第10話「筋肉と少女、そして賢者」
### あらすじ
上位契約”一蓮托生の契約”を結ぶことで見事リネアの制約を解除したユージ。
そのためにグラートの商店の水晶を無断で使用してしまったが背に腹は変えられない。
次は王都への移動手段を見つけなくてはならないが……。
翌朝。
「ユージ、いい知らせと悪い知らせがあるわ」
早起きしたらしいリネアは起き抜けに縁起の悪い話題を振ってきた。
「いい知らせから聞こうか」
「近いうちに、王都行きの乗合馬車が来るそうよ」
おお、それは願っていもいないことだ。きっと、私たちにも手が出せる金額で移動できる手段なのだろう。
「じゃあ、悪い知らせは?」
「“雑貨屋の強盗事件“が町の噂になってるわ」
頭を抱えた。
いやまあ……そりゃそうなんだが。
「幸い私たちの仕業ってのはバレてないみたい。まあ何も盗ってないからただの悪戯って話になってるわね。」
なるほど、この世界の治安だとそういう扱いになるのか。
イシュルドの一件もそうだが、戸締りには気をつけたほうがよさそうだ。
「さて、じゃあその乗合馬車ってのを待つことにするか」
リネアの話だと、遅くても今晩には町の門に到着する予定らしい。
それまで、工房でトレーニングしながら待つことにしよう。
___________
「ご主人様、なにしてるの」
トレーニングを眺めていたルノアが話しかけてきた。
「これは、いわゆる腕立て伏せだな。加重の」
私は思い鉄や石を満載した鞄を背負って腕立てをしている。
「それやったらルノアもつよくなる?」
「そうだな……ルノアの年齢だとまだ加重してやる必要はないかな」
幼少期の筋トレに関しては色々な研究がある。
骨格が出来上がる前の筋トレの影響やその効果、やっても良いと言う結論もあるし、やってはならないと言う結論もあり――
現在は後者の論調が優勢であることを尊重して、ルノアは基礎体力や運動能力のトレーニングをするのが良いかもしれない。
「うん。これはなかなか――」
その後、ルノアに背中に乗ってもらってさらに加重した上で腕立てをしてみた。
ルノアは工房のギルデスからもらったというボロの短剣を持ち、うまくバランスを取りながら遊んでいる。
さすが猫獣人というのもあってか、なかなかの運動能力があようだ。
「ただいま――って何やってるのよ」
リネアはそう言うと、ギルデスに頼まれていた買い物を置いた。
側から見れば随分と奇怪な様子であることは容易に想像できる。
「ルノアもトレーニングに興味あるみたいでさ」
「そう。私もそろそろ違うトレーニングしようかしら」
リネアは剣士であることを踏まえ、身軽さを損なわないようなトレーニングが良いだろう。
体幹や俊敏さを向上させる筋トレはあらかたレクチャー済みだ。
「今の環境でできることはそんなに多くないからな……」そう言いながらも腕立ては続ける。
「まあ、剣の威力を上げるための筋トレはいいかもな。ギルデスさんにわざと重くした剣とか作ってもらうといいかも」
「そういうのならギルドの訓練場にもあったわよ」
そうなのか。この世界でも筋トレというか、負荷によるトレーニングという考え方はあるようだ。
「ただ、重すぎて全然訓練にならないならなかったのよね」
これは筋トレ初心者にありがちな問題だ。
「筋トレは適切な重量設定がミソだからな……その辺調整がきかないのはやっぱり不便か」
器具の完成が待ち遠しい。プレート式のダンベルがあれば、リネアにもより良いトレーニングを提案できるだろう。
そんなこんなでトレーニングをし、食事を摂るとちょうどいい時間になった。
___________
夕方になり、町の門に行くと既に乗合馬車が到着しているようだった。
「何言ってやがる!こっちは急いでんだ!」
男の声が響いた。
どうやら、乗客と御者が揉めているらしい。
「も、申し訳ありません……でも……」
「馬が病気だ?どう見たってなんともなさそうじゃねえか!」
話を聞くと、馬車の御者は病気の馬を休ませるために2〜3日待って欲しいようだ。それに反発した2人の男の乗客と揉めている。
「話、聞かせてもらってもいいかしら?」先に割って入ったのはリネアだ。
「私たちも、この馬車に乗せてもらいたいんだけど」
凄む男たちと御者の間に割って入るリネア。
御者はまだ幼い少女だった。
「は……はい。まだ乗れますので大丈夫です。でも……」少女は馬を心配そうに見ながら言う。
「その子、病気なの?」リネアが聞く。
「はい。今朝からずっと調子が悪そうで……今日もここまで無理して頑張ってくれたんです」
そういう少女の目は涙が今にも溢れそうだ。
「ちょっと待っててね。きっと大丈夫だから」リネアはそう言うと、私に少し離れるよう指示して、小さな声で話し始めた。
「アンタ、あのスキルでなんとかならない?私たちは今すぐにでもって訳じゃないけど、あいつら引き下がりそうもないわよ」
「そうは言ってもな……あの馬を何らかの契約に巻き込めれば多分発動するとは思うが……」
“悟り“のスキルの発動条件はスキル所持者と対象が何らかの契約で結びついている必要がある。
単にパーティーメンバーであるとか、店と客のような緩い関係で発動しないことは確認済みなのだ。
「おい!お前ら何話してるんだ?」乗客の男が叫ぶ。
「アンタらもここで何日も足止め喰らうわけにはいかんだろ?話してる暇があるならこの嬢ちゃんを説得してくれよ!それか、この街にいるっていう“筋肉の賢者“でも探しに行ってくれ!」
聞き慣れない単語が聞こえた。
「オイ、なんだその“筋肉の賢者“ってのは」もう1人の乗客の男が会話に入ってきた。
「何だお前知らねえのか?今朝の町で随分と話題だったじゃねえか。このトレヴィルの町で不治の病に侵された奴隷の少女を一瞬で治しちまったっていう筋肉ムキムキの賢者様の話さ」
……何だって?嫌な予感がする。
「おいおい、そんな病気治せんのはそれこそ教会のお偉いさん方だろ?何でまた奴隷なんかを」
ルノアの方を見てみるが、特に気にしている様子はない。
「何でもよぉ、教会とは無関係な冒険者らしいぜ」
「何だか嘘くさくないか?」
「まぁ俺も信じちゃいないがな……」
恐らく、いや、十中八九その“筋肉の賢者“とやらは私のことで間違い無いだろう。
そして、その件を知っているのはグラートしかいない。
何が『ここで起こったことを記憶することは決してないでしょう。』だ!めちゃくちゃ言いふらしてるじゃないか!
幸い、正体が私であることはバレていないようだ。
だがしかし、ここでその“悟り“による治療を見せればばれるリスクが大きい――どうにかして乗り切れるといいのだが。
「……よし」
ここは、リネアの機転に期待して一芝居打つことにしよう
「――お嬢さん、少しお話よろしいですか?」
御者の少女に話しかける。
「は、はい……何でしょうか?」
「私たちは偶然にも、動物の病気を何でも治すと言われている秘薬の持ち合わせがあります。どうでしょう。ある条件を飲んでいただければお渡ししても良いと考えております」
リネアは怪訝な顔をしたが、こちらに策ありと汲んでのことか、カバンの中から何の変哲も無いポーションの瓶を取り出した。
「そ、それはありがたいのですが……条件についてお聞きしても……?」
「この馬をお譲りください」
「……え?」
リネアは『アンタ何言ってるの!?』と言う顔をしているが、まあ、続けるしかあるまい。
「これはあちらの方々もおっしゃっていた“筋肉の賢者“様より譲り受けた貴重な品。タダでお譲りするわけにはいきません。」
「しかし、こちらの馬、病に侵されてもなお主人のために働く胆力・・・良い馬なのでしょう。交換ということでしたら手を打ちましょう」
少女はしばらく考えた後、口を開いた。
「……わかりました。この子を助けてあげてください」
何だかものすごい悪いことをしている気に――いや、実際側から見たら私が完全に悪役なのだが。
「では、何か謄本のようなものはありますか?」
少女は鞍についた鞄から、乗合馬車の通行証とそれに合わせるように記された馬の所有を証明する書類を差し出した。
盗難防止に少々の魔術が施されているようだったが、ノエラという御者の少女は自らの名前を魔術によって消去した。
「ここに……名前を」
リネアはドン引きした表情でこちらを見ている。
すまない。もっといい方法はないか検討するべきだったかも。
私が名前を記すと、確かに“悟り“のスキルが発動した感覚があった。
「え、嘘……?」
すぐにノエラの表情が驚きに変わる。この少女は馬の状態を瞬時に見分けることができるスキルでも持っているのだろうか?
「あ、あなたは一体――」
「さ、さて!ではこの秘薬を!」私はノエラの質問を遮って、馬に至って普通な何の変哲もないポーションを飲ませた。
「お、おい!どうなったんだ!」客の男が痺れを切らして叫ぶ。
「は、はい!すぐに出発の準備をします!」
ノエラは馬車の準備に取り掛かり、我々にも荷台に乗るように促した。
『アンタね……もうちょっとやりかたってのを考えなさいよ!』出発を待つ荷台で、リネアが小声で言ってきた。
『あれ以外思いつかなかったんだよ……普通に説明したら俺が“筋肉の賢者“だってバレちゃうし』
『ご主人様、ひとでなし』
ルノアまでこの調子だ。
頃合いを見て、何かと理由をつけて馬を返さなきゃな……そう思っているうちに、馬車は王都に向けて出発するのだった。
第三章 完
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