第二話「この筋肉、かなり強い」
あらすじ
ひょんなことから異世界に転生してしまった筋トレマニアのユージ。その鍛え抜かれた体には尋常ならざる力が宿っているようだ。森で巨大なゴブリンを倒してとある町へと辿り着いたが・・・
冒険者ギルドのメインエントランスは酒場も兼ねているようだ。私はそこで食事を済ませると、付近で宿を取りやっとの思いで一息つくことができた。
夕食のそこそこ量のある魚料理が24バル程度。個人的な意見だが日本円で1200円程度くらいの量だ。1バルは50円ほどの価値なのだろう。他の料理や飲み物の値段を考えても妥当な水準であるようだ。
しかし前世の世界とは価値が異なるのか、狭いとはいえ個室の宿泊費が40バルだった。先ほどの計算だと日本円で2000円程度。お手頃すぎる価格だ。
どちらにせよ、3食きちんと食べ毎日宿をとっても1日あたり120バル程度。およそ80日分の生活費を初日で手に入れたわけだ。これは大きい。
さて、日も暮れてきていよいよ考えなくてはならない最後の大きな問題。それは。
「筋トレをどうするか、だな」
そう。この世界には当然前世のような”ジム”はないのである。
パワーラックはもちろん、ダンベルもマシンもない。
この問題は私に大きくのしかかる。筋肥大、少なくともこの筋肉を維持するためには前世と同じクオリティのワークアウトが必須なのである。
各種目は大まかにさまざまな種目で代用が効くものだが、少なくとも今必要なのは・・・
「インクラインベンチとダンベルだ!」
___________
最も理想的なのは、バーベル種目を行うことができるパワーラック、代替案としてハーフラックを手に入れることだが、現状設置場所に苦労しそうなため借りた部屋の中で使えそうなベンチ台とダンベルの制作を目指すことに。
翌日、私は早速冒険者ギルドを訪れた。
購入した紙にインクラインベンチの構造とダンベルを書き、それがどういうものか記入した上でセリオに見てもらっている。
「これは・・・一体何に使うのでしょう?」セリオが尋ねる。
私はその場でインクラインダンベルプレスの動作をして見せた。鍛える部位と動作の説明付きだ。
「なるほど。効率よく体を鍛えるためにこの傾斜をつけられる椅子と重量がある上に保持しやすく重さのある”ダンベル”が必要と」
この男、やはり頭が切れるというか、先日の印象通りの人物のようだ。おかげで私の欲しいものが正確に伝わった。
「はい。問題ないでしょう。この町の技師は腕利が多いですから、この紙の内容を伝えれば対応できるはずです。ちょうどギルドの訓練場に悪くなった剣や盾が山ほどありますから、どうぞご自由にお持ちください」
異世界にきて初めてできた人脈がこの男で良かったと心底感じる。セリオからギルドの訓練場に一筆書いてもらい、私は訓練場に向かった。
訓練場では何人かの冒険者と思われる男女が訓練に励んでいた。防具を身につけ、なかなかに激しい打ち合いをしている光景は素人目に見てもなかなか迫力がある。
その様子を見ている教官らしき人物にセリオからもらった紙を見せると、武具の倉庫に案内してもらえた。なるほど、屑鉄と呼ぶに相応しいボロボロの剣や盾が大量に放置されている。
「・・・アンタ、こんなもの見ていったい何に使うつもり?」
倉庫を物色していると、背後から声をかけられた。振り返ると、いつのまにか女性の冒険者らしき人物が立っていた。
私は彼女にここにきた理由を話す。
「ふーん。鍛錬のための道具、ね。それって剣の訓練にも使えるのかしら?」
彼女は聞く。見たところ彼女はいかにも剣士、といった装備を身につけている。年はおそらく10代後半。筋トレを本格的に始めるには早すぎるという年齢でもなさそうだ。
「直接的に剣の腕前に影響する訓練はできませんが、剣を扱うための体づくりには役に立つと思いますよ」
私の説明を聞いた彼女は怪訝な顔をした。どうやらピンときていないようだ。
「その剣、少し借りても?」彼女に聞く。
鉄製の長剣。1〜2kg程度の重さだろうか。軽く振り回してみるとわかるが、彼女の華奢な体型だと片手で長時間扱うのは少ししんどいかもしれない。
「剣の技術的な話は分かりませんが、筋力のトレーニングをすればこの剣もより自由にあつかえるようになるとおもいますよ」私は片手で剣を振って見せる。
剣先が音を立て、空間を切り裂いたような衝撃が走る。
前世ではこんな立派な剣など持ったこともなかったが・・・なんというか、こう、すごくしっくりくる感覚があった。まるで剣豪にでもなったかのような・・・そんな感覚。
「お、驚いたわね・・・」彼女は私から剣を受け取りながらそう言った。「アンタ、パーティーには入ってるの?」
聞くところによると、彼女の名前はリネアといいこの町の冒険者で冒険者ランクはC。職業は剣士。より難易度の高い依頼を受けるために、パーティーを結成したいのだという。
「申し訳ないのですが、今は先程の鍛錬器具を作ることに集中したくてですね」私は丁重に断ろうとしたが、彼女は諦める様子がない。
「じゃあ、その器具とやらを作るのを手伝うわ!それが終わったらパーティーに入りなさい!」
彼女の赤い髪と勝気な喋り方から想像できる随分と強気な性格にやや圧倒されながらも、私は彼女の協力のもとベンチとダンベルの制作を始めることとなった。
リネアの武器防具を世話しているという工房に話をつけると、ありがたいことにすぐ作業に取り掛かってくれた。
彼女は強引なところがあるが、性格がきついというわけではなく町の人からの評判は良いようだ。「嬢ちゃんの頼みなら」と工房主のギルデスというドワーフ族と思しき男は息巻いていた。試作品の完成にはしばらくかかるとの話で、その間リネアと私はしばらくギルドの簡単なクエストをこなし日銭を稼ぎながら過ごすこととなりそうだ。
___________
リネアの目標であるパーティー結成には4人以上のメンバーが必要らしい。
私たちは二人で依頼をこなすことで冒険者ランクを上げ、さらにはこの町での知名度を上げていくことで優秀なメンバーを探すという方向で動くこととなった。
冒険者ランクというのは、この国の冒険者ギルドが王国の名の下で公に管理している冒険者の階級で、発行されたギルドカードにランクが記入されている。
「そういえば、私ギルドカード持ってないですね」
ホブゴブリン討伐の時に報酬は受け取ったものの、それ自体はギルドで内々に処理されてしまった関係で、私のギルドカードは存在していないのだ。
「アンタ、いろいろと謎なことが多いけど、どこからきたわけ?」リネアが尋ねてくる。
なかなか難しい質問だ。もちろん転生してきたなどと言うわけにはいかない。この世界のことが全くわからない今、迂闊にそんなことを言ったら筋トレどころではなくなってしまうかもしれないからだ。
「もの凄い遠いところから来てまして・・・いろいろあって」そう答えた。まあ嘘ではない。
「ふーん・・・訳アリってことね。」
幸い、それ以上の詮索はなかった。私が転生してきた場所はグラシオン王国という国のトレヴィルという町らしい。王国の端に位置する町なので、この国のことを全く知らない私の不自然さも少々紛れたようだ。私がホブゴブリンと遭遇した森も、王国の直轄地ではないらしい。
いろいろとリネアからこの国や町のことを聞いたのち、ギルドカードを作りにギルドの訓練場を訪れた。
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「来たな。お前さんがセリオの言っていた冒険者か」
私は訓練場の中央で強面の猛者と対峙していた。
この男、ギルド長のガルデン。顔立ちから初老の50代のように感じられるが、その体は素晴らしく”仕上がって”いた。
ゆうに20kgは超えるであろう大型の斧をこちらに構える様子はまさに圧巻と言うべき姿だ。
「セリオさんからどのような話があったかはわかりませんが・・・これは一体_」
聞いたのも束の間、ガルデンは信じがたい脚力で一気に間合いを詰め、襲いかかってきた!
「____!」
咄嗟に後ろに身を仰反る。ガルデンの斧が眼前をものすごい勢いで通過した。
自分でも驚くほどの反応だった。脳が危険を感じた瞬間、体はすでに回避を終えていた。私は追撃が来る前に下がって間合いを取る。
「ガハハハ!見事!今の避け方はなかなかできるもんじゃあないぞ!」
ガルデンは豪快に笑って見せた。
「・・・・。」
これはギルドカード発行のための試験のようなものだろう。
結果によってランクの飛び級が可能なら、それに越したことはない。
「うむ、ホブゴブリンを一撃で殺ったと言う話、偶然というわけではなさそうだな。」
ガルデンは再び斧を構える。
___この感覚。彼と対峙した私の体の奥底に感じるこの感覚は、アドレナリンが出て体が芯から沸き立つような・・・そう。それはベンチプレスのマックス重量更新にチャレンジする前のような感覚。
ガルデンというこの男は本気で私の力量を計りにきている。こちらも、相応の覚悟で応えるのが礼儀というものであろう。
「行くぞ!」
ガルデンが再び襲いかかってくる。さっきよりも速い。しかし・・・迎え撃った私の”パンチ”がガルデンの斧と衝突した刹那___
____前世では、こんな話題をよく耳にしていた。
「筋トレしているやつは強いのか?」
この話題はとても面白い。強さというのはいわゆるケンカが強いとか、多分そういうルールのないことを言っているのだろうが、その場合強さと筋トレにさほど関係はない。
もちろん、同じ身長、同じ体重なら筋トレをしているマッチョの方が強いのだろうが、筋トレでは覆せない圧倒的な要素が”体格”なのだ。
体重80kgのムキムキマッチョは、100kgのムキムキマッチョに基本的に勝てない。20kg差なら、筋トレしていない相手にも勝てないかも。
ではなぜ鍛えるのか?それは愚問である。それは___
気がつくと、仰向けに倒れていた。
”パンチ”を放った右拳が痺れている。
体を起こすと、私は訓練所の端まで吹っ飛ばされたようだ。だがそれはガルデンも同じのようで、彼も訓練場の対角線上に座り込んでいた。
彼の持っていた斧は刃の部分が大きく欠け、随分と離れた地面に突き刺さっている。
「まったく、参ったなこりゃぁ・・・」ガルデンは言う。
ホブゴブリンに出会った森で色々と試していたこの”パンチ”。
例によって拳に凄まじい威力を乗せることができるのはもちろんだが、打撃による拳への反動も限りなくゼロにできるということはわかっていた。
それは彼の斧にも通用した。ひとまず、合格点だろうか。そんなことを考えながら天を仰ぐ。
しかし___
この時の私はまだ知らなかった。これらの異常な私の能力が、この世界を揺るがすほどの強大なものであることを・・・。
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