第5話「筋肉、奴隷を買う」
なんと飛び級でCランクのギルドカードを手に入れたユージ。
これでリネアと同じCランク同士ということで、さまざまなクエストに出られることとなった。
数日後、筋トレ器具がそろそろ完成かという頃合いで工房が何者かの襲撃を受ける。
ユージはリネアのアイデアとギルドの後押しで囮捜査を計画するが……
ギルデスの工房が閉まるのは午後の6時。それから工房が開く朝の7時までの犯行。
器具製作を再開し、犯人が再び現れるか確認できるまでこの時間は張り込みを行わなくてはならない。
しかし、筋トレが満足にできない今、睡眠時間まで減らす、または睡眠のサイクルをずらすとなるとますます悪影響が出る。
リネアには少々呆れられてしまったが、筋肉の維持は重要なので仕方がない。
そこで提案されたのが“冒険者を雇う“ということだ。冒険者は護衛や捜索なんかの依頼も受けてくれるので、クエストを発注して張り込みをお願いしようというわけだ。
「却下ね。そもそも私たちそんなにお金の余裕ないわよ」
リネアの言う通り、今の私たちはパーティーにも所属していない身。冒険者を数日雇うだけでも火の車だろう。
______
同日、私とリネアはある店に来ていた。
“雑貨屋”とだけ書かれたその店は、一見するとポーションやちょっとした日用品などを取り扱っているようだった。
しかし、リネアと店主がしばらく話したのち私たちは店の裏へと通され、地下へと案内された。
「リネアさん、これは一体……?」薄暗い階段を降りながら聞く。
「すぐにわかるわ。他所から来たユージは驚くかもしれないけど」
その後すぐに広い空間に到着すると、店主が口を開く。
「ホブゴブリン単独での討伐……ギルド長とも互角に戦う実力者と伺っております。お眼鏡に適う商品があると良いのですが……」
そう言う店主の男、身なりは綺麗なスーツスタイルだが、サングラスと本人から放たれる雰囲気は異様で、胡散臭さが感じられた。
案内された先で、眼前に広がる光景は目を疑うものだった。
「リネアさん、あなたはどうしてここを……?」
恐らく、ここでは“奴隷“を取り扱っているのだろう。
檻に入れられた様々な種族、性別、年齢の人たちが並べられている。
「まあ、色々あるのよ。」リネアは詳細を話したくはないようだ。
「とにかく、私たちでも買える子を探しましょう」
「ご希望の条件などはありますでしょうか?このグラートめが僭越ながらご提案致しますが……」
この男、言葉遣いこそ丁寧だが、非常に危険な雰囲気を感じる。
「とりあえず、夜目が効く人材を探しています。ただ、予算がないのでなるべくお安く提案いただけると……」
我ながら、人身売買などは全く縁のない人生を送ってきたため勝手がわからない。
「おや、ご予算はあまりないと……」グラートはニヤリと笑うと、「では、こちらに……」そう言ってさらに奥の部屋へと案内した。
「これは……」
ますます目を覆いたくなる光景だった。
先ほどの部屋にいた奴隷たちよりも遥かに憔悴、怪我、病気、そんな様子の人々が檻の中で横たわっている。
「この子などはいかがでしょうか?」狼狽する私を気にも止めずにグラートは1人の獣人の前に案内した。
「猫獣人は貴重な種族なのですが、ご覧の通り……彼女は不治の病に侵されているのでございます」
まだ幼い、10代前半そこらであろう年齢。前世での倫理観では到底受け入れ難いことだ。
「君・・・話せるかい?」声をかける。返事はないが、こちらを向いた。
「……。」
彼女の目に宿る恐怖の感情。どうにかこちらへの警戒をときたいものだが……。
よくある異世界転生モノならここで主人公がこの子を救って仲間にでもしそうなものだが、あいにく今の私にそのような力はない。
「どうなさいますか?今なら奴隷契約に必要な手数料だけでお売りいたしましょう」グラートは言う。
「この子……そんなに悪いの?」リネアの口ぶりは、ここの事情をある程度理解しているようだった。
「ええ。それはもう……」グラートはわざと大袈裟に言う
「彼女を助けるためには、毎日特製のポーションを与えなくてはなりません……。それがとても貴重なもので、貴方様方がご負担いただけるのならこちらとしても大変助かる次第でございまして……」
奴隷としての価値が低い状態の子を高い維持費を払って手元に置いておくのは妙だと思った。
しかし、話によると猫獣人は夜行性なことに加え夜目が効くので今回の需要にはピッタリあっている……。
「……この子にします」
不安は多いが、ここでこの子を置いて立ち去ることはできなかった。
______
奴隷契約は主人に対して絶対服従であるという証を魔術を使って奴隷に刻むと言うものらしい。
「それでは……ここにユージ様を主人とし、奴隷ルノアとの契約を行います。ユージ様。こちらを」
グラートは仰々しく飾られた水晶を手渡してきた。
「こちらは契約において必要な儀式に使う水晶にございます。契約によってこの猫獣人ルノアはユージ様の正式な奴隷となり、この水晶を通して魂にその証が刻まれます。」
グラートの指示通りに水晶を掲げる。すると水晶が光り始め――
「おお……!これはなんという輝き!」グラートが興奮して叫んだ。
一体何が――
______
「いやはや、驚きました。ユージ様、スキルに関しては事前にお伝えいただけると幸いでございます」
気がつくと、儀式とやらは終わっているようだった。
顔を上げると、先ほどまでぐったりと倒れていたルノアと呼ばれていた猫獣人が目の前に座っていた。
「これは、恐らく“悟り“のスキルの効果によるものでしょう。女神の祝福を受けた高ランクの司祭や賢者のジョブがお持ちになっているスキルですが……」グラートはルノアに近寄る。
「ご覧の通り、彼女の病はすっかり降り除かれております。」
“悟り“のスキル……?名前的に筋トレは関係なさそうなスキルで全く身に覚えがない。
それにそもそもスキル……?そう言った概念がこの世界にはあるのか?
ルノアはこちらを不思議そうな様子で伺っている。なんの説明もなく体の状態がここまで変わったのだ。状況が理解できていないのかもしれない。
「ユージ、アンタって結局何のジョブなの?てっきり格闘家かと思ってたけど」リネアが言う。
そもそも、その“ジョブ“って言うのもよく分かっていない。この世界では一般常識として存在しているようだから、今の今まで聞くに聞けなかったが……。
「いえ。ユージ様のジョブは格闘家で間違いございません。水晶が示す通り……」グラートが水晶に手をかざすと、空中に表のようなものが浮かび上がった。
「少々特殊な派生でございましょうが、ユージ様のジョブは格闘家の系譜に位置しております。」
表には私の名前であるユージ・タカハラの文字。年齢も合っている。いわゆる“ステータス画面“のようなものだろうか。
ジョブの欄には“トレーニー“と記載されている。まさに自分を表すにぴったりなジョブだ。
「ジョブには様々な記載がされますが……覚えのないものでも表示色でおおよその判断がつきます。攻撃魔術系の青、強化魔術系の緑、剣術系の赤、格闘系の黄……」
私の“トレーニー“のジョブは黄色く表示されているので、グラートのいう通り格闘系のジョブなのだろう。
「しかし、このスキル欄は全く持って……はっきり申しまして意味不明でございます」グラートは言う。
「それに関しては私も同感ね……」リネアもグラートに同意見のようだ。
「赤、緑、黄のスキルがそれぞれ混合していらっしゃいます。これだけの越境したスキルを同一人物が所持していることは非常に稀でございます。それこそ、先代の勇者様のような……」そこまで言って、グラートはゴホンと咳払いをした。
「ともかく、これにて契約の儀式は終了でございます。」
グラートはそう言うと、続けて契約の内容について説明した。
それによれば、契約が終了するのは主人である私が契約の終了を宣言すること、または主従関係にあるどちらかが死亡した場合らしい。
そして、ルノアが回復したのは契約した対象を自動的に状態異常から回復させるレジェンダリースキルの“悟り“の効果によるものらしい。
本来は王国の国教でもある“女神教“の祝福を受けた特権階級のみが使えるスキルらしいが――
「これって、宗教側からしたら、無関係者がこのスキル使えるのってだいぶ都合が悪いのでは……?」
「……私がここで起こったことを記憶することは決してないでしょう。そう、貴方様がおっしゃった通り……触らぬ神に祟りなし。文字通りのことにございます」グラートはそう言って笑った。
全くもって笑い事ではない。
筋トレがしたいだけだというのに、今のところ貴族階級と宗教権力からの視線を気にしなくてはいけないとは……。
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