五年は意外と短いよね……
反乱鎮圧と、戦勝祝いも終わり、後はのんびりできると考えていた。帰ってから数日くらいは好きにしてもいいよね! そんな気持ちでいたんだよ。……でもね、王都では、セルジの裁判が行われていたんだよね。
反乱の首謀者として裁かれるセルジ。そんな彼の証言者として発言したのは、正式な神殿長の後継者である暗殺者の男だった。そいつは、法廷で……
「全ての責任は、我々神殿の体制にありました……今後、我々は新しい体制の基で、再出発をしようと思います。……ですが、今回の反乱の責任はセルジにあります。勝手な判断で神殿や平民を巻き込んでの反乱……これは許されない!」
なんか……自分達は関係ないです! 言う事を聞くから助けてね。責任を取らせるなら、セルジを渡すから好きにしていいよ……こんな感じに聞こえた。
神殿の今までの行動に、これでは納得できないが……今まで宗教的な事を仕切っていた神殿の代わりは早々できない。だからかなり厳しい規制を各国でかけて、今後の権限を縮小させたんだ。それが限界……でも、悪徳神官は、引き渡しを要求して裁くみたいだけどね。
でも、一番酷かったのは平民勇者だ。……全員に死罪が言い渡された! 王妃様は容赦がない!!! その判決に、リュウもなんだか青ざめていたよ……リュウも、元は平民出の勇者だからね。
そして刑の執行は、数日後に王都の広場で行われ……セルジを含めたアルトリアの平民勇者が、その日からいなくなった。
一歩間違えれば、俺も同じ道を歩んでいたのかも知れない。
◇
そして、リィーネが王妃様に約束した五年の期限の内、早くも三年の月日が流れた……正直、俺は何もする気が起きない。
だってさ!!!
「父……だいっきあい!」
「……」
産まれてきた娘たちが、三歳になって言葉足らずで話すようになったのに……ユリアナは「きあい!」ってお前……俺がいったい何をした? しかも、エリスは俺を見ようともしない。無視っていうか……顔をすぐにそむける!
腹が立ったから、俺はエリスが寝た後に顔を見ているがな! 眠ったエリスの頬っぺたに、指を突いて楽しんでやったよ!!! もう可愛くて可愛くて、添い寝をしようとしたらエリーサさん(冥土長)にエリスの部屋から追い出されるし……はぁ、情けない。
仕事もやりたくない。なのに、家の影の支配者はすでに魔王領にギルドメンバーを潜り込ませ、順調に兵数と騎士団の強化を進めてきている。敵の士気がなぜか低いらしく、すでに複数の工作に乗り出したらしい。
俺はいらないよね?
……さらに悪い事に、お小遣いが削減されてしまいました。それも大幅に!!! あのピンクの魔王が、財政が厳しいといって俺のお小遣いを……何気に領主がお小遣い制って酷くない? しかし! 俺が貴様の思い通りになると思うなよ!
無いなら稼げばいいじゃない! それから隠せば完璧だ! ……さて、そこまで考えたが、何かいい案はない物か? ……そして思いついたのが
『ギルドカード』
◇
「そう言う訳で、俺はギルドカードを作りたい」
馬小屋の片隅で、俺とリュウに駄馬という何時ものメンバーに加え、エンテとバスが会議に加わっている。何故に二人を呼んだかというと、二人はギルドの幹部だからだ。
エンテは頭がいいし、手先も器用だ。色々と役に立ちそうなものを幾つも開発している。そしてバスは、エイミの後ばかり追ってはいる。だが! こいつはこれでも、ギルドでも指折りの剣士で稼ぎ頭だ。本当なら、女性に囲まれていてもおかしくない残念なイケメン……それがバス!
「……レオン様? まさかそんな理由で僕とバスを呼び出したんですか? 僕たち忙しいんですよ」
「そうっすよ! 俺なんか、最近のお嬢の元気がない姿に心を痛めているんですから……別にカードとかどうでもいいです。仕事もしたくない」
「お前は仕事しろよ! 他のメンバーが出払っているのに、幹部のお前が仕事しないとか考えられないからな!」
エンテがどうでもよさげなバスに掴みかかる。相当に忙しいらしい。最近はどこも人手不足だしね……すでに大勢が、魔王領に潜り込んで破壊工作しているから……
『黙れ馬鹿ども! こいつが遊べないという事は、俺も外で新しい出会いが無いという事だぞ! さっさとカードを作れ! そして俺は新しい出会いを求めに……』
最近の駄馬は、自分のハーレムが居心地が悪いらしい。それは、息子たちが力をつけだしたのも大きいが、メスが駄馬を見限っているのも大きいだろう。少し前まではあんなに威勢が良かったのに、今では肩身の狭い駄馬……俺が外に遊びに行くときは、ついでに駄馬も遊んでいるのだ。
「ギルドカードって免許証みたいなものですか? そんな物作らなくても……」
まだ理解していないなリュウ……問題はそこではない! ギルドカードを本人しか使えない物にし、そこに金をためる事が出来たら……そう! 電子マネーみたいに使えれば、俺は自由に遊び回れる!!!
問題は、そのカードがいろんな店で使えないといけないのと、そんな便利なカードを作れるか? という事だ。だが、ここには発明王のエンテに、どんな材料をも手にいれる事の出来る凄腕の剣士がいる! 不可能では無い筈だ。
でもいまいち乗り気じゃないな……仕方ない。
「いいかお前達! これは今後、『重要になる問題を解決する糸口になる』。エンテも良く考えろ……奥さんであるレテーネさんから、自由にできるお金を手に入れるチャンスだぞ! いつでも遊びに行けるし、何でも買えるぞ?」
「そ、それは魅力的ですけど……」
凄く悩みこむエンテ……そうだろう、そうだろう! 完全にへそくりだが、それは本人しか使えない! 見つかっても所詮カードと言えばいいだけだ!
「それにバス! これはギルドメンバーには支給するから、当然エイミにも渡す。……お前がその材料を集めるんだ。分かるか? 元気のないエイミへのプレゼントだぞ!」
「レオン様……そこまでお嬢の事を考えて……分かりました! 命かけるっす!!!」
扱いやすいなバスは……確かにエイミは元気がないが、落ち着いたともいえる。そう思いたいが……確かに元気はないんだよな……
「そしてリュウ……ギルドカードって格好いいよ」
「本当ですか! 俺、メッサとメイに自慢しよう!」
三人に適当に説明してやる気を出させた……エンテとバスはいいとして、問題はリュウだな。これだけで納得してくれるのはありがたいけど、お前は軽すぎる気がするな。
『流石勇者! 口が上手いというか卑怯だよな』
「黙れ駄馬! お前も他人事じゃないからしっかりと手伝えよ!」
こうして男五人? による極秘プロジェクトが開始されたのだが……色々と問題が山積みだった。先ずは資金だ。これを稼ぐために、材料集めもかねて仕事受けた。もう俺も偽名を使って久しぶりにギルドの仕事を頑張ったよ!
そして次は、カードの開発だ。これは大いに難航した。エンテをしても中々進まない中で、俺は前世の知識をフル活用してアイデアを出し続けた。それに応えてエンテも新しい発想を得たのか、確実にギルドカードは出来上がりつつあった。
何かに打ち込むと時間の流れが速くなる……そう、ギルドカードの開発に、二年の月日が流れちゃった! ……王妃様との約束の時間がすぐそこまで!!! 俺の馬鹿!!!
◇
最近のレオンの行動を、妻であるリィーネは不審に思いつつも黙認していた。外で遊ぶわけでもなく、ただギルドの仕事を偽名を使ってこなしているのだ。それに加えてギルド幹部数名と何やら行動を共にしている。
遊び回るのにもいい加減にして欲しい、とお小遣いに制限をかけたが……そのせいか最近は逆に忙しそうに働いて、家にもよりつかない事もしばしば……これは大いに問題ありだった。
そんな問題は、午後の妻たちだけのお茶会にも当然話題となる。
「リィーネ様? 最近のレオン様は冷たいですね。何だか忙しいとばかり言って……エリスも寂しそうにしています」
エリアーヌが、リィーネとのお茶を楽しんでいる時に口に出したこの問題……最近産まれたリィーネの娘である『マリア』をあやしながら、その事について話し始める。
「働いているだけに口も出せませんね。ユリアナも素直になればいいのですけど……最近特に口が悪くなってきて……」
リィーネは娘であるユリアナについて悩んでいた。父であるレオンに、ことある事に嫌いだの寄るななど言っては困らせるのだ。領内は戦争の準備も進んでいて忙しく、城でもあまり相手にできない。遊び相手はメッサの娘であるメイや数名の子供だけなのが現状だ。
「もうすぐ戦争は始まりますから、せめてその前には仲直りをして欲しいのですが……」
エリアーヌは一族を亡くしているからか、戦場にでる夫に何かある前に子供に仲直りをしていて欲しいと考えていた。そんな暗いお茶会に、エリーサが口を出す。
「旦那様とユリアナ様とエリス様でピクニックでもどうでしょう? 三人になれば、言いたい事も言えるかと思います。奥様方がいると『三人とも』甘えてしまいますから……」
そんなエリーサの発言を受けて、レオンと娘二人によるピクニックが行われる事になった。
◇
何だろう……朝早くからたたき起こされて、今の俺は豪華な馬車に乗って目的地である領内の湖に向かっている。なんでも景色が良く、ピクニックにはちょうどいいからと言われたが……馬車の中には、娘であるユリアナとエリスが対面に座って顔を逸らしている。
二人とも膝の上にはバスケットを大事そうに抱え、外の景色を見ていた。俺も外を見る……景色でなく馬車を引く馬の方を!
「何してんのお前ら?」
そう、馬車を引くのは馬である……しかしその馬が問題だ! 駄馬をはじめ、ナイトメアにユニコーン……そしてペガサスと統一性に欠けている四頭が引いているのだ。
『仕方ないだろうが! お前の嫁が朝から仕事しろっていうから……マジ怖かった』
『逆らえないんだよねぇ』
『何で糞親父と同じ馬車を引かないといけないのか……親父のケツなんか見ても嬉しくもなんともない!』
『僕はママが行って来いっていうから……ママはエリアーヌに甘いんだよ』
たしかペガサスの母親は、エリアーヌがまだ姫勇者の時に使っていたペガサスだったよな? 確かにエリアーヌに懐いていたけど……その息子がマザコンって!
上から駄馬、ナイトメア、ユニコーンに最後のマザコンのペガサスだ。そんな喋る不気味な馬に引かれる馬車に乗ってピクニック……しかも俺の事を嫌う娘と三人で! 馬車の中は空気が重い……
そう思いながら移動していたら、目的地である湖に着いた。景色はいいし、空気も美味い……だが、周りには見えない所に相当数の護衛が潜んでいる。無茶苦茶ピリピリとした雰囲気がここまで伝わってくるのはなんでだろうか?
『はぁ、どこにも牝馬がいないなんて……もう歩く気も起きないな』
疲れた駄馬のそんな発言を無視して、俺は事前にエリーサさんに言われた通りに、荷物を持って二人を連れて湖の近くに行く。手を引こうとしたら……
「触らないで!」
「……」
拒絶された……マジで死にたくなった。そんな事を思いつつ、エリーサさんから渡された紙を見る。これには今後の指示が書かれているのだ。……メイドに指示される領主っていったい……
『先ずは会話をしましょう。何か話題を振りなさい……実行するか見ていますからね』
そんな書かれた紙から目を離して周りを見たら、数名のギルドメンバーとメイド服を着た連中が『早く実行しろ!』とハンドサインを出している。それに従って俺は
「今日はいい天気だな二人とも」
「……」
「……」
無視された……もう生きていけない。そんな暗い感じで、地面に敷物を敷いて、荷物から飲み物や食べ物を取り出す。それを並べると、エリスがお皿を出すのを手伝ってくれた。……生きててよかった!
黙々と無言で食べる俺と娘たち……周りでは『何してる! 早く話せ!』と激しくハンドサインを出している。もう無視しよう……そんな時だ。ユリアナが喋りだした。
「何で何時も母様を泣かせるの!」
「な、え? り、リィーネが泣いたのか?」
「何時も悲しそうにしてるもん! 夜になると出かけるから……何時も帰るのは朝だし……何で!」
な、何でと言われると……
『浮気って正直にい、ブギャァァァ!!! 米神にフォークが!!!』
何か言おうとした駄馬は、持っていたフォークで黙らせた。あ、危ない所だった……
「父上は浮気してるの?」
普段喋らないエリスが、上目づかいで俺の事を見てくる……止めて! そんな目で見ないで!!! ああ、俺ってけがれてるのかな?
『誰かフォーク抜いてくれ』
『無理! だって足しかないもん』
『角だと思えば? まぁ、格好は悪いけど』
『あ、僕がやるよ』
「……す、すまん。でも男は、大体が浮気をだな……」
俺が言い訳をしようとすると、ユリアナが怒り出す。
「ほら! やっぱり母様を泣かせてる! 何時も夜はいないし、遊んでもくれない! メイや他の子なんか、いつも遊んでもらってるっていってたもん!」
目に涙の溜まるユリアナ……そう言えば、あんまり遊んでやってない。リュウは意外と娘と遊んでいるような事を言っていたし、エンテは子供が生きがいだとも言っていたな。
『手前ぇ!!! 何で頭突きしてより深く刺してんだ馬鹿野郎!!!』
『いいぞもっとやれ!』
『そのままくたばれ糞親父!』
『ちっ! これでも死なないのか……』
「……ご、ごめんなユリアナ。今度からちゃんと遊んでやるから……エリスも一緒だぞ。二人と遊んでやるから」
「おままごとしてくれる?」
ユリアナのそんな言葉に、一瞬……無理! と言いそうになるが、そこは何とか我慢して
「ああ! おままごとでも何でもしてやる!」
そしたらエリスが
「……私は昼ドラ風のおままごとが良い」
……ひ、昼ドラ? 何でエリスがそんな言葉を知っているんだ? 確か前に一度だけエリアーヌに話した事はあるけど……絶体に子供向けじゃないから! でも、上目づかいのエリスに無理とも言えず……
「昼ドラでも朝ドラでも何でもしてやる!」
『血が……血が止まらねぇ』
『良し! 今度は俺が頭突きをする!』
『兄貴は角あるけど? 止め刺すなら俺もやりたい』
『僕が追い込んだ事を忘れるなよ屑共!』
『……』
どうにか二人が笑顔になるのを確認して、俺はうるさい駄馬たちに振り向く。ついでに手に持ったナイフとフォークも投擲した。この感動的な展開にお前らは何してんだ!
「さっきからうるさいぞ……!」
『何度もくらうかこの野郎!』
『あぶねー!』
『かすった! かすったよ!』
『効くかそんなもん!』
『……!!!』
そんな避けられたフォークやナイフは、駄馬たちの後ろにいた馬? に刺さっていた。確かに上半身は馬だ。……でも下半身は……魚だった。ぴくぴくと痙攣し、倒れたそんな化け物を見る。完全に駄馬たちよりも大きく、湖から這い出てきたのか水浸しだ。
俺の投げたフォークやナイフは、深々と刺さっている。……なんて事だ!
『何だこいつ? 下半身が魚って……興味ないわボケ!』
『こいつメスなの?』
『繁殖は卵かな……良かったな親父』
『水の中とか、どんだけ下等種なんだよ』
そんな馬と魚の魔物が起き上る……心なしか怒っているように感じ、俺は娘二人を抱えて逃走した! そんな危険を察知して、潜んでいた護衛たちも俺の周りを囲むように現れるが……多過ぎね? なんか多いよ! 数百人はいるじゃないか!
「お下がりくださいレオン様!」
護衛たちが壁を作る中、魔物はその巨体でゆっくりと前進して……ユリアナとエリスのバスケットを踏みつぶした。
「ああ! 母様のクッキーが!」
「母上に作って貰ったバスケット……」
なんだか、すごく悲しい顔をされた。それを見た護衛たちが、魔物に一斉に攻撃を開始する。魔法や飛び道具はすごい勢いで魔物に直撃するが、それでも立っていた魔物……そんな状況で、娘二人は泣き出してしまう。
その声に反応したのは意外な連中だ。意外過ぎてドン引きした!
『ば、馬鹿野郎!!! 貴様は何してくれてんだ!!! 俺を殺す気か!!!』
いきなり駄馬とその息子たちが、魔物に向かって突撃してしまった。その勢いたるや、昔、巨大クラゲに突撃した時を思い起こす勢いだ。
『何泣かせてんだ! この魚が!!!』
『ここで殺せ! でないと俺らがピンク魔王に殺される!!!』
『ママに嫌われるたらどうすんじゃこのボケェェ!!!』
最早圧勝だった。体当たりに蹴りに噛みつきと……最後に魔物は、湖の上に浮かんで動かなかった。何でこいつらは普段から本気を出さないんだろう……もうお前らが魔王を倒せよ!
『俺が倒したとあの嫁にちゃんと言えよ! 泣かせたとか言ったら殺すからな! いや待て! 泣かせた魔物を俺が倒して息子たちは何もしなかったと言え!』
『糞親父! 手前ぇ、何一頭だけ助かろうとしてんだ!』
『屑が! 殺される時は道連れだからな!!!』
『ママに言いつけてやるから覚えとけ!』
息を切らせたポチが、魔物を倒した後に近付いてそんな事を言う……何でそんなにリィーネを恐れるんだ? その息子たちも醜い争いを駄馬と共に続け……もう、どうでもいいが
「お前達に何があったんだ?」
◇
夕暮れになり、俺はまた三人で馬車に乗って城に帰る事にした。行とは違い帰りは隣に娘たちが寝息を立てている……ああ、なんて可愛いんだ! 天使だよ天使!
『本当に疲れた……お前は何もしなかったよな?』
そんな至福の時間を邪魔するのは、当然のごとく空気を読まない駄馬だ! お前は少し黙っていろよ!
「何が言いたいんだこの駄馬が!」
『……お前は本当に怖いもの知らずだな。あんな嫁を貰うとか正気を疑うわ』
「おい……リィーネとの結婚の時に、真っ先に裏切ったのはお前とリュウだからな! ペガサスに釣られて俺を裏切ったお前が言うなよ!」
『あ! その話はママから聞いたよ。あの時は糞親父の本性を知らなかったって、まだ若かったから姿形に騙されたって言ってた』
マザコンのペガサスがその時の話をする。思い出すな……ポチがヒースに刺されて、復活したら空を飛んだんだ……あの時は放心状態で、つい! 書類にサインした。
まぁ、俺の膝を枕にして眠る娘の前では些細な事か……はっ! この俺がエンテのように子供に懐柔されているだと! お、恐ろしい……もしかしたらリィーネの罠かも知れない!
◇
そこはアルトリアの飛行船の発着場で、一隻の飛行船から降りてきたのは一人の少年と純白の白馬だった。黒髪黒目の少年を背に乗せて、白馬は金色のたてがみをなびかせ優雅に歩いている。白馬も立派だが、その背に少年も幼いながら凛々しい顔立ちをしていた。
「ここに父さんがいるんだよねジョン?」
『ああ、ここは王都でお前の親父はいないけど、知り合いは多い筈だぜ。一人知っている商人が居るから顔を出すぞ』
その白馬は喋った上に、ジョンと言う名のようだ。少年は和服に身を包み、髪を後ろで縛っている。腰には刀をさし、その姿は小さな侍だった。白馬が大きいせいか、より少年が小さく見える。周りの人間はその姿を微笑んで見ている。
「その知り合いの商人の名前は?」
少年はぎこちない言葉を使っている。慣れない異国の言葉は、今背に乗っているジョンから習ったのだ。
『マーセルとか言ってたな? 金をたかろうぜ! それで今夜は高級宿に泊まるんだ。その間俺は……』
少年は少し呆れてしまったが、それよりもこの大陸に自分の父が居るのだと思うとドキドキと緊張した。母から預かった手紙を懐から取り出す。
「母さんの手紙をちゃんと父さんに渡せるかな?」
『あ? ああ、大丈夫だって! 俺が絶対に会わせてやるからさ!』
その手紙には、東方の文字でこう記してある。
『レオン様へ』と……
少年の名前は『シシオ』、レオンの、東方で未亡人との間に産まれた子供である。そして喋る馬のジョンは、駄馬の子供中でも特に優秀な馬である。そんなジョンがなぜ、東方に行っていたのか……理由はシシオにある。
シシオはレオンの弱点になると考えたジョンは、単身で東方に渡りシシオを確保! そのままアルトリアまで連れて帰り、レオンへの脅迫材料にしようとしたのだ。
ジョンの目的は父親であるポチからハーレムを奪う事! しかし、今では当のポチがハーレムから見限られている状態なのをまだ知らない。