4話 ジャンクの森、ドライバーの距離
秋葉原のメイン通りから二本外れた路地裏。
『電脳ジャンク・アイランド』の店内は、ハンダ付けの匂いと古いシリコンの香りが混ざり合っていた。
「……ナギ、そっちのコンデンサ、膨らんでないか確認して。液漏れしてたらアウトだから」
「分かってる。……これ、完全にいってるな。交換するより、基板ごとパーツ取りに回した方が合理的だろ」
「正解。飲み込みが早くて助かるわ」
バイト初日。
俺は店内のバックヤードで、依瑠と並んで作業机に向かっていた。
彼女は手際よくノートPCの裏蓋を外し、精密ドライバーを回す。その指先は驚くほど細いが、迷いがない。
接客中の彼女は、どこか「よそ行き」の顔をしていた。
中性的な低いトーンで、淡々とスペックを説明し、客の過剰な期待を「それは無理ですね」とバッサリ切り捨てる。その冷徹なまでのプロ意識が、逆に一部のマニアックな客から信頼されているようだった。
「……なあ、イル。さっきの客、お前のこと男だと思って帰っていったぞ」
「別にいいよ、どっちでも。中身が合ってりゃ、外身なんてただのケースだし」
彼女はそう言って、外したネジを磁石トレイに放り投げた。
サバサバしているというか、もはや潔い。
「それよりナギ。このネジ、固くて回らない。ちょっと押さえてて」
「……ああ。貸せ、俺がやる」
彼女の手に重なるようにして、ドライバーを握る。
一瞬、彼女の指先に俺の肌が触れた。
画面越しのチャットでは、数千キロ離れていても繋がっている気がしていた。
けれど、こうして数センチの距離で体温を感じると、三年間作り上げてきた「イル」という記号が、肉体を持った「女の子」へと急速に上書きされていく。
「…………固い?」
「……いや、回った。ほら」
俺は視線を逸らし、外れたネジを差し出した。
依瑠はそれを受け取ると、少しだけ顔を赤らめ、気まずそうに自分の髪を耳にかけた。
「……サンキュ。……やっぱり、男の力は違うんだね」
「当たり前だ。……でも、お前のその細かい作業は真似できない。分業だな」
「……ふん、そうだね。最強のパーティ結成、ってとこ?」
彼女は照れ隠しのように、ニヤリと笑った。
その時、店長が奥から顔を出した。
「おーい二人とも。今日の買取分、全部終わったか? 終わったら上がっていいぞ。あ、ナギ君。歓迎会代わりに、店の余り物のパーツ、何か持っていっていいからな」
「マジですか。……イル、お前が欲しがってたファン、まだ残ってたよな」
「あ! あれ、狙ってたんだよね。ナギ、ナイス。……今日は私の勝ちだね」
仕事が終われば、またいつもの「相棒」に戻る。
バイト帰りの夜風は、少しだけ涼しかった。
並んで歩く道中、彼女がふと俺の袖を軽く引っ張った。
「……ナギ。明日、シフト入ってないけど。……新しいPCのセットアップ、手伝いに来てよ」
「それ、ただのパシリだろ」
「お礼に、お前の好きなエナドリ奢るから。……ダメ?」
上目遣いなんて小細工はしてこない。
ただ、真っ直ぐにこちらを見つめるその瞳。
俺はわざと大きく溜息をつき、ポケットに手を突っ込んだ。
「……一本じゃ足りないからな。二本だ」
「……交渉成立。明日、十時にうちね」
彼女は満足そうに笑い、軽く手を振って地下鉄の階段を降りていった。
その背中を見送りながら、自分の心拍数が少しだけ、計算外の数値を叩き出していることに気づかないふりをした。




