がブッダガヤの菩提樹の下で七日七晩、座禅を組み悟りを開いたと云われる。

大乗仏教の一派、禅宗の祖、達磨によって南インドから広まったとされ、座禅中は瞑想し、動きを止める事、すなわち法界定印(ほっかいじょういん)が必要で、心に乱れがある場合には警策(きょうさく)と呼ばれる扁平状の樫の木で肩を叩かれる。


 中学生の時に、弓道部の合宿でお寺に泊り込み、座禅を組まされた事を思い出した。

そう、無我の境地に達するため、精神鍛錬を日々欠かさず行っていた、中二病などまだ世の中に存在もしなかった頃。

青春の痛み。乙女の微かな汗の匂い。


その記憶と共に今、オレは…眠っているエルフ女の胸に抱きついていた。


「んーたまらん!くはっ。すうーはあー。むふっ。ぐふっ。ぶちゅう、ぬはは! これぞ煩悩の極み」


 金髪の老エルフがどれくらい話をしていたのかは分からない。

花火の音で目が覚めると、時には歌うように、時には激しく雷のように、目をつむってオペラ歌手のように話をしている老エルフが、木の箱の上に立っていた。

田舎町にやって来た、サーカスの団長にしか見えないが、同じような言葉を繰り返し話し始めると、仕込みの観客を催眠術にかけているのかと勘違いする程、意図も簡単に一人、また一人と眠りに落ちて行った。それは、とても異様な光景だった。


「―――もしや、あれが、長老かな? 長老~アルデウスです! 帰って来ました! 聞こえますか~…?」

頭の中で念ずるも、こちらには見向きもせずに、また一人、また一人と寝かし込んで行く。


「――― 一体何の儀式なんだこれは……? オレにチートな能力を与えるために…何かやっているのか?」言葉が判らないのでしばらくその光景を眺めていた。


 時間と言う物がこの世界に存在するなら、それは永遠と例えられるであろう。

そう言いたくなるような演説だった。しかし、オレはそんなことはどうでもよかった。

この胸の谷間に永遠に顔を埋めていたいと、切に願うだけである。と思っていると。


「ブラアアアアアアアアアアアアアアアッツ」爆音と爆風が同時に襲い掛かってきた。


もし、声の波紋を感じられるとするなら、アレがそうだろう。

頭蓋骨と脳を共鳴させるような良い「渇」だった。そう言いたくなる音だった。


眠り込んでいたエルフ達はぞろぞろ起き上がり、背伸びをしたり、あくびをしたりしてキョロキョロと自分の周りを見廻していた。


すると、オレを抱いているエルフ女も起き上がり、その後方から赤ちゃんの声が聞こえてきた。


「お?」声に興味を持ち身を反って振り返ろうとするが、エルフ女に(たしな)められる。

膝の上に乗せられてがっつりオレの体を囲うように腕を回し指を組んだ。

オレを抱いているエルフ女が何か後に話しかけると、もう一人のエルフ女が赤ちゃんを抱えて隣に座って来た。

その腕には生まれたての赤ちゃんが抱えられていた。


―――ぬぉ! 女の子か? 耳が頭の上に付いてるじゃないか! しかも、猫耳! エルフじゃないのか? まじかぁ~! かわいい~! まじかわいい! 金髪猫耳エルフ。これオレの彼女確定テンプレでしょ? むふっ。あとは、長老からどんなチート貰えるかだな。それによって…ムフフな事や、グヘヘな事まで…。


イヤラシイ考えが判ったのか、猫耳娘は訝しげにオレの顔を見つめていた。


―――クゥ~ッかわいい~! ヤベーコレ、ドストライク。真ん中すぎて、どん詰まりショートゴロゲッツーのパターンだ。

いあ、慎重にアプローチを開始すれば…オレのバラ色の生活が待っている。


もう言葉は要らない。見つめあう二人。この先何百年も愛し続ける二人。今から始まるんだよ。さあ、行こうか。


てな事を考えていると、さくっと引き離され、猫耳娘の母エルフが、オレの方を振り返りながら何か我が娘に耳打ちしていた。

「あの子と遊んじゃダメですからね! キリッ」って言われているような気がした。


 ―――小学三年生まで仲良かった、ユキちゃん。ちょっと、魔が差して、リコーダーをテヘペロと舐めちゃっただけなんだけど、次の日からゴキブリを見るような目で…いかん、いかん。何を思い出しているんだオレは。ここは、何もないエルフの村だぞ。魔法覚えて、あの猫耳娘と仲良くして、もう前の人生とは違うんだ。生まれ変わっているんだぞ。元の世界に戻る必要も無い。もちろん、この世界にはリコーダーなんて……


鼓笛隊居るじゃん! じゃあ、猫耳娘のリコーダーをテヘペロ出来るチャンスも……はっ、何言ってんだオレは!?


 大きな動く金色の竜の花火が打ち上げられた後、猫耳娘が壇上のエルフに手渡された。

何やら、ぶつぶつ老エルフがつぶやいたあと、

「ニゥルァクゥア パンクゥス」「アアアアアァルルリィイイイイイイアアアアアアア」


老エルフがツバを吐き散らしながら叫ぶと、猫耳娘を高々と頭上に掲げた。

すると、エルフ達は、木のマグカップを激しくテーブルに打ち付けて


「アーリアッ」「アールィア」「アリーア」「アーリーア」


適当にそれぞれが言っているように聞こえた。

老エルフは猫耳娘を抱いたまま、ずかずかと壇上から降りて行き、一番近くでテーブルを叩いていたエルフからカップを奪い取ると、それを一気に飲み干し「ガプップハーッ」と一息ついて、

「アーリア」

と静かに言いテーブルの周りを歩き始めた。


「アーリアッ」「アーリアッ」「アーリアッ」「アーリアッ」「アーリアッ」

エルフ達は笑顔で猫耳娘に話しかけ、老エルフの廻りを走り回っている。無邪気に飛び跳ねながら、あるいは、少し酒が回りよろめきながら、祝福の言葉を投げかけているように見えた。


「名前…か。―――じゃあ、次はオレか。もう判ってるしな。声のヌシがどこに居るのか検討も付かんが。アルデウスって名前は、はっきり聞こえたからな。うん」


挨拶を終えた猫耳娘が隣に帰ってくると、オレが壇上に運ばれた。


「―ぬはっエルフってこんなにゴツイっけ? 近くで見ると、ハルク・ホ○ガンにしか見えないぞ」

ゴツゴツした指で脇を抱えられ少し痛かった。

「果たしてこのハルクがどんなチートくれるのか楽しみだな」

老エルフがオレの額とノドを触ると…カッと目を見開きツバを飛ばしてきた。


「ロリコンジャ~」「ブサメーンッ」「サン キモヲタ」

「はい?」

「ロリコンジャアアブウサメエエン サンキモヲタアアアアアアアアアアアアアアア」


「……ふぇ? なにそれ? ロリ? ブサ? どれ? まじ、どれも勘弁。まじへこむ」


必死に首を振ってヤメロと、言う目で老エルフを睨んでいると、

髭をねじりながら首を傾げて見つめ返してくる。


何か閃いた顔をして眉根を八の字に広げると、


「ニートン」


と、小さく言うとオレを抱え揚げた。


「ニートン? なんだその、働かない豚 みたいな名前は……アルデウスは、どこに消えた…? 異世界の重力について研究でもしろってか? リンゴの木から植えないと…そんなことじゃねえだろ。あ、まさか重力チートか? 白ひげのニートン。自在に重力を操り島をも…」


老エルフに抱えられて壇上を降りると、テーブルの上に乗せられた。

エルフ達は、やる気無さそうに

「ニートン」トンッ「ニートン」トンッ「ニートン」トンッ「ニートン」トンッ「ニートン」トンッ

トントン、トントンテーブルを叩いている。


 ただ、その目は笑っているようには見えなかった。

なにかとてつもなく嫌われている雰囲気すら感じられた。

古代からの宿敵を見るかのように蔑視され…。


「その目には慣れてますけどね…」

強がって見たものの、敵意をむき出しにする黒猫を抱えた老婆エルフを目の当たりにすると、少し恐ろしかった。

ありゃ魔女だ。


 一通りのテーブルを廻り終える頃には空にはすっかり日が昇り、朝露が滴っていた。

宴会場にいたエルフ達は、それぞれが足早に帰路に着いていた

オレはエルフ女に抱かれて湖を後にした。

まだ、大勢の男エルフ達は湖で水遊びをしたり、酒を飲んだり楽しんでいた。


明日から猫耳娘とのムヒョヒョな時間が始まるのかと思うと楽しみで仕方なかった。

テレパシーの意味がどういうことか判らないけど。チートは結局貰えたのだろうか?

言葉が理解出来ないから、何が起こっているのかぜんぜん判らなかった。


ただ、


どうやらオレは、今日からニートンになったみたいだ。



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