7話 アウェイの洗礼と、見慣れない背中
週末。俺は慣れないシャツの襟元を正しながら、都内にある女子大の正門前に立っていた。
周囲は華やかな服に身を包んだ女子大生と、その友人や家族、そして浮かれた様子の男たちで溢れかえっている。
「……場違いすぎるだろ、これ」
自作PCのパーツショップや、薄暗い自室が定位置の俺にとって、このキラキラした空間は毒属性のデバフがかかっているようなもんだ。
スマホを取り出し、依瑠にメッセージを送ろうとしたその時。
「――ナギ。こっち」
聞き慣れた低いトーンの声に顔を上げると、そこにいたのは、いつもの黒パーカ姿ではない依瑠だった。
薄手のサマーニットに、タイトなデニム。キャップも被らず、耳元には小さなシルバーのピアスが光っている。
「……何その顔。変?」
「いや、変じゃないけど。……お前、ちゃんと女子大生やってたんだな」
「……うるさい。これでも一応、TPOくらいは考える。……ほら、行くよ。招待状」
彼女は差し出した招待状を俺の手に押し付けると、さっさと歩き出した。
歩くたびに、いつもの石鹸の香りよりも少しだけ華やかな、微かな香水の匂いが鼻をくすぐる。
校舎内に入ると、さらにアウェイ感が増した。
「あの人、律さんの知り合い?」「かっこよくない?」なんてヒソヒソ声が聞こえてくるが、当の依瑠は一切無視だ。
「……お前、結構目立ってんな」
「……ただ浮いてるだけ。ナギが来てくれて助かったよ。一人だと、こういうお祭り騒ぎはしんどい」
彼女はそう言って、少しだけ俺の歩幅に合わせるように速度を落とした。
たどり着いたのは、講義室を改造した『PC・ガジェット研究会』の展示コーナーだ。
そこには、一世代前のパーツで組まれたお世辞にもスペックが高いとは言えない展示機が並んでいた。
「……おい、この配線。タイラップの使い方が甘すぎるだろ。エアフロー死んでるぞ」
「だよね。……あと、このOSの設定も無駄が多い。バックグラウンドで動いてるソフトが多すぎ」
展示を見たとたん、俺たちの「サバサバした日常」が戻ってきた。
周囲のキラキラした装飾も、女子大特有の空気も関係ない。俺たちは展示機の横で、ああでもないこうでもないと専門用語を並べ立てて議論を始めた。
「……あ、あの、すみません。詳しいんですか……?」
サークルの部員らしき女子学生が、おどおどしながら声をかけてきた。
依瑠は一瞬だけ「よそ行き」の顔を作ろうとしたが、すぐに諦めたように、いつものフラットな口調で答えた。
「……あ、はい。……こっちの彼は、秋葉原のショップで組んでるプロみたいなもんなんで。……ナギ、教えてあげなよ。このマザボの最適設定」
「……お前が振るなよ。……まあ、いいけど。ちょっとドライバー借りていいか?」
気づけば、俺と依瑠は、その場の中心になっていた。
彼女が理論を説明し、俺が手を動かす。
周囲の女子学生たちが感心したように見守る中、俺はふと、隣で誇らしげに腕を組む依瑠を見た。
「……ナギ、やっぱりお前と組むのが一番効率いいわ」
「……だろうな。俺もお前がいないと、説明が面倒でやってられん」
学祭の華やかな喧騒の中で、俺たちは自分たちだけの「ログイン場所」を再確認していた。
展示室を出た後、夕暮れ時の校庭で、依瑠がふと立ち止まった。
「……ナギ。今日、来てくれてありがと。……正直、もっと馬鹿にされるかと思ってた」
「何をだよ」
「……私が、こんなキラキラした場所に馴染もうとしてるのが、滑稽に見えるんじゃないかって」
彼女は少しだけ俯いて、地面の影を見つめた。
俺はポケットに手を突っ込み、彼女の横に並んだ。
「……馴染めてるかどうかは知らんけど、お前はお前だろ。……パーカ着ててもニット着てても、中身はあのクソ生意気なイルなんだから。……俺は、どっちのお前でも変わらず接してやるよ」
依瑠は目を見開き、やがて呆れたように笑った。
「……はは、相変わらず上から目線。……でも、それが一番安心するわ」
「……飯、食いに行くか。女子大の学食、カレーが美味いって聞いたぞ」
「……食い意地張ってるなぁ。……いいよ、奢ってあげる。……招待状の礼」
夕日に照らされた彼女の笑顔は、どの展示機よりも、どのモニターの映像よりも、鮮明に俺の目に焼き付いた。




