第十三話 熱上がっちまうからやめてやれ!
カヌレ探偵事務所は、相変わらず事務所の再建に時間がかかっているフィナンシェとマドレーヌが居座り、共同事務所となっていた。
「もうすぐ夏も終わりね。毎日毎日、依頼人は来るけど、大した事件は特に無いわね。」
ポムがつまらなそうにソファに座りながら紅茶をすする。向かいのソファでマドレーヌが一升瓶を持ち、ふわあ…と欠伸をした。
「かぁーっ。暇だ…。ちょっと、俺の盃にお酒注いでくんねえか?今事務所が営業中で、キャバクラなんていけないからヨォ。お前女だし、綺麗だし。一杯だけで良いからよ。」
「嫌よ。あたし、キャバ嬢じゃなくて、カヌレの助手だから。」
ポムが却下すると、マドレーヌが面白くねーのと言って、自分で注いで酒を飲んだ。フィナンシェがその様子を横目に、読書をしながら言う。
「平和が一番だよ。対した事件が起きれば、僕らにとっては充実した毎日になるだろうが…世間的にはそれだけ大変なことになっているということだ。そう考えると、本来なら探偵なんて、あまりいない方が良いのかもしれないね。僕らがいるということは、それだけ世間の闇があるということだ。」
フィナンシェの言葉に、マドレーヌが不服そうにぶつくさ言う。
「けどよ、探偵って必要な存在だと思うぜ。じゃなきゃ今の俺はここにいないし。俺、お前に助けられたから。」
「あたしも同感ね。あたしもカヌレに助けられた身としては、探偵がいてくれなきゃ困るわ。」
二人の言葉にフィナンシェがパタンと本を閉じ、少しだけ微笑んだ。
「そう言われると探偵をやっているのも、悪くないと思えるね。君もそうかい?タタン。」
「ええ、私もカヌレ様のおかげで、今ここにいますから。カヌレ様には本当に感謝していますよ。もとより、私はお菓子作りが趣味でしたから…今この場で、自分の好きなことをして、皆様に美味しいといって食べて頂けることは幸せなことです。」
執事のタタンがにっこりと微笑み、食器を片付けた。カチャと小さな音が立つ。フィナンシェが小さく頷いた。
「僕ら探偵も誰かを救っている。これは本当に素晴らしいことだ。そう思わないか?カヌレ。」
「そうだね…。」
カヌレの弱弱しい声が響く。その声に、ん?と一同が彼女の方を見た。いつもの事務所の机に…なんかへばりついている。様子が明らかに変だった。ポムがカヌレ?と言って、慌てて近づく。よく見ると首元がキラキラと光っている。
「ポム…。」
弱弱しい声をあげるカヌレ。少し顔が赤い。ポムが即座に額に手を当てると、かなり厚かった。
「ちょ?!カヌレ、あんた熱出てるじゃない?!」
その言葉にフィナンシェやマドレーヌも驚いて立ち上がる。即座にカヌレの元に駆け寄り、様態を確認する。
「とりあえず、椅子じゃきついだろ。どこかに運ぶか?」
マドレーヌの言葉に、フィナンシェが即座に頷く。タタンが慌ててポットを置くと、カヌレの傍に寄った。額の熱を確認すると、マドレーヌの方を向く。
「申し訳ございませんが、マドレーヌ様。私とお二人でそこのソファにカヌレ様を運ぶのを、手伝っていただけますか。」
「もちろんだ。タイミング合わせていこうぜ。」
二人で慌ててカヌレの体を掴む。掛け声をあげながら、よいしょっとソファにおろしたところで、事務所がノックされた。フィナンシェが入口の方に対応に回ると、ガレット刑事がいた。手には新聞を持っている。
「お前か。最近の事件についてだが…。」
「今、カヌレが熱を出している。話なら僕が聞こう。」
「なに?熱だと?」
思わぬ言葉に、ガレット刑事が驚く。が、すぐに冷静な目になった。鞄をガサゴソすると、スポーツドリンクのペットボトルを何本か取り出した。全てキャップは閉じていて、未開封である。
「もとより差し入れのつもりで買っておいたやつだ。熱出してるなら、水分補給になるだろう。」
「ありがとう、助かるよ。」
フィナンシェがペットボトルを受け取ると、後ろでポムやタタンがドタバタと歩き回っていた。濡れたタオルを用意したり、毛布を用意したりしている。ソファでぐったりしているカヌレも少し見え、ガレット刑事は静かに言った。
「それと、丁度近くに知り合いの医者がいる。この時間なら、多分暇だろう。呼んでくるか?」
「かかりつけ医か、カヌレに聞いてみようか。」
フィナンシェが即座に具合の悪いカヌレに聞く。その間に、ポムが鍋を取り出して運んでいた。ガレット刑事がそれを見て、思わず声をかける。
「お前、なにしようとしてんだ。」
「おかゆよ!カヌレあの感じじゃ、多分食べられなさそうだからっ。」
「タタンに任せておけ。お前が作ったら、ダイエット飯になるだろ。病人に偏ったご飯を食べさせてどうする。」
はあ?!とポムがキレた声をあげたところで、フィナンシェが戻って来た。
「かかりつけ医だったみたいだ。悪いけど、呼んできてもらってもいいかい?」
フィナンシェの言葉に、ガレット刑事が返事をして踵を返す。ポムがなによあいつ!ムカつくんだけどっ!と、腹立たし気な声をあげた。鍋をコンロに置くと、その場で調理をし始める。タタンが即座にポムにお礼を言った。
「ありがとうございます。私はデザートは得意ですが、おかゆなどはお米が、がんたになってしまい不得意なもので…。」
「良いのよ、タタン。あたしに任せて!」
機嫌を取り戻したように微笑むポム。その間、マドレーヌは具合の悪いカヌレに一升瓶を顔の上でちらつかせていた。カヌレが小さく呻く。
「キャバ嬢でもよお、具合の悪くなったりすることあってよ、そういう時は吐けば治るんだぜ?」
「それは酒の場合だけどね、マドレーヌ。一升瓶を振りかざさずに、彼女を安静にさせてあげなよ。」
フィナンシェがそう突っ込んだ時、再び事務所がノックされた。今度は店主バウムだった。
「あら、フィナンシェ様~♡お店外で会えるなんて…。これ、お店で余ったものなんだけど、良かったら…。」
手に持った白い箱を差し出す。フィナンシェが中身を見ると、バウムクーヘンだった。にっこりと優しく微笑んで言う。
「ありがとうございます。とっても美味しそうなバウムですね。」
店主バウムがあらやだ♡嬉しいこと言ってくれるんだから…!と顔を赤らめる。が、すぐに気づいた様子で言う。
「カヌレちゃんは?」
「今熱を出しててですね…。」
その言葉に、それは大変!とバウムが言った途端だった。奥からポムが慌ただしく出て来て、フィナンシェに困ったように言った。
「食材が無いわ!あと、お玉とかが無い!調味料も!」
その言葉にタタンが即座に言う。
「私が買ってきま…いえ、すみません、先程出したブランデーケーキ、私も食べてしまったので運転が…。」
「それならあたしが買ってくるわ。お店の調理器具も貸してあげるっ。店主権限よ♡ちょっと待ってね、ホワイトショコラとクレールに電話するわ。」
「それなら、一度事務所にあがってください。」
フィナンシェに促され、店主バウムが事務所に上がり、電話をする。電話を終えると、すぐにポムに言った。
「あの二人が一度店を閉めて、食材と調理器具をこっちに持ってきてくれるみたい。なにか調理するのなら、一人じゃ大変だわ。あたしも手伝うわ♡」
「ありがとうございます!」
ポムが元気よく答える。タタンが酔っ払ったマドレーヌを介抱しつつ、濡れたタオルでカヌレの汗を拭いていると、丁度事務所の扉がノックされた。今度は医者を連れたガレット刑事だった。すぐにフィナンシェが医者を事務所に招き入れ、カヌレの様態を見てもらう。ガレット刑事は別件があり、即座に帰ってしまった。その間に、今度は事務所の窓がバンバンと叩かれた。酔ったマドレーヌが外を見ると、女怪盗ソルべが窓にへばりついていた。
「うおっ?!」
彼が悲鳴をあげると共に、フィナンシェが慌てて対応する。
「こんな時に、怪盗がなんですか?」
「忠告。…この前、犬の売買組織を暴いた。…あれの残党がこっちに向かってる。あとは、どうにかして。」
「ちょっと待ってくれ。僕らが追われるのなら、あの時いた君も追われてるだろう?…事務所に押し付けたのか?」
「知らない。他拠点の残党。かなり人数が多い。」
彼女はそういうと、窓から離れてどこかへ飛び去ってしまった。フィナンシェが参ったな…と呟く。すぐに脳内を整理し、ガレット刑事に電話をかける。
「今すぐ警察を…。」
「俺もそうしたいのは山々だが、それは出来ない。つい最近、三つ隣の街で大きな事件があってな。警察がそっちに駆り出されてる。主要交番で手がいっぱいな状況だ。俺もこの後、そっちに行かなきゃいけない。」
フィナンシェがくっ…と悔しそうに言うと、マドレーヌが俺の出番か?と手指をコキコキ鳴らした。タタンも静かに私も戦えますよと頷いた。フィナンシェがしかし…と言う。
「今、ホワイトショコラやクレールがこっちに来ている。一般人を巻き込むわけには…。」
彼の言葉に反応した店主バウムが、あら、あの子たちなら大丈夫よと笑った。
「彼女はレスリングの東の元代表だし、彼は元スタントマンよ。あの子たちなら、多分大丈夫よ。」
フィナンシェが困った顔をしつつも、仕方なく了承する。
「分かった、とはいえ大変な人数かもしれない。タタン、マドレーヌ。僕と一緒に奴らを迎撃しよう。僕も多少なら合気道の心得がある。」
三人は頷くと、事務所の扉の前に集まった。そしてフィナンシェが手をかけるまもなく、なぜか先に扉が開いた。
「おらあ!」
いきなり事務所の扉から椅子が飛んできて、マドレーヌがフィナンシェを突き飛ばし、タタンがよけ、椅子が事務所の奥へと吹っ飛んでいく。カヌレの傍に落ちると、事務所に屈強な男達がなだれ込んできた。
「先日は俺らの拠点の一部をどうも。やっちまえ野郎ども!」
その言葉に男らが医者に手をかけようとしたり、調理中のポムやバウムに手を出そうとするが…。マドレーヌの蹴りや、タタンの拳が邪魔をした。
「おらあ!!」
「潰せえ!」
事務所内で乱闘騒ぎである。飛んでくる罵声や椅子、刃物。ポムに掴みかかろうとした、屈強な男は腕を掴まれた。
「ああ?んだ、女ぁ?」
店主バウムが、がっちりと男の腕を掴んでいた。ポムがお米をしかけている横で、男をフライ返しで殴り飛ばす。ドスの聞いた男の声が飛んだ。
「調理中に手出ししてんじゃねェぞ!」
そこから店主バウムも乱闘に加わった。ドスの聞いた罵声を上げながら、男たちを片っ端からフライ返しで殴り飛ばしていく。米をしかけ終えたところで、今度はポムの近くに屈強な男の一人がすっ飛んできて、バコォン!と派手な音を立てた。投げたのはマドレーヌである。イカレた獣の目をしながら、他の男に即座につかみかかる。
「事務所に殴りこんできたってことは分かってるよなあ?!」
近くでタタンが他の男に腹パンしていると、丁度クレールとホワイトショコラが到着した。クレールが何よこれ…?!と調理器具を持って、驚く。ホワイトショコラも買い出しの野菜やら調味料の入ったビニール袋を持ちながら、これは…?とぽかんとしていると、残党の一部が二人に襲い掛かった。
「皆殺しだぁ!顔が良い奴は後で売り飛ばせェ!だめな奴はバラして売るぞぉ!」
その言葉に、即座にクレールとホワイトショコラが身構える。襲い掛かる男をクレールが声を上げながら、タックルで制した。即座にホワイトショコラに調理器具の入った袋を手渡す。
「頼んだわよ!…上等だコラァ、体格差がどういうもんか見せつけてやるよっ!」
クレールが自分よりも大きな男をレスリングで制する。ホワイトショコラがビニール袋を受け取り、元スタントマンの経験を活かして、乱闘の中をかいくぐり、事務所の奥へと走った。
フィナンシェがカヌレを診察している医者の付近で、屈強な男たちの攻防を凌ぐ。その間医者はカヌレを診察していた。時折罵声や物音が二人に降り注ぎつつも言う。
「のどや鼻は痛くないですか?」
バコォン。どかあん!
「去ねやァ!」
「喉が少し…。鼻は特に問題ないです。」
バキイっ。ごきィっ。
「楽しくなってきたぜぇ!」
あまりの騒ぎに、医者がちらっと横を見る。その瞬間、いつの間にか隣でじっとカヌレを見るホワイトショコラがいて、思わず恐れおののく。彼はビニール袋を引っ提げながら、心配げな目でカヌレを見ていた。うるうると瞳を揺らしている。
「カヌレさん…!僕はあなたの体にある症状の原因が本当に恨めしいです。僕の目の前にあれば、すぐに粉砕するところですが…。僕はただの店員ですので、お医者さんに任せますけども…。早く元気になって、また僕らのカフェに来てくださいね。お待ちしてます。」
悲痛な声に医者が少し同情した瞬間、二人の頭の上を花瓶が吹っ飛んでいき、近くの壁にぶち当たり割れた。激しい音とあまりの勢いに、医者が青ざめる。ホワイトショコラがはっと我に返り、そうでした、この食材と調理器具を運ばなければ!と騒ぎ始める。
「すみませんが、キッチンどこですか?!」
「…えと……?」
医者が困惑すると、具合の悪いカヌレが呻きながら答えた。手で指し示す。
「あっち…。」
「ああ!カヌレさん、ありがとうございますっ…。僕の為に、具合が悪いのに…。ポンコツな僕ですみません、今すぐキッチンに向かいますね!カヌレさんに愛の料理を!」
そう言ってその場からすぐに走り出し、キッチンへとすっ飛んでいく。医者が混乱しつつも、カヌレに言う。
「おそらくただの風邪でしょう。薬を出しておきます。一日三回、毎食後に飲んでください。一回二錠です。一週間分です。」
「ありがとうございます。」
一人の屈強な男が医者の肩に手をかける。そのまま拳を振り上げて頭に殴りこもうとして、横からタタンが顔面を殴り飛ばした。医者の肩をささっと手で掃きながら、優しく微笑む。
「失礼。カヌレ様を見て頂き、ありがとうございます。症状が落ち着きましたら、余った薬はどういたしましょう?」
後ろから銃口を向ける屈強な男たちの、銃を蹴り飛ばしつつ医者の方に優しい笑みを向けるタタン。あまりの異様な光景に医者が戸惑いつつも答える。
「飲み切ってください。症状が落ち着いてもです。」
「承知いたしました。ありがとうございます。」
すぐにポムが鍋を持って、ホワイトショコラに先導されながらカヌレの元に来た。顔を真っ青にしつつも、とにかく、食器と鍋を机に置く。近くの小さい棚が宙に舞、派手な音を立てて転がっていくのを横目に、彼女は言った。
「カヌレ!とりあえず、作ったわよおかゆ!あ、お医者様ありがとうございます。もうおかゆ作っちゃったのですが、何か食事に関してありましたらご教示願いたいです。」
「消化に優しいものであれば大丈夫です。あと、こまめに水分補給をお願いします。」
医者がなんとか答える。ポムがお礼を言い、カヌレに食べられる?と聞く。ホワイトショコラが彼女の体を起こすのをサポートした。医者が混乱していると、近くで戦っていたフィナンシェが医者に声をかけた。
「こんな状況ですみません。入口までお連れしますね。マドレーヌ入口まで運ぶのを手伝ってくれ。」
「おう、分かった!」
そう言って、マドレーヌがすっ飛んでいき、カヌレを掴んだ。慌ててホワイトショコラとフィナンシェが声をあげる。
「違いますよ!」
「そっちじゃないマドレーヌ!病人を外に連れ出してどうする!医者だ!」
カヌレがぐったりしながら、ふにゃあと呻く。マドレーヌがはあ?と言いながら、慌ててカヌレから手を離す。彼がすぐに医者に手をかける。
「お前かよ~。まあ、良いぜ、歯を食いしばれよっ!」
そう言って、医者を掲げると勢いよく入口に向かってぶん投げた。それを見ていたポムが悲鳴を上げる。
「ちょっと何、医者をぶん投げてんのよ?!」
フィナンシェが青ざめつつ、慌てて入口に全力で向かい、医者を受けとめる。すんでのところで医者は入口の壁に激突せずに済んだが…ものすごく生きた心地がしない顔をしていた。
無論フィナンシェもまた生きた心地がしない顔をしていた。震えながらマドレーヌに向かって言う。
「何してるんだ君は!」
「その方が手っ取り早くて良いだろ!」
「うちの酔っぱらいが本当にすみません。」
へらっと笑って、近くの男どもを吹っ飛ばすマドレーヌ。医者にめちゃくちゃ頭を下げるフィナンシェ。その近くでクレールと店主バウムが医者にありがとうございました!と言いながら、敵を殲滅する。フィナンシェに押し出されるようにして外に出た医者は、事務所の前でしばらく呆然としていた。
「……診察料…貰ってないんだけど…?」
「…美味しい。…みんな、ありがとう…。」
熱に浮かされつつも、にこっと笑うカヌレに、事務所で全員がほっと胸を撫でおろしていた。ポムが安堵した様子で微笑み返す。
「当たり前よ。あたしが作ったのよ?使用人として働いてたくらいだから、熱が出たときのご飯くらいちゃんと作れるわ。ちゃんと食べて、しっかり寝て、はやく元気になりなさいよ。もう…無理しちゃ駄目なんだから。もっと食べられる時はいつでも言いなさいよ。あたしがおかわり持ってきてあげるわ。…食べ終わったら忘れず、お薬飲むのよ。本当にお医者様に見て貰えて安心したわ。」
二人の様子に店主バウムがにこにこと微笑む。
「本当に良かったわ。お薬もあるなら、これで安心ね。ああ…フィナンシェ様、戦ってるお姿、本当にかっこよくて…♡あたしも、敵がいなければ録画しておきたかったくらいに素敵だったわ。戦う姿も大変イケメンでっ…!なにあの横顔、少し汗かいてるのがさらに色気増してて、もう本当に降参しちゃうっ!惚れない女がいるわけないわ!」
「怪盗ノクターン様の方が、かっこいいわよ!ああ、ノクターン様…♡私の今日みたいな乱暴な姿、どうか見ないでほしいーーっ!こんな姿見られたら、レスリング元代表だなんて知られたら…あたし、恥ずかしくてノクターン様の前に出られないーーっ。ああっ!でもノクターン様なら、きっとそんな私も盗んで…なんて素敵なの!もう赤道一周しちゃうくらいかっこよさのステータスが飛び出てる!」
クレールが対抗して惚気る。その横でホワイトショコラが泣きそうな目でカヌレを見る。
「ああ…カヌレさん…僕は、はやく良くなることを願っています。本当にお辛そうで、それでも美味しいと笑ってくれる貴方は、なんて綺麗で…まさに聖女です。僕は本当に今、カヌレさんに惚れていますっ!そんな熱に浮かされた笑顔も大変可愛らしくて…。でも元気なあなたが一番ですので、何か困ったことがあったら言ってくださいね。僕の愛を届けますから…。」
暴れ切って、すごいスッキリしたマドレーヌに向かってフィナンシェが声をかける。
「君がいてくれて助かったが、いいかい?医者を投げるようなことはしてはいけない。彼が壁に激突して、大変な目にあったら一体どうするつもりだったんだ。全く…僕が受けとめたからいいものの…。カヌレが寝込んでいる横で、君は一体何をしているんだ。」
くどくど言う説教など、全く聞かずマドレーヌがタタンに笑顔を向ける。
「あんた、結構やるじゃねえか。俺が隣で暴れまわっている横で、いろんな男をぶちのめしているのを見たぜ?いつか手合わせ願いたいぜェ。タタン、キャバクラとか興味ある?もし良かったら俺と行かねえ?手合わせしてくれたらお礼に俺と一緒に行こうぜ。可愛い女とか、いっぱいでくそ楽しいぜ?」
「ほっほっ。私のような老いぼれよりも、お若い方が行った方が楽しいでしょう。それに、私はそこまで強くありませんよ。やはり若い方には敵いません。手合わせなどしましたら、お若いマドレーヌ様より、年の取った私が負けるでしょう。老いとはなかなか体力を持っていくものですよ。私もお若ければ、ご一緒して楽しかったでしょうが…。」
ええーー?と不満げに口を尖らせるマドレーヌの耳をフィナンシェがぐいっと掴む。彼がひいと声をあげると、フィナンシェが静かに言った。
「僕の言葉を無視して、タタンに迷惑をかけるとは。君もなかなか良い度胸だね。一体人様にどれほど迷惑をかけたら済むのかな?君の部屋を節足で満たしても良いんだよ?」
「わ、悪かったって!フィナンシェ離して!」
その時、事務所の入口が音を立てて開いた。全員が顔を向けると、頭を抱えたガレット刑事がいた。
「なんとなく嫌な予感がして、仕事後回しにして来てみれば…。俺の仕事を増やしたな。」
あちこち破損した事務所。棚や椅子が転がり、花瓶がところどころで割れている。床や壁に横たわる屈強な男たち。熱を出し、おかゆをもぐもぐ食べるカヌレとおかわりをよそうポムの前にいる、ピンピンしてる戦闘狂達。ガレット刑事はため息を吐くと言った。
「お前ら、全員後で事情聴取だ。」
警察がきて事情聴取後、各々が家に帰宅した。
カヌレも症状がかなり収まり、夜の事務所でソファに横たわっている。最後に事務所の戸締りを担うタタンが言った。
「それではカヌレ様。何かありましたら、私やポム様にご連絡下さい。症状が落ち着いたようで何よりでございます。」
「ありがとうタタン。」
彼は静かに頭を下げ、帰宅した。カヌレがソファに座りながら、静かに水分補給をする。熱も大分下がって来た。事務所内をちらっと見回すと、昼間の乱闘の後がところどころにあった。あの後全員で片づけを行ったものの、流石に一日ではすべてが元通りにはならなかった。彼女がふっと目を細める。その時、丁度窓がバンバンと叩かれた。カヌレが窓の方へ顔を向けると、女怪盗ソルベがそこにいた。がらっと窓を開けて、事務所内に侵入する。
「調子はどう?」
「ソルベ、来てくれたんだ。昼間はありがとうね。今のところは大丈夫だよ。あ、そだ…これ良かったら、風邪気味の私が手渡すのもあれだけど…未開封だから。」
そう言って、カヌレが買っておいた高級犬用ペットフードと、有名店のラングドシャを手渡す。女怪盗ソルベがそれを受け取りながら、不思議そうに呟いた。
「なんで?」
「ほら、あの犬の売買組織を暴いた時、事務所に依頼人のペットの…黒柴の黒糖を届けてくれたでしょ?あとほら、その前も私とポムを火事から助けてくれたりしたし…そのお礼をしたくてさ。怪盗だから、なかなか会えないから。…ちょっとしたものだけど、お気持ちだけど…もし良かったら。」
カヌレの少し弱弱しい笑みに、彼女はしばらく黙っていたが、ちゃんと受け取った。そして再び窓の近くに寄ると、外に出ながら言った。
「体調気をつけて。残党をやっつけてくれて、ありがとう。それじゃ。」
「うん、じゃあね。」
カヌレが手を振ると、女怪盗ソルベはすぐに窓から姿を消してしまった。カヌレが窓に鍵をかけ、そのままソファに横になる。毛布にくるまりながら、静かに目を閉じた。昼間の乱闘騒ぎが嘘のように静かな夜だ。そのまま眠りに落ちそうになった時、大きな手が彼女の頭をゆっくりと撫でた。
「……?」
静かに目を開けると、ソファの端に腰かけた男がいた。月光に照らされた銀髪と仮面。いつもの長いマント。怪盗ノクターンは目を開けたカヌレに優しく言った。
「寝ていろ。熱があるんだろう?」
「…事務所に一体どこから侵入…を…。」
カヌレが頭を撫でられながら、うとうとしつつ呟く。彼は小さく微笑んだ。近くにある、先日フィナンシェがカヌレに渡した、ジェットコースターの件でのお礼である焼き菓子詰め合わせを見る。そして焼き菓子を一つ手に取ると、袋を開けもぐもぐ食べ始めた。その様子を見て、カヌレが言う。
「それ……フィナンシェが…。」
ノクターンが答えようとして、カヌレの方を見るが…彼女は眠気に抗えなくなったのか、目を閉じていた。仕方なく、タタンがいつも用意しているポッドや食器を手に取り、一人分の紅茶を入れる。焼き菓子を頬張り、紅茶を優雅に飲みながら、眠りに落ちたカヌレの横に座る。そして小さく寝息を立てている彼女の頭を優しく撫でた。起こさないように気をつけながら、片手で彼女に触れ、片手で紅茶を飲む怪盗。窓の外の月だけが静かにそれを見守っていた。
翌日。
「やべえ!熱上がった!」
事務所でカヌレが体温計を持って、青ざめていた。ポムが新しいおかゆを用意しながら言う。
「そんなはやく治るわけないでしょ!それに、昨日乱闘の横で医者に見てもらってたんだから。安静にしてなさい!」
「まるで母親みてえだな。」
マドレーヌがぼそりと呟く。フィナンシェが、やられましたね…と事務所にある焼き菓子詰め合わせを見る。
「僕がカヌレさんに渡した焼き菓子が何者かに食べられた。おそらく怪盗ノクターンあたりか。事務所に会った高級ペットフードとかは女怪盗ソルベに渡しただろうから、怪盗ソルベが事務所に来るのなら、怪盗ノクターンも来ないわけがなかったか。全く君は、怪盗という犯罪者にもお人好し過ぎる。いいかい、彼らは犯罪者なんだ、君がそこまでする必要は無い。」
フィナンシェの言葉に、でも助けてもらったことがあるから…と、カヌレがごまかすように笑った。タタンが驚いたように言う。
「紅茶も一パック消えてますね…。」
その時、事務所の扉がノックされた。フィナンシェが対応すると、入口にシュークリームを持った、ビール腹のフロランタンがいた。以前よりさらに腹回りが大きくなった彼に、一同がぽかんとする。
「カヌレさん、熱出したらしいですね。風邪にはシュークリームが良いみたいですよ?」
誰も何も言わなかった。
読んでいただきありがとうございます。
投稿時間遅れてすみません。
いつも通りの、読者を待たせる不届き物の作者のXはこちら→https://x.com/Ameme_H_Novel
そして今回、作者なりにQ&Aを作ってみました。なぜかって?投稿時間を遅れたお詫びです。
Q. 作者、Xの投稿を忘れ、カクヨムの方の更新も忘れてますね
A. そういえば忘れました。後で投稿しておきます。許して。
Q. 作者ってどんな人なんですか?
A. 宇宙の神秘に興味を持っていたり持っていなかったり、集中し過ぎるあまりに酸欠に陥ったり陥らなかったり、苺大福を宣材写真のように綺麗な断面に分けるはずが、いちごの断面が△ではなく〇になり、自らが誤って横に切ってしまったのだと理解し床を転がりまわったり…基本大概ふざけている感じです。
Q. どうしてキャラの名前をお菓子やスイーツの名前にしたんですか?
A. 一時期ものすごくスイーツやお菓子が食べたくて食べたくて仕方なく、インスタでケーキ屋をフォローしまくった経験から。
Q. 作者インスタとかやってるの?!
A. やってはいるけど、フォロワーなんて片手ほど。ちなみに、使い方を未だによく分かってないせいで、一日で消えるなんかリール動画みたいなやつしか投稿したことない挙句、投稿するものは大抵、どうでもいいことばかり。許せ、数少ないフォロワーたちよ。
Q. 執筆中に一番テンションが上がるのはいつですか?
A. 無意識にキャラにプロポーズさせてしまい、翌日読み返して自らの『魔性』に戦慄しながら顔を真っ赤にしている時です。
Q. 読者に一言! A. 7時の投稿時間がズレるのは、私が異世界の住人(あるいは実験室の主)であり、時間の概念が地球と少しズレているせいです。決して苺大福の断面で絶望しているせいではありません。たぶん。
Q. 作者、苺大福の断面へのこだわりはありますか?
A. ありました。今は、断面が〇であろうと△であろうと、口の中に入れば同じだと悟った賢者(という名の諦念)の境地にいます。ですが、次に苺を切るときは、この世の全ての物理法則を書き換えてでも、完璧な三角形を出現させるつもりです。理系としての誇りにかけて。




