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第四話 霧と兄弟と因縁と

【カヌレ探偵 宝石を死守!首に輝く勝利の王妃の涙!】

【怪盗ノクターン、宝石を探偵へ!女には勝てなかったか!】

首からさげられた王妃の涙が重すぎて、辛そうな顔をしているカヌレが大体的に載っていた。開店直後のカフェロイヤルでは、その朝刊を胸に抱え込んだまま、一人の男が天に召されそうになっていた。

「ああ!なんて幸せな日っ。こんなに大々的に新聞にカヌレさんのことが…しかも肝心の王妃の涙が重すぎて、辛そうな顔をしているカヌレさん…これを可愛いと言わない男がいるだろうか!本当に、可愛すぎる、可憐だ…この新聞に載せず、世界にたった一枚の写真として僕だけが持っていたいほどに!」

独占欲全開。強火ファンのホワイトショコラの前で、クレールがツインテールを揺らしながら発狂する。

「怪盗ノクターン様ぁ、なんて不敵でかっこいいのォっ!女探偵のカヌレさんに王妃の涙を首からかけてあげるとか…イケメンすぎ♡もう…そんなんされたら全世界の女の子は、怪盗ノクターン様に心奪われちゃうわ。まさに紳士!かっこいいの上限があったら、軽く宇宙まで超えているに違いない。ノクターン様、私の心も…二人だけの夜に…奪って欲しいぃ~♡」

惚気まくってる二人に、店主バウムが金髪を揺らしながら言う。

「カヌレちゃん素敵ね。王妃の涙を首から下げている姿、とっても似合ってるわ。あたしも探偵フィナンシェ様に、『この王妃の涙は…君に。』なんて言われながら首にかけられたら、もう幸せ過ぎて寿命が来ても何の悔いも無くなっちゃって、受け入れちゃうわよ~♡首にかけられる瞬間に、あの整った顔に近づかれて…はあ…めまいが…。」

バウムがおでこに手を当てる。それが耳に入ったホワイトショコラが負けじと言い始める。

「ああ、カヌレさん…王妃の涙は確かによくお似合いですが…怪盗ノクターンなんかに王妃の涙をかけられたのは、僕としては惜しい点です…。僕が、カヌレさんの首にあの豪華なネックレスをかけたかった…!クソきざな怪盗め…怪盗だからって、確かにカヌレさんの探偵業の持続に必要な存在とはいえ…カヌレさんに手を出すなんて…男としては許せねえ!」

悔しそうにダンっとコーヒーの入った入れ物を置く。そしていつも通り騒がしい三人に加え、今回のカフェロイヤルでは、カヌレもまた発狂していた。んきぃーーーーっ!と声を上げながら、悔しそうに顔をゆがめる。

「クッソ。新聞に載ったのは嬉しいけど、怪盗にお膳立てされて載ったのがクソ悔しいっ。私に変装してた挙句、逃げた挙句っ!首にネックレスをかけていくなんて…探偵としてのプライドがうずくっ。あんたにお膳立てされなくても、私は推理でじゅーぶんっ、新聞に載れるんだよ。これから大きな事件を解いてよぉ?!実力証明してやっかんなぁ!?今に見てろよキザ野郎。」

ホワイトショコラが淹れてくれたホットミルクをごきゅごきゅと飲み、だあーーーっと息を吐き、派手な音を立てて机に置く。今日は店で四人も、それぞれがそれぞれの主張をぶちかましていて、ポムは静かにため息を吐いた。カヌレの隣に座りながら、アップルティーを静かに飲む。とりあえず隣のカヌレをどうにか落ち着かせるためにどうしようか考えていると、そういえば…助手になった日も新聞の記事のデカさで怪盗ノクターンに負けて、カヌレが発狂していたことがあったのを思い出した。その時、執事のタタンがこっそりポムに言っていたことが脳裏に蘇る。

「カヌレ様は、基本的にあまりお怒りになりませんが…ああいう時は、緑茶を勧めるのがおすすめです。多少はお怒りが収まり、少し落ち着きますよ。」

その言葉通り、ホワイトショコラを呼び止め、注文をする。

「カヌレに緑茶を淹れてあげて。」

「分かりました、緑茶ですね。カヌレさん、あんなキザな怪盗なんかの力を借りなくたって、カヌレさんには実力がありますよ!新聞なんか余裕ですよっ。僕が保証します。あんな男より、王妃の涙より、僕が最高に美味しい飲み物を提供しますっ。」

そう言って、彼がカヌレさんどうぞと言って差し出したのは、抹茶ラテだった。カヌレがありがとうと言って飲み、相変わらず怒りが収まらないのかふんぎい…と頭を抱え込んでいる。

(最早全員酒が入ってるのかと疑われてもおかしくないんだけど…。作る側も発狂してる場合はどうしたら良いのよ…タタン…。)

ポムがテーブルに肘をつき、はあ…と溜め息を吐く。事務所でタタンに打ち明けたら、そうですか、それは大変でしたねとか言いながら、ほっほっほと笑う光景が浮かんだ。


「あ、そういや、この前の男の人ですが、調べましたよカヌレさん。」

突然はっと我に返ったように、クレールがカヌレに声をかけた。彼女がきょとんとしていると、クレールがこの前うちの店にきた男の刑事ですよと言った。カウンターに回り込みながら、近くの棚をガザゴソする。

「やっぱり昔の記事に載ってました。彼は見る限り若かったので、私達とそんなに年が変わらないだろうと思ったんです。当時は父が、私に書いた記事を良く見せてくれていたんですが…あの事件だけは、父も胸を痛めていたんです。私も彼とそんなに年が離れていなかったので…年齢の近い娘を持つ父としては、心に響いたのでしょう。」

そう言って、透明なクリアファイルに入った記事を取り出すと、カウンターに広げた。カヌレとポムがのぞき込む。

「霧の中の連続殺人事件…?」

二人が驚いて、同時にタイトルを読み上げる。ホワイトショコラも一緒に記事をのぞき込んでいると、驚いたように声をあげた。

「…十七年前の事件…随分前の事件だな…。僕が八歳のころですね。」

「私も八歳。」

「あたしもよ。」

三人とも同い年なのが発覚した後、クレールも私も八歳でしたと言った。記事の本文を指差しながら、彼女が真剣な声で言う。

「この殺人事件は、結構特徴的な事件なんです。被害者は老若男女問わずですが…必ず夫婦を狙ったものなんです。しかも、死亡推定時刻から考えるに、殺されたのは真夜中で、翌朝に通行人に発見されるというものでした。死体が発見される時は、どの時も前日の夜…つまり殺されたと思われる時間ですが、必ず深い霧が出てたんですよ。」

つまり、必ず霧の深い夜に殺人が起き、翌朝に死体が発見されるということ?とポムが聞くと、クレールがその通りですと頷いた。

「そして、この連続殺人事件は結局、未解決のまま終わったのです。」

「未解決?」

ホワイトショコラが不思議そうに聞くと、クレールが頷く。

「目撃者が現れなかったんです。深い霧の中ですから、目撃者がいないのも頷けます。凶器は体の損傷から刃物と判明しましたが、殺害された夜に悲鳴とかは誰も聞こえなかったそうなんです。それで結局犯人は捕まらないまま、未解決で終わったんです。」

未解決事件…とカヌレが静かに考え込む。それでこの事件があのガレット刑事となんの関係が?と彼女が聞くと、クレールが記事の本文を指差した。

「今日持ってきたこの記事は、連続殺人事件の最後の事件なんです。殺されたのは、三十五歳のクロッカンと同じ三十五歳のラングドシャの夫婦。そして生き残った、その夫婦の子供が…八歳のガレットと七歳のフロランタンなんです。」

思わぬことに、一同が衝撃を受ける。傍で作業をしながら聞き耳を立てていた店主バウムも、思わずうそでしょ?!と突っ込む。あの若い刑事が…連続殺人事件の被害者?!と言いながら、マドラーを手に持ったまま、どたどたと四人の元へ来る。記事を凝視して、本当だわ…と静かに呟く。ポムが静かに震える声で言う。

「あいつは…親を失ってたの……?」

その時、カランコロンと店のドアベルが鳴った。慌ててホワイトショコラが対応に向かう。

「いらっしゃいませー!何名様でしょうか?」

入って来た男は、一名でと言った。紺色のシャツを着て、黒いズボンを履いている。髪はこげ茶色のマッシュヘアだった。彼は、カウンターに座っているカヌレを見ると、思わず声を上げた。

「カヌレさん!」

思わぬ声に一同が全員入って来た男の方を見る。ホワイトショコラが一瞬鋭い視線を向けるが、男は気づいてない様子でカヌレの前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。

「先日の怪盗ノクターンの一件、お疲れ様です。いつもうちの兄がお世話になってます。」

「えと…?」

カヌレが困惑していると、男は慌ててかしこまった。

「すみません、申し遅れました。カヌレさんと直接会話するのは、初めてでした…自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。僕は、鑑識のフロランタンです。いつも兄のガレット刑事がお世話になってます。」

「え、えええええええーーーーーーーーーーっ?!」

全員の驚きの声が、カフェロイヤルの店内に響き渡った。ポムとカヌレはカウンターにへばりつき、クレールはあんぐりと口を開け、ホワイトショコラは驚きに眼鏡が落ちかけ、店主バウムは動揺のあまり、手に持ったマドラーを誤ってケーキの中にぶっ刺した。


フロランタンは出されたコーヒーを一口飲んだ。カヌレの隣に座り、静かに言う。

「皆さんのおっしゃる通りです。十七年前の連続殺人事件で、両親は亡くなりました。」

そんな……とポムが視線を落とす。少しだけその場の空気が重くなった。フロランタンはコーヒーをもう一口飲んだ。

「見てのとおりです。僕達はあの未解決事件の犯人を未だに追っているんです。兄は刑事になって、僕は鑑識として…。」

「…フロランタンさんはどうして鑑識に?」

カヌレが聞くと、彼は困ったように小さく笑った。

「元々は僕も刑事を目指していたんですがね…。いろんな事件を扱っていくうちに、人を信用できなくなったんです。事情聴取であっても平気で嘘をつき、それを貫き通す人がいて。そのせいで事件の捜査が難航して、誰かが苦しんでも自分たちが無事ならそれで良いみたいな…。そういうのを何度もみるうちに…僕には刑事は無理だと思いました。人間を見限ってしまったのかもしれません。そうして、信じられるのがデータとか嘘をつかない数値になったんですよ。だから僕は鑑識になったんです。」

なんて辛い過去なの…と店主バウムが瞳を潤ませる。

「世の中の半分以上はゴミカスだからね…。あたしも人間が信用できなくなったことあるから、すごいその気持ち分かるわ。」

ずずっと鼻をすすり、流石にきつくなってきたのか近くのティッシュを取る。その様子を見ていたフロランタンに、ホワイトショコラがこそっと耳打ちする。

「うちの店主は、生物学上オスなんですよ。だから多分いろいろあったんだと思います。」

その瞬間フロランタンもあー…と何かを察した様子で頷いた。その横で、カヌレもうんうんと頷きながら、分かるよその気持ちと言った。

「人間はある意味一番怖いからね。私も探偵とはいえ、人間不信に陥ったことあるよ〜。なんなら男性恐怖症も併発してたことあるからね。」

思わぬ言葉に、え?!とカヌレ以外がびっくりした声をあげる。彼女は一瞬で自分に視線が向いたのに気付き、慌ててぶんぶんと手を横に振った。

「ああ、ごめん!今はほぼ治ってるから大丈夫だよ。ところで、フロランタンさんの話に関してちょっと聞きたいんだけど、連続殺人事件を追ってるという話だったよね?鑑識になってから、何か当時のこととかでわかったの?」

カヌレの言葉に、彼は気持ちを切り替えるように頷いた。

「僕も鑑識として活動しながら、あの未解決事件を調べました。あの頃の探偵は、全くあてにならなくて…それで兄は探偵が嫌いになり、自分達で調べようと言ったんです。当時の資料も確認したんですが…あまり分かることはありませんでした。それでも、当時の現場に向かったりして、仕事の合間に調べていたんですが…。最初は兄も一緒に調べてくれたんです…けど…だんだんと時間が合わなくなっていって…。今では僕一人で調べています。」

本当は一緒に調べられたら調べたいのですが…と少し言いにくそうな彼に、クレールがなんかあるの?と聞く。フロランタンはしばらく何か考え込んでいたが、ゆっくりと口を開けた。

「先日の怪盗ノクターンの一件以降のことなんです。兄が急に、あの事件のことは調べるなと僕に言ってきたんです。あまりに突然のことで、びっくりしてしまって。僕は理由を聞いたのですが、何も答えてくれなかったんです。そこで兄が、ここのカフェで以前カヌレさんたちを見たと言ってたのを思い出して、もしかしたら会えるかもしれないと思って来てみたんです。」

まさか本当に会えるとは思ってもみませんでしたが…と彼は軽く笑った。話を聞いていたポムが、ふと思い出したように言った。

「もしかたらそれ…調べるなって言ったのは、怪盗ノクターンに言われたことが引っかかってるからじゃない?」

フロランタンえっ?と声をあげる。カヌレもどういうこと?と首を傾げた。ポムがああそっか、あの時は怪盗ノクターンがカヌレに変装してたんだもんねと納得する。全員の視線を浴びながら、ポムはアップルティーの入ったカップを両手で包みながら言った。

「怪盗ノクターンがカヌレに変装してた時に、警官が具合悪くなって倒れたのよ。んで救急車に運んだあと、怪盗ノクターンはガレット刑事に言ってたのよ。えーと…あの時のことをうまく要約すると…。」

少し視線を逸らしながら、当時のことを思い出しうまく言葉にまとめる。

「警官が倒れたのは、食事休憩で食べてた市販弁当のせい。厳密に言えば、市販弁当の中のレバニラ炒めにスイセンとかスノーフレークが混入していて、食中毒。元凶は、あたしをハメようとしたSR、怪盗が言うにはサバランとか言うやつの仕業。サバランは自らの手を汚さず人の手を使うから、あの時美術館にいた警官の一人に、割引であった市販弁当へスイセンとかを混入させた。混入時はいつかというと…スーパーで混入させようものなら人の目につく。そう考えると一番は監視カメラのない美術館の休憩室で混入させた。つまり…警官の中にサバランの息のかかった者がいるってガレット刑事に言ってたの。」

怪盗ノクターンが…?!とポム以外の全員が驚く。フロランタンはしばらく考え込んでいたが、でも怪盗の話でしょう?と冷静に言った。

「…怪盗の言うことなんて信じられませんよ。それに、警官の中にそんな人間がいるなんて、猶更信じがたいことです。」

そう言い切るとぐいっとコーヒーを飲み切った。しかし、怪盗ノクターン関連。ここが一歩も譲らぬ三種のファンで成り立っている店、というのを忘れてはいけない。

「信じられない…?」

明らかに重い声があがる。ポムとカヌレがあ…と察する中、フロランタンだけが全く気付かず、さらに無意識に煽る。

「ええ、信じられないです。あんな盗人の言葉なんて一切信じられませんよ。」

その瞬間、クレールから明らかなどす黒いオーラが漏れ出始めた。フロランタンの胸倉を即座に掴む。その時になって、彼はようやく目の前の女性をとてつもなく怒らせたことに気が付いた。あまりの覇気に戸惑う。

「裏へ来い。調教してやる。叩き直してやんよ、鑑識なんて数値や証拠に囚われないようにヨォ…。」

「え、ちょっ?!な、なにっ…力強っ?!」

フロランタンが混乱しつつも、胸倉をつかんでる手を引きはがそうとするが、全く離れない。それどころかより強く掴まれている気がする。完全に慌てふためく彼に、店主のバウムが苦笑いしながら言った。

「クレールは…レスリングの東の元代表だからね…。あたしでも敵わないわ…♡」

その言葉を聞いて彼は青ざめた。す、すみませんでした…ちょ…誰か助けっ…と慌ててもがくが、まったく逃れられない。その時だった。

プルルルルル。

突如電話が鳴った。フロランタンのポケットから鳴り響いている。クレールがなんとなく察してそっと胸倉を話す。彼はポケットからスマホを取り出すと、即座に電話に出た。

「は、はいもしもし。」

しばらくええとかはいとか言っていたが、急に驚きの声を上げた。

「行方不明…?!」

雰囲気が変わり真剣な声になる。彼は電話先の相手に少し問いただすように聞いた。

「それは本当ですか?何時ごろ、最後に見た場所は?」

電話先の相手がモゾモゾとなんか言う。フロランタンはすっと目を細めると、わかりました、失礼致しますと言って電話を切った。様子を見ていた一同にフロランタンが言う。

「すみません、急用が出来たので僕はこれで失礼しますね。」

そう言うと、すぐにお金をカウンターに置き、大慌てで店から出て行ってしまった。ドアベルの音が響き渡る。ホワイトショコラが戸惑いつつも、お金を回収する。店内が急に静かになった。

「行ってしまいましたね…。」

全員が驚いたまま静かに頷く。

「警察も大変ねぇ…。行方不明とか言ってたけど、どうしたのかしら?」

「…探偵がここにいるのに…。ちょっとくらい相談してほしかったわね。」

ポムの指摘に店主バウムが確かに!ポムちゃんもなかなか言うわね♡と笑った。全員がしばらく戸惑いつつも、クレールが不服そうに叫ぶ。

「怪盗ノクターン様を侮辱して!本当に許さないんだからっ。今度来たら、ただじゃおかないわ。」

じたばたとしつつ、怪盗ノクターン様~♡と惚気つつ…いつものカフェロイヤルが自然と戻っていく。ホワイトショコラがサービスですカヌレさんとポムさん、うちの新作のショコラオペラですと言って、直方体のケーキを差し出す。何層もの断面と、ふんだんに使われたチョコ。一番上の層には黒色のとろっとしたチョコと、飾りつけの金箔がついている。二人は目を輝かせて、美味しそうに頬張った。店主バウムは新しいクッキー生地を作りながら、ふと店の外の空を見た。

「なんだかどんよりとした空ねぇ。雨とか振らなきゃいいけど。傘持ってきてないのよねぇ。」

その言葉にすぐにクレールがスマホを取り出し、天気予報を調べる。

「雨は振らないですけど、今日の夜から明日の朝に向けて、霧が出るみたいですね。」

霧ね…とカヌレが考え込むように言う。その様子に、ホワイトショコラが優しく声をかける。

「さきほど連続殺人事件の話をしていたばかりですからね。なんか霧が出ると言われると、ちょっと身構えますよね。」

カヌレが図星であはは…バレたか…と頭に手を当てる。

「まあ…流石にそれにしてはタイミングが良すぎるし…関係ないと思うんだけどね。連続殺人事件だって、十七年前のことだし今更…とは思うけども…。」

「まあ、そう考えるのも無理ないわ。十七年前の被害者がさっきまでいたから、仕方ないわよ。」

ポムが平然と言い、試作品のショコラオペラを頬張る。そういえば…とカヌレが言った。

「当時の連続殺人事件は未解決で終わったとはいえ、容疑者は浮かび上がらなかったの?」

その言葉に、クレールが反応した。洗い終わったコップを拭きながら対応する。

「いえ、当時も容疑者は何人か浮かび上がってたんです。中でも有力候補は三人ですかね。クリーム街の画家ブリュレ、シュガー市の元市長の落雁、飴町の占い師グミ。当時の三人は容疑者として捜査されましたが…結局は、全員アリバイがあって、逮捕には至らなかったんです。」

三人もいたのに逮捕されなかった…と、カヌレは少し考え込むような顔をした。


その頃、薄暗い部屋の中、一人の男が優雅に新聞を呼んでいた。

「カヌレ名探偵…いいねぇ、可愛いねぇ。若さって羨ましいものだ。私のようなおいぼれが新聞に載るのもいいけど…ああーーー!新聞に載りたいっ。ああでも知る人ぞ知る私であるのが、一番楽しいのかもしれませんねえ!まさに今の状況ですがっフフフ♪」

彼はソファの上で嬉しそうに体をくねらせる。が、突然、机の上にあるチェスの駒を手に取ると、大きな音を立てて盤面に叩きつけた。チェスボードがあまりの勢いに、大きく跳ね上がる。コロコロと声のトーンを変えながら、男は言い始めた。

「気に食わないですね…。私、気に食わないですっ!んもゥっ、お仕置きしちゃうぞっ☆怪盗ノクターン君…君は私が思っていたより、なかなか厄介な男みたいだねぇ。いや男なのかな?男のフリした女なのかな?そしたら、それはそれで面白いかも?いいねえ、やっぱり君、最高ダヨォ!謎のままでいてくれるのなら、こちらとしても扱いやすいなあ。ハハハ!僕ってやっぱり天才。怪盗ノクターン、君はそのままでいてくれ。私をずっと楽しませて欲しいものだよ。」

急に優しい手つきになり、他の駒も置きながら、盤面を完成させていく。しかし配置はバラバラで、白い駒が黒い盤面の上にあったりして、まるで子供が色も配置も考えずに適当に並べたようになった。彼は満足気に頷いた。

「これで完璧だ。やはりこれくらい混沌が一番だな。そっだ~そろそろ、おやつタイムだわ!時間?時間なんて関係ねえ!今日も私の手作りデザートをお見せしましょう。」

ウキウキした足取りで、近くの冷蔵庫に歩み寄る。そこから取り出したのは、シュトーレンだった。彼はそれを机に置き、常温に戻してからですね~と言いながら鼻歌を歌い出した。シュトーレンの温度が上がるまでの間、コーヒーを淹れる準備をする。コーヒーを豆から引き始めた時、コーヒー豆の袋の中に小さなスプーンが入ってるのに気付いた。

「おや、そういえば…このスプーンのこと忘れてました。えへっ☆物忘れがひどくて、ごめんね~?私としたことが…。ま、そんなこともあるでしょう。随分前の物ですが、別に問題ありません。私が気付かずとも、こうして袋の中にいたわけで…しぶとく生きていたわけですから。なんてタフなの?!か・ん・げ・き・だわ!やはり、スプーン選手、過酷な状況に耐えうる力をお持ちですね。解説のジッパーさん、どう思います?そうですねえ、こんだけ長い間彼は一人で生きてきました。そのタフさは、今この瞬間のためにあったのだと思います。まさに、待ち続けた努力が報われた瞬間でしょう。ありがとうございます。なんと感動的なんでしょう。これがスプーン選手の底力ーー!」

いつの間にか豆が引き終わり、サバランがコーヒーを淹れる。コップの中に真っ黒い液体を淹れると、近くにあったマシュマロを数個入れた。満足げに頷くと、机の上に置き、ソファにゆったりともたれかかった。

「面白いですね。この世は何とも奇妙だ。…まさか、私がこの部屋で黙って静かにお菓子作りと、奇行をするだけだとお思いで?」

そう言うと、彼はハハハなんとつまらぬ思考と笑い飛ばした。

「答えは言わないでおきましょ?謎のままの方が面白いじゃないですか。だよね!私としても動きやすいのでね。さて、この前は机をひっくり返すなんてお見苦しいところを見せました。こう見えても私、実はちゃんと礼儀をわきまえようと思えば、わきまえられる紳士なんすよ。俺、実はちゃんとしてるんすよ。良いっすか?人と同じ名前だから、このスイーツが嫌いなんて我がままする人なんて、なんと傲慢!スイーツと人を混同するのはNGですよ。人に罪はあっても、スイーツに罪はない。それなのに、連想するからとか、悪い人と同じ名前のスイーツだからと言って避けて通るのは、見た目で毛嫌いしている人間と同じレベルなんだよね。スイーツのことを何も知らないのに、たった一つの情報であれこれと言うなんて、私からすればチェスの盤面にも置けないかもっ♡つまるところ、ごちゃごちゃ言わず、黙って美味しく食えということです。」

そう言うと彼はオペラにフォークを突き立て、一口ぱくりと食べた。

「あ~とても美味しい♡」


カフェロイヤルのベルが再び鳴り響く。

「いらっしゃいませ~。」

ホワイトショコラが何名様ですか~と聞こうとして、顔をあげる。そして入口で血相を変えて立っているガレット刑事が視界に入った。服装は仕事中だったのか、トレンチコートを羽織ったスーツ姿だった。

「えと…?」

彼が戸惑っていると、丁度試作品のオペラを食べ終えたカヌレとポムがガレット刑事に気が付いた。

「ガレット刑事?!」

二人がびっくりすると、店主のバウムとクレールも気が付いた。少し離れた場所でそれぞれの仕事をこなしながら、様子を見ている。ガレット刑事は呼吸を整えながら、静かに言った。

「フロランタンを見なかったか?」

「え?さっきまで店にいましたけど…。」

ホワイトショコラが、ついさっきまで店にいましたよ?と首を傾げる。時計を見ながら、三十分前くらいですかねと言う。

「どこに行くとか言ってなかったか?」

「いえ、急用が出来たとだけ言って、どこかへ…。」

ホワイトショコラが答えると、ガレット刑事はクソッと悔しそうに下を向いた。只ならぬ事態に、ポムはどうしたの?と聞く。彼はためらいつつも小さくつぶやいた。

「弟と連絡が取れないんだ。仕事先にも見つからない。家にもいなくてな。同僚や上司、部下にも聞いてみたが、誰も弟の行方を知らないんだ。こんなこと、今まで一度も無かった。」

道中でトイレに籠ってるとかじゃないの?と店主バウムが口を挟む。ガレット刑事はあいつはトイレ内でよくゲームしてるから、絶対に気付くはずだと言う。トイレでスマホいじるなよ、トイレぽちゃするぞとクレールが呟く。ガレット刑事はそれを聞き流しながら、自分のスマホをいじり始めた。

「スマホを探知して見たんだ。ちょっと結果を見てくれ。」

そう言って、画面を一同に見せる。そこには探知できませんと表示されていた。思わぬことに、全員が首を傾げる。

「電池がないとか?」

「スマホ壊れたとか?」

各々が思い当たることを呟く。ガレット刑事はどれもあり得ると言いながら、スマホを再び操作すると、もう一枚画像を表示した。再び全員に見せる。それはメッセージのやり取りだった。ガレット刑事が何度もどこにいるなどの言葉を送信した履歴や、電話をした履歴が残ってる中、五分前に一つだけフロランタンからの返信が返ってきていた。

「十七年前は終わって無かった。」

全員が少しだけ青ざめる。その時丁度、ガレット刑事のお天気アプリの通知がリマインダー機能で、上からビュッと小さく表示された。

「今夜から明日朝まで、霧の予報です。」


読んでいただきありがとうございます!

今回はちょっとシリアス…今後もさらに面白くなっていきます。

まだまだ新キャラ増えていきますから、お楽しみに!

明日の夜19時の投稿もお楽しみに!

ちなみに作者は、どれもスイーツ名ばかりなので、執筆しててお腹が空きます

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