もう一度、転生を
「おい、早くしろよ、魔王」
白い部屋でゴソゴソと床を触っていた魔王であるアゼルの後ろから、俺は声をかけていた。手に持ったハルバードでつつきながら。
リュウも同じようにアゼルに声をかける。
「レオンさん、こいつ最低ですよね。なんでも知っている、みたいな事を言っていたくせに、大事な事に気がつかないとか。返せ。僕の最高の妻と娘を返せ! 帰ったらメイド服姿の娘のお馬さんになる、って約束をしていたのに!」
アゼルがこちらを向くと、まるで噛みつかんばかりの勢いで怒鳴ってきた。
「お前らが色々と動くから焦っていたんだよ! こっちはようやく対処法を見つけたのに、お前らがすぐに攻め込んでくるから……」
テオはベーンに愚痴をこぼしていた。
「まさか可愛がっていた部下がずっと復讐心を抱いていたとか……因果応報、って事かな」
ベーンはなんと言っていいのか分からず。
「た、大変だったな」
ユーステアは、アゼルを睨み付けながら。
「もっとやり方があっただろうが! なんで知らせないんだよ、この馬鹿!」
ポチはそれを聞きながら、溜息を吐いていた。
『はぁ、こんな環境ならケンタウロスでも出て来たら惚れてしまうかも知れない。首から上が人型でも、尻は馬だから……』
アゼルは叫んだ。
「お前ら最低だよ! 俺、こんな奴らに負けたかと思うと涙が出てくるね! ……あ、繋がった。映像が出るわ」
すると、アゼルが言うとおり映像が浮かび上がった。そこには、コンクリートジャングルというどこか懐かしい光景が――。
「あ、これ知っているような……」
俺がその映像を見ていると、周囲も反応した。
「地球……しかも日本ですよ、レオンさん! 魔王、僕の実家とか見られない?」
リュウがアゼルに頼み込むが、アゼルは首を横に振った。
「無理。間違って繋いだだけで、凄く不安定なんだぜ。なんというか、システムがここにポイントを合わせていたから見られただけで……お、なんか動きがあったな」
映像を見ていると、工事中の建物の鉄骨を支えているワイヤーに亀裂が入っていた。明らかに作為的なもので、その真下にいた人物に向かって鉄骨が――。
「ちょっと待て! なんでお前がそこを歩いてんだよ!!」
黒いスーツ姿は、誰かの葬式帰りなのかも知れない。だが、そんな事よりも、俺は歩いている相手――今まさに、鉄骨が落ちようとしている相手に見覚えがあった。転生する前、俺が謝りたいと思っていたもと親友の姿がそこにあったのだ。
叫んでも声は届かず、そして鉄骨は狙っていたかのように青年に落ちた。雨の中、青年の体を押しつぶし、そして赤い血が雨によって流されていく。
伸ばした手が映像に触れると、すり抜けてしまう。歪む映像――。
アゼルが、その映像が流れた理由を理解したようだ。
「……システムが暴走してやがる。俺たちが全員失敗したから、次の転生者を探してこちら側に連れて来るつもりだ」
俺は地面にハルバードを叩き付けた。周囲が俺に対して声をかけられないでいると、映像にノイズが混ざって今度は転生先の世界の映像が映し出された。
『うおっ! なんだ、これ……気持ち悪っ!』
ポチの言うとおりだった。赤ん坊の姿をした白く巨大な物体が、総本山を突き破って空へと浮んでいた。
白い部屋にはいくつもの映像が映し出される。
俺の家族、リュウの家族が、部屋で子供と一緒に遊んでいた。
違う映像には、シシオがジョンに乗って草原を駆けていた。
他にもいくつもの映像が流れ、ユーステアはエリアーヌを見て手を伸ばしていた。映像に触れられないが、それでも手を伸ばして泣きそうになっていた。
リュウも同じだ。俯いていた。
ベーンも、テオも……ポチも、自分のハーレムや子供たちを見て何も言わなくなっていた。
違う映像では、泣いているエイミが映し出される。倒れているセイレーンにラミア、総本山内で戦う冒険者たち。
「……なんだよ。失敗とか最悪じゃないか」
全て失うというなら、俺たちはなんのために転生したのだろう。なんのために、第二の人生を得たのだろう? 元の故郷も、第二の故郷も失って、俺たちはなんのために……。
そう思っていると、白い部屋に映える赤い首輪をした大型犬が部屋の中にいた。
「ぬわっ!」
「なんだこいつ!」
「え、こいつも転生者!? どんだけ欲張ってこんな姿になったんだ?」
白く、毛の長い犬は瞳が見えなかった。どこかで見た事がある犬だと思った。だが、全く思い出すことが出来ない。
すると、犬が口を開いた。吠えるのではなく、まるで喋っているようだった。だが、声は俺たちの心に直接語りかけているような感じだ。
『……君たちとは何度も会っているし、ずっと傍にいたようなものなんだけどね。まぁ、それはいい。でも、どうしても許せない事がある。他の世界に干渉して、吸い上げた魔力で爆発するなんて勝手な事をする連中に、好き勝手にされたまま終わる事だ。そこで提案だ。今度はこの老犬の願いに応えてみないか?』
俺たちはどこか弱々しく見える老犬を前にして、言葉が出ないのだった。
◇
白く巨大な赤ん坊が天井を破壊し、明るくなったその部屋でエイミは空を見上げていた。レオンの遺体を守るために、落ちてくる瓦礫を全て破壊していた。そのため、エイミとレオンの周りだけは瓦礫もなく綺麗なものだった。
エイミは、動かなくなったレオンをゆっくりと床に下ろすと涙を流しながら、レオンに語りかけるのだった。
「ごめんなさい、レオン様。でも、私はもう許せません。神殿が嫌いです。私はこの世界の神が嫌いです。だから……あんな訳の分からないものに神殿の奴らを殺される前に、私が全てを――」
ドロドロとした黒い液体が、エイミの鎧の隙間から溢れてきた。
「キヒッ! キヒヒヒッ!! 皆殺しだ! そうだ、全てあいつらが悪いんだ! 小さいときもそうだ。両親に私が悪魔の子だと言い聞かせ、私を引き渡すように言ったのも神官だ! いつも邪魔をして、レオン様を殺したのも神官! みんな死ね! みんな、みんな……殺してやる!」
黒くドロドロとした液体がエイミを包み込むと、そのままエイミの上半身の姿を形作った。徐々に大きくなるその物体は、周囲を溶かし、石化させながら総本山を破壊しながら大きくなっていった。
大きな通路に出ると、そこには銃を持った神殿の関係者たちがいた。
「な、なんだこいつは! まだ魔物がいたのか!」
銃を構え、弾丸がエイミを襲う。だが、既に大きくなりすぎて通路が狭いエイミには避けることが出来ず、そして避ける意味もなかった。ドロドロとした表面に弾丸がめり込んでおしまいだ。
そのまま溶けて、吸収されていく。
「ひっ!」
一人が逃げだそうとすると、エイミの体から――お腹の辺りから一本の腕が飛び出して逃げ出した男を掴んだ。そのまま石に変えて握りつぶすと、粉々にした。
エイミの頭部分には、二つの丸い目のような赤い光を発するものがある。
『……キヒッ、キヒヒッ! まずは一つ』
体から次々に腕が出現すると、周囲にいた銃を持った神殿側の兵士たちへと襲いかかるのだった。
◇
白い部屋の中、全員が白い犬を囲んで覚悟を決めた顔をしていた。
白い老犬は、俺たちに顔を向けて再度確認してくる。
『もう一度聞く。自ら転生して地獄を繰り返す覚悟はあるんだね?』
転生すればチートで暴れ回れる? そんな希望などここの面子は抱いていない。そう、転生して気が付いたのは、送られた先がまるで地獄だったと言うことだ。
魔物と人が争い合い、人同士も殺し合う。剣と魔法のファンタジー世界とは名ばかりの地獄がこの世界だった。
「覚悟は出来ている。それでこの世界も、そして地球も救えるんだろ? 失敗した屑な俺たちにしては、出来過ぎな逆転劇だ」
俺が言うと、全員が頷いた。リュウは指先で鼻の下をこすり、涙目になりながらも笑っていた。
「家族とか残すのは嫌だけどね。また、僕は家族に酷いことをすると思うと……それだけが……それだけがぁ」
リュウの肩に、俺は手を置いた。
「リィーネが全て上手くやる。お前の家族も心配ない」
泣き出したリュウが頷くと、テオが覚悟を決めた様子で。
「やってくれ。神でも悪魔でも構わない。この魂で救えるなら、俺は転生を受け入れる」
ベーンも同じだった。
「転生して後悔もあったんだ。チートを貰っても使いこなせない。こんな駄目な俺がなんで転生したのかな、って……でも、最後に意味があるなら……知り合いが生きているこの世界が続くなら」
ユーステアも同じだった。
「可愛い姪っ子がいるんだ。伯父さん頑張らないでどうするよ? やってくれ……」
アゼルは太々しく。
「今度こそ、俺は魔王として役目を果たせるわけだ。まるで雑魚みたいに倒されないなら、華々しく散るのもいいな」
ポチは前足で地面を蹴りながら。
『どんな野郎が相手でも、俺のハーレムには傷一つつけさせるものかよ! このポチ様は、何度だって蘇る! 例え、こことは違う世界でも、俺様が俺様である限り、俺の夢は終わらない! 地獄だろうと天国にしてみせるぜ!』
駄馬のくせに恰好いい事を言う。そう思いながら、俺たちは老犬を見て頷くのだった。
『……分かった。では、最初に転生するのはレオン、君だね? もっとも、君にしかこの役目は与えられないけどね。ほら、来たよ』
老犬がそこに映し出した映像には、死んでしまった俺の肉体に近付く女性の姿が映し出されていた。
「ミーナさん、なんで……あんなにボロボロになって」
老犬が言う。
『君に対する罪の意識だろうね。まぁ、他にも色々とあるんだろうけど、最初はレオンからだ』
ミーナさんが俺の遺体の傍に来ると、祈りを捧げ始めた。
◇
ミーナは、レオンの遺体を見つけると、エイミから逃げるときに失った石化した左足が膝から砕けていた。
「はぁ、はぁ……レオンさん。本当にごめんなさい。謝ることは、できそうにありませんね。でも、これが私の気持ちですから」
聖属性の魔法にある、使用者の魂を引き替えに他者を生き返らせる魔法。ミーナはそれを使用して、レオンを生き返らそうとした。
「私の命、あんまり残ってないかも知れませんけど」
石化して崩れていくミーナの体。徐々に左足から広がって腰の部分までが動かなくなっていた。
祈りを捧げると、レオンの体が光り輝いた。
石化する速度が上がり、ミーナの体は首辺りまで石化をし始める。そして、ミーナは呟くのだった。
「こ、今度生まれ変われるのなら、もっとレオンさんのために役に立つような……。私、馬鹿だから言われた通りに聖剣を盗んで、レオンさんに迷惑を……」
涙が出たミーナは、手も石化し始めていた。そして、レオンが動き出すと立ち上がった。ミーナはソレを見て、レオンに言うのだ。
「ごめんなさい、レオンさん」
そうして、ミーナは完全に石化すると、粉々に崩れていくのだった。
◇
俺は最後にミーナさんの謝罪を聞くと、近くに落ちていたハルバードを手に取った。
「……ミーナさん、あんた世界を救ったよ。何しろ、俺を生き返らせたんだから」
瓦礫の山になったその部屋を歩くと、俺は空を見上げた。
「さて、と……死んだ人間をこんな地獄みたいな世界に送っておいて、元親友まで殺しやがった自称神の野郎に制裁をしないとな。おかげで、俺たち……また転成することになったんだかよ!」
駆け出すと、字面に魔法陣が出来た。その上に乗ると地面のように踏みしめることが出来、踏み出すと一歩先には新しい魔法陣が出来ていた。
ポチの能力だ。
この瞬間だけ、借りることが出来たのだ。
空へと駆けると、巨大な白い赤ん坊は両手を広げていた。何も知らなければ神々しい姿なのかも知れないが、知っているとそれが巨大な装置の塊でしかないので神々しさの欠片もない。
しかも壊れている。
俺は右手に持ったハルバードを肩にかけると、左手を掲げた。
「いつまで心が折れてやがる、軟弱な聖剣が!」
◇
ラミアは目を覚ますと、自分の手に聖剣の腕輪が握られているのを見た。
起き上がると、腹部の傷が塞がっている。だが、目の前には瀕死の姉の姿があった。そして、敵はどうやら姉のセイレーンが倒していたようだ。
「お姉ちゃん……なんで!」
血を流し、意識が朦朧としているセイレーンに触れると、ラミアは腕輪を握らせようとした。だが、セイレーンが受け取らない。
「なんで……早く治療しないと」
「もう……いいの。私……お姉ちゃんだから、妹には譲らないと」
そう言って弱々しい姿のセイレーンを見たラミアは、涙を流すのだった。すると、腕輪が急激に光り始めた。
弱々しい光りではなく、強く輝くとラミアの手から離れて空中に浮き出した。今までよりも強い光を発し、セイレーンの傷を癒すと空へと飛んで行く。
ラミアはセイレーンを抱きしめ、腕輪の向かった先を見たのだった。
「……あれは」
そこには、空を駆けるレオンの姿があった。だが、普段のようにポチの背中に乗ってはいない。なのに、空を駆けているのだ。
セイレーンが、弱々しく手を伸ばす。
「駄目。行かないで……父さん!!」
セイレーンの言葉にラミアが驚きつつも、すぐに肩を貸して立ち上がった。自分の相棒であるワイヴァーンを見て、ラミアは視線を落とした。
「アンナ、ごめんね」
黒いドラゴンに噛みつかれ、命を落とした相棒に謝罪をすると、ラミアは背中を向けたレッドドラゴンのソフィーの元へと向かうのだった。
◇
空の上、俺は巨大な赤ん坊を前にして、右手にはハルバードを持ち、左手にはエクスカリバーを持っていた。
赤ん坊は少しだけ目を見開くと。
『おや、死んだと思ったよ。だから次の転生者を用意していたのに……あれ? もう世界は終わるから意味がないかな』
壊れた機械らしく、余計な事をやってくれたものだ。
「壊れた機械は叩けば治るんだったな。ここまで叩いてやりたいと思った機械もお前がはじめてだよ」
『僕は――俺は――私は――神』
「そうか。神様か。良かったな。だが、悪いな……俺、信じているのは地球の神様なんだよね」
赤ん坊の体から、いくつもの赤い瞳が開かれた。不気味な存在に早変わりした壊れた機械は、俺に向けてレーザーを放ってくる。
魔法ではないので、打ち消すことは出来なかった。
「よくも俺たちを殺して、転生だのなんだのと言っておだててこんな地獄に送り出しやがって!」
走りながらハルバードを振ると、魔法で障壁が出来てレーザーを無効化した。エクスカリバーの剣先を壊れた機械に向けると、大爆発が起こった。
「……テオの奴、こんなチートを貰っていたのか」
全員のチートを一時的に借り受けており、今の俺は転生者たちを代表する存在だった。
『その力は君のものじゃ……』
「あぁ、借りたんだ。悪いな」
空を駆けると、魔法陣が俺の一歩間に出現する。駆けるスピードは普段以上だ。体は軽く、今ならなんでも出来そうだった。
いくつも襲いかかるレーザーを、慣れ親しんだ極限の集中力で動きを見極めて避ける。
空中で身を翻しては、足場を作って駆け抜ける。
リュウのチートである瞳の効果で、相手のどこに接触すればいいのかを探った。
「あぁ、そこか」
赤ん坊の巨大な頭部へと駆け出すと、レーザーが全周囲から襲ってくる。これは逃げ場がないと思っていると、俺は笑う。
「お前、誰に何を渡したか忘れたのか?」
瞬間、俺はその場所から、壊れた機械の頭部へと着地する。巨大な目を破壊しながら進むと、表面に白い人型の何かが出てくる。武器を持ったそれらをハルバードとエクスカリバーで斬り伏せた。
「ユーステアの瞬間移動。ベーンの剣術の才能か? 本当に便利だな」
ズタズタにすると、俺はその場所へと辿り着いた。
『止めろ。すでに世界の破滅はこの……』
「分かった。もう、黙っていろ。アゼルの能力は便利だが、頭が痛くなるのが欠点だよな。え~と、アクセスをするにはここに触って」
全員のチートを使って巨大な装置に辿り着いた俺は、頭部の丁度天辺に触れるとそこから装置へとアクセスした。
『ギャァァァ!!』
赤ん坊の絶叫に耳が痛くなるが、そのまま耐えると巨大な装置は赤ん坊の姿を維持出来ずに、球体になっていくと地上へとゆっくり落下していく。
直後、総本山の頂上付近から、神殿側の飛行船を巨大な手で掴んだ黒い物体が姿を出した。溶けていく船からは、神殿の神官や兵士たちが逃げだそうと外へと飛び出していた。だが、高さから言って助かるわけもない。
「……エイミ」
エイミの暴走した魔法が、勇者の力とやらによって増幅されたようだ。神殿側の飛行船が逃げようとすると、その強大な腕で掴んで石化させて握りつぶしていた。他の飛行船も破壊され、全て沈むと空に向かって咆吼していた。
俺はその光景を見ながら。
「……お前のその力も持っていく。きっとあいつなら何とかしてくれる」
近くに味方の飛行船が近付き、そしてレッドドラゴンのソフィーが飛んできていた。だが、俺の体からは光りの粒が溢れて姿が薄れていく。
「時間切れだ。悪いな、お前ら……俺はここまでだ」
空に向かって手を振る俺は、そのまま巨大な装置とエイミの姿をした黒い化け物ごとこの世界から消え去るのだった。
◆
「今、なんと言いましたか」
リィーネが立ち上がると、バーンズは悔し涙をながしながら。
「レオン殿は神殿側の裏切りと、総本山内にいた化け物の出現によって命を落とされました。最後は化け物二体を自らの命で封印したとしか……。生き残った神官が言うには、元から裏切るつもりだった様子。ですが、既に責任者の多くは総本山内で死亡しております」
城の中、リィーネは傍にいたメッサを見た。何も言わないが、震えていた。
「……リュウ子爵は?」
「リュウ子爵、そしてレオン殿愛馬、更にはあのテオ・ルセルドも死亡を確認しております」
メッサがその場で立っていられず、崩れ落ちると母であるエリーサが支えた。リィーネは、ボロボロになった怪我の酷いエンテが持つ箱を見た。
「……それは?」
「レオン様が、最後に準備していたものになります。その、今になって思えば、あの方がしたことです。きっと意味があるのではないかと思いまして」
リィーネが箱を受け取ると、そこには小さな装置とカードが数枚入っていた。
「受け取っておきましょう。セイレーンたちは無事ですか?」
エンテは肩を落としながら。
「今は薬を飲ませて寝て貰っています。ギルド内部も混乱しており、今後の方針はどうなるのかと」
リィーネはエンテの意見を手で制した。
「……少しでいい。時間をください。ほんの少しでいいから」
そう言ってリィーネは自室へと向かった。エリーサが供をしようとするのも手で制すと、一人で寝室に入って崩れ落ちた。
「どうして……いつも帰ってきてくれたのに!」
ピンク色の髪を乱し、リィーネは箱を抱きしめた。しばらく涙を流すと、リィーネは再び箱を空ける。
エンテが書いた説明書もあれば、レオンが書いたメモもあった。そこには、カード内に記録を残せる装置を作る計画が書かれていた。
それを使用し、身分証や金銭の受け渡しを計画していたようだ。
レオンが用意していたギルドカードだった。
ギルドカードを見て、リィーネは泣きながら笑うのだった。
「あの人は本当に……本当に……」
箱を抱きしめたリィーネは、そのまま気が済むまで泣くのだった。
◆
しばらくして、リィーネが身なりを整えると皆を集めた。
会議室には主だった面子が揃っており、リィーネの判断を待っている様子だった。
リィーネは目を腫らしていたが、化粧でごまかすと冷静さを装いつつ席に座っていた。
エリアーヌの顔は青く、余裕のある表情をしている者などいなかった。
リィーネは言う。
「夫は亡くなりました。これは紛れもない事実。神殿が隠していた強大な魔物を封じ、勇者としての役割を果たしたのです。誇りなさい」
全員が顔を見合わせると、エリアーヌが言う。
「リィーネ様、それではあんまりです。レオン様は――」
「誇りなさい! 私の夫は間違いなく英雄でした。付き従った者たちも、命を落とした者たちも英雄です! 異論は絶対に許しません」
全員が口を開かないのを確認して、リィーネは箱を取り出した。
テーブルにギルドカードと小さな装置を並べると、エンテがソレを見て少し驚いた。
「リィーネ様、それは――」
「夫は有能でした。これはギルドカードというそうね? 中に情報を書き込めるカードです。やりようによっては、これは我々の大きな武器となる……立ち止まれば、アルトリアは夫がいないことを理由に弱みにつけ込んできます。我々に立ち止まっている暇などないのですよ。エンテ、動ける者を東方へ派遣しなさい。シシオ殿を正式に跡取りとして迎え入れます。ユリアナにはバーンズ殿……貴方の息子に嫁いで貰います」
バーンズが少し考え、頷く。
「異論はございません。このバーンズ、そしてオルセス家はアーキス家に絶対の忠誠を誓います」
リィーネは実の娘であるまだ幼いユリアナを、一番力のあるオルセス家に嫁がせたのだった。
リィーネは言う。
「神殿側の裏切り行為、そして総本山で隠していた魔物……悪評を流しなさい。彼らは神など崇めず、魔物を崇めていたと。勇者たちがその魔物を倒したとします。神官たちには地獄を見て貰いましょう。それと、エンテ」
「は、はい!」
エンテがリィーネの雰囲気に緊張していた。今までとは違い、覇気があったのだ。
「冒険者の中で信用の出来る者たちを選びなさい。聖属性の魔法を使える者たちです」
――リィーネは、自ら新しい神殿という組織を作ろうとしていたのだった。この日、後にアーキスの魔女と呼ばれる女傑が誕生した瞬間だった。
次で終わりです。
長かった……本当に長かった。
色々とご迷惑をおかけしましたが、脇役勇者は光り輝く は、残り一話です。
……あ、フリーダムのベル様から【脇役勇者は光り輝け】が9月1日に発売となります。そちらもよろしくお願いします。