最大の勘違い
神殿の最奥の間。
そこに足を踏み込んだ俺たちは、その光景を見て唖然とするしかなかった。神殿の神官たちも同じだ。
皆が変わり果てた部屋を前に、唖然としていた。
巨大な白い胎児……映像で見た事のあるその胎児は、赤い瞳を開けてこちらを見ていた。
俺は、そのなんとも言えない巨大な……百メートルを超えるのではないかという胎児を前にして近くにいた神殿長に疑問をぶつけた。
「おい、これが最奥の間なのか? 俺から見ると趣味を疑うレベルなんだが?」
神殿長も首を横に振っていた。
「まさか。こんな部屋ではありませんでした。魔王が何かをしたとしか……。ここには巨大な装置はありましたが、こんな化け物はいなかった」
神殿内はいくつか自動化された扉もあった。まるでここだけが別世界のような場所で、ラスボスがいてもおかしくないとは思っていた。
「確かにアゼルだとなんというか……俺でも倒せたからな」
ラスボスとして明らかに力不足だと思った。
神殿長が部下たちに指示を出す。
「すぐに調べなさい。ここが動かなければ、神殿は終わりですからね」
動き出す神殿の関係者たち。俺は白く不気味な巨大な胎児を前にして呟いた。
「まぁ、こっちの世界だと胎児とか見ないからな」
◇
「こいつ!」
左手に弓を持ち、右手に短剣を持ったリュウは飛行船の甲板に飛び降りてきた勇者の一人を蹴り飛ばした。
すぐにもう一人が斬りかかってくると、短剣で受け止め相手の顔を見た。面をつけてはいるが、空いた穴から目が見えた。血走った目は理性が感じられず、息づかいも荒いままだ。
「お前ら、戦う相手を間違って――」
リュウが最後まで言い切る前に、突撃してきたポチが勇者の一人を突き飛ばした。甲板からはじき出された勇者は、黒いローブを纏ったまま空洞の下に貯まった水の中へと落ちていく。
だが、浮き上がってくる事はなかった。
リュウは呼吸を整えながら短剣をしまった。ポチの方も体に傷がいくつも入っている。
『くそっ! あいつら絶対に許さねーぞ! なんだ。滅茶苦茶痛いじゃねーか!』
普段よりもポチは傷の治りが遅かった。
「ツックン、いつもならすぐに回復するのに……年齢?」
『ふざけろ! 俺は生涯現役だぁぁぁ!!』
リュウは空を見上げながら、近くに転がっている矢をかき集めていた。神殿の勇者にボロボロにされ、使えるのが手元にどれだけ残るか分からない。
なのに、次々に飛行船から神殿側の兵士たちが総本山の入口に乗り込んでいた。
すぐに弓を構えようとすると、リュウはその優れた瞳で危険を感じた。この世界にあるのはおかしい武器が、そこにあったのだ。
「ツックン、逃げて!」
『あぁ?』
上空――総本山入口に設置されたのは、ガトリング砲だった。回転式のレバーを回し始めると――。
『のわっ!』
飛行船の甲板の上に、まるで弾丸が雨のように降り注いだ。ポチは体に何発も銃弾を受けるが、リュウを確保してそのまま空を駆け出した。
飛行船の甲板から、空に逃げ出したリュウとポチに弾丸が襲いかかってきた。
「僕たちを狙っている」
『おい、あれをいつもみたいに弓矢でバーン! ってやれよ!』
「わ、分かった! って、あぁぁぁぁ!!」
リュウが矢で敵を射ようとするが、今度は空から火達磨になった神殿側の飛行船が数隻落ちてきた。どうやら、レオンたちの飛行船を何が何でも破壊するつもりのようだ。
『あのクソボケ共がぁ! 帰ったら神殿の関係者、全員を蹴り飛ばしてやらぁ!』
ポチがいつも以上にやる気を見せているのを、リュウは自分の子供を守るためだと知っていた。
口では悪い事も言うし、本当に嫌っているところもある。だが、本能が強すぎて、自分の血を引く子供を守る部分もあったのだ。
本能が強すぎるから、子供を守る――ポチらしい。
(せめて理性で守ろうとかしようよ、ツックン……)
リュウは回収した三本の矢を見た。空からは三隻の火達磨になった飛行船が落ちてきており、下を見た。
「……ツックン、一隻だけなんとかならないかな? 僕、矢が三本しかないんだ」
弾丸が光の線に見えた。いくつもの光の線が二人に襲いかかってくる中、ポチは言うのだった。
『……お前はいつもそうやって駄目だから、俺様やレオンが苦労するんだ! 一隻だけは何とかしてやる』
「呼び捨てにしたことをレオンさんに言いつけるからな! ……さて、やろうか、ツックン」
リュウとポチが真剣な表情になると、空中を駆け出すポチのスピードが上がっていく。
ポチの背中では、リュウが二本の矢を口にくわえて一本の矢を構えた。降下してくる飛行船は、総本山入口を通過してきており時間がない。このままでは下にいる味方にぶつかってしまう。
リュウはしっかりと狙いをつけ、矢を放った。
矢にはリュウの魔力が込められ、放たれた瞬間に風を巻き込み火達磨となった飛行船へ向けて突き進んだ。
飛行船に突き刺さると、そのまま貫通して吹き飛ばしてしまう。炎が雨のように降り注ぐ中で、口にくわえた矢を手に取った。
すぐに同じように矢を放つと、二隻目の飛行船も破壊された。
「ツックン!」
『よくやった、俺の子分! 行くぞ、おらぁぁぁ!!』
ポチが力強く空中を蹴るとそのままリュウとポチは残った一隻に向けて突撃するのだった。
火達磨になった飛行船に突撃をかけた二人は、その勢いで飛行船にぶつかって突き破った。竜骨部分をへし折られた船は空中で分解していき、そのままバラバラになって落ちていく。
下の方では飛行船から出て来た居残り組みが、必死に自分たちの飛行船を守っている光景が見えた。
魔法で落ちてくる破片をどけ、そして消火活動を行なっていた。
(あぁ、もう大丈夫だ)
火傷だらけのリュウとポチ。
そして、リュウは燃えないように守っていた最後の矢を、総本山入口に向けるのだった。
「……ツックン、僕たち最高の親友だったんだよ」
『なにか言ったか? 悪いが目が見えないんだ。早く終わらせてくれ……』
ボロボロの二人は空中で恰好の的だった。唖然としていた神殿の関係者たちだが、すぐにガトリング砲をリュウとポチに向けた。レバーを回して弾丸がリュウとポチに向かってくる。
そんな中で、リュウは最後の力を振り絞って矢を放った。
「そう言えば……ちゃんと家名とか決めれば良かった」
光の線に見える多くの弾丸が、リュウとポチの体を貫いていく。ガトリング砲の方は、リュウの矢を受けて貫かれ、弾丸に火がついたのか爆発していた。
リュウとポチは、そのまま動かなくなり空洞の底へと落下していくのだった。
そのまま水面に叩き付けられた二人は、水柱は二つ作り水面に浮かび上がってこなかった。
◇
「動きます。これまで通りです、神殿長様!」
「本当ですか!」
大喜びで白い巨大な胎児に触れた神殿長は、本当に嬉しそうな顔をしていた。俺は総本山最奥の間を見渡していると、溜息を吐いた。
隣にいるエイミは、話しかけても冗談を言っても反応が薄い。青い顔をしていたので、きっと疲れが出ているのかも知れない。
加えて、ミーナさんは最奥の間に入れなかった。扉の前で待つように言われており、俺は話し相手がいないのである。
総本山が何度か揺れた感じはしたが、部屋の中にいた神殿の関係者たちは歓喜に包まれていた。
「これでついに神殿が再び!」
「やりましたね、神殿長!」
「えぇ、辛い時期を良く耐えてくれました」
こいつらを見ていると、もっと辛い時期を経験するべきだったのではないだろうか? などと俺は思ってしまった。
「終わったみたいだな。エイミ、戻ってエンテたちと合流するぞ」
「……はい」
そう言って最奥の間から出て行こうとすると、声がかかった。ただ、その声は今までと同じ雰囲気ではない。
「どこへ行こうとするのかな、レオン」
呼び捨て、そして神殿の関係者たちはゆったりとした服の下から武器を手に取っていた。その武器を見て、俺は目を見開く。
「……どこでそれを手に入れた」
部屋の中でその武器を持っている神殿の関係者は数名だ。その武器とは、拳銃である。リボルバー式のその武器を前にして、俺は困惑していた。
作られてもおかしくはないが、それでも今まで拳銃があるのを見た事がない。大砲くらいはあるが、それでもまだ鉄球を撃ち出すような感じだ。
小型化、しかも弾丸を撃ち出すようなものは見かけたことがなかった。
実はファンタジー世界だから、魔法を撃ち出す銃のような何か、だと思いたい。しかし、神殿長から出た答えは、違った。
「なに、神殿に伝えられた知識の一つですよ。魔法ではなく火薬を使った武器です。これだけしかないけどな。というか、これを何か知っていたのか? ……やはり、お前はここで消えて貰う」
すると、神殿長が指を鳴らして近くにいた女性に言うのだった。どこかで見た事のあるその女性は、ボロボロで不気味に笑っていた。壊れかけの眼鏡をして、「キヒヒ」と笑いながら魔法を使用したのだ。
だが、俺に向けてではなく、特に効果のある魔法にも見えなかった。
「そんな事をして――」
集中力を高め、一気に周囲の武器を持った神殿関係者をハルバードで斬り伏せるために踏み込んだ。
すると、急にエイミが苦しみ出す。
「あぁぁあぁぁああぁぁぁ!!」
エイミの叫び声に振り返ると、周囲から俺に向かって銃弾が放たれた。ハルバードで全てを弾くと、飛び出す一人がいた。
頭を抱えて動かなくなったエイミに向かうのは、懐から折れた剣の先端部分をくくりつけたナイフを持った神殿長だ。
スピードが速く、そして迷いなくエイミへと直進していた。
そして、その折れた剣を見て俺は目を見開いた。
「それを回収したのはお前かぁ!!」
エクスカリバーの折れた刃は、見つける事が出来なかったのだ。腕輪状態で転がっており、剣にすると折れたままだった。効果は微妙に残っていたので、完全に回復アイテム扱いだった。
すぐに振り返ってエイミに向かうと、周囲から放たれた弾丸のいくつかが鎧に当たって貫通した。
痛みは感じなかった。だが、足に銃弾が貫通し、上手く走れなくなるとエイミと神殿長の間に滑り込むのがやっとだった。
そして、エイミの前に出て左手で肩を掴んでやると――俺の胸からエクスカリバーの剣先が飛び出した。
口から血が噴き出してきた。
「あぁ、流石にこれは……」
混乱したエイミが、その光景を見て唖然とする。
「レ、レオン様?」
俺は集中力が途切れ、そして念入りに俺の中をかき回す神殿長を恨みつつエイミに倒れ込む。
ハルバードを床に落とし、俺はエイミに抱かれ……そこで意識が遠のいた。
◇
エイミは、動かなくなったレオンを抱きしめていた。
「な、なんで……レオン様がなんで……」
目の前には、折れたエクスカリバーの剣先を短剣にしたようなものを大事に持つ神殿長の姿があった。
「最後は役に立ってくれましたね、勇者エイミ。本来なら精神を病ませて貴方にレオンを殺させるはずだったのに……意外と精神が強かったのでしょうね」
エイミがポロポロと涙を流すと、レオンを強く抱きしめていた。
神殿長は両手を広げ。
「これで邪魔者は――」
――いなくなった、とでも言おうとしたのか、神殿長は満面の笑みを浮かべていた。だが、最奥の間にいた巨大な白い物体が体の割に小さな手を動かした。そして、部屋の中に聞こえる鼓動、更には徐々に大きくなる白い何か。その姿は、徐々に人の赤ん坊のような姿になっていく。
「な、なにが起きて」
神殿長や神殿の関係者たちが困惑していると、巨大な赤ん坊が口を開いた。
『……七人も送り込んで失敗するなんて、使えない連中だね。レオンには期待していたんだけど、やっぱり勘違いをしたままだったよ』
赤ん坊とは思えない流暢な喋り。そして、困惑する一同の中で、エイミはレオンを抱きしめながら。
「ごめんなさい。ごめんなさい、レオン様……」
謝り続けるのだった。
赤ん坊は言う。
『ゲームオーバー、とでも言えばいいのかな? もうこの世界はおしまいだ。いや、いくつもの世界が爆発に巻き込まれておしまいだ。君たちのせいでね』
神殿長が困惑したまま。
「わ、我々の責任だと? 貴様はいったい――」
『僕を神として崇めておいて、その言葉はないんじゃないかな? まぁ、神ではないし、君たちを助けるつもりもない。忘れたのかな? レオンは僕が使わした勇者と言ったのに』
神殿の関係者たちは、その言葉を聞いて思い出した。レオンが勇者として名を広めるきっかけになったのは、多くの者たちが集まる場所で祝福を受け、神の声を聞いたためだった。
【汝は我の遣した偉大なる光り輝く勇者なり】
それは、レオンが祝福という魔法を受けた時に、全てのものが聞いた言葉だった。
赤ん坊は言う。
『僕の声に聞き覚えはあるだろう? 何度か注意をしたけど、あのバーゲストは聞く耳を持たなかった。本当に駄目だね、君たち。君たちがしっかりしないから、レオンたちを送り込んだのに……全員死んじゃったじゃないか』
赤ん坊は笑った。本当に心から可笑しいように。
『アハハハ、馬鹿すぎて笑うしかないね。世界を滅ぼしてまで権力を求めたんだからさ。良かったね。君たちが一番だ。でも……』
全員が唖然とする中で、赤ん坊は目を見開いて体の割に小さな手で天井を指差した。
『……世界は終わるけどね』
神殿長はすぐに装置に触れようとする。部下たちにも指示を出した。
「と、止めなさい! 暴走をしているんです! すぐに止めれば!」
「は、はい!」
神殿の関係者が赤ん坊に触れた。
『無駄だよ。それと、触れない方が良い。何故なら――』
先程は触れても大丈夫だったのに、神殿の関係者たちが赤ん坊に触れると次々に光りの粒子になって消えていく。慌てて離れた神殿長は片腕から徐々に消えていこうとしていた。
「だ、誰か! 私はこんなところで消えるわけには……ようやく、頂上に辿り着いたのに!」
泣きながら誰かに助けを求める神殿長だが、腕から腹部、足と消えていきもがくように消えていった。最後に消えたのは右腕だったが、その右腕も最後まで何かを掴もうともがいていた。
『さぁ、終わりの時だ』
最奥の間から、次々に神殿の関係者たちが飛び出していく。
◇
そこは異世界へと転生する際に訪れた場所だった。
真っ白で何もない部屋は、感覚がおかしくなりそうだ。立ち上がると、俺は周囲に人の気配を感じた。
ムスッ、としているのはアゼルだ。
周囲では見た事のない連中もいたが、赤い鎧を着たテオもそこにいた。頭の後ろで手を組んだリュウが、微妙な顔で笑っていた。
「レオンさんも死んじゃいましたね」
「お前らなんで……死んだのか?」
転生する時、俺たちは白い部屋を訪れたが、それは死んだ直後だった。
豪華な服を着た青年が、俺を見ながら溜息を吐いた。
「なんだよ、これで全員死んだのか? なら、俺たちは失敗したわけだ。というか……お前がちゃんと説明すれば良かったんだよ!」
指を指されたのはアゼルだ。ふて腐れたアゼルは、指を指した青年に言い返す。
「五月蝿いんだよ! お前らが世界を救う、っていうのを勘違いするから駄目なんだろうが!」
俺は首を傾げた。
「勘違い?」
すると、体は鍛えていそうだが、農民のような恰好をした青年が教えてくれたのだ。
「……世界を救うんであって、別に人の世界を守る必要はなかった、って事らしいんだ。それに、この世界の人間、ってさ……分類的に魔物なんだよ。あ、俺はベーンね。それで、こっちにいるのがユーステア」
俺は豪華な服を着た青年を見て。
「ユーステア・オセーン!? つまり、エリアーヌのお兄さん?」
俺の妻の一人であるエリアーヌの兄貴は、死んだはずだった。というか、この場にいる事を考えると……全員が転生者であり、そして知りうる限り、全員が死んだ事になる。
ユーステアは、なんとも微妙な顔で。
「……い、妹は元気?」
「え、あ……もう娘もいる」
「そ、そうか。それなら良かった」
すると、テオが呆れたように言うのだ。
「良くないだろ。世界が滅びるし、このままだと余波で地球まで破壊されるらしいぞ。というか、この世界最低だな。地球から魔力を吸い上げていたとか……」
そんな中、遠くからポチが走ってきた。
『おい! どこまで行っても走れるし、戻ろうと思えばすぐに戻ってこられたぞ! しかもメスはいないし、人間の野郎ばかり……ここつまんないな!』
俺たちはポチを見ながら、呆れた表情をするのだった。そして、俺は部屋の中で呟くのだ。
「……なんだ。俺たち、最初から勘違いをしていたのか」
【脇役勇者は光り輝け】はフリーダムノベル様より9月1日に発売です。
確かに誤字脱字は多いけど、最後の【く】と【け】が違うのは間違いじゃないよ。
さて、宣伝も済んだので一つお話を。
今回のシーンは、最初に転生するシーンの頃から考えていました。当初は書き切れないと思ったので、途中完結にするつもりだったんですけどね。
レオンが勇者、になった段階で終わり!
すると、ポイントが入って日間一位を獲得し、やる気が出て来て書き続けたんです。いや~、そこからが失敗だった気もします。
そんな失敗から数年がかりで出版の流れとなり、嬉しいのですが……今読み返すとかなり酷い。色々と酷すぎて何が酷いのか言えないくらい酷い。
やっぱり、勢いのある内に完結させた方が良いですね。それを実感しました。
脇役勇者も残り数話。
完結させてエタ作家の称号を返上するぞ! と、そんな気持ちで書いています。
それでは、Web版もですが、書籍版もよろしくお願いいたします!