魔王様とお姫様
昔々 魔王様とお姫様が恋に落ちました
魔王様はお姫様をとても大切にしていました
お姫様も魔王様のことが大好きでした
しかし その幸せは長くは続きませんでした……
「なんとおいたわしい……」
一人の老婆が呟いた。
「姫様が……こんな事になるなんて……」
「それもこれも、あの魔王のせいだ」
皆が口々に呟いた。凍ったように冷たい身体をそこに横たえている一人の少女――マーメイドという名の姫だった。両手をしっかりと胸の前で組み、 目を閉じているその姿はなんとも美しいものだった。
彼女が眠り続けて、既に3年ほど経っていた。
***
「……魔王様、いつまでその水晶を見ておられるのですか?」
一人の青年が呟いた。
魔王――イシスは何も返さない。
漆黒の黒い髪で顔を隠し、黙っていた。ひたすら、その水晶に映る少女の姿を見続けいた。
「もう、おやめください。いつまでその方を……マーメイド様を見続けているのですか?」
少しだけ声を大きくして、青年は呟いた。それでも、反応は返ってこない。
「お願いですから、目を覚ましてください」
すがるような声を、ひたすら無視した。どんなに声をかけても、届かなかった。
今、その耳に届くのは水晶に映る少女、マーメイドの声だけなのだろう。
青年は悔しげに顔をゆがめて踵を返した。青年の気配が完全になくなってから、小さく呟く声がした。
「すまない……マーメイド……」
わずかな、悲しみの色を含んだ声で。
「……駄目だったのね?」
一人の女性が尋ねた。
「わかりますか」
「もちろん」
青年が答えると女性はそう返した。机に頬杖をつき、女性は青年に半眼にした目を向ける。
「魔王は、貴方の声すら届かなくなっているのね? ロスト」
「ええ。もうすでに、無理のようです」
ロストと呼ばれた青年少し悲しげに肯定の言葉を返した。
「エレラ、貴方は此処を出て行かないのですか? 他の皆は、出て行ったというのに……」
「貴方はどうなの? 私は……」
エレラは少しためらってからこう答えた。
「私は、魔王が私たちを必要としなくなるまで此処にいるわ。そう決めたんだから……」
あなたもそうでしょ?っと目だけで聞かれてロストは肯定するかのよに笑う。エレラはゆっくりと息を吐き、椅子に背中を預けた。
「いつになったら、魔王の思い人は目覚めるのかしらね?」
目を細め天井を仰ぎながら、エレラはそう言った。
***
ある日、1人の魔女が尋ねてきて魔王様を硝子の水晶に閉じ込めてしまいました
それをみたお姫様は涙を流して、魔女に言いました
「どうか、この方を助けてください」と……
魔女はイジワルそうな笑いを浮かべてこう言いました
「眠りにつきなさいな。あんたのその美しさが衰えるまで」
それ以来、お姫様はずっと眠り続け、まだ目覚めてはいませんでした……
***
「マーメイド様を目覚めさせるにはどうすればよいんでしょうね?」
ロストは不意にそう呟いた。紅茶の入ったカップの中を覗きながら、さらに言う。
「かつて魔王様を水晶に閉じ込めた魔女――ウィッチを倒せば、あるいは」
「無謀だわ」
エレラは呆れたように呟いた。
「ロスト、いくらなんでもそれは無茶よ。魔女は魔王を封じることすらできるヒト……私たちが勝てっこないわ。わかってるでしょう?」
「ん。まぁね」
カップを口元で止めたまま、少し哀しげにポツリと呟く。
「何とかできたら、いいのにね」
エレラはそれを黙殺するかのように沈黙を保っていた。
「マーメイド様が目覚めたら……この城も、前のように明るくなるのに……」
カップをコトンと置き、ロストは暗い空しか見えない窓の外を眺めた。
***
魔王様の召使いたちはとても哀しんでいました
彼等も同様、お姫様が大好きだったのです
早く、お姫様が目覚めてくれるよう
魔王様にもお姫様にも
また笑ってもらえるようにと
ただそれだけを願って……
召使いたちは考えました
どうすればお姫様を眠りから覚ましてあげられるのか、
どうすれば魔女をたおせるのか……
それはやはり、途方も無いことでした……
***
庭に出たロストはいつもイシスが世話をしている花の手入れをしてた。
主人が世話を忘れている間も、花たちは鮮やかな色をして、咲き乱れている。そんな花を見ながら、ロストはイシスとマーメイドの楽しげな顔を思い出していた。頭の中にちらつくそれらの映像に、胸が締め付けられる。
「はぁ……」
小さく溜息がでた。魔王に仕えていながら、何もできない無力さに嫌気がさしてくる。そんな自己嫌悪を繰り返していると、するりと手から水差しが滑り落ちた。
「あっ……」
そう呟いたときにはずでに遅く、草のすれる音とともに地に落ち、水をぶちまけた。
「はぁ……」
再び溜息をついて、落ちた水差しを拾う。
不意に争う声がして、窓から中を覗くと先ほどまで一緒にいたエレラと一人の子供が言い争っているのが見えた。ロストはあわてて中に入り、声を上げた。
「エレラ、スワン」
二人の名前を呼ぶと、言い争いがぴたりとやむ。しかし、お互いに睨み合いを続けている。
「何をしてるんですかっ! 今の状況でケンカなんて……」
「ロストは、魔王様があのままでもいいの? 早く、魔女を倒さなきゃ……」
「だから、それは無謀だと言ってるでしょ? それができれば誰もあきらめて、此処を出て行ったりしないわ! 魔女の所に行けば死が待っているだけよ!」
「ちょ、ちょっと、二人とも……」
再び始まった言い争いを止めるべく、ロストは二人の間に割って入った。睨みつけるように二人を見た後、疲れたよう呟いた。
「スワンの言いたいことはわかったよ。私もそうしたいのはやまやまだしね。けど、エレラの言っていることも正しい。この意味がわかるでしょう?」
なだめるようにそう言って、少し哀しげに笑った。
「思っているのはかまいませんが、それを実行に移すのだけはやめてください。魔女を倒すなんて、私たちにはできっこないんですから。考えてもみてください。エレラは台所の担当で女性だし、君はまだ子供でしょう? もし、スワンが行ったとして、命を落とすようなことがあれば、目覚めたマーメイド様や魔王様が悲しむでしょう? ええ、きっと哀しみます」
ロストにそう言われ、スワンは黙った。
不意に、ぽろぽろと涙をこぼしながら、呟く。
「お、おれ……お姫様も魔王様も、大好きなんだよ。早く元に戻ってほしいだけなんだ……」
泣きじゃくるスワンの肩に手を置き、エレラは泣き止むようにと、言葉をかける。それを見ながら、ロストはただ静かに今まで決めかねていた決意を固めようとしていた。
自分が、魔女のところへ行くことを。
「スワン、もうお休みなさい。エレラはスワンに付いてやってください。一人じゃ、不安だろうから」
エレラはその言葉に頷くと、スワンの背中を押して奥へと消えていった。残されたロストは少しだけ安心したように笑った。
「――行きましょうか」
独り言のように、それだけ呟いた。
***
魔王様の召使いの一人がこう言いました
「私が、魔女を倒してまいります」
それは死ににいくのと同じだとほかの召使いたちは言いましたが、誰の言葉にも耳は貸しませんでした
そして召使いはこうも言いました
「私は、魔王様とお姫様のためならば、この命すらおしくはありません」
そう言って、召使いはほほえみました
***
「……」
魔王・イシスは相も変わらず沈黙を繰り返していた。漆黒の髪は顔を隠し、目線はひたすら、愛しい者の映る水晶玉に向けられていた。
ロストはその後ろに静かに立っていた。わずかに微笑みを浮べ、優しげに目を細めた。
「行ってまいります」
一礼して、そう呟いた。戸に手をかけ、ドアを開く。一回だけイシスの方を振り向き、小さく、口だけを動かした。
「――――――」
その言葉が魔王に届いたかどうかは定かではない。
一夜が明け、翌日。
いつもあるはずの気配が無く、エレラは戸惑ったように目線を泳がせた。
「ロスト?」
いつも一番に起きていて、自分が起きてくると笑って挨拶を交わす相手がいない。彼に限って寝坊はありえず、まさか魔王を見捨てて出て行くはずも無い。
それだけは、確実にありえないと、エレラは首を振った。しかし、実際気配が無いのは事実である。
不吉な予感が脳裏をかすめた。
「こんにちは。魔女さん」
魔女・ウィッチは、くぼんだ目でその青年を見た。
漆黒の髪に瞳。口元に貼り付けたような笑み。
ウィッチは軽く鼻を鳴らし、青年に声をかけた。
「何の用だい? ここまで来たってことはそれなりの覚悟があってのことだろうねぇ? 言ってごらん?」
イジワルそうに笑いそう言うと、青年は貼り付けた笑みをよりいっそう、深くした。
そして口を開く。
「私の願いはただ一つ。魔女に死んでいただくことです」
魔女は眉を寄せ、骨ばった指をいらついたように動かした。次に声を上げて笑い、青年を見下ろした。
「アタシに死ねだって? そりゃあ、無理な相談だねぇ」
「では、力ずくで死んでいただきます」
笑顔のまま、青年が次の言葉をはじき出す。
「私は、主君のために、あなたにこの術をかけるために、私は兄には遠く及ばない力を磨いてきたんです。―――三年……随分と長かったですよ」
「ひっ……き、貴様はっ」
魔女は自分の前に微笑みながらたたずむ青年に戦慄した。悲鳴を飲み込み、まるで恐ろしいものを見るかのような目で青年を見た。
しかし、その時には何もかもが遅かった。
術はすでに完成していたのだから。
青年を中心に時空が歪む。そこに現われたのは闇……全てを飲み込む、ブラックホール。
流れる風は生ぬるく、その闇に呼ばれているかのように吸い込まれていく。魔女はずるずるとそこに引きずりこまれて行った。
「やはり私が来てよかった。今の兄ではここまで使えないですから」
自分自身も闇に引きずり込まれているにもかかわらず、青年は変わらない笑みを浮かべていた。
「―――――――――っ」
魔女は醜い悲鳴をあげていた。青年はそれを嘲笑し、そしてほんのわずかに哀しげな笑みで口元を飾った。
「―――――――」
さっき呟いた言葉をもう一度呟いた。
***
よく晴れた日……
お姫様は目覚めました
周りの人々は大喜びをしてお姫様の手を握ったり、抱きついたりしました
けれど、お姫様は早く魔王様に逢いたくてたまりませんでした
何か、とても哀しい出来事があったかのように、心はとても重く、沈んでいたのでした……
***
イシスはぼんやりと空を見ていた。そんな彼の横にはつい先日、目を覚ましたマーメイドの姿がある。しばらく、そうしてすごしていたが、やがてイシスが口を開いた。
「二度ほど、呼ばれた気がするんだ……」
マーメイドは黙ってイシスの声に耳を傾けていた。
「きっと、ロスト、いやローレンスに。珍しく、私を『兄様』と呼んでいた気がするんだ。最後に同じ言葉が聞こえた」
『さようなら、兄様』
その呟きが、再び耳に蘇る。イシスは顔を手で覆い、嘆いた。
「私が、己を失ったばかりに、ローレンスが逝ってしまった。確かに感じた、禁じ手であるあの術の気配」
「イシス」
小さく呟いてマーメイドはイシスの手を握った。
「私は罪深い者だ。マーメイドを犠牲にし、次に弟を犠牲にした。―――こんな私に生きる価値などあるのか?」
「あるのよ。―――私のために、残っている召使いたちのために、そして、ロストの……命をかけて魔女を倒したあなたの弟のために」
握った手に少し力を込めて、マーメイドはそう言った。
「本当に、そう思ってくれるのか?」
「私はそう思っているわ。だからね、己の罪のために死を選んだりしないで」
小さく、マーメイドはそう呟いた。イシスはそれに答えるかの様に、少し笑ってマーメイドの手を握りかえした。
***
昔々 魔王様とお姫様は恋に落ちました……
しかし その幸せは長くは続きませんでした
魔女が現われ、魔王様を水晶に閉じ込めてしまったのです
お姫様は魔王様を救うために身代わりになって永遠の眠りについてしまいました
二人がまた幸せになれるように、召使いたちは考えました
そして、一人の召使いが名乗り出ました
「私が、魔女を倒してまいります」
その召使いは魔王様の弟でした
誰もが彼を止めましたが、彼は行ってしまいました
そして
彼は己の命と引き換えに魔女を闇の中へと永遠に出られないように閉じ込めたのでした……
***
「ロストは、ずるいよ」
赤く張れ上がった目元。相当泣いたはずなのに、その瞳からはさらに涙がこぼれ落ちそうなほど潤んでいた。
「お姉ちゃんも、そう思うでしょ? だって、ロストはおれ達にあれだけ駄目って言ったのに自分が行ちゃったんだよ? そんなの、ずるいよ」
そう言う弟にエレラはただ黙っていた。言われなくともわかっている。けれどもそれを口に出すと、弟に怒鳴りちらしてしまいそうな気がした。だから、ひたすら沈黙を守っていた。
「エレラ、スワン」
不意に声がかかった。泣いていた弟が顔を上げる。
「魔王様」
ポツリと呟く。
「少し、付き合ってくれ。弟の……ロストの墓参りに行くぞ」
久々に見た魔王・イシスの表情はどこか哀しげで、儚かった。その後ろにいるマーメイドの方が幾分しっかりして見えるほどに。
「魔王様……お姫様……」
スワンはこぼれかけた涙を服の袖で拭うと、イシスを見上げた。
「行きまっ……あ、えっと、お供します」
ぺこりと頭を下げ、スワンは笑った。イシスはそれにつられたように、ほんの少しだけ口元を歪めた。
昔々……
魔王様とお姫様を魔女から救った召使いがいました
その召使いのお墓は
今でも、魔王様たちが育てた花でうめつくされているそうです
〈 終わり 〉
少しだけ解説を。
魔女がどうして魔王を閉じこめてしまったのか。
それはとても簡単なお話です。魔女はただ単に魔王の隣りにいるお姫様の美貌が恨めしくてたまらなかったから。童話などでよくあるとても簡単な理由です。
このお話は高校の時に部活で書いた物を修正したものです。それすらも随分前の話なのですが。
題名は「魔王様とお姫様」なのにメインの人物は違うという、題名にそっていない話でもあります。
でも気に入っているのだと思います。
未熟ながらもアレが書きたいこれが書きたいと精一杯書いて、珍しく自分ではあまり文句をつけることのない作品です。あくまで、昔の自分としてですが。
最終的にハッピーエンドなのかどうなのかは読み手さんのとらえ方に一任するという相変わらずっぷりのスタンスですが何か響く物があれば嬉しいです。




