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第八話 夜明けの探偵に祝杯を

「ぜひ一度、お話してみたかったんですよ、カヌレ探偵。」

廃墟で、一人の紳士は嬉しそうに両手をあわせた。

「申し遅れました。私、サバランと申します。まあ、もうご存じでしょうが。」

「羽二重さんを返して!」

花びら餅の悲痛な声が響く。カヌレとポムの後ろで、タタンが少しだけ真剣な顔になり、静かに構える。だが、そんな真剣な一同の様子とは違い、サバランはにっこりと微笑んだ。

「勿論良いですとも!お返ししますよ。彼の役目はもう終わりましたから。」

「行方不明にさせておいて、何様のつもりよ!?」

ポムが怒りの声をあげる。しかし、すぐにカヌレ探偵が手をあげ、それを制した。静かにサバランに向かって言う。

「元々、彼は私達をおびき寄せるだけのための捕虜。だから彼にはそこまで手を出していない。自分の駒になるかならないか…くらいのギリギリを攻めて遊んでいた。どっちに転んでも、あなたの目的は私達だからどうでもいいこと。それで合ってるかな?」

カヌレの言葉に、羽二重餅が絶望した目でサバランの方を見る。彼は流石名探偵!ピンポーン!大正解でーす!と呑気に声を上げた。にこにこと微笑みながら、羽二重餅の方を見る。その目はさげすんでいた。

「ええ、そうですとも。私が本気で貴方に一線を超えさせようとするのであれば、こんな一週間もかけずに、すぐに線の向こう側へ突き落としていたんだよ。君の必死の抵抗は、私にとってはあえてゴキブリを捕まえずに野放しにし、それでいて殺虫剤スプレーを常備しているようなもの。君のその一線を超える前の必死の努力は、全て想定済みの結果なんだよお?うふふっ♡びっくりした~?」

急にかわい子ぶるサバランに、ポムが気持ち悪っと吐き捨てる。しかし男は全く耳に届いてない様子で、花びら餅の方に向き直る。

「さあ、愛しの羽二重餅君を連れてくと良い。僕はカヌレちゃんたちと話したいからね☆」

すぐに花びら餅が羽二重餅の方に駆け寄る。しかしまあ…と言いながら、ポムとタタンの方を向く。そしてカヌレ探偵の方を見ながら、ハッハと不敵に笑った。

「なかなかに珍しいメンツだね。私の駒にしようとしてならなかったポム選手に、かつて戦争で大活躍したにも関わらず妻を失くし、全てを憎んだタタン選手…流石カヌレコーチ!彼らを君の事務所の仲間にするとはね。尊敬に値するっ!ウエイターっ、彼女に金メダルを!」

男のころころと変わる口調やテンションに、ポムが吐き気がするわと呟く。カヌレの方に、この男は一体何なの?と少し青ざめた顔で言う。彼女は、サバランの方を見ながら冷静に言った。

「この男は、今回の羽二重餅さん達の一件も全て遊びとしか思ってないんだろうね。だから人を使ってあの噂を振りまき、羽二重餅を誘拐し、追い詰めた。ポムの時もそうだろう。被害者がどうなろうと知ったことじゃない、彼は楽しんでるんだよ。犯罪を犯す一線の手前まで人を誘導し、いざ線の前で立ち止まったら、優しい言葉をかけて彼はそっと背中を押す。一線を超えさせるのを楽しんでるんだ。勿論、超えさせた後は、彼の駒としてもてあそぶ人間だ。」

カヌレの言葉にポムが絶句する。しかしサバランはパチパチと拍手をした。

「素晴らしい!私のことをそんなに理解してくれるなんて…わしは超嬉しい限りじゃ。それじゃあ、観客席から出て来た疑問をここで提示しましょう!カヌレ名探偵、君もまた私と同じように、犯罪を犯す一線の手前まできた人に気付くタイプの人間だろう?」

その言葉にカヌレが静かに頷く。サバランはくるくるとその場で回りながら嬉しそうに言った。

「それならば君も仲間じゃあないか。一線を超えそうな人間に気付く私と一緒だ。君は助けようと手を伸ばすが…全員を救えるわけじゃないだろう?手を伸ばしても、一線を超えて犯罪を犯してしまう人はいるよね。それに手を差し伸べても、またその一線を超えようとしてしまう人、繰り返してしまう人もいる!…君はそんな人間達に手を差し伸べるのは無駄じゃないか、と思わないのかなぁ?先生とても疑問ですっ。」

たんと音を鳴らして、回転をすぐにやめる。サバランはかけてない眼鏡をくいっとやるふりをして、カヌレの方を見る。

「理系の自分としては、理解しがたいですね。一線を超える手前まで来てしまった人なんて、脆弱かつ現実に苦しんでいます。それならいっそ、一線を超えさせた方がその人にとっても楽なのでは?復讐とかいうじゃないですか。復讐せずに許してあげてとかいうじゃないですか。でも復讐した方が、メンタル的には良いのでは?許すことで何かが報われるとか思ってます?」

どうせこの世は理不尽のオンパレードなんでしゅ~!とサバランは叫んで両手を広げた。

「良い人ほど先に亡くなる!悪人ほど自由にのうのうと生きている!身勝手な奴ほど、周囲が諦めて誰も正そうとしないから、身勝手がまかり通る!こっちがどんなに許しても、あっちは何とも思わず生きている!誰かを下にみないと気が済まない奴らばっかで気が滅入る!許してやれ?神に祈れ?きっといつか自分にも幸せがやってくるから?…そーんなことを並べても、納得できないでしょう。だって誰も彼も、所詮他人事!自分の痛みが分かるのは自分だけ。でもね、私優しいのっ。そーんな痛みを抱えて、やり場に困ってる人を一線の手前まで誘導して超えさせる。一線を超えずに悶々とするより、いっそ超えた方が気持ちは楽でしょう?」

犯罪?悪いこと?果たしてそれって本当に悪いことなんでしょうか?一体誰が決めたんです?精神衛生上は良いことでしょう?どの視点で見るかによりません?とサバランがまくし立てる。カヌレが黙っていると、サバランの隣で花びら餅に羽二重餅が涙をこぼしながら、ぽつりぽつりと言った。

「……僕はもう…君の隣にいる資格は無いんだ…。いくら誘導されていたとはいえ、僕は…一線を…。噂を流した人間を殺して…殺したことがバレないようにして…それで君のそばにいようと思ってしまっていた。君といたいが為に…僕はこの手を人殺しの手に染めようとしていたんだ。君の隣にいる資格は無い。こんなことを少しでも思ってしまった自分が…怖い。」

「羽二重さん…。」

花びら餅が彼を抱きしめようとすると、彼は即座に拒否した。腕をはねのけ、静かに距離を取る。消え入りそうな声を上げた。

「優しくしないでくれ。一瞬でも、噂で人を殺そうとしたんだ。僕は…人間として、駄目なんだ。君と一緒にいたかった。噂を流した人間を許すことなんて出来ない。恨まずにはいられない。…僕は、きっと線を超えてしまう人間なんだ。」

静かに彼は頭を垂れた。その様子を見ていたカヌレは、さっきまでの真剣な顔を一変させ、にっこりと微笑んだ。それは、あまりにも純粋な優しい笑みだった。羽二重餅さんと優しく声をかけた。

「私の事務所の近くに、おすすめのカフェがあるんですよ。結構良い感じの雰囲気のカフェで、私もよく行くんですが…行ったことあります?カフェロイヤルって場所なんですが。」

「……は?」

思わぬ言葉に彼が呆けていると、ポムが隣でふっと笑った。両腕を組みながら、呆れたように笑う。

「カヌレ、あなたあのカフェを勧めるつもり?デートスポットにはかなり不向きだけど?騒がしいでしょあまりにも。」

彼女の言葉にカヌレはへへっと笑い、花びら餅にもカフェロイヤルって知ってます?と聞く。花びら餅も訳が分からず呆けた顔で首を横に振ると、カヌレはそうですかと頷いた。タタンも静かに微笑んでいた。

「確かに貴方は誘導されて、一線を超えかけた。必死の抵抗も相手の掌の上だと知って絶望した。でも、あなたの傍には変わらず花びら餅さんがいる。それだけで十分じゃないですか。誰だって、人を憎まずにいられないし、殺してやろうと思うことなんてありますよ。」

「けど…僕は……割と本気で……!」

カヌレがそこですよと笑った。

「自分を責める必要なんか無いんですよ。あなたは実行に移さず、一週間も耐えた。それだけで勲章ものです。割と本気で思ったから、本気で考えてしまったから…そんなの、実行に移さなきゃただの思想ですよ。私が先ほど、カフェを勧めたのもその理由の一つです。」

会ってみれば分かりますよとカヌレは言った。

「自分の推しが好きすぎるあまり、邪魔するやつに威嚇射撃でペンを投げつけたりとか、自分の推しを否定されたら裏へ来い調教してやるだとか、他の奴が推しと会えて幸せそうで羨ましさのあまり爆散しろとか…本気で言いあう店員たちがいるんですよ。多分彼らは本気でそう思ってます。でも、どんなに言い合っても、実行には移してないんですよ。」

面白い方々でしょう?とカヌレは笑った。羽二重餅が戸惑いつつも…いや…でも…と言いかける。それをポムが、割と本気でガチなのよと真面目な声で言った。

「あたしもサバランに一線をこえさせられるはずだった。だからしばらくは怖かったのよ、自分が本当は人殺しをしようとしていたんだって思うとね。でも、あのカフェに連れてかれたら、なんだか馬鹿らしくなっちゃったのよ。相手のこと許さなくて良いんだって思えたわ。散々罵倒して、許さない。でもその代わり実行に移してやらない。…だって悔しいでしょ?まるで…許せないからって実行に移すことまで、誘われてるのよ?ただでさえ、許さないようにハメられてるのに?…男で恋人もいるんだから、しゃっきりしなさいよ。あたしなんか、弟殺されてんだからこいつに。」

そう言ってサバランをびっと指差す。花びら餅と羽二重餅の二人が驚いた顔で、ポムとサバランを見る。サバランはんにィ…と少し悔しそうな顔をした。

「一線を超えさせた方が楽しくないのですか?この世は理不尽まみれなのですよ?こんな世界なんて嫌じゃないのですか?苦しむだけですよ?」

カヌレはきょとんとした顔をした。

「もう十分苦しんでるのに、さらに苦しませたくなんか無いよ?」

「ならば…!」

「だから、一線を超えさせないで、タタンが作ってくれる美味しいものを一緒に食べるんだ。苦しいことも沢山あるけど、だからこそ楽しいことや嬉しいこと、美味しいものが欲しくなるんだよ!そしてそれらが欲しいがために、全力になれるんだ。」

事務所においでよ!うちのタタンのガトーショコラめちゃくちゃ美味しいんだよ、てか事務所で一息つこうよ、一旦噂どーのこーの放っておいてさ?一週間もここにいたんならあーだこーだ考えたって、ちゃんとした結論なんて出るわけないし、一旦思考停止!休もうぜ!と彼女が無邪気に笑う。あ、やべガトーショコラってもう一個残ってる?と慌てた様子でタタンに聞く。彼はにっこりと微笑んで、勿論あと一つ残っておりますよと頷いた。その様子にポムがため息を吐く。

「あんた本当、どこまで行っても呑気なんだから…。でも確かに、ガトーショコラは美味しかったわね。ピーチティーも外せないわ。」

三人の会話を前に、サバランはあり得ないと顔を横に振った。あなたは…あまりに純粋すぎるとカヌレの方を見る。

「辛い目にあったことはないのですか?苦しんだことはないのですか?」

その言葉に、カヌレが平然と答えた。

「あるよ。探偵の夢をあきらめたこともあるし、毎晩悪夢を見てた。死にたいと思ったこともあるし、自分が無力でちっぽけな存在に思えたこともある。人間不信に陥ったこともあるし、男性恐怖症にもなったよ?…自分が苦しめば苦しむほど、周囲が幸せになるのなら、いくらでも自分が犠牲になってもいいと思ったこともある。それでもやっぱり辛くて、トイレ、風呂、布団で、誰にも見られないように泣いていたことあるよ。自分が積み上げて来たこれまでの努力が全て水の泡になったらとか、もし大人になって結婚した相手が碌な奴じゃなかったらどうしようとか、怖くなって眠れなかったこともある。進路も決まらなくて、自分がよく分からなくなって、それでも毎日を生きて…。激痛に悶えて気を失ったこともあるし…自分がされて嫌なことをされたし、目の前で小さな生き物の生命を侮辱された。小さな生き物を簡単にもてあそばれ死に至らしめられるのを、見せつけられたりしたこともあった。孤独や義務感にさいなまれたこともあったよ。うん、我ながら…こうして言葉にすると、なかなかな経験をしてるもんだな。」

思ったよりもサラサラと出てくる言葉に、サバラン以外の四人が絶句する。サバランはパチパチと両手を叩いた。涙を流しながら歓喜の声を上げる。

「素晴らしい!お辛かったことでしょう。それほどの地獄を味わったのなら…。」

「でもね、私は。」

カヌレは目をきらきらと輝かせていた。それはまるで、夜明けの光の様だった。

「そんな地獄を生き抜いてきたからこそ、手を差し伸べずにはいられないんだ。どんなに私が闇の中にいようが、何度も手を差し伸べて、光の元へ連れ出してくれた人たちがいたから…今の私がここにいる。どれだけ沈んでも、ちょっとした幸せや優しさを拾い集めて、私自ら光の元へ来たんだ。理由はいたって単純だ。私も探偵として、多くの人に手を差し伸べたいだけだよ。誰かを恨むより、苦しみから解放された、誰かの笑顔が見たいから。」

そう言うと、カヌレは探偵帽子のつばを手で直した。元気な声が響き渡る。

「カヌレ探偵事務所は、オーブン街表通り二丁目5番25!赤い屋根が目印!ご依頼がある際は、いつでもいらしてください。私、探偵カヌレがお待ちしております!」

そう言って、にこっと笑った。あまりに純粋無垢な、それでいてどんな暗闇も吹き飛ばす、眩しい笑顔だった。タタンやポムが静かに頷く。サバランはしばらく呆然としていたが、はっはははは!と笑い声をあげた。

「そうですか。まあ、何と言うことでしょう!彼女は、人間を憎んだり恨むより、自分と同じように苦しむ人へ手を差し伸べる方を取った!馬鹿なのか、純粋無垢なのか。性善説とは、まさに彼女のためにあるようなものでしょう。私と同じような人間かと思いましたが…残念、蓋を開ければ対極の存在だったとは。でもこれはこれで面白いじゃありませんか?そこまで言うのならば、対戦相手としては申し分ない。どう思います解説のモカさん。そうですね、非常に面白い対戦相手だと思います。これは、そうまるで、どちらが負けるか分からない、サドンデスですね。どちらの主張が正しいのかを賭けた戦いになります。勝利後はスタンディングオベーションが止まらないことでしょう。そうまさに炎のように!」

そう言った瞬間、サバランは近くの机に触れた。ピっと嫌な音が響き渡り、部屋が一瞬にして炎に飲み込まれる。

「うわ?!」

パチパチと廃墟の燃える音が響く。カヌレたちが驚く中、サバランがきゃっきゃと笑った。カヌレ探偵の方を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。その視線は宵の中のように真っ黒だった。

「ありがとうカヌレ探偵。君と話せたことは大変貴重な経験になったよ。なかなかに面白い女だぜお前!さて、サバランは今はまからむ子泣くらむそのかの母もを待つらむそ…僕に子供も妻もいないんですけどねっ☆」

そう言うと炎の中、廃墟の奥へ通じる扉を開け、その場からいなくなった。即座にカヌレが待て!と言って炎の中、サバランを追おうとする。彼が通った扉に手をかけるが、鍵が掛けられており開かない。

「くそっ!」

「カヌレ!」

悔しそうな声をあげた途端、ポムのカヌレを呼ぶ声が聞こえた。即座に彼女が振り返る。途端に、天井が炎で朽ち果て、大きな瓦礫が上から落ちて来た。砂埃と炎が舞い上がり、全員がむせる。カヌレがはっとして他の人を見る。カヌレの前には燃え上がる瓦礫。そしてその隙間からポムが見えた。

「ポム!他の人は?!」

ポムが後ろを振り返りながら言う。

「タタンと花びら餅さんと羽二重餅さんは出口付近に移動したけど、扉が開かないって言ってるわ。全く…この廃墟にガソリンでも振りまいたの?ってレベルの燃え盛り方ね。」

その時だった。

ごわしゃあっ。

再び燃えた瓦礫が上から降り注いだ。カヌレは自分の目の前の瓦礫で見えないが、少し離れたところに落ちたのは見えた。ポムが相変わらず後ろを振り向きながら言う。

「…あたしとタタン達の間に落ちたわ。タタンと花びら餅、羽二重餅は一緒だけど…あたしの目の前と後ろには燃える瓦礫。完璧に挟まれたわ。タタン達の方には窓があるからそこから出られそうみたい。あたしのところに窓はないわね。カヌレは?」

カヌレも周囲を見る。サバランが通ったドアは鍵がかかっており出られない。窓も丁度、瓦礫の山に埋もれている。カヌレがぶんぶんと顔を横にふると、ポムが察したように笑った。

「あたし達二人とも、詰んだわね。とりあえず、タタンには先にあの二人を逃がすように言っておいたわ。」

「ありがとうポム。出来れば、ポムだけでも逃げられたら良かったんだけど。」

酸素濃度が低くなり、カヌレがせき込みながら言う。ポムも少しせき込んだ。炎の勢いはどんどん強くなってきている。

「良いわよ別に。スマホも圏外だし。別に廃墟で倒れるのも悪くない…。」

ポムがどさりと倒れた。姿が見えなくなり、カヌレが慌てて呼びかけるが、反応はない。カヌレもくらっとして、体が倒れ込む。とにかく頭がぼーっとする。けど逃げられる場所も無い。意識がそのままブラックアウトする直前、瓦礫の向こうに黒い影が見えた。


真っ暗闇で、話し声が聞こえて来た。

「……しかし、火事を起こした挙句、さらに睡眠ガスまでやるとは…。あのまま眠りこけていたら、確実に死んでいたぞ。奴も侮れんな。」

聞いたことのある男性の声が響く。女性の冷静な声が飛んだ。

「私達が助けなければ、死んでた。警察、しっかりして。」

「お前達を逮捕してやろうか。」

「これだから警察は嫌い。」

すると誰かが呻き声をあげた。女性の声だ。男が慌てた様子で言う。

「大丈夫か。」

「……ここは?カヌレは?」

「あなたたちの事務所。助け出すの、大変だった。探偵も近くで寝てる。」

女性の淡々とした声が響く。女性の良かった…という安堵の声が響く。真っ暗闇の中、なんだか大きなものが自分の横にある感じがした。頭を撫でられている。カヌレはその声にやっと反応した。

「……ポム…?」

ゆっくりと目をあける。そして、目の前に事務所の天井が見えた。なんかついでに、右わきに余計なものも見えた。右わきにある…紺色の服と銀色の髪。同じように寝そべってる体っぽいやつ。

「…………。」

ちらっと視線を右に向ける。すぐに仮面をつけた銀髪の男の顔がそこにあった。

「うわあああっ?!うわわわわっわわ!」

カヌレが慌てて距離を置こうと左へ逃げ、無事どすんとソファから転げ落ちた。いでっと声をあげ、ソファの近くの床で這いつくばる。

「目が覚めたか。」

怪盗ノクターンがソファから起き上がる。座り直すと、床に這いつくばるカヌレに向かって体調はどうだ?と聞いた。彼女は呻き声をあげながら、ゆっくりと体を起こした。

「最悪だよ…寝起き早々ソファから転げ落ちて、体を床に打ち付けたんだが。それ以外は、まぁ特に問題ないけどさ…なんで隣で一緒に横になってんだよ…。おかげで一瞬で目を覚ましたけども。」

文句を垂れつつ、彼女が立ち上がると事務所内にガレット刑事と、タタンと、ポムの姿が見えた。ポムは別のソファにきちんと座っている。

「ポム!無事だったんだね、良かった。」

「カヌレも無事でよかったわ。」

ポムの隣にいる女性にカヌレが視線を向ける。氷の結晶の髪飾り。女怪盗ソルベだった。カヌレがあ…と思わず口走る。

「錦玉か…。んんっ!」

慌てて青ざめて口を閉じるが、女怪盗ソルベは別に言っていいと顔を横に振った。ポムが訳が分からない顔をしていると、女怪盗ソルベが言った。

「私の正体は、錦玉羹。あの屋敷にいた、許嫁。」

えええ!?と声をあげるポム。ガレット刑事が物凄く気まずい顔をした。俺は何も聞いてないぞ…と静かに口走る。彼女は淡々と言った。

「カヌレ探偵にバレた時、家族が来てた。だから慌てて押入れに入れた。けど…後で押入れを開けたら、どこにもいなかった。押入れを調べてたら、屋根裏に繋がっていて、そこに通信機器があった。その機器から言われた住所へ行ったら、燃えてる廃墟。そこの執事に会った。そして助手を火事から助け出した。」

「あ、ありがと…。」

ポムがそう言うと、女怪盗ソルベは、これは借りを返しただけと呟いた。

「こちらこそありがと。政略結婚を防いでくれて。羽二重餅、別に好きじゃなかった。」

ポムがえ…?ああ…と戸惑いつつも頷く。二人の話を聞いていたカヌレが、ソファにゆったりと座っている怪盗ノクターンの方へ向く。

「え、じゃあノクターンはなんで?」

彼はふっと不敵に微笑んだ。優雅に足を組みながら答える。

「俺はそもそも、サバランが何かを起こそうとしているのに気付いていた。だからサバランの動向を見るためにずっと張っていたんだが…そしたらお前が、サバランの元へ来たというわけだ。そして目の前であんなことになった。サバランに勘づかれないよう、お前達には関わらないつもりだったが…目の前で死なれても困るのでな。」

あの場にいたのかよ…とカヌレが驚いた顔で言う。ガレット刑事がごほんと咳をした。

「花びら餅と羽二重餅に関しては、事情聴取を受けているが…まあ、それぞれの家に送り返されるだろう。羽二重餅は未だに自分に自信がない様子だったが、花びら餅に支えられて少し元気を取り戻してきている。今回のお前らの言葉に、少しは救われたのだろう。花びら餅を絶対に幸せにすると言っていたぞ。」

その言葉にポムとカヌレが顔を見合わせる。タタンもにっこりと微笑んでいた。

「あの二人、なんとか大丈夫そうで良かったよ。…あれ、でも錦玉羹は大丈夫なの?」

カヌレが心配そうに女怪盗ソルベにいう。彼女は大丈夫と頷いた。

「噂の出所があの屋敷の女中だと特定した。そして、噂が嘘であることの証拠も、花びら餅の屋敷から盗んできた。これで花びら餅の潔白を証明して、あの二人を結ばせる。そして、許嫁の座から降りてあげる代わりに、羽二重餅の親から金を巻き上げる。」

「……あなた意外とたくましいわね…。」

ポムがぼそっと言う。ガレット刑事がその前に盗んだ宝石を返せと言う。即座に彼女が切り返した。

「それならノクターンが。」

「結構似合うもんだな。」

いつの間にかノクターンがカヌレの髪に、怪盗ソルベが盗んだ髪飾りを付けていた。しかもなんなら、他にもポルボロン邸にあった耳飾りや、いつ盗んだ奴なのかわからん宝石のネックレスまでかかっている。カヌレが自分についてる綺麗な宝石にうわああーー!と悲鳴を上げる。

「ちょ!怖いっ。取って取って!これ何百万もするやつだろ?!何個付けてんだよ!落としたらやばいっ。はやくはやく!」

カヌレが青ざめるが、怪盗ノクターンはどこふく風で全くとろうとしなかった。不敵に微笑んでいる。ガレット刑事が盗んだ宝石で遊ぶなと怒った。その様子をよそに、タタンが紅茶の用意をする。

「さて、無事で何より。私は、そろそろ帰る。」

女怪盗ソルベがすっと席を立った。カヌレ探偵の方へ向き合いながら言う。

「次は、互いに探偵と怪盗。手加減しない。」

「受けて立つ。」

カヌレが言うと、女怪盗ソルベはふっと微笑み、事務所の窓を開けて夜の中へと姿を消した。全員がその姿を見送る。

「…おい、なに優雅に紅茶を飲んでいる。ここはお前の家じゃないんだぞっ。お前も、とっとと帰れ!俺が逮捕する前にっ。」

ガレット刑事が、いつの間にかソファでゆったりと、タタンに出された紅茶を飲んでいる怪盗ノクターンに言う。明らかに友達の家に来て、まるで自分の家にいるかのようなくつろぎ具合と同じ雰囲気である。彼はぐびぐびと紅茶を飲みきると、タタンに向かってありがとう美味しかったと言った。すっと席を離れ、窓の方へと向かった。

「サバランには今後も気を付けることだ。奴は今回の件を機に、以前よりもお前達に関わってくることだろう。」

「言われなくても分かってるわよ。」

ポムがびしっと切り返す。そのまま窓枠に手をかけ…ようとしたところで、怪盗ノクターンは思い出したように言った。

「ああ、忘れていたな。」

彼はカヌレの方へ近づくと、すっと首元へ手を伸ばした。そのまま宝石に手を……。

のように思えたが、その手はいきなりすっと上にあがると、カヌレの頬に触れた。

「……え?」

予想外のことに彼女がきょとんとすると共に、怪盗ノクターンは彼女にそっと顔を寄せた。そのままカヌレの頬に口付けを落とした。突然の事態に全員が硬直する。彼はすぐに彼女から離れると不敵に微笑み、呆然とするカヌレにくるりと背を向け、窓の方へ行った。

「…ま、待て!」

ガレット刑事が慌てて呼びかけるが、そのまま怪盗ノクターンは夜の中へ消えてしまった。タタンも驚きのあまりティーポットを持ったまま固まっている。ポムが少し顔を赤らめながら、宝石まみれのままのカヌレの方を見た。

「か、カヌレ……?」

全員が彼女へ視線を送る。彼女はしばらく呆然としていたが、全員に見られてすぐに我に返った。すぐに怒りの表情になる。全員が察すると共に、事務所内にカヌレのブチぎれた声が響き渡った。

「ハア?!キスごときで私が落ちると思うなよ?!てめえ!!素顔さらせこの野郎っ!正体隠してんじゃねーぞクソ怪盗があああああああああああああああっ!!!」


その頃、カヌレ探偵事務所のある街に、一台のタクシーが止まった。夜の中、ドアを開けて一人の男性が降り立つ。周囲を見渡しながらぽつりと呟いた。

「ここが…オーブン街ですか。」

彼は、探偵服を着ていた。


こんばんわ。読んでいただきありがとうございます。

作者のXはこちら→https://x.com/Ameme_H_Novel

ちなみに本作品はミステリーですが、どうやって犯行を行ったのか、かなり謎な部分があります。

この点はガチのミステリーを書かず粗削りで第一話を書いたらそれでも二万字になってしまったため、これでは完結まで時間かかるとなり、一万字という制約をつけて第二話から作っているという次第ですが…逆を言えば、ミステリーの犯行の仕方はいろんな方法がございます。一重に誘拐すると言っても、人それぞれやり方がありましょう。そこで作者としては、あえてどうやって犯行を行ったかなど、多少の謎を残しておくことで、本作品を読んでいただいた皆様に…今話を例に取れば、自分だったらこうやって羽二重餅を誘拐するとか、カヌレと話している合間に仕込んでいた機械で油を巻いておくとか、そういうのを考えたり、いろんな人と議論していただくと嬉しいなと思っております。

というわけで字数制限のせいでミステリーの粗がある作者からでした。

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