第十七話 夜明けの光は自らに(後編)
カヌレが振り返ると、そこには部活動の先輩がいた。
「ちょっとあんた!先生に部室に物置いてるの言っちゃったんだって?!あと、これ!この楽譜の部分!どうしてこんなのが、できないの?何がわからないの!」
「す、すみません…本当に…!」
言っちゃダメなのを忘れて言ってしまったのを思い出し、必死に謝る。勉強に必死になりすぎて…頭からすっぽ抜けていた。いいや本当はダメとか伝えられていただろうか?そんな記憶さえ定かじゃない。だけど…。気がつくと数人の先輩やら後輩やらに囲まれていた。中には母と姉もいた。家族だけは自分が2度と他人の地雷を踏まない様に、怒ってくれているのは分かった。されどこの周囲の、この怒り様。彼女は静かに謝り続けた。
「これやっておいてね。」
急に横から声が飛んで彼女はすぐに返事をした。気がつくと目の前には同級生の、同じクラスの女子達がいる。高校の文化祭の装飾を作っていた。
「分かった。ここってもう少し大きくしたほうがいい?」
カヌレが聞くと、主催の子はガン無視した。彼女は首を横に傾げた。
「すごい窓が綺麗になってる!」
クラスの男子らや女子らが騒ぐ。彼女は手にしていた装飾が新聞紙と雑巾に変わっていた。ちょっとだけ照れくさそうに笑う。遠くで男三人と女1人がいるのが見えた。そのうちの男1人が必死に窓を拭いている。
「こーすると綺麗になるよ!」
そう言ってもムキにされて、彼女の言葉を無視するどころか敵視して窓を雑に拭く。困った彼女が4人のうちの女に声をかける。
「コッチ人数不足してるし、手伝ってくれる?」
そう言っても全く反応せずガン無視。そして男三人に話しかけてキャイキャイしていた。カヌレは静かに新聞と雑巾を持ったまま俯いた。ふと腕を見ると蚊に刺された様な痕がある。
「ああ、しまった。また出ちゃったよ…疲れてくると出るんだよな…やりすぎたかな。」
気がつくと足にも二箇所出ていた。彼女はそれを悲しそうに見ると微笑んだ。
「親御さんの負担を増やしたくないでしょう?」
隣から囁かれた声に思わずぴくりと体を震わせる。カヌレが横を見ると、先生がいた。
「E判定で受かる保証はないわ。予備校に行くとお金かかっちゃうでしょ?親御さんに負担をかけちゃうの嫌でしょ?だったら行けるところに行きなさい。その方が家族のためよ。ここまで頑張ったんでしょ?後一年なんて嫌でしょ?」
そう言って、彼女にめちゃくちゃ遠い大学を指す。そこはA判定だが…。大学の偏差値は低い。彼女は、そうですね…親に相談してみます…とポロポロ涙をこぼした。落ち込む彼女に、すぐに父と母の声が飛んできた。
「気にするな!本当に行きたい大学を目指せ!」
「一回くらいの浪人ならどうにかなる!なによ、私たち家族に…上等よ!やってやんなさい!」
ふと顔を上げると両親が目の前から手を差し伸べてくれていた。彼女は泣きながら微笑むと、その手を掴んで立ち上がった。
「…今からやって、間に合うんですかね?」
気がつくと廊下を一緒に、少し離れて歩いている副担任が怪訝そうに言った。彼女はもうなにも怖くなかった。グッと堪えて、静かに言う。
「分からないです。」
否定も肯定もしない。どうせ相手から反論されるか、馬鹿にされるだけだ。それなら事実しか述べない。だって誰にも分からないんだから。彼女が歯を食いしばっていると、親と姉に肩を叩かれた。ハッとすると、家族が目の前で微笑んでいた。
「よくやったなカヌレ!」
「おめでとう!」
家族に抱きつかれて彼女は嬉しそうに微笑んだ。瞳を潤ませ、ありがとう!と叫び、抱きしめ返す。そうして家族と祝いあった後、自室の机に戻ると、いつのまにか化粧道具が机の上にあった。
「うーん…なーんか顔にニキビが出るんだよな…。化粧ってこんなもんなのか?…あんまりするのやめるか…落とすの面倒だし…別にすっぴんでもええやろ。化粧はお金かかるし。」
そう言ってゴミ箱に入れた。そうして机に向き合った時だった。近くの廊下から人の話し声が聞こえた。
「すっぴんの人見たんだけどー?!マジありえない。この時代に化粧しないとか嘘でしょ?」
「えーあり得ない。信じられない。」
女子生徒が2人で騒いでいる。彼女は静かに眉を顰めると、すぐに机に向き直った。
(別に化粧なんて忙しいからしてないだけだし…。やろうと思えば別にできるし…。あり得ないとかいうやつのがあり得ない…。人それぞれだもん!)
そう思って机の上にいつのまにか出現していたノートを見る。近くにあるシャーペンを手にいざ書こうとした時だった。
「そんなに頑張っても、意味なくない?」
急に飛んできた声に驚いて顔を上げる。気がつくと彼女は大学にいた。目の前にはよく一緒にいた同級生。彼女は再び下を向いて、自分のノートに視線を移した。静かに微笑む。
「…うん、でも…良いんだ。頑張っていれば、そのうち結果は来るよ。」
静かにペンを取り、勉強する。いつのまにか書いてる字が変化すると、実験の手順になっていた。彼女がノートを持って実験器具の方へ向かうと…。
「…あれ?なんで…昨日ちゃんと閉じたはずなのに…。」
器具を覗き込み、首を傾げる。まぁいいかと言いながら実験に取り組む。手にしたのは劇薬の瓶。彼女は静かにそれを見つめた。
(少しでも触れば…私は終わりだ。ここまで積み上げてきた学歴も…家族を支えるというのも、全て消える。体に支障が出て、支えるどころか…。絶対に、触れてはいけない。)
そう考えた途端、気がつくと電気の消えた部屋の中にいた。布団に入っているが、なぜか涙が止まらない。隣に寝ている親にバレない様に、彼女は静かに泣いた。
(眠れない…。ここにきて全てが台無しになったらどうしよう…。誰とも付き合ったことはないけど、未来の相手が飛んでもないやつだったらどうしよう…。子供だけは絶対に守らなきゃ…。でも、私が苦しめば苦しむほど…他の人が幸せになるのなら…。でも、辛い…。眠れない…。真っ当な人生を送ってない。昔はヤンチャばかりしてた。人に対してひどいことを言ったこともある。傷つけたこともある。報いを受けても仕方ない。謝っても償いきれない。大人になって誰かに非難されても自分は何も言えないから、謝るしかないんだ…。未来が怖い。過去も怖い…。眠れない…。)
彼女は泣きながら布団にくるまった。
(自分の好きな謎解きが、誰かの役に立つとは限らない。誰かを傷つけてしまうかもしれない。胸を張って探偵になんか…。でも謎を解きたい…。)
震える心はずっと叫んでいた。彼女は再び肩を叩かれ、布団から這い出た。すると両親が彼女を微笑んで見つめている。
「よかったわね!かなり有名な企業に就職できて!」
「流石だな、カヌレ。」
「ありがとう、ママ、パパ。」
彼女がにっこりと微笑み、新しいスーツを着る。さぁ新生活の準備をしなきゃねと言われて、彼女は自分の部屋に戻った。夜な夜な涙を流した布団を愛おしく見つめる。そして勉強机に歩み寄った。棚にある謎解きの本を見ない様にして、机の上にある就職先の書類を見つめる。
「…私も、ついに新社会人かぁ…。今度からはもう、どんな不安に苛まれても、強くありたいな。夜な夜な泣かず…焦らず…。のんびり生きれてばそうなれるかな…?」
そう呟いた時だった。彼女は書類の中に一つだけ、見つけてしまった。
「なに…これ……?」
一枚だけ紛れる様に入っている紙。怪盗ノクターンからの予告状だった。
ーー現実のベールを頂いていくーーー
「ベール?怪盗ノクターン?…聞いたことないけど…。」
そう彼女が呟き、ただの戯言だろうと思った時だった。目の前の棚に違和感を感じた。彼女が静かに眉を顰め、棚を漁る。そして…アルバムを開くと、最後のページにSRという奇妙なマークを見つけた。
「うそ…これ…誰が……?!」
彼女が呆然とする。そういえば…自分に対してよく叱責する先輩は急に転校してきたし、無視を閉じ込めた男子達は全員同じ塾に通っていた。大学の友達はお金に困っていたし…。彼女はいやまさか、気のせいだろう、ただの偶然だ…と言い聞かせてリビングへと向かった。そうしてテレビを見て思わず固まる。
「速報です。先ほど怪盗ノクターンが現れました!美術品を盗んだ様です!」
彼女が手元の予告状と、SRのマークを見る。すると後方から、小さな声が飛んだ。
「……自分にしか解けない謎かもしれないのに、放っておくの?謎を解く体験ができるのは自分だけなのに、他人に任せて自分は体験しないの?」
はっとした様子でカヌレは目を覚ました。
「うう…しまった、眠りこけてた…。」
地下通路に這いつくばりながら、今何時だ…?と慌ててポケットを探る。
「あ、スマホ無いんだっけ…。」
寝ぼけた目で変な夢見た〜と言いながら、地下通路にひれ伏す。そして、しばらくするとはは…と静かに微笑んだ。なんてことない。ただ、夢の中で確認作業をしただけだ。
ゆっくりと立ち上がり、探偵帽子を被り直す。彼女は、1人だが静かに前を見据えた。先ほどまでの涙はもうどこにもない。瞳には一つの真実があった。
全員の顔と声が脳裏によぎる。
「実力も運のうちと言いますので認めるが…君は危うすぎる。あんな危険な怪盗と、僕らをハメようとした奴に立ち向かうべきではない。あの時は僕も迂闊だったが…次は負けないよ。」
「フィナンシェ、これ取ってくれよォ!俺、節足は無理なんだって、知ってるだろっ。」
「ええ、私もカヌレ様のおかげで、今ここにいますから。カヌレ様には本当に感謝していますよ。もとより、私はお菓子作りが趣味でしたから…今この場で、自分の好きなことをして、皆様に美味しいといって食べて頂けることは幸せなことです。」
「なんとなく嫌な予感がして、仕事後回しにして来てみれば…。俺の仕事を増やしたな。」
「いや~夏ですから。熱中症に気を付けていたら、外で筋トレ出来なくなって。いつもの公園で筋トレできないので、自宅でゴロゴロしてたらいつの間にか…。」
「聞き捨てならないわね。怪盗より探偵よ!特にっ、探偵フィナンシェ様が一番よ!あらカヌレちゃん、いらっしゃい~。フィナンシェ様のあの優雅なお顔!まさに至高の域よ。どんな事件も…何もかもがイケメンで、イケメンに事件を解決するの…。本当にもう惚れない方が無理よ♡あたしもいつかフィナンシェ様に会いたいわ~っ。」
「怪盗ノクターン様の方が、かっこいいわよ!ああ、ノクターン様…♡私の今日みたいな乱暴な姿、どうか見ないでほしいーーっ!こんな姿見られたら、レスリング元代表だなんて知られたら…あたし、恥ずかしくてノクターン様の前に出られないーーっ。ああっ!でもノクターン様なら、きっとそんな私も盗んで…なんて素敵なの!もう赤道一周しちゃうくらいかっこよさのステータスが飛び出てる!」
「駅に買い出しに行ってたんですよ。そしたらカヌレさんが偶然目の前を走っていったので、追いかけて来たんです!…夜に仕事中のカヌレさん、素敵ですっ。昼間とは違って、月光の中に…可憐すぎるっ!やばいっ。可愛すぎて閉じ込めたいっ!誰にも見せたくない、独り占めしたいっ。でもカヌレさんの探偵としての名声は広まって、実力で世界を圧倒してほしい…けど、こんな素敵なカヌレさんが他の誰かに知られるのも…ああ、幸せな葛藤過ぎるっ!カヌレさんっ!愛してます!」
「俺に先手を取られたくないのなら、答えを言われる前に推理をすることだな。」
「じゃあ、決まりね!あたし、ここで助手として働くわ!今日から事務所にお世話になるけど、よろしくお願いいたしますねっ。」
なんかちょいちょい変なのが混じっていた気がしたが…それはそれでよかった。彼女は小さく笑った。
何もかも奪われても、一つだけ奪われないものがある。
命とかそんな、大したものではない。
彼女はゆっくりと歩き出した。
泣きまくった後はいつだって、悔しいほどにその存在に気づくのだ。
まだ、謎があるから。
解けてない謎が、たくさんあるから。
それを無視して、消えることなど…できない。
…自分の代わりは後にも前にも、どこにもいないのだから。
悲しいことも楽しいことも、全部自分で体験して生きていく。
「そのついでじゃないけど…過去の自分と同じ様に苦しんでいる誰かに!手を差し伸べられる探偵でありたいから!」
カヌレはきゅっと目を細めた。
「現状、上等!謎、大歓迎!……私は、探偵だ!」
読んでいただきありがとうございます!
皆さんもありますか?一つだけ奪われないもの。
ちなみに作者は……秘密です☆
そんな作者のエックスは…やべぇ!!Xの投稿完璧に忘れてた!!え?!四話くらい投稿してなくね?!つかカクヨム様の方に限っては第八話以降更新してねぇ?!…こんな作者です、秘密どころか他のところも見えなくなってます。どうぞよろしく。




