9話 聖夜のノイズ、独自のプロトコル
十二月二十四日。秋葉原の街は、いつも以上に騒がしかった。
電気街の巨大ビジョンにはサンタ姿のアイドルが映し出され、駅前では聞き飽きたクリスマスソングがエンドレスで流れている。
「……非効率極まりないな。どこに行っても混んでるし、メニューは限定の『クリスマス特別価格』とか言って、実質値上げだろ」
俺はバイト帰りの道すがら、毒づくように言った。
隣を歩く依瑠は、白い息を吐きながらスヌードに顔を埋めている。
「……同意。この時期に外食なんて、情弱の極みだよね。……ナギ、やっぱりうちでいい?」
「ああ。……一応、チキンくらいは買ってきた。半額になってたやつだけどな」
「ナイス。……私は、新作のオープンワールド、インストールしといたから。……聖夜に二人でサーバー占領。……最高に贅沢でしょ?」
彼女はニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべた。
恋人たちが手を繋いでイルミネーションを見上げる中、俺たちは脇目も振らずにコンビニの袋を下げて、彼女のマンションへと向かった。
部屋に入ると、相変わらず虹色に光る自作PCが、暖房代わりの熱を放っていた。
俺たちはデスクに並んで座り、買ってきたチキンとコーラを並べる。
「……よし。ログイン。……今日は徹夜でランク上げだ」
「……お前、明日もシフト入ってるだろ。ほどほどにしろよ、依瑠」
画面の中では、俺たちの「相棒」としての連携が冴え渡っていた。
三年前から変わらない、無駄のない動き。けれど、今は隣から彼女のキーボードを叩く音が直接聞こえてくる。
日付が変わる頃。
ゲームの区切りがついたところで、依瑠がふと手を止めた。
「……あ、そういえば。……これ、ナギに」
彼女が机の下から取り出したのは、小さな、けれどずっしりと重い箱だった。
開けてみると、そこには最新型の、カスタマイズ可能なゲーミングマウスが収まっていた。
「……おい。これ、お前がずっと狙ってたやつだろ。限定モデルの」
「……ナギの今のマウス、チャタリング起こしてたでしょ。……見ててイライラするから、替えて。……お礼。……いつも、私のわがままに付き合ってくれてるから」
依瑠はそっぽを向いて、マウスの箱を俺の方へ押しやった。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「…………サンキュ。……じゃあ、俺からも」
俺がカバンから取り出したのは、剥き出しの静電気防止袋に入った、小さな電子部品……ではなく、彼女が欲しがっていた、特注の「キーキャップ」だった。
彼女のイニシャルと、俺たちの共通の「親友」だったあの『イル』の文字が刻まれている。
「……ナギ、これ……」
「……お前のキーボード、使い込みすぎて文字が消えてただろ。……だから、特注で焼いてもらった。……世界に一つだけの、お前専用だ」
依瑠は、その小さなキーキャップを手のひらに乗せ、愛おしそうに見つめた。
やがて、彼女はふっと笑い、俺の肩に頭を預けてきた。
「…………相変わらず、センスがガチ勢すぎる。……でも、嬉しい。……ありがと、凪」
肩に伝わる、彼女の柔らかな重み。
画面の中のキャラクターは止まったままだが、俺たちの「リアル」は、今、これ以上ないほど鮮明に動いていた。
「……なあ、依瑠」
「何?」
「……メリークリスマス。……これからも、俺の隣で、キーボード叩いてろよ」
「…………ふん。……言われなくても、離れないから」
外の世界の狂騒なんて、俺たちには関係ない。
この六畳一間のデスクの上。
虹色に光るファンの回転音だけが、俺たちの新しい一年への「カウントダウン」を刻んでいた。




