第11話:ダンジョン調査隊、初潜入
翌日の夕方。
朔弥の家のリビングには、いつもより重い空気が漂っていた。
テレビでは緊急特番が流れ、アナウンサーの震える声が淡々と響く。
『本日、政府は第一ダンジョン調査隊を派遣しました。場所は山梨県――富士深層ダンジョン。国内で最も危険度が高いとされる区域です』
画面には、防護服を着た自衛隊員と研究者たちが、巨大な黒い穴の前に整列していた。
その穴は、まるで地面に空いた世界の傷口のように見えた。
朔弥は喉を鳴らし、かすれた声で呟く。
「……あれが……ダンジョン……」
黒い霧をまとった巨大な洞窟。
大地が裂け、底なしの口を開けているような、不吉な暗闇。
画面越しなのに、胸の奥がざわつく。
優斗も息を呑む。
「でけぇ……」
普段の軽口は影を潜め、ただ純粋な恐怖と圧倒が声に滲んでいた。
拳が自然と強く握られている。
美咲は両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、不安そうに画面を見つめた。
「空気が……黒い……」
その声は震えていた。
画面の向こうから漂う何かが、美咲の敏感な感性に触れたのだろう。
彼女の瞳には、ただの恐怖ではなく、胸の奥をざわつかせる嫌な予感が宿っていた。
レオンは三人の反応を気にすることなく、画面を凝視したまま眉をひそめる。
夕陽に照らされた横顔は、いつもの穏やかさを失い、戦士の鋭さを帯びていた。
その視線は、画面の奥――
ダンジョンの闇そのものを見透かしているようだった。
やがて、低く重い声が落ちる。
「……魔王の気配が濃い。このダンジョンは……核に近い」
その声は普段よりも低く、深く、まるで地の底から響いてくるような警告の響きだった。
朔弥はごくりと唾を飲み込む。
胸の奥がざわつき、昨日感じた火の魔力が微かに疼いた気がした。
優斗は画面を睨みつけるように見つめ、恐怖と興奮が入り混じった複雑な表情を浮かべる。
美咲は不安げに唇を噛み、それでも逃げずに画面を見続けていた。
レオンはゆっくりと顔を上げ、三人を見渡す。
その瞳には――
覚悟と、そしてわずかな焦りが宿っていた。
夕暮れの風が吹き抜け、四人の影が長く揺れる。
―富士深層ダンジョン内部―
隊長の号令とともに、カメラはダンジョン内部へと進んでいく。
そこは――
もはや地球の洞窟ではなかった。
壁は黒い結晶で脈動し、地面には赤黒い苔が広がり、空気は重く、呼吸がしづらい。
『こ、これは……地球上の物質では……』
研究員の震える声が響く。
レオンが低く呟いた。
「……魔王の欠片が地脈に根付いた証だ。地脈エネルギーを吸い上げ、魔王を強化する“根”……それがダンジョンだ」
朔弥は息を呑む。
(……魔王の欠片……こんなものが日本に……)
その瞬間――
洞窟の奥から、低く、地を這うような唸り声が響いた。
空気が震え、スマホ越しなのに四人の背筋に冷たいものが走る。
朔弥が呟く。
「……あれ……絶対魔物いるやつ……」
レオンは即答する。
「いる。しかも……数が多い」
次の瞬間、カメラが激しく揺れた。
『前方に反応!! 武器を構えろ!!』
ライトが揺れ、洞窟の壁が一瞬だけ照らされる。
そして――
黒い影が、壁から剥がれるように、にじり出てきた。
優斗が息を呑む。
「……あれ……魔物じゃねぇか……!」
美咲は小さく悲鳴を上げる。
「ひっ……!」
四足で、黒い煙のような体。
輪郭が揺らぎ、形が定まらない。
赤い目だけが、闇の中でぎらりと光っていた。
レオンが低く呟く。
「影獣だ。物理攻撃が効きにくい……厄介な魔物だ」
銃声が響き、影獣が一体倒れる――
しかし。
『くそっ! 分裂した!!』
倒れた影が黒い煙のように揺れ、二つに裂けて立ち上がった。
朔弥が叫ぶ。
「分裂すんの!? 反則だろ!!」
レオンの声は険しい。
「影獣は闇の瘴気そのもの。普通に斬っても撃っても、形を変えるだけだ」
奥からさらに影獣が湧き出す。
『後方にも反応!! 囲まれた!!』
カメラが回転し、複数の影獣が隊員に飛びかかる瞬間が映る。
『うわあああ!!』
悲鳴。
銃声。
肉を裂くような音。
『負傷者多数!! 医療班、急げ!!』
だが――
『だめです! 応急処置が……効かない!! 傷が……黒く腐食していく……!』
美咲は震える声で呟く。
「そんな……!」
優斗も顔を青ざめさせた。
「やべぇ……これ……マジでやべぇ……!」
影獣は倒しても倒しても分裂し、隊員たちの周りを黒い煙のように取り囲む。
『全隊員!! 撤退!! 繰り返す、撤退だ!!』
だが出口付近にも影獣が群がっていた。
『くそっ!! 道を塞がれてる!!』
『突破しろ!! 撃ちながら進め!!』
銃声と悲鳴が入り混じり、画面は揺れ、光が乱れ、隊員たちの荒い呼吸がマイクに直接響く。
『うわっ!!』
カメラが地面に落ち、レンズに砂がかかり、映像が乱れたまま――
ぷつん、と途切れた。
残されたのは、耳に残る銃声の余韻と、胸を締めつけるような静寂だけだった。
明るい照明のはずなのに、アナウンサーの顔は青ざめていた。
声も震え、原稿を読む手がわずかに揺れている。
『……現在、調査隊は半壊状態で撤退中とのことです。ダンジョン内部は予想以上に危険で……』
その言葉が流れた瞬間、リビングの空気が一気に重く沈んだ。
朔弥はテレビを見つめたまま呟く。
「……半壊って……」
優斗は拳を握りしめる。
「自衛隊が……あんなに……」
美咲は震える声で呟く。
「どうなっちゃうの……」
テレビの音声は続く。
『負傷者の多くは、原因不明の腐食症状を……』
『医療班が対応を試みていますが……』
『現在もダンジョン周辺は封鎖され……』
その一つひとつが、三人の心に重くのしかかる。
レオンは黙ったまま画面を見つめていた。
その横顔は、いつもの穏やかさを完全に失っている。
やがて、低く、氷のように冷たい声で呟いた。
「……魔王の力が……戻り始めている」
その言葉は、テレビの音よりも重く、部屋の空気を一瞬で凍らせた。
朔弥は震える声で問いかけた。
「レオン……俺たち……どうすれば……」
レオンは三人を見渡し、静かに告げる。
「朔弥。優斗。美咲」
その声は儀式のように厳かだった。
「今日から……修行の段階を上げる」
朔弥は思わず声を上げる。
「えっ……」
レオンは続ける。
「ダンジョンは……いずれ俺たちが攻略することになる。そのためには……もっと強くならなければならない」
優斗は苦笑しながらも頷く。
「……マジかよ……でも、やるしかねぇよな」
美咲は不安そうに呟く。
「わ、私たちが……?」
レオンは静かに頷く。
「君たちには……素質がある。だが――時間がない」
朔弥は息を呑む。
「……魔王が……復活しちゃうから……?」
「そうだ。今日の調査隊の映像を見ただろう。あれは……序章にすぎない」
朔弥は深く息を吸い込み、言った。
「……わかったよ。俺……もっと強くなる。みんなと一緒に……!」
優斗が笑う。
「おう。やるしかねぇよな」
美咲も小さく頷く。
「うん……がんばろう……!」
レオンは静かに微笑む。
「三人とも……頼もしい。では――明日から地獄の修行だ」
朔弥は頭を抱えた。
「やっぱり地獄なんだな!!」
その叫びに、優斗と美咲が思わず笑う。
緊張の中にも、確かな仲間の空気が生まれていた。
夕焼けの中、三人の決意が静かに燃え始める。
その炎はまだ小さい。
だが――
確かに、闇に立ち向かう光になりつつあった。




