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IDの向こう側の君 ――ネカマだと思っていた親友(美少女)に、リアルで「出荷」されるまで――  作者: 折若ちい


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6話 ノイズの混じるオフライン

初めてのバイト代。

 現金支給ではなく振込だが、通帳の数字が増えるのはやはり悪い気がしない。

 俺は秋葉原の駅前で、先にシフトを終えていた依瑠と合流した。


「……で、初給料の使い道は? また怪しい中古パーツに溶かすのか?」


依瑠は自販機で買った微糖のコーヒーを俺に放り投げてきた。

 受け取ると、缶はまだ温かい。


「いや、今日は少しはまともなもん食うつもりだ。お前も付き合えよ。……一応、バイト紹介してもらった礼だ」

「……へぇ。ナギの癖に、殊勝なこと言うじゃん。じゃあ、高い店選んでも文句言うなよ」


そう言ってニヤリと笑う彼女だったが、結局連れて行かれたのは、ガード下にある少し小綺麗な定食屋だった。

 カウンター席に並んで座り、運ばれてきた焼き魚の定食を黙々とつつく。


「……美味いな。最近、コンビニ飯ばっかりだったから助かる」

「だろ? 大学の近く、こういう店少ないんだよね。……私の大学の方なんて、パンケーキとかパスタの店ばっかりで、落ち着かないし」


依瑠は少しだけ、箸を動かす手を止めた。

 ふとした瞬間に漏れる、彼女の「リアル」な日常。


「……大学、うまくいってないのか?」

「……別に。普通だよ。ただ、周りの女子たちと話が合わなさすぎて。新作のグラボがどうとか、FPSのリコイル制御がどうとか、言えるわけないじゃん」


彼女は自嘲気味に笑い、味噌汁を啜った。

 

「……だからさ、バイト先とか、ナギとチャットしてる時だけが、唯一のログアウト先なんだよね。……あ、逆か。こっちがログインか」


依瑠の言葉に、俺は自分の胸の奥が少しだけ、チリリと音を立てるのを感じた。

 俺にとっても、この場所は心地いい。

 お互いに性別を意識せず、共通の趣味で繋がっていた三年間。

 けれど、目の前にいるのは、現実の悩みを持つ一人の女の子だ。


「……お前、無理すんなよ。大学なんて、適当に単位取ってりゃいいんだ。……ここに来れば、いつでも煽り合ってやるから」

「……はは、相変わらず可愛くない。……でも、サンキュ。……ナギ」


依瑠は顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。

 その瞳に映る俺の顔は、自分でも驚くほど、真面目な顔をしていた。


「……あ、そうだ。……今度の土日、大学の学祭があるんだけど。……ナギ、暇なら来れば? PCサークルが展示やってるらしくて、ちょっと興味あるんだよね」

「……お前の大学って、女子大だろ? 俺が行って大丈夫なのかよ」

「……招待状、一枚余ってるから。……まあ、嫌ならいいけど」


依瑠はそっぽを向いて、再び焼き魚をつつき始めた。

 耳の先が、また少しだけ赤い。


「……別に、嫌とは言ってないだろ。……行くよ。お前の大学がどんなもんか、見てやりたいし」

「……ふん。……じゃあ、現地集合。……遅刻したら、承知しないからな」


定食屋を出ると、夜風が少しだけ冷たくなっていた。

 俺たちは並んで歩きながら、次のアップデートの話や、新しいバイトのシフトの話をした。


画面越しの「親友」から、少しずつ、けれど確実に。

 俺たちの関係は、新しいステージへと「アップデート」されようとしていた。

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