第14話「筋肉と騎士団」
## 第14話「筋肉と騎士団」
### 【あらすじ】
仲間たちと親交を深めながら王都を目指すユージ。道中のモンスターとの戦闘で、ルノアも随分と戦えることがわかった。
数日の野営を経てついに王都へ到着すると、ユージはノエラも連れて行く決断を下し……。
### 【本文】
「歓迎しよう。ここが誇り高き王国騎士団の訓練場だ」
我々が案内されたのは、まさに筋肉の楽園と言って差し支えない場所だった。
誰もがハードな訓練に励んでおり、元いた世界とは形や方法こそ違えど、筋トレに使えそうな器具や道具も充実しているようだった。
騎士団員と思われる面々も男女問わず見事な体の仕上がりで、ぜひ合トレさせてもらいたいと思わせるような猛者も多い。
「アンタ、凄い目してるわよ」
リネアは呆れている。
「ご主人様、うれしそう」
「わ、私なんでこんな所に――?」
若干一名全く状況を飲み込めていないまま連れてきてしまったが、ともかく目的地に到着したわけだ。
「君が件の男か。しばらくぶりだな」
そう言って現れたのは、先日会ったリディアという女性。確か、彼女がこの騎士団のトップだったよな?
「ユージ・タカハラです。到着が遅れ誠に申し訳ございませんでした」
こんな感じでいいのか? 会社員時代のマナーが通用すれば良いのだが。
「気にする必要はない。それにそこまで畏まる必要もないぞ」
リディアは優しくそう言うと、頭を上げるよう促す。
「騎士団が平民を呼び出すにはあのような方法しかなかったのだ。怖がらせてしまったのならすまない」
実際のところあの召喚状は、騎士団が管轄する重大犯罪に関わった者を呼び出す時に使われるとギルデスから聞いた時は生きた心地がしなかったが――
「いえいえ、とんでもない! お招きいただき光栄です」
畏まらなくて良いとは言われたものの、相手の身分を考えるとなかなかそうはいかないものだ。
「ふむ……まだこちらを信用してはくれないか」
リディアは残念そうに言う。
「イシュルドがしたことを考えれば無理もないのだが……その件は本当にすまなかった」
今度は逆にリディアが頭を下げる。
周りの騎士団員の視線が一斉に集まる。
「あ、頭を上げてください。あなたほどの地位の方がそんなに簡単に頭を下げては――」
そう言うと、リディアはキリッとこちらに向き直った。
「慈悲に感謝する。この件に関しては私の管理能力の甘さが招いたことだ。詫びと言ってはなんだが……」
リディアは少し笑いながら言う。
「先ほどから気になっている様子のそれ、使ってみても構わないぞ」
それ……というのは、このベンチプレスのような器具のことだろうか。
「ぜひ!」
即答した。
長旅で満足なトレーニングができていなかった私にとっては、今これほどに欲しているものもないだろう。
◇◇◇◇◇◇
さて、これはセーフティーバーもなければ、重量を自由に調整できる仕組みでもない、かなり残念なベンチプレスだが、バーベルの両端についている重りはなかなかの重量のようだ。
「おいアンタ、こいつに挑戦するのか?」
ベンチ台に腰掛けると、団員の男が寄ってきた。
「よそ者にしちゃ大した度胸だな! それに、アンタの体、なかなかタフな冒険者と見える!」
「ありがとうございます。日頃鍛えてますので」
やはりトレーニー同士、リスペクトのある会話は心地いいものだ。
この男も随分と鍛えているのだろう。なかなかの猛者と見える。
「こいつは“龍の試練”と言ってな。こいつを挙げられるヤツはドラゴンにも勝てるってジンクスがあんだよ」
なるほど、それほど重いベンチプレスってことか?
「それじゃあ失礼して……」
ベンチ台に仰向けになり、肩幅からやや広い手幅でバーベルを掴む。
背中でアーチを組み、足幅を整えて精神統一をする。
「おいおい! アンタ、そりゃあ無しだぜ」
いざ、挙上しようとした時、男が声をかけてくる。
「な、なんですか?」
「いやそれだよ。体浮かせんのはルール違反だ」
な、なるほど。このアーチを組む動作は、腰から負荷を逃すためだったり理由があるのだが、まいったな――
「待て」
どうしようか迷っていると、その様子を見ていたリディアが声をかけてきた。
「その体勢には何か意味があるのか?」
よくぞ聞いてくれた。私は彼女に腰への負担の話など、アーチを組むことへの利点を話す。
「ふむ。腰への負担を逃し、より出力を上げられる体勢というわけか」
「やっぱりずるいじゃねえか」
「いや、しかし背中と下半身は台についている。禁止されているのは下半身ごと浮かせて足を突っ張る方法だろう?」
なんと、この世界にもパワーリフティングのようなルール規範があるようだ。
さて、許可も下りたということで再度セットアップに入る。
「フンっ!」
気合を入れてラックアップする。
これはなかなか――常人が扱える重量ではないことがすぐにわかる。少なめに見積もっても190Kg……いや、200kgあるか?
「な、なんだ……? 軽々挙げちまいやがった!」
「これは驚いたな……」
その様子を見て、リディアをはじめ周囲の面々がざわつき始める。
「ぐぅっ……!」
さらに腹圧を高め、一レップ目。動作を丁寧に行う。
「なんだなんだ!? おい! お前ら手伝え!」
そう誰かが叫び、数人がかりでバーベルがラックに戻された。
「あ、あれ?」
補助に入るほど危険な動作に見えたのだろうか。結局一レップもできないまま終わってしまった。
「おいアンタ、大丈夫か? 流石に初めてじゃあ支えるのはキツかったか?」
男は心配そうに尋ねてくる。
「そ、それはいったいどういう――」
ふと考える。もしや、この“龍の試練”、このバーベルをラックアップするだけで終わりなのか?
「この“龍の試練”って、どれくらいの人がクリアできるものなんですか?」
「そうだな……まあ、新人にはほぼ不可能だ。ここで数年鍛錬して、見込みのあるやつは一年そこらで達成する奴もいるが」
なるほど……恐らくその線で合っているだろう。
クリーンに一レップ行うことが達成とするなら、一年そこらなどという数字は出てこないはずだ。
それに、自分で言うのもなんだが100kg以上のベンチプレスは努力だけではカバーできない部分も出てくる。
もちろん程度の問題というのもあるのだが――
しかし、200kg近いバーベルをラックアップするだけでも大変なのは事実だ。しかし、私がしたいのはそういうことではなく……。
「すみません、もう一度やらせてもらえませんか?」
私の筋肉はもうすでに我慢の限界を迎えていた。
この異世界に来てからというもの、ここまでしっかりベンチプレスらしいことをできていなかった。
「それは構わんが気をつけてくれよ? 潰れたらタダじゃすまん」
それはその通り。
通常ベンチプレスにはセーフティーバーというものがついている。
たとえ潰れてもそのバーのところでバーベルが止まるので最悪の事態は免れることができる。
「では、私が“補助”と叫んだら皆さんで助けに入ってください」
「ほ、補助だな。わかった」
「それまでは絶対に助けに入らないでください」
「あ、ああ」
「絶対にですよ?」
ここまで釘を刺しておけばこの神聖な時間を邪魔されることはないだろう。
再びセットポジションに入りラックアップする。
先ほどのはウォーミングアップとして考えよう。精神統一をして、再びクリーンな動作で一レップ目に入る。
「な、なんだこれは――」
外野が何やら騒がしいが、もはや気にもならない。
二レップ目。かなりきつい。だがそこからが真の戦い。
「――!!!!」
腹圧を最大限に高め、押す――――!!
挙がった。
身体中をエネルギーが駆け巡る感覚。
もう一レップ。いけるだろうか。
もはや愚問である。
考える前に体が動いている。
「ギィ……!」
全力――!!!! 全力で押すっ……!
がっ……! 駄目か……! しかし……!
「補助っ……!」
一瞬の静寂。そして。
「お前らっ! 補助だ!」
数人がかりで再びバーベルがラックに戻された。
◇◇◇◇◇◇
しばらくナイストライの余韻に浸っていると、リディアが声をかけてきた。
「いやはや、本当に驚いた。今のは一体なんだ?」
「これは、私の故郷に伝わる伝統的なトレーニングの方法です。ベンチプレスと言って主に大胸筋と――」
それから私はいかにこのフリーウエイト種目が優れているかを熱弁した。
「――つまり、皆さんのように剣を扱う動きにも活かされるというわけですね」
私のプレゼンは騎士団員にとっても興味深いものだったらしい。多くの団員が話を聞いてくれていた。
「非常に興味深いな。今後の訓練に導入するか検討しよう」
リディアはそう言うと、私に何やら合図をしてきた。
「すまない。一度我々だけで話せないか?」
そう小声で言うと、何やら事情がありそうな様子でこちらの出方を伺う。
「ええ、大丈夫ですよ」
ここまで良くしてくれたのだ。断る理由もないだろう。
◇◇◇◇◇◇
案内されたのは訓練施設の応接室のような部屋だった。豪華絢爛な装飾に高そうな家具が揃っている。
「率直に言おう。ユージ・タカハラ、騎士団に入る気はないか?」
「「「「えっ?」」」」
我々は一様にして同じ反応。
騎士団は王国直属の組織だから、この場合は公務員に推薦でなれると言うことか?それは悪くないが――
「ダメよ」
そう口を開いたのはリネア。
「コイツは私のパーティーメンバーになるって決まってるの。残念だったわね」
なんだか口調がいつにも増して荒いがどうかしたのだろうか。
「そうか……もし彼が騎士団に入るなら、君たちにも相応の地位を与えられるのだが」
リディアは気にすることなく破格の条件を追加してくる。
「ユージ。君に頼みたいのは空いてしまった第三隊隊長の席を埋めることだ」
「「「「えっ!?」」」」
我々はさらに同じリアクションを重ねる。
「実のところ、最近騎士団内に勢力を二分しようとしている輩がいてな。イシュルドはその筆頭だったんだ」
な、なんだその話は……これ以上の面倒ごとはゴメンなんだが――
「騎士団は伝統ある剣術によって国を護る。だがイシュルドを筆頭とする新勢力は魔術によって戦う方法を主としているのだ」
リディアは続ける。
「正直、私としてはどちらでも構わないのだ。国を護ることこそが騎士団の勤め。その方法は問わぬと」
「だが問題は王国の上層部だ。剣術によって独立を勝ち取った歴史を軽視することを許さない保守派にとっては、騎士団に魔術の風が吹くことを快く思わないものも多い」
「今は東西に隣接している国との睨み合いが続いている時。内憂によって他国につけ入られる隙を作りたくはないのだ」
なるほど、話は理解できるが……。
「その話と、私が第三隊の隊長になることにはどのような関係が……」
「む、君ほどの男がわからぬ話ではないだろう?」
リディアは笑いながら言う。
「君はその魔術派の筆頭を素手で退けて見せたのだ。君ほどこの役割に合うものもいないだろう」
まあわかっていて聞いたのだが――
「し、しかしそれでは魔術派の上層部との摩擦が増してしまうのでは?」
「魔術派と剣術派の勢力は五分ではない。今のところは剣術派が優勢だ。私としてはこのまま剣術派が反対派閥を押さえている状況を維持したい」
さすが、一団を率いる者として大局を捉えている彼女の考え方に驚かされる。
おそらく年は私と同じくらいであろう。元いた世界では管理職まで辿り着けなかった私にとって、羨ましい能力だ。
「それに……先ほどのベンチプレスとやらを見せれば、誰も君が隊長になることに文句などつけられないだろう!」
リディアは笑った。
周囲を見渡すと、話に飽きてしまった様子でテーブルに置かれたお茶菓子を食べるルノア、なぜか苛立ちを隠せていないリネア、そして依然として全く状況を飲み込めていない様子で辺りをキョロキョロとしているノエラがいる。
考えてみれば――異世界に来てからと言うもの、私の目標は筋トレをすることだった。
それがあれよあれよと今こんな状況なわけだが、これはチャンスなのではないだろうか。
騎士団の施設はすごかった。
すでにそれ相応のトレーニング機材があるのは確認済み。
隊長という立場を使えばさらに理想的なトレーニング環境を作ることも可能かもしれない。
それは願ってもいないことで、私には他に重要なことなど……。
そう、思ったのだが。
「少し……考えさせてください」
「そうか。ぜひ、王都を出る前に結論を聞かせてくれ」
私はその場で結論を出せなかった。
元いた世界では筋トレのために人の誘いを断ることなど日常茶飯事だった。
筋肉は裏切らない。
人間関係でどんな嫌なことがあっても、大切な人に裏切られても。私はトレーニングを続けてきた。
それは、この確かな“成果”。生きているという証を感じることができるから。
それが今、私はどう考えている?
筋トレへの思いは変わっていない。それならなぜ?
◇◇◇◇◇◇
「……ジ、ユージ!」
リネアに呼ばれて我に返る。
「アンタ、ぼーっとして大丈夫?」
「す、すまん。考え事だ」
ぐるぐると考えを巡らせながら王都を移動しているうちに、騎士団から斡旋してもらった宿泊施設に到着したようだ。
この気持ちはここで整理しなければならない。
私たちの今後のためにも――
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