卑怯とは、褒め言葉だ!
今回のタイトルも……難しい。数字にしようかな?
色々と状況がこちらの不利に傾いていく現状で、俺は打開策を考えていた。自分の寝室には、ベッドで上半身を起こす俺の横に、裸のエリアーヌが寝息を立てている。外は暗く、小雨だが雨まで降って今の俺の心情を表しているようだった。
もう泣き出したい!
神殿の予想外の行動が、俺の気分で配置したギルドメンバー達に活躍の場を与えてしまったんだ。それだけなら良かったのに、今度は周辺の国々まで何を勘違いしたのかこちらに協力的になっている。
アステアの王様なんか、娘のリィーネが俺の奥さんなのを良い事に連携を強めている。この領地の領主である……俺とな! アルトリア王家を無視して俺と同盟する、と勘違いされても仕方がない!
なのにリィーネは鼻歌交じりで書類にサインを求めて来るし、エリアーヌにオセーンの再興の時はアステアからも支援すると約束までしていた。何故にそこでオセーンの話が出てくるんだ?
嫌だ! あの王妃様と事を構えるなんて死んでも嫌だ! でも、結局言い包められてサインしちゃったし……リィーネが、絶対にこの方が安全だからって言うから!!!
色々と精神的に不安定な中で、今までに届いた報告書を思い出す。
先ずはリュウ達だが、ここも活躍している。兵同士の戦闘ではかなり有利な王国軍だったが、反乱軍の勇者達が前線に投入されると一旦引いてしまう。これは最初から決められていた事で、自国の勇者を減らしたくないかららしい。
その後に王国軍が投入したのが、自分達の保有する勇者達だった。タークス君やディジーちゃんが数名を退けると、リュウは平民達から裏切り者と思われているのか、集中的に狙われた。しかし、エンテや他のメンバーがそれを利用して数名を誘い込んで罠にはめて捕獲している。
リュウ自身も大剣を振り回す敵勇者に、自慢の弓で勝利していた。……と言うか、圧勝だったらしい。その勝利に怯えた反乱軍は後退。今では追撃戦に移行していると報告書に書かれている。
次にギルドからの報告書だが、こちらはやり過ぎている! すでに追撃戦は終了して、襲撃された都市の騎士や兵士、住人達から虐殺されていると報告してきている!!! 怖い! 人間って怖いよぉ!!!
さて、そこで問題なのが自分の領地にいる騎士団とそれを率いるセイレーンとラミアだよ。もう、周りが活躍しているのに自分達だけ待機と言うのが気に入らないらしい。人伝に聞いてるから正確には分からないけどね。
何せ、文句があるなら前に出ろ! って言ってから、全員がハッキリと意見してこない。はぁ……本当にこれからどうしたらいいんだ?
そうして次の日、状況は更に悪化している。敵を追い詰めた王国軍は、更に包囲網を狭めて敵の補給すら断ってしまう。ヘンリー君の指揮の元、統率された軍隊に反乱軍はなすすべなく後退を繰り返す。
それに伴い、他国から侵入してきた神殿騎士達の後方……自国からも敵として、こちらには味方として参加してきた騎士団や兵士に挟まれている。侵入してきた神殿と平民達は、降伏も開始している。
だが、往生際の悪い者も多いのか、かなりの数が再び集結して王都を狙おうとしているとか……もう諦めろよ! ここまで追い込まれると、その分だけ俺の評価が上がって大変なんだよ!!!
仕事部屋でああでもない、こうでもないと考えている時に、ピンクの魔王様が再び我が領内に侵攻してきた。この魔王の顔が微笑んでいる時は、大抵俺にとって悪い報告を持ってくる時だな。
「私の父、アステア王が正式にアステア国内の神殿勢力の駆逐を宣言しました。それに伴い、周辺の国々までそれに同意して同様の宣言を……旦那様、お喜びにならないのですか?」
「喜べねーよ! 全然嬉しくねーよ! なんでそこまで追い込んでんだよ! 少しは見逃してやらないと……俺の今後は暗殺と戦う日々に……」
俺の悩みとは逆に、状況は想像の斜め上に突き進む。初手で失敗している反乱軍は、その後も失敗を続けている。そして残存勢力は予定通りに集結させられていく……ここまでして叩き潰そうとする王妃様に嫌われたら、俺は殺されるんではないだろうか?
きっとあの手この手で俺を追い詰めるに違いない! そうなる前に、この戦争を手早く片づけて俺の行動に対する勘違いが目立たない様にしよう。
いっきに勝負を決めるのは問題外だな……待てよ? そうだよ徹底的に潰すのが不味いんだ! ならば逃げ道を用意して、出来るだけ平和的な終わり方を……今更過ぎるが、それでもなんとか神殿側には生き残れる道を用意しよう。
「リィーネ、すぐに集結中の反乱軍に逃げ道を用意しろ、と伝えろ。このままでは俺の安ぜ……敵が逆上して何をするか分からない」
適当な言い訳を即座に考え、リィーネに伝える。だが、ここで俺の能力が暴走する。
「そういう事ですか……わざわざ騎士団をこの都市に押し込めたのは、敵を誘い込むつもりだったのですね」
俺の言葉に急に考え出すリィーネは、唇に手を当ててそのまま何かを呟きだす。……独り言って周りからしたら結構怖いよね?
「は? 何言ってんのお前? いいから反乱軍を逃がして……」
「分かりました! すぐに手配させます。エリーサ! すぐに集結中の反乱軍をこの領地に誘導するように味方に伝えなさい。決して敵に悟られないように……」
そのままエリーサさんを引き連れて、部屋から出ていく魔王。俺は自分の領地に誘い込めとは一言も言っていない……が、これで敵が逃げられるのなら問題ない。後は、ハースレイ辺りにでも交渉して戦争の終結を目指そう。
元は、平民の兵士がほとんどの反乱軍だ。皆殺しなど論外! 貴族達も、領民が減る事は避けたいはずだしね。そうと決まれば交渉役を誰にするかだが……この役も結構重要だから、ヘンリー君が妥当かな?
こうして悩む俺は、その悩みが意味のない事だと理解するのに一日を要した。
どうしてか? それは簡単だ。必要以上に周りが俺の事を考えすぎたからだ。完璧な包囲網を、俺の領地がある方面だけ薄くして敵を誘導する。気づいていた連中がいたとしても、統率のとれない軍隊は簡単に用意した逃げ道に誘い込まれた。
そこまでなら問題なかった。しかし、俺の領地は魔王軍との最前線であり、敵の侵攻に備えた領地でもある訳で……何が言いたいかと言うと、俺が最初から全てを予想して、反乱軍を自分の領地に誘い込んだ事になってしまっている。
考えすぎたピンクの魔王は、俺の行動に無理やりな理由を付けた。領地に戻りギルドには国内の治安を守らせると言う理由で派遣して、騎士団は領地に残した。それは今後の反乱軍の作戦を読んだから……味方が予想できなかった国外からの侵攻に気付いて、最後の決戦を有利な自分の領地に誘い込んで行おうとしている、と!
馬鹿だろ! もっと単純に考えれば、わざわざ誘い込む事も無いんだよ! 勝っているんだから余計な事だろうが! それに、他国から侵攻だってない訳じゃないから、一応は作戦でも考えられていたんだよ! ただ、可能性が低いってみんなが思ったんだ。……負けても参加しなければ、セルジを切り捨てるだけで神殿は知らない顔をするだろうって……
それに、負けた時に逃げ場所は必要になる。そういう結論に至ったんだ! そうして作戦は進行してく……
「お嬢! ついにこの時が来ましたね……まさかレオン様が、この領地を戦場とするなんて考えていませんでしたよ」
凄腕の剣士であるバスが、進んでエイミの荷物持ちをしている。
「バス、ここは私達の庭よ。ここならいくら逃げようとしても、私達には土地勘と周辺の村々の協力……最後にはもってこいの場所じゃない」
エイミは、そんなバスをそばに控えさせて、自分は入念に装備品の確認をしていた。どこにそんな武器をしまっていたのか、聞きたくなる程に大量に……
「流石お嬢! 良く考えていますねぇ……これで確実に全滅させられる!」
俺の近くに配置しているギルドメンバーの精鋭達からも、そんな怖い話が聞こえる。理解していた、理解したつもりだった! 俺の能力が、今まで俺の期待に応えた事などなかったという事に!!!
……見渡す限りの草原は、見慣れた自分の領地だ。そこには今、王国軍に追い込まれた形の反乱軍と対陣している。向こうは素人から見ても酷い陣形をしいているし、格好もバラバラで装備も満足に行き渡っていない。疲労も大分溜まっているのか、動きも鈍い気がする。
数ヶ月に及んだ今回の反乱を、この領地で集結させる手筈は全てリィーネが整えてくれた。と言っても、実際には大人数による追いかけっこがほとんどで、戦闘など数ヶ月中で数えるほどだ。主要都市への襲撃と反乱軍本隊との戦闘が幾つか……そして、あとは集結させるために追い込んでいるだけだ。
その疲れ切った敵に対してうちはと言うと……異様なほどに士気が高く、装備も充実している。都市からは騎士団と再集結したギルドメンバーを引き連れ、周辺からは志願した兵士達が駆けつけ、リィーネの要請に応えたアステア王が、青竜騎士団を援軍として寄越してきた。
驚いたのはうちのオカマスタイリストが、元青竜騎士団の騎士団長だという事。本当の自分に目覚めたから、リィーネと共にアステアを離れたらしい。本当の自分? 昔はオカマではなかったのだろうか?
ついでに、アルトリア内の貴族達からも援軍が来ている。キャンベル家からはディジーちゃんまで参加しているし……
数的にはこちらが2万に届くか届かないか、向こうは減ったと言っても4万は超えている。それに、神殿の親玉である神殿長? まで参加しているのだからたまらない。ここで殺したら、俺は神殿の狂信者達に一生狙われるのだろう……はぁ。
そうして俺のため息をかき消すかのように、敵からの突撃の合図が鳴り響いた。……魔王軍とかいるのに、なんで人間同士で争うのか理解に苦しむよ。
駄馬の子供に跨り、俺は左腕を空に付きだした。そして敵が予定の位置まで進軍するのを見計らい、腕を振り下ろす。
そうすると味方が、魔法使いによる遠距離攻撃と、弓を使っての攻撃を繰り返す。しかし敵も盾を装備した重装甲の兵士を中心に進軍しては、即席の矢を避ける木材の塊を地面に刺していく……魔法による肉体強化のおかげでここまでできるのだろう……だけどね。
「上空のセイレーンとラミアに伝えろ……予定通りに後方から攻めさせろ!」
そうして今度は、敵の後方から火の手が上がる。姉妹の乗るドラゴンとワイヴァーンからの上空からの攻撃に、ペガサスを大量に保有する俺の所の騎士団による火矢や魔法による攻撃が開始された。
もう、いじめに近い戦闘だ……キツネ狩りと言うのを思い出してしまう。ここまでたどり着く前にも、商人の渡した微妙に細工された地図に、ギルドメンバーによるトラップによって疲れ果てている筈だ。そんな敵を見ながら、次々に用意してある作戦が遂行されていく……
それでも数の力は偉大なのか、俺の本陣目がけて突撃を繰り返す反乱軍。魔法と言う便利なものがあるこの世界で、戦争でも無論使用される訳なのだが……酷く危険な戦場で、高位の魔法を使おうとするなら敵に隙を見せるような物。
だから一般的には、中位の魔法の撃ち合いが多い。しかし、敵はそれを無視してこの本陣を目指してその高位の魔法を放とうとしている。……俺は切り札の用意を急ぐ事にした。
この六年間で、俺が何もしていないと思うのか? 馬鹿め! 今の俺は、六年前の俺を超えているのだよ! ……まぁ、微妙には強くなったと思うし、そう思いたいって気持ちが強いよ。
それに、実は他にも準備してあるんだよね。卑怯すぎて、人間相手に使うのはどうかと思っているんだけどさ。
「何としても敵本陣との距離を詰めろ! そうすれば、セルジ様の高位の魔法で勝利は目前だ!」
神殿騎士の団長が叫ぶ中、セルジは魔法の準備をしていた。数でただ突撃するだけで、作戦とも言えないこの行動には理由がある。すでに士気が低く、物資も満足に用意できないこの状況……そして反乱軍の連携に問題があり過ぎた。
命令の伝達、指揮系統の複雑化……神殿長が来てから、誰もが一度は彼に報告をする。まとまらないまま行動をお越し、その結果が今の状態だ。
今から連携をどうにか出来る訳もなく、命令の伝達にしても神殿騎士と反乱軍では方法が違い過ぎてまともに機能しなかった。……最後には、戦争の経験者が少なすぎたのも大きい。
それらの理由から、分かりやすい突撃を選択し、数でレオンの本陣を目指して魔法による攻撃で殲滅を目論んだ。
「ま、まだ進まないのか! このままだと後ろの敵がこちらを攻撃してくるぞ!」
叫ぶセルジと、それの護衛である神殿騎士に平民勇者達……しかし、状況は一向に良くならない。
「お前が始めたんだろうが! 返せよ! 俺達の暮らしを返せよ!」
一人の勇者がセルジの胸ぐらを掴む、しかしすぐに周りがそれを止めて敵の本陣を目指して突き進む。その時、急に敵の攻撃に勢いが無くなった。散発的な魔法と矢が飛んでくるだけで、進むのが楽になる。
「う、嘘だ! きっとまた敵の罠だ!」
叫ぶ勇者の一人が、そのまま敵に背を向けて逃げ出す。
「今は進め! 敵もここまで勝ちすぎて、驕っているに違いない!」
そう叫ぶ神殿騎士は、そんな自分の言葉を少しも信じていなかった。ここまで完全に計算していた敵が、最後の最後で失敗などする事がない、と……しかし彼らは進むしか道が残されていなかった。
民衆の支持も、神殿の権威もない現状では、ただ逃げても未来はない。レオンと言う首があれば……彼らはそう思うほどに追い込まれていた。
「あともう少し! そう……あと少しで……!!!」
そこに突撃した解放軍の精鋭達に、レオンの騎士団が突撃をかける。漆黒の鎧で揃えた騎士団に、周りの護衛達が次々に打ち取られていく中、セルジが限界を迎える。
「こ、この!!! 異端者が!!!」
セルジの突き出した杖の先端に、光が集まるその光の球が騎士団を通り越してレオンの本陣に向かう。未だ距離が開きすぎるその攻撃に、神殿騎士が舌打ちをした。しかし、その攻撃先にはレオンが立っていた。
そこに居る筈のない人物。レオンが居る事に驚きつつも、解放軍は喜んだ。
「か、勝てる!」
その光の球が爆発すれば、広範囲に聖属性の攻撃が……しかし、レオンがその光の球を左手で打ち払う。そうすると何事も無かったかのように魔法は消えてしまう。
いかなる魔法も効かない……聞いていたが、ここまで無茶苦茶だと恐ろしくなる。今の魔法は、聖属性の広範囲に強力な被害を及ぼす魔法だ。……防ぐにしてもそれなりの魔法使いを必要とし、それでも完全に防げるかは運次第なのが普通だ。
「ば、化け物」
誰かの言葉が、空しく戦場に響く……その瞬間だけは、敵味方に一時的な静けさが広がる。強力な魔力を保有した光の球を、素手で防いだレオン。
戦場を見渡せるほどの丘で、全身の純白の鎧に赤いマントが風に揺れていた。右手に握ったハルバードが、日の光に眩しく輝いている。
こ、怖かった! 怖くて仕方なかったよ! ソフトボール並みの球体が物凄いスピードで飛んできたかと思えば、それがとんでもない魔力を保有していた。……キャンセルが失敗していたら、俺なんか塵になってしまっていたよ!!!
六年間の成果が披露できたのは良かったが、想像以上の敵の魔法に驚いてしまった。
少し前に、敵が高位の魔法攻撃の準備をしているのが分かったし、その敵がセルジだから聖属性で決定だろ? みたいなノリで外に出たら……
絶対にこの辺事吹き飛ばすつもりだろ! いい加減にしろよ! やって良い事と悪い事があるじゃないか! あれは卑怯だろーが!!!
などと自分の中で愚痴を言いつつ、戦争と言う物に嫌気がさす。そうして戦場を見下ろせば、反乱軍や味方が俺を見上げている。……少し恥ずかしい。
そんな俺を目指して、複数の男が歩いてくる。とても屈強なその一団において、最も恐ろしいと思われる男が一歩前に出て抱えたセルジから腕輪を剥ぎ取る。……? なんであいつがあの腕輪『エクスカリバー』を持っているんだ?
「降りてこい小僧! わしが貴様の相手をしてやる」
…………何言ってのこの爺さん? 歳と立場を考えてくれよ。俺はこれでも総大将なんだけど? それが一騎打ち? 馬鹿かお前は!!!
「断る」
「……おい、それは勇者としてどうなんだ? 少しは武勇を示さんか」
そう言って豪快に腕輪を大剣にして俺に剣先を向けてくる。元気な爺さんだな……でも、断る。そして空気を読んでくれ! この静かになった戦場で、和睦をすればどんなに良かったか……まぁ、神殿の関係者に空気を読むという事を期待した俺も馬鹿だがな。
高価そうな神殿関係者の服装を脱ぎ払い、爺さんはその鍛え上げられた肉体を見せ付ける。若々しくて何よりだな。
「わしを倒す事が出来たなら、この戦争は全面降伏しても良いぞ。そう、神殿全てが『勇者レオン』、お前に降伏するのだ。いい機会だと思わんか?」
…………今なんて言ったこの糞爺!!! ま、不味いぞ! 嘘だったとしても、今の発言は俺とこの状況では不味過ぎる!!!
止めろ! 今すぐにその口を開くのを止めろ!! いや、今すぐにその口が効けないようにしてやるよ!!!
次回こそ! と思って終わらせようとするのに進まない……
グダグダですが、楽しんで貰えれば幸いです。