第十六話 孤独、這い寄る
地下水路を駆け抜ける、女怪盗ソルベとカヌレ、ポムの三人。先頭を走るソルベが苦しい表情を浮かべる。足音がドタドタ響き、周囲に聞こえるリスクはあるが、そんなこと言ってる場合ではない。彼女の脳裏にカッサータの姿が浮かぶ。
(あの女…銃以外に…何かしら注射針のようなものを懐に…。)
会話中にチラリと一瞬見えただけだが、なんの注射針かわからない。だが…危害を及ぼすものである可能性は高い。非常に危険である。なんとか近くの曲がり角を曲がり、即座に角に身を潜めながら、後方を盗み見る。タタンとカッサータがちょうど戦闘中のようだ。あのタタン相手に、あの身のこなしと物理。彼女がタタンに向けて攻撃するように、足を振り上げた途端だった。
パァンパァン!
銃声音が鳴り響く。かろうじてタタンが避けたが、間違いない。カッサータの履いているヒール裏から発砲されていた。女怪盗ソルベがそっと盗み見るのをやめ、即座にカヌレとポムの前に出て再び走り出す。
「あの女、靴裏に銃口を持ってる。急いで逃げないと危険。」
ポムが思わず靴裏ぁ?!と驚きの声をあげる。2人が必死に走りながら、水路の中を迷路のように突き進んでいく。後ろから響く銃声音がだんだんと遠ざかっていく。女怪盗ソルベが即座に水路の途中にある、非常口へと手を伸ばした。
「ついてきて。」
そう言って扉を開け、薄暗い通路に飛び込む。三人が一気に階段を駆け降りる。カヌレがうわっと小さく声を上げた。つま先が階段の角に突っかかったのだ。なんとか転ばずに済んだが、何せ薄暗い。ポムの大丈夫?!という言葉に返事をしながら、なんとか2人についていく。女怪盗ソルベが階段の途中の黒い扉の前で立ち止まった。ドアノブを右に2回、左に一回、右に一回回す。ガチャリと音が鳴った。即座に扉を開けると、今度はコンクリートの通路が広がっていた。女怪盗ソルベが2人を誘導しつつ、通路を駆け抜ける。最後尾のカヌレが走りながら背後を振り向くが、今のところカッサータが追ってくる気配はなかった。
「これどこに向かってるの?」
ポムの声に、女怪盗ソルベが走りながら言う。
「どの隠れ家もダメなら、私しか知らない場所に行く。何個かあるうちの一つ。そこは怪盗ノクターンも知らない。そこならきっと、安全なはず。」
念の為これを…と言って、走りながらポムとカヌレに手渡す。小さな紙切れだった。2人が走りながら見ると、そこには隠れ家の場所が描いてあった。ご丁寧にどうやったらそこまでいけるかまで書いてある。2人が驚くと、女怪盗ソルベが微笑んだ。
「また敵がくるかもしれない。次は、私が奴らを足止めする。敵が来ないことを願うけど、その保険。」
「いや、次はあたしが…!」
ポムが声をあげると、彼女はあなたは残ってあげてと呟いた。
「…探偵のそばにいるべきは、助手。怪盗はある程度なら戦えるから足止めできる。それに…怪盗は盗み出せても、社会的信用は低い。今カヌレ探偵は怪盗と共犯の疑いがかけられてる。…彼女がサバランを倒し、誠実な探偵であることを示すには、私はそばにいない方がいい。」
彼女の言葉にポムがそれでも…!と声をあげる。
「あたしだって、怪盗ノクターンの疑いがかけられてるのよ?!カヌレのそばにいない方が…。」
ポムの言葉に、カヌレが呑気に言った。
「疑いがかけられてても、私の助手であることに変わりはないよ、ポム。…いつも通り、私のそばでサバランを追い詰めるのを手伝ってくれない?」
あと女怪盗ソルベもね、と彼女は、走りながらニコッと微笑んだ。
「後でうちの事務所にでも…全部終わったら、来てよ。金目のもの盗んでいいからさ。」
はは…ウチに金目のものなんてそんなに無いかもだけど…あったっけ?と苦笑いしながら、ポムに聞くカヌレ。その瞬間自分の両足が絡まり、綺麗にずっこけた。ポムが大丈夫?!と声を上げて、即座に手を伸ばす。女怪盗ソルベも立ち止まる。
「…も〜、気をつけなさいよ。」
不満げな声を出すポムに、カヌレが探偵帽を被り直しながら苦笑いした。彼女の手を取りながら立ち上がる。
「あはは…ごめんごめん…。」
「全く…。本当、呑気なんだから。手のかかる探偵だわ。」
ポムがカヌレを立ち上がらせると、気を取り直したように、ニッと笑った。
「助手のあたしがいないと、ダメね。」
その言葉にカヌレが一瞬驚きつつも、うん!と少し微笑んで頷いた。女怪盗ソルベも2人を見つめながら優しく微笑む。ポムがあんたもよと呟いた。
「後で色々奢らせなさいよ。」
「…分かった。」
彼女がそう微笑んだ瞬間だった。
ポタッ…。
「…っ?」
突然口から垂れた液体を慌てて、手で受け止める。ソルベが目線を手に向けると、そこには小さい赤い液体があった。3人がゾッとした途端、後方から女性の声が飛んだ。
「注射針に明らかな警戒をしていたから、刺したくなっちゃった♡」
ポムとカヌレがパッと振り返る。そこにはカッサータがいた。体の端々に戦闘の痕が見えるものの、割と元気な感じだ。手には注射針を持ってて、ソルベの鋭い視線に彼女は静かに微笑んだ。
「毒よ。解毒剤は私の手元。大丈夫よ、死には至らない。重篤なじょうたいにはなるけどね。」
「…2人とも行って。」
ソルベの言葉に即座に2人が従う。走り去る足音を聞いていると、カッサータがふふと笑った。走りなる背中は視線を向けつつ、小さく呟く。
「逃げても無駄なのに。」
「執事は?」
冷静に切り返すソルベに対し、カッサータはつまらなかったわよと微笑んだ。注射針をくるくると手のひらで転がす。
「歳の割には頑張ったけど…って感じ?女怪盗ソルベ、あなたはどうかしら。」
「誠意は尽くしてあげる。」
そう言うと、女怪盗ソルベはカッサータに向かって足を踏み出した。
「ハァ…ハァ…!」
その頃ポムとカヌレは、全速力で階段を駆け上がっていた。ポムが手渡された紙を見ながら、先頭を走る。
「とりあえずあたしの書いてあるやつに行くわよ!カヌレは自分のを持っておいて!」
「分かった!」
カヌレが走りながら、自身が貰った白い紙をポケットに突っ込む。足音など気にしていられない。ドタドタと階段を駆け上がり、右折し…何個と扉を開けては通り抜け…。後方を走るカヌレが何度か後ろを見るが、誰かが追ってくる気配はない。ポムが扉の前で都度、前方に人の気配がないか、確認してから開ける。今のところ順調だが…。2人は逃げすぎて、だんだんと体力が削られていた。
「フィナンシェとかマドレーヌが来てくれたら、こんな時助かるんだけど…。あいつら大丈夫かしら。流石にこんなに音信不通だと不安で仕方ないわ。」
ポムが息を荒げながら言う。カヌレが困ったように言う。
「流石にスマホなんて誰も持ってないもんね。事務所から逃げる時に流石にスマホは置いてきたし…。」
「探知機能あるから、流石に危険すぎて持って行けないわよね。元々探偵事務所で働くことになった時に、タタンに相当強力なロックかけてもらったから部外者にはみられないとは思うけど…。」
ドタドタと走り回る2人は、何度か走り回ってると、ある扉を開けたら先ほどの水路の場所に来てしまった。流石にポムが青ざめて、扉をパタンと閉じる。
「さっきの場所に戻ってきちゃったわ。どこか手順間違えたかしら。焦りすぎて、頭回ってないかも、ごめんカヌレ。もう一回走り回って…。」
そう言って扉から離れかけたが、即座にカヌレが腕を掴んだ。
「待って!もしかすると、タタンとかフィナンシェ、マドレーヌを確認できるかもしれない。敵は今頃、私たちを追って違う場所に行ってるはずだ。なら今がチャンスだ。もし今敵さえいなければ、彼らを助けることができるかもしれない。」
ポムが危険じゃない?と首を傾げるが、しばらくして小さく頷いた。
「でも確かに?チャンスといえばチャンスかも?」
「きっと彼らが狙っているのは、私とポムだ。なにせ、火事の時に私たちはサバランに追い詰められたのに、怪盗たちに助けられて生き残ってしまった。だから、逆にこの状況を逆手に取るんだ。フィナンシェのようにね。」
そう言い終えると、行こう!と言って、扉を開けた。先ほどの地下水路が目前にある。2人は顔を見合わせると、一歩を踏み出した。誰もいない地下水路をなるべく音を立てないように走っていく。周囲を警戒するが…今のところ誰かがいる気配はない。しばらく走っていると、先ほどの隠れ家に通じる扉が見えてきた。ポムが静かに扉を開けて、通路を通る。後ろからついてくるカヌレが後方を警戒するが、今のところ誰もいない。
「よし、前方は?」
ポムが静かに、隠れ家の床板につながる場所に耳を当てる。音は聞こえない。隙間から覗き込んで、中を見るが…特に誰もいる気配はない。恐ろしく静かだった。ポムが大丈夫そうと頷き、意を決して、床板を動かす。そして隠れ家の中へ顔を出し、周囲を見渡した。
「フィナンシェ…マドレーヌ…?!」
そこには見知った2人が床に転がっていた。自分たちと同じ、探偵と助手。だが…。信じられない思いで、即座に2人の元に駆け寄る。カヌレも後に続いて、息を呑みながら2人の元へ近づいた。フィナンシェもマドレーヌも目を閉じているが…起きる様子はない。それどころか、2人とも銃弾を腕に打ち込まれ、足はボーガンの矢が打ち込まれていた。絶句するポムの横で、カヌレが2人の顔の横に置いてある小さな小瓶に気づく。
「…ポム、あの小瓶。きっと2人を眠らせるやつかなんかだよ。今は蓋は閉じられてるけど…あれは危ないね。」
「…この2人が一体…どうしてこんな目に?マドレーヌあたりは暴漢でしょう?それにフィナンシェだって男の探偵だし、合気道があったはず…流石にこんな目には…。」
呆然とくる彼女に、カヌレが小瓶を手にしながら言う。
「あの時、隠れ家の椅子の中に人が1人潜んでいたんだよね。フィナンシェはそれに気づいてたから、即座に対応したけど…。もしかして他の場所にも隠れていたんじゃないかな?…窓から侵入してきたシュトーレンが銃口を向けた時、実際に発砲されたのは別の場所だったけど…もしか万が一他に奴らの仲間がいたのなら、別の方向から撃つとバレてしまうから撃たなかったのかもしれない。私たちが逃げた後、あの2人が戦っている最中に、初めて別方向から発砲した第三者がいるのかも。」
「そんな……。」
ポムがマドレーヌとフィナンシェの2人を見つめる。2人は起きない。
「せめて、止血だけでも…!」
すぐに立ち上がり、近くの棚を漁り救急箱を手に取る。その様子を見ていたカヌレが悲しそうに言った。
「…ポム、残念だけどその二人はもう助からないよ。酷い出血量だ。そしてまぁまぁ時間が経っている。タタンの方を確認しに行こう。彼ならまだ助かるかもしれない。」
「嫌よ…そんな…助からないなんて…。」
ポムが泣きそうな声をあげる。が、カヌレは私も辛いけどね…と顔を横に振った。そのまま静かに隠れ家の入り口として通ってきた、床板の入り口に戻る。
「…行こう、ポム。」
その言葉を聞いて、彼女がもう一度だけフィナンシェとマドレーヌを見て立ちあがろうとした時だった。ふとした言葉がよぎった。随分前に事務所に入るきっかけとなった時から…カヌレに言われた言葉だ。
「そこにあって当然のものだから、誰も気づかない。」
何も言わずに立ち上がらず、男2人の前に座っているポムに気づいたカヌレが、驚いた様子で振り返る。
「どうしたの、ポム。…悲しいのはわかるけど、タタンのそばに行かないと…。」
ポムがカヌレの方に静かに視線を向けた。その目は信じられない、いや信じたくない目をしていた。震えた声で言葉を搾り出す。
「……あなた………誰よ……?」
カヌレはキョトンとした顔をした。首を傾げながら、ポムに言う。
「何言ってるの?ポム。そんなの、ポムが1番よく分かってるじゃないか。」
「ええ…分かってるわよ…。私は助手だもの。」
ポムが自らを落ち着けるように、呟く。そして静かに頷いた。震える体を制して、静かに相手を見据える。
「カヌレじゃないわ。本物はどこ?」
その言葉を聞いたカヌレは、不敵に微笑んだ。その直後、銃声音が鳴り響いた。
薄暗い部屋でサバランは今度はオセロをやっていた。9割が黒い駒だった。盤面には白い駒が点在してるが、全てバラバラで黒いコマに囲われている。彼はニコニコと微笑みながら、オセロの盤面に手叩きしていた。
「素晴らしい。これでチェックメイトです。」
そう言って、白い駒を順々にひっくり返して、黒いコマにしていく。そして、真ん中にある駒を一つだけ残して、他を真っ黒の駒にした。ニタリと微笑みながら手叩きをする。
「ええ、そうです。強硬な手に出たのはあくまでカモフラージュ。私のいつもの手口は何一つ変わってないのですよ。そこにあって当然のもの、だからこそ気づかない。…最後の最後でそれに勘付かれてしまいましたが、まぁこちらの勝ちです。楽しいものですねぇ。」
手元にあったおはぎに手を伸ばし、嬉しそうにモグモグと頬張るサバラン。すると部屋がコンコンとノックされた。彼がどうぞ〜とごきげんに言うと、2人の男女が入ってきた。サバランは拍手をかました。
「いやはや、お二人とも素晴らしい働きです。あの薄暗い階段で、本物のカヌレ探偵のみを黒い壁でポムから離れるように誘導し、偽物のカヌレがすり替わってポムの後につくという。まさに夫婦愛が結晶となったチームプレー!これはどんな夫婦も跪かざる負えないぜっ。モヒュ〜☆」
その言葉に2人が顔を見合わせた。男性が不安げな顔で言う。
「…これで、彼女の親を解放してくれますか…。」
女性が泣きそうな顔でサバランを見る。彼はオセロを眺めながら鼻歌を歌いつつ答えた。
「…そうだね〜。まぁ、最後に助手に見破られたとはいえ…花びら餅ちゃん♡君はよくやったよー。やはりカヌレ名探偵に一度接触してたから、変装も割と上手く出来たでしょ?羽二重餅君もよくやりました。カヌレ探偵を見事にジョシュから離して、あのまま水路の中に戻したよねぇ?流石な手際。もちろん親は解放してあげる。ま…これ以上僕の持ち駒になってても、そこまで使えなさそうだからな。」
安堵する2人にサバランはフフフと微笑んで、自宅に帰りなさいと言った。2人が部屋から去っていくと、サバランは再びオセロに向かう。その時丁度、シュトーレンが部屋に入ってきた。探偵フィナンシェとマドレーヌを縄で縛り上げ、後ろに引き連れている。ある程度の止血はされているが、ボロボロだった。2人とも目隠しをされ、口元はガムテープで塞がれていた。
「よぉ、サバラン様。探偵と助手を捕まえたぜ。どーすんだコイツら?」
その直後にカッサータも別の扉から顔を出した。
「できたわよ。執事は老耄だから置いてきちゃった♡私若い子しか興味ないの。」
そう言って、後ろからポムと女怪盗ソルベを引っ張り出すと、床に転がした。こちらもフィナンシェ達と同様、縄で縛られ、口元にガムテープをやられている。そしてやはり、止血はされているがボロボロだった。サバランがおお、流石ですお二人ともーと声をあげる。
「そうですね…。そこまでうるさくない人達ならいいでしょう。マドレーヌ以外の三人のガムテープと目隠しを取ってあげてください。暴漢は、目隠しのみとってくださいね。とりあえずうるさいこと言われたら、大変ですからぁ。」
彼はニコニコと微笑んだ。すぐに指示通りにカッサータとシュトーレンが動く。全員がサバランの方へ視線を向けた。フィナンシェが静かに睨みをきかせる。
「…サバラン。なかなかお年のいった方ですね。僕たちをどうするつもりですか?」
その言葉に、彼はあはは!と笑い声を上げると、近くに置いてあった赤ワインを床に垂らした。びちゃびちゃと音が立ち、ポムが静かに眉を顰める。マドレーヌはガムテープ越しにフーフー言ってたが、なんとなく声のトーン的に予測はついた。おそらく、ワイン!酒!床になんて勿体ねぇ!と叫んでいた。三人が静かに呆れる中、サバランがニコニコと微笑む。
「どうするつもりもないですよ?」
彼の言葉に、三人が驚く。フィナンシェが静かに言う。
「ではここまでして…一体、何が目的なんだ?」
サバランはぴくりとその言葉に反応すると、おや?そんなの単純だボボと笑った。その笑い声を悪魔のように不気味な声だった。思わず三人とも眉を顰める。彼は異常な目をしていた。
「…私はね、カヌレ探偵を突き落としたいだけ。ケケッ、それだけだ?」
あまりの狂気に満ちた彼に、全員が小さく息を呑んだ。
その頃、カヌレは1人水路を彷徨っていた。
「ポムー?!どこ行ったのー?!」
あちこち駆け回る。敵に見つかるかもしれないから大声なんてあげたくないが…流石に声を張り上げる他ない。だが一向に返事が返ってこない。心の中で嫌な予感がしていた。
(まさか敵に…。)
嫌な予感を振り払おうと、急いで足を走らせる。1人で走っていると、水路の中に響く足音はやけに大きく聞こえた。
(みんな…みんなどこ…?)
仕方なく、こっそり最初の隠れ家に戻ってみる。敵がいるかもしれないが…そんなこと言ってられない。床下の扉を開くと、こっそり隠れ家の中を見る。
「…い……ない……?」
人の気配が感じられない。よし、これなら…と思って勢いよく、彼女は隠れ家の中に飛び出した。
「さぁ…どこからでも銃声きやがれ…避けてやるっ…!」
バッと戦闘体制に入り、どこから銃弾が来ても避けられるようにする。…が…しばらく待っても全然来る気配はない。ただ静かなだけだ。彼女が恐る恐る、警戒を解く。
「…え、マジで誰もいないの…?」
静かに周囲を見渡す。その瞬間に床にぶちまけられた血の量に気づいた。思わず近寄る。
「これは…?!」
さほど時間は経ってない。そしてこの出血量…瀕死には至らないが、それなりの量だ。すぐに周囲を分析する。
「小さな跡がある…小瓶?かなんかおかれてた?…微かに匂いがする気がする。睡眠系のっぽいね。昔私が嗅がされたことあるやつだ。うわー経験がこんなところで生きてくるとは…やっぱ、大事だね、経験しておくもんだね。」
そんなことを呟きながら、彼女はさらに周囲を探索し始めた。近くの棚にあるボーガンを見つけた。
「うわ…そっちこっちの棚に、複数個ある。こりゃ通りでいろんな方向から飛ぶわけだよ。…ち丁度他の瓶に隠れるようにして、先っぽだけ…。なるほど、うまいことするねぇ。しかし、奴の美学はどこへ行ったんだ?そこにあって当たり前のものだからこそ、誰も気づかないと言うモットーがあったはずだけど…。」
その瞬間、カヌレの脳裏に嫌な予感がよぎった。まさか…と呟いて、近くの床に垂れている血液を見る。
「…誰か私に…変装して…ポムを……?」
彼女は静かに青ざめた。
「一体どうしてそこまで彼女に執着するんだ?」
フィナンシェの問いに、サバランは驚いた顔をした。椅子に座り直しながら、静かに言った。
「探偵のあなたなら、勘づいていると思いましたが…まさか気づいてないとは。おやおや、これは面白い話ですねぇ!」
彼は意気揚々と言うと、どうしよっかな〜教えてあげてもいいんだけど…教えなくてもいいかな〜とくすくす笑った。カッサータが銃を振り回しながら笑う。
「いやぁね、教えてよサバラン♡カッサータだって、知りたいわ。」
「俺も聞いておいて損はねぇなぁ?」
シュトーレンがケタケタ笑う。異様な雰囲気にポムが息を呑みながら小さく呟く。
「あたし…も知りたいわ。」
サバランはニコニコと微笑みながら、ワインを飲み干した。そうして、ふふと微笑んだ。
「そんなに聴衆に求められては、全私が泣いちゃいますよ〜!仕方ないですね、教えて差し上げちゃう☆その代わり…長話になっても知りませんよ〜?」
「どうしよう急いでポムを助けないと…!他の人も多分この感じじゃ…!」
カヌレが青ざめながら水路の中を駆け抜ける。そしてもう一つの血溜まりを見つけた。思わず立ち止まる。
「タタン…!」
即座に彼の姿を探すがどこにも見当たらない。彼女は今度は扉を開けて、裏通路を駆け巡った。そして今度はもう一つ血溜まりを見つけた。
「ソルベ…!」
彼女の姿もやはり見当たらない。そのままぐるぐると走り回ったが、誰もどこにもいなかった。彼女は悲しみに暮れながら、静かにポケットから白い紙を取り出した。女怪盗ソルベに貰った紙だ。そこには住所が二つ書かれている。
「一つはなんか…月のマークあるけど…これは…?いいや、とりあえずまず最初の場所に行ってみよう。」
書かれた住所を頼りに、1人歩き出す。水路の横にある扉を抜け、地下通路を歩き、再び扉を抜け、通路を歩き…を何度も繰り返した。孤独の中、いろんな不安が駆け巡る。
(もし…私以外のみんなが、もう敵に殺されていたら…?)
(私に変装した人が、私のフリをして酷いことをしていたら…?)
嫌な考えがよぎるたびにぶんぶんと頭を横に振った。探偵の服をぎゅっと片手で握りしめる。
(大丈夫…きっと大丈夫…。)
必死に自分に言い聞かせて、不安を消す。そのまま、気がつくと新しい隠れ家についていた。
(ついた…ここなら…。)
そう思って扉を開けようとした時だった。扉の向こう側から声が聞こえた気がした。慌てて扉に耳を当てる。
「…あの探偵の隠れ場所を作るなぁーー!燃やせーー!」
そんな叫び声が聞こえた途端、扉が急に暑くなった。彼女は即座に扉から離れたが…上から人々の足音や罵声が聞こえてきた。明らかに自分を非難している。彼女は静かに震え上がった。
「怪盗と探偵を許すな!」
「奴らの隠れ場所を消せ!」
「出来損ない探偵が!」
ばたんどたんと嫌な音が響く。彼女は体を震わせると、慌ててきた道を引き返した。呼吸が荒くなり、酸素が吸えない感じがした。脳内に嫌な思い出がフラッシュバックするのをかき消すように、派手な音を立てて走り出す。
(……大丈夫、味方はいるよ。そう、たくさん…。)
足がどんよりと重くなった気がした。それを振り払うように、走るが…先ほどよりも心の中の嫌な考えは強烈に浮かぶようになった。
(もし全員敵に殺されていたら、残ってるのは私だけ…。誰も味方はいないかもしれない。)
(いつも呑気になんか生きていたから…あの時のように必死に生きていればこんなことには…。)
(敵の正体も追い詰めることもできないまま、こんなところにいるなんて…探偵失格ではないか?)
「そんなことない…そんなことないよ…!」
そう言いながら走り出すが…地上に近い隠し通路では、こんな時に限って1人で走ってるせいか…地上での話し声が聞こえてくる。
「共犯を許すなぁ!」
「過去の事件の逮捕者を解放しろ!」
「探偵を信じるなぁ!」
静かに耳を塞ぐが、いやでもきこえてくる。
(みんなといる時は…聞こえなかったのに…。)
ブルブルと体を震わせる。
(誰が怪盗かもわからない…もしかして怪盗は…サバランの手先……?!)
そんな考えが浮かんだ瞬間、彼女はピタと立ち止まった。
「…彼女との出会いはそう。私が人生に飽きた時でした。人を陥れたいと初めて思った。初めて実行に移した時です。」
サバランはニコリと微笑んだ。
「つまり、彼女は私が突き落とそうとした、1番初めの人間なんですよ。」
新しい赤ワインの栓をキュポンと開けて、彼は新しいグラスにワインを並々と注いだ。グビグビ飲み干すと、彼はフフ…と微笑んだ。
「そう…。1番初めに突き落とそうとして、落とせず当時の私はつまらなくて諦めた。そして他の人を突き落としたら、いとも簡単に突き落とせたのです。そこで私は突き落とす快感に震え、いろんな人に手を出し…いろんな人を突き落としました。」
ポムとフィナンシェが静かに息を呑む。彼はケケッと笑うと、ワインを飲み干した。
「そうです…ですがあの頃は僕も若造だったんだろう。突き落とすのに飽きてしまった。どんなに突き落としても、なにも楽しくない。人間なんていとも簡単に転げ落ちる。子供が人を支配できるとわかったようなものです。」
そんな時、彼女を思い出したんですよと彼は笑い声を上げた。
カヌレはぺたりと膝をついた。静かにその場にうずくまる。
「…ただの人間、偶然全人類から初めに私に選ばれた、たった一人の少女。だけどもしかして、あの子は特別だったんじゃないかと思ったんだよ。」
サバランはニタリと微笑んだ。
カヌレは静かに探偵服を握りしめた。顔を俯かせる。上からは相変わらず罵声が響いていた。
「…あまりに偶然。だけど運命的。…俺は考えられずにはいられなかったんでしゅう。…あの子を、どれだけ追い詰めれば、突き落とすことができるだろうか、とね。」
サバランがニコリと微笑んだ。悪魔のような笑みだった。
カヌレは静かに目を潤ませていた。泣くまいとしているが、その瞳は揺れている。
「…そうして何度も突き落とそうと仕掛けても、彼女はなかなか落ちない。一体僕が今までどれだけいろんなことをしたか…ふふ、彼女がその度に追い詰められて、泣いて苦しんで本当に楽しかったんだぴょーん♡でも…何度押し潰れても、しばらくして立ち上がってしまう。…だから、探偵になる夢を…探偵として有名になる機会を与えて、今こうして握りつぶしたわけさ。」
彼はそう言って赤ワインの瓶を持ち上げると楽しそうに振り回した。
震えるカヌレの目からポロリと一粒の涙が溢れた。近くには誰もいなかった。
サバランは今度は恐ろしく綺麗な仏のような笑顔をした。ただし悪魔そのものの視線だった。
「カヌレ探偵…いい加減王手だよ。そろそろ私の方へ落ちてくれるかい?」
読んでいただきありがとうございます!
そしてすみません!今日も遅れました!!
Xの投稿は割愛します!作者としてはリンク飛んで欲しいんですけどね汗
Q. 僕、作者さんの作品が本当に面白くて…!眼福ですっ。こんな物語がこの世にあったなんて…本当に愛してます!
A. 君…なんかホワイトショコラみたいだね…?




