2話 秋葉原のノイズ、重なる視線
山手線に揺られ、俺たちは秋葉原へと向かった。
新宿の小綺麗で洗練された空気よりも、雑多な電気街の方が、俺たちにはしっくりくる。
駅のホームを降り、電気街口の改札を抜ける。
巨大な広告ビジョンから流れるアニソンと、呼び込みの声。
隣を歩く依瑠は、ポケットに手を突っ込んだまま、慣れた足取りで人混みをすり抜けていく。
「……で。結局、なんで男のフリなんてしてたんだ? ネットなら隠し通せると思ったのか」
特に気負うこともなく、歩きながら彼女に問いかけた。
依瑠はキャップの庇を指先で少し上げ、めんどくさそうに溜息をつく。
「……言っただろ。女の子だって分かると、ろくなことがないんだって。自作PCの界隈なんて、姫扱いされるか、逆に『女のくせに』って知識マウント取られるか、どっちかだし」
「まあ、それは一理あるな」
「だろ。……ナギとだけは、対等に殴り合いたかったんだよ。変に気を使われるのも、下心出されるのも、反吐が出るからさ」
彼女は淡々とそう言った。
その言葉には、彼女がこれまでネットの荒波で身を守るために身につけた、一種の武装のような響きがある。
「下心ねぇ。……今の姿を見て、そう思う奴がいても不思議じゃないけどな」
「……お前、そういうことサラッと言うよな。チャットでもそうだったけど」
依瑠は少しだけ顔を背け、早歩きになった。
照れているのか、呆れているのか。
俺たちは路地裏にある馴染みのジャンクショップを数軒回り、キーボードの打鍵感を確かめたり、型落ちのグラフィックボードの値段に文句をつけたりした。
驚くほど、いつも通りだった。
外見は美少女だが、吐き出す言葉は三年間付き合ってきた「イル」そのものだ。
街灯が灯り始めた頃、中央通りの交差点で足を止めた。
「……そういえば、ナギ。大学の近くでバイト探してんだっけ」
「ああ。仕送りと奨学金じゃ、新しいパーツ代も出せないしな。どっかいいとこないか?」
すると、依瑠はニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべた。
「だったら、私のバイト先に来れば? 秋葉原の外れにある中古PCショップなんだけどさ。店長が、知識のある奴が足りないって嘆いてたんだ」
「お前と同じ職場か。……ミスした時に、一生チャットで煽られそうだな」
「当たり前でしょ。……でも、他所の知らない奴と働くよりはマシじゃない?」
彼女が差し出してきたのは、店の名前が書かれたショップカードだった。
『電脳ジャンク・アイランド』。
「……時給も悪くないし、何より、たまに掘り出し物のパーツを安く譲ってもらえる特典付き。どうする、ナギ。乗る?」
「……まあ、悪くない条件だな。面接のセッティング、頼めるか」
カードを受け取ると、依瑠は満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ決まり。……あ、そうだ。バイトの話がまとまったお祝いに、うち寄ってく? 先行アクセスのFPS、一緒にやろうよ」
「お前の家? ……片付いてんのかよ。パーツの空き箱で足の踏み場もないんじゃないか?」
「……うるさい。それなりに片付けたよ、一応」
最後の方は少し声が小さくなったが、彼女は再び前を向いて歩き出した。
ネットの世界から、リアルの隣へ。
そして、今度は彼女のプライベートな空間へ。
東京生活は、思っていたよりもずっと、刺激的なものになりそうだった。




