第7話:美咲の回復魔法の秘密
朔弥は雷属性を覚醒し、優斗はサムライの称号を得た。
その中で、美咲はひとり、保健室のベッドに座っていた。
窓から差し込む午後の光が白いシーツを淡く照らし、静かな空気が、彼女の胸のざわつきを逆に際立たせていた。
「……私だけ……何もできてない……」
その呟きは、誰に聞かせるでもない。
自分の心の奥底に沈んだ不安を、そっと掬い上げるような声だった。
先日――
朔弥が血まみれで帰ってきた時、美咲は治癒を使った。
だが――回復速度は遅かった。
『美咲……ありがとう。でも……痛ぇ……』
その言葉が胸に深く刺さっていた。
朔弥は気遣ってくれた。
痛みを隠して笑おうとしてくれた。
それが余計に、美咲の心を締め付けた。
「もっと……早く治せたら……朔弥くん、あんなに苦しまなかったのに……」
自分の力不足が、胸の奥で重く沈む。
優しさが痛みに変わる瞬間だった。
スマホが震えた。
レオンの声が響く。
『美咲。どうした、何を浮かない顔をしている』
「え……?」
美咲は慌てて涙を拭った。
だが声の震えは隠せない。
「私の治癒が弱くって……自信がなくなっちゃって……」
レオンは少しだけ間を置いた。
その沈黙は、彼が慎重に言葉を選んでいる証だった。
『ふむ。美咲、お前の魔法は聖属性だ。回復魔法の中でも最も希少な属性だ』
「え、聖属性って……そんなすごいの?」
『聖属性は生命力そのものに干渉する。治癒、浄化、結界……本来なら神官や巫女が扱う力だ』
美咲は目を瞬いた。
自分がそんな大層な力を持っているとは思えなかった。
「でも……私、そんな……」
『美咲。お前は優しすぎる。だからこそ、力が抑制されている』
「……優しすぎる……?」
『回復魔法は心に左右される。お前は相手の痛みを感じすぎて、自分の魔力を抑えてしまっている』
美咲の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
確かに、朔弥の痛みが自分のことのように苦しかった。
その優しさが、逆に力を弱めていたのだとしたら――。
―夕方の公園―
レオンはスマホで三人を呼び出した。
風が木々を揺らし、夕陽が地面を赤く染めている。
「美咲。今日は中級聖属性を解放する」
朔弥が心配そうに覗き込む。
「大丈夫か……?」
「……うん。私、もっと強くなりたい。みんなを守りたいから」
その言葉に、朔弥の表情が柔らかくなる。
優斗も静かに頷いた。
レオンは静かに頷き返した。
「では――始めるぞ」
レオンはストレージから聖剣を取り出し、迷いなく自分の腕を切り裂いた。
「レオン!? なにしてんだよ!!」
朔弥が焦って声を上げる。
美咲の顔が青ざめた。
「この傷を治してみろ。だが――相手の痛みを感じるな。それが第一条件だ」
レオンの声は冷静で揺らぎがない。
その落ち着きが逆に、美咲の胸を強く締め付ける。
美咲は震える手を伸ばした。
指先がかすかに揺れ、夕陽の光を受けて小さく震える。
「……っ!」
手をかざす。
だが、レオンの腕から流れる血は止まらない。
赤い滴が地面に落ちるたび、美咲の胸が痛む。
まるで自分の腕が切られているかのようだった。
「……痛い……この傷……痛いよ……!」
美咲の声は震え、涙が滲む。
「感じるな。お前は痛みを共有する癖がある。それでは力が出せない」
その言葉は叱責ではなく、事実の指摘。
だが、美咲の胸には鋭く刺さる。
「でも……!」
その瞬間――
そっと肩に触れる手があった。
朔弥だった。
「美咲……大丈夫だ。俺たちがついてる」
その声は優しく、温かかった。
美咲の震えを包み込むような響きだった。
「……朔弥くん……」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
優斗も真剣な目で言った。
「美咲。お前は優しい。でもな――優しさは弱さじゃねぇ。強さにもなる」
その言葉は、美咲の心に深く届いた。
美咲は深呼吸し、そっと手をかざした。
今度は震えが少しだけ収まっていた。
「私は……みんなを守りたい。そのために……強くなる……!」
その瞬間――
光が溢れた。
空気が震え、世界が美咲の魔力に反応したかのようだった。
手のひらから広がる光は、ただの治癒魔法ではない。
柔らかく、温かく、優しい。
しかしその奥には、圧倒的な純度と力が潜んでいた。
金色の光が夕暮れの公園を照らす。
木々の影が揺れ、風が止まり、時間すら一瞬だけ静止したように感じられた。
レオンが目を見開く。
「……来るぞ!」
その声は確信。
光はさらに強くなる。
美咲の髪がふわりと浮き、金色の粒子が周囲に舞った。
その姿は、まるで神話の巫女のようだった。
「私は……みんなを守りたい。そのために……強くなる……!」
その言葉が光の中心で響いた瞬間――
魔力が弾けた。
金色の奔流がレオンの腕を包み込む。
光は優しく、しかし確実に傷を覆い、肉を繋ぎ、血を止め、皮膚を再生させていく。
上級治癒――
傷は存在しなかったかのように消えていた。
「は、早っ……!」
朔弥が叫ぶ。
「おい……これもう医者いらねぇだろ……」
優斗も目を丸くしていた。
美咲は自分の手を見つめた。
震えていたはずの手が、今は静かに光の余韻を纏っている。
「……できた……私……できたんだ……!」
その声は震えていたが、涙は喜びのものだった。
朔弥が笑う。
「美咲、すげぇよ……!」
優斗も照れながら言う。
「お前……本当にすげぇな……」
美咲は涙を拭いながら微笑んだ。
「……よかった……みんなの役に立てる……!」
夕陽が三人を照らし、金色の光が美咲の髪を柔らかく染める。
だが――
レオンは三人に気づかれないように、ほんのわずかに表情を曇らせた。
(……いや……これは中級ではない……)
美咲の光は、明らかに常識の範囲を超えていた。
中級治癒魔法の光はもっと粗く、不安定だ。
だが美咲の光は違う。
濁りがなく、揺らぎもなく、まるで祈りそのものが形を持ったような神聖な輝き。
(美咲……お前の聖属性は……女神の系譜に近い……まさか……な)
レオンの胸に、かすかな戦慄が走る。
美咲は気づいていない。
自分の力がどれほど特別な意味を持つのか――。
朔弥も、優斗も気づいていない。
ただ仲間の成長を喜び、美咲の笑顔を見て安心しているだけだった。
レオンだけが知っていた。
美咲の力は――
この世界の神に繋がっている、と。
(……美咲。お前の力は、いずれ鍵になる。だが今は――まだ言えない)
夕陽の中で笑う美咲は、ただ仲間の役に立てたことを喜んでいた。
その無垢な笑顔を曇らせるわけにはいかなかった。
レオンはそっと視線を落とした。
その瞳の奥には、誰にも言えない予感が静かに揺れていた。




