人形
真夜中、街外れの廃ビルを近くの建物から覗く2つの影。廃ビルの入り口の前には顔に大きな傷があり、髪の毛はピンク色と派手な男が立っていた。
「ここです」
「うわぁ、本当に使われてない感満載だな。いや、今は使われてるのか」
「メル、今お兄ちゃんが助けてやるからな」
「とりあえず落ち着いて様子だけ見て来い」
「はい!」
「シッ」
大きな声を出したトニーの口を塞いでピンク男を見る。しかし、さっきと変わらない様子に聞こえなかったようだとホッとする。
「俺がここにいることを匂わせる事もするなよ。いいな?」
「はい、わかりました」
「その人形渡すのに会わせろって言うだけだからな」
「もちろんです」
今回、ただ妹に会わせろと言っても会わせてもらえる事はまずないだろうという事で話し合った結果、妹が大事にしている人形を渡したいと言って会わせてもらおうという事になった。
まぁ、トレスにはそんなので会えたら楽だな位にしか考えていないが、トニーのほうはそれでいけると本気で考えている。
「じゃ、行って来い」
「はい」
トニーはボロボロの人形を大切に抱えてピンク男に近づいていった。
「お?何の用だ?金はもう受け取ったぞ」
「あの、妹にこの人形を渡したくて・・・」
「ああ?人形?」
「はい」
ピンク男がトニーをビルの中に入れるのをトレスは見ていたが、その行動に驚く。
「・・・何だ。結構優しい奴らなんだな。というか、あの格好頭悪すぎだろ」
ピンク男の後ろを着いていく。金を渡すときはいつも入り口までしか入らないからどこに向かっているかもわからない。
でも、メルに会うためだ。怯えるな
自分で言い聞かせながら進んでいく。
ピンク男が1つの扉の前で立ち止まったから、自然とその扉を見るがとても妹が入れられているような部屋には見えない。扉が大きいのだ。大勢の人間が入れるだろう事が人目でわかるような程に大きな扉だった。
「あの、妹のところに連れて行ってくれるんじゃなかったのですか?」
「はぁ?んなわけねぇだろ。頭んところに来たんだよ」
「え?」
「すいませーん。トニーつれてきやした」
ピンク男が声をかけたら扉の中から金髪の男が出てきた。
「トニー?誰だそれ」
「いつも金持って来る奴っす」
「ああ!わかった。妹の奴な」
「へい」
「・・・あ?何で連れてきたんだ?」
「何か妹に渡したいものがあるようっす」
「ふーん。とにかく頭の判断だな」
「へい」
「ほら、入れ」
金髪に促されて扉の中に入る。トニーは中を見た瞬間呼吸が止まった。
中は他の部屋との壁を壊したのか想像の5倍は広かった。その中に盗賊が50人、いやそれ以上の人間がいた。お世辞にも品が良いとはいえない人たちだ。その一番奥に黒髪のこれまた厳つい人間が椅子に座って酒を飲んでいた。
「ほら来い」
金髪とピンクに挟まれながら奥の椅子に座っている黒髪の男の前まで歩いていく。それを部屋の中の人間は睨んだり、ニヤニヤしたりしながら眺めてくる。3人が黒髪男の近くまで寄って黒髪男は初めて気づいたようにこっちを見た。
「かしらぁ、妹の奴が妹に何か渡したいものがあるようですよ?」
「あ?んなので連れてくんなよ。帰れ」
「でも一応金づるですし・・・」
「あぁ?」
黒髪の頭と呼ばれた男と金髪が目配せをする。その目は楽しそうなものを見つけた輝きできらめいていた。
「そうか。一応義理は通さなくっちゃなぁ。なぁ、お前ら!」
そう言ったとたん静かだった周りの人間がいっせいに笑い出した。
「そうだ、そうだ!」
「頭の言うとおりだ!」
他にも色々なことを叫んでは笑っている。
その光景にトニーは震えた。初めてここに乗り込んだときは妹を助けるために必死だった。だから周りを気にする余裕はなかった。それからは入り口までしか入っていない。しかし、今は妹の確認をするという目的はあるが、トレスという助けがいる分余裕がある。だからこそ盗賊たちの笑い声に過剰に反応してしまっていることにも自覚はしている。
「で?何を渡しに来たんだ?」
頭と呼ばれている男が笑いをまだ残しながらも聞いてきた。
「妹が大切にしている人形を・・・」
「人形だってよ!」
今度は金髪が大声で周りに伝えて周りも更に爆笑する。
「おぅ、良いぜ。その大事なお人形渡しといてやるよ!」
そう頭が言ったとたん近くにいた盗賊の1人が手に持っていた人形を取り上げた。
そしてその人形を近くで燃やしていた松明のところに入れようとする。
「何をするんですか!」
「人形は渡してやるよ。でもそのまま渡すのは面白くねぇだろ?ん?心配するな。灰はきっちり渡してやるよ!」
「止めてください!お願いします!」
そのトニーの必死さに更に笑いが大きくなる。
「じゃあお前は何をするんだ?」
「え?」
「なにか楽しい事をやってみろ。そしたらその大事なお人形もちゃんと渡してやるよ」
「いいですね、頭!」
「さすが頭!」
周りも頭の言葉に手を叩いて賛同したり、酒を上に上げながら喜んでいる。
何か面白い事?何をしたら良い?何をしたら喜ぶんだ?
トニーは頭が真っ白になりながらも必死に考える。そしてふと下を見たら小さなナイフが目に入った。
これで・・・。駄目だ。こんなので勝てるはずがない。・・・そうだ!
トニーはナイフを拾い上げて頭を見上げる。それに頭は面白そうな視線を向けるだけだ。周りは少し警戒するがすぐにこんな優男には何も出来ないと笑い出す。
トニーはその中でゆっくりナイフを握り締めた。