【第十話 マドレーヌ】
後日。カヌレとポム、フィナンシェの三人は、ペットの散歩をしている錦玉羹を張り込んでいた。黒糖の飼い主は先日カフェロイヤルにいて頂いたが、流石に誘拐された当日に張り込んでも誘拐されなかったので、仕方なく見つかるまで日常に戻ってもらうことになった。見つけ次第依頼人と連絡は出来るよう、携帯電話番号は取得済みである。錦玉羹は何事も無いかのように優雅に散歩していた。彼女が路地の角の柱に、ペットのリードを括り付けた。そこまで人通りは多い場所では無いとはいえ、全員が静かに見守る。彼女はそのまま近くのスーパーの中に入っていく。ポムが静かに息を飲んだ。
「これで、隙は出来たわね。ここはあの依頼人の言ってたノエル公園付近だから、誘拐されるかもしれないわ。しかしポメラニアンのみぞれ…可愛いわね。」
白いもさもさとした毛並みに思わず見惚れる。少し離れた路地の角に隠れつつ、フィナンシェが呟く。
「あのスーパーは出入口が二つあるので、錦玉羹は少し周り道をしつつ、僕らと合流するためにここに来ます。その間に怪しい人物が来たら、その時はその人物の動向を探りつつ後で彼女に連絡しましょう。」
「そうね。あ…あら?なんか…みぞれちゃん寝ちゃったわよ?さっきまで元気だったのに、疲れちゃったのかしら。」
いつの間にか、ポメラニアンのみぞれがコテンと横になり、静かに眠り始めた。その様子を見てカヌレが気付いたように言う。
「あれ、いつの間にか…花壇によく見ると緑色の棒が出てない?あれただのスプリンクラーというか、近くの植物に水をやるものだと思ってたけど…もしかして、出してるのは水じゃないかも?」
彼女の言葉に、ポムが驚いて花壇の方を凝視する。確かによく見ると緑色の棒が花壇から出ている。水を自動で出す装置に見えるが…。あってもおかしくないものだから誰も気付かないということを思い出し、静かに戦慄する。フィナンシェもまた、少し驚きつつも、あり得ると静かに頷いた。
「誰かが仕込んでいた可能性はある。依頼人の黒糖が待機していた場所にも、あのようなものはあった。確かにあれだけ元気よく動き回り、飼い主が近くにいないとなると犬が寝るのはさほど不自然には見えないが…それにしては眠りにつくのが早すぎる。君の言う通り、あの緑色の先端のが怪しいかもしれない。」
その時丁度、三人の元に錦玉羹が来た。フィナンシェの傍に来て、同じようにこっそりと自分のペットを見守る。
「みぞれ…眠ってる。」
その言葉に三人が頷くと、丁度そのみぞれの元に一人の男が来た。カヌレが小さく口走る。
「きた…!少し体格の良い、ふくよかな男だね。」
全員の視線の先には、多少肥満気味の男がいた。服装は緑色のダウンに、青いジーンズ、白のシャツ。年齢は四十代半ばあたり。男はそのままみぞれに近づくと、そっと抱きかかえリードを柱から外した。
「あ!」
ポムの叫びと共に、男はまるで飼い主が自分であるかのように、みぞれを抱いたまま静かに歩き始めた。みぞれはすやすやと眠っており、一向に起きる気配が無い。四人が静かに後をつけていると、男は裏路地に入り、止まっている車に乗り込んだ。
「黒のワンボックス。車のナンバーは、オーブン101、テ46-49…。覚えやすくて助かるね。」
「ふさけたナンバーしてるんじゃないわよ、誘拐しておきながらっ…。」
冷静なフィナンシェの横でポムが怒りを露にする。その直後、車は走り出した。慌ててカヌレ達も近くのタクシーを呼び止め乗り込む。
「すみません運転手さん。あの車を追ってください。」
フィナンシェが即座に言って、車を追う。助手席に錦玉羹。後部座席ポム、カヌレ、フィナンシェの三人が座る中、錦玉羹が少し心配そうに呟いた。
「みぞれ…。」
その言葉に、フィナンシェが静かに微笑む。
「大丈夫ですよ。僕達がいる限り、危険な目にはあわせませんから。」
その言葉に彼女が少しだけ安心した様子で、ありがとうございます…と言う。その綺麗な横顔にタクシーの運転手はメロメロな様子だったが…カヌレとポムはこっそり視線を交わしていた。
(危険な目にあわせないどころか、女怪盗なんだよな…こいつ…。)
(心配せずとも、いざとなったら自力で取り返せるわよ…。)
そんな二人に気付く様子など一切なく、フィナンシェは錦玉羹に愛犬のみぞれについて詳しく聞いていた。どうしてみぞれなんて名前にしたんですかとか、何歳なんです?とか。その度に錦玉羹も少し心配しつつも、愛犬なんです…みたいな感じで口数は少ないものの、うまく答えていた。
しばらくして、黒い車が少し古い建物の前で止まった。その様子を見て、フィナンシェが即座に運転手に言う。
「すみません、申し訳無いんですが…一度その建物を通り過ぎてもらえますか?そして次の交差点を左に曲がって、もう一度近くの路地を左に曲がり、そこで止まっていただいても?」
すぐに運転手が了承して、停車した黒い車の横を通り過ぎる。ポムがなんで?と聞くと、彼はあっちが警戒している可能性もあると冷静に答えた。
「一台のタクシーがたまたま自分達と同じ方向に来ている…なんて感づかれていたらまずいからね。ここは一旦素知らぬフリをして通り過ぎた方が良い。そして、近くの死角となる場所におろして貰って、そこからは徒歩で隠密しつつ近づいていこう。」
その言葉に全員が納得する。すぐに車は二回左に曲がり、建物から死角となる場所に全員おろされた。運転手にフィナンシェがゴールデンカードを手渡し、料金を払う。それを見てポムが驚きの声を上げる。
「すっご!ゴールデンカードとか…まじのお金持ちしか持ってない奴じゃない?!」
その言葉にフィナンシェが探偵の資金さと軽く微笑む。
「さて、あの建物にこっそり忍び込もうか。錦玉羹さんは、流石に危ないかもしれない。僕達三人で行ってくるので、近くのコンビニのイートインスペースで待っていてくれませんか?」
「分かりました。みぞれ…頼みます。」
彼女が静かに頷く。三人が小さく頷き、建物に向かって歩き出した。
建物の裏にある扉の前でポムが二人に言った。
「裏口はここね。」
「正面から入るよりはここから入る方が良さそうかな。」
カヌレの言葉に二人とも頷く。が、ポムが心配そうに言った。
「でも、待ち伏せされていたらどうするの?屈強な男どもが待ち伏せしてる可能性もあるわ。あたし達で忍び込むのはまずいんじゃないかしら。」
彼女の言葉に、フィナンシェがいいや、大丈夫だと言った。
「なにせそれなりの組織だから人数はいるだろうが、恐れることは無いよ。僕達は探偵だ、警察じゃない。奴らも警察じゃないと分かれば迂闊に手を出してこないだろう。むしろ僕達の説得を試みるだろうね。それにうまく乗るフリをしておけば、さらに組織の根深いところが聞けるかもしれない。やり方次第では僕達三人で十分だ。それに…奥の手もある。まぁ、とにかく入ってみようじゃないか。」
奥の手…?と訝し気にポムが首を傾けた瞬間だった。
「あ、やっべ!」
とてつもなく焦った声と共に、バタンと嫌な音が響く。二人が視線を向けると、カヌレが気まずい顔で閉まっている扉の前にいた。二人が何か聞く前に、中から屈強な男が出て来た。腕にがっつり入れ墨が入っている。年齢は四十代半ば。ポムとカヌレが青ざめ、フィナンシェがああ…と呆れた感じで、頭に手を当てる。
「おい。見たな。見てないふりで、扉を閉めても無駄だ。お前ら中に入れ。」
そう言ってびっと親指で背後を示した。
埃臭い室内。薄暗い上に、獣臭い。犬の鳴き声がたまに響き渡っている。そこらへんに衰弱しきった犬の死体も転がっていた。建物は二階建てのようだが…一階には、入れ墨の入った屈強な男達が十人くらいいた。ポムとカヌレ、フィナンシェの三人は椅子に縛り付けられていた。
「お頭、こいつら今巷で有名な探偵たちっすよ。」
カヌレの近くにいる、ポメラニアンのみぞれを誘拐した男が言う。カヌレとポムが青ざめると共に、フィナンシェが淡々と答える。
「僕達をとらえてどうするつもりです?」
「まあまあ…そう焦んなよ、探偵さんよ。警察は呼んでるのか?」
お頭と呼ばれた、明らかに一人だけ屈強さが違う、煙草を吸った男が笑って言う。フィナンシェがいいや、呼んでいないと静かに言うと、彼はフンと鼻を鳴らした。
「探偵の言うことなんて信じられねえな。まあ、お前達それなりに良い顔をしてるとはいえ…男の探偵だからな、今ここで何も言わねえように殺すしかないが…。他の二人は痛めつければそれなりに…言うこと聞いてくれそうだ。女だしな?売り飛ばすか…俺達のペットにしても悪くねえなあ?」
その言葉に、他の男どもがひひひ…と気色の悪い笑い声をあげる。ポムとカヌレが静かに黙りこくる中、フィナンシェが表情を変えずに言う。
「僕は殺される感じですか。なるほど。どうせなら、死ぬ前に教えてくれません?なにせ探偵という職業であるものですから、死ぬ最後に好奇心くらいは満たしておきたいんですよ。」
そのあまりの淡々とした様子に、頭の男は眉をひそめた。
「随分と冷静だな。警察呼んでんじゃねえか?」
「試してみます?あ、心配でしたら僕のスマホの履歴とか見て頂いても良いですよ。」
「スマホで警察を呼んでるとは限らねえだろ?」
「じゃあ、僕のこと殺せば良いじゃないですか。」
男の一人がしびれを切らして、フィナンシェの胸倉を掴む。だが彼は一切表情を変えず、飄々としていた。
「てめえ…ふざけてんじゃねえぞ…?お頭、こいつとっととやっちまいましょう。」
「待て。あまりの冷静さが引っかかる。良いだろう、お前の好奇心とやらを満たしてやる。ただし、満たした後は殺される覚悟はあるんだろう?」
頭の言葉に、フィナンシェはええ、勿論と頷いた。ポムとカヌレが静かに見守る中、フィナンシェが静かに話始めた。
「犬達を一体どこへ売り飛ばしているんです?あなた方は雇われですか?」
「ああ。雇われだ。俺達は下っ端で、犬の世話をしながら売り物になるやつとならない奴を分けてる。国内だと飼い主にとバレるリスクあるからな、売るのは海外だ。」
海外か…となると飼い主の元に返すのは大変そうですねと彼が呟く。その探偵の様子を見つつ、男が銃を懐から取り出した。そして彼の額に突きつける。
「さぁ、これで十分だろ?」
「ええ、十分ですね。どこと取引してるかくらいでしたらここを探せばどうにかなりますでしょうし。そう言えば先日ですね、僕の事務所を新たに建てたんですよ。良かったら僕の事務所に来ませんか?…洗いざらい全ての罪を告白してあげますよ。」
彼の言葉に頭はフンと鼻を鳴らした。
「俺たちを舐めてもらっちゃ困るね。お前の事務所はすでに俺の部下が占領済みだ。遠方からわざわざくる探偵…警戒してないとでも思ったか?綺麗な事務所は俺たちの別拠点にさせてもらう。」
「ほう?事務所に行ったのですか?それはそれは…。」
フィナンシェは驚きつつも、突然勝ち誇った目をした。
「最大の悪手ですよ。」
その途端、建物の入り口方面で騒ぎが起こった。ポムやカヌレが入口の方へと視線を向ける。
「なんだテメェ!」
「邪魔だコラァ!」
鳴り響く発砲音とドタンバタンとぶつかる音。頭が思わぬ事態に入り口へ視線に向けると、一人の男がやってきた。オールバックの、長髪の金髪。背丈は190センチは超えている。スーツを着ているが…筋肉はそれなりにあるようだった。目は獣のように鋭い目で、そしてイかれた目をしていた。部屋の中で椅子に縛り付けられているカヌレ達三人を見ると、おおーっと声を上げた。
「んだよ、こんなとこに居たのかよ。てか悪いな、事務所粉砕しちまった!」
突然のニコニコ顔アンドヘラっとした発言。フィナンシェは静かに微笑んだ。
「上出来です、マドレーヌ。こっちに引っ越すのが僕より後だとは聞いてましたが…君が事務所を破壊してきたのなら納得ですね。そんでここにくる前に一軒のギャバクラに寄り道してきたのでしょう?」
「俺のことよくわかってんな、フィナンシェ。たぁーーっ面白くねぇの。流石に今回の俺の遅延は予測できないだろうと思ったのに…事務所粉砕までバレてんのかよ。」
その瞬間発砲音が響くが、マドレーヌと呼ばれた金髪の男は即座に体を傾け弾道を避けた。銃口を向けたまま驚いた顔の頭に向かって、鋭い視線を送る。
「んな武器に頼ってるから、体の方が鈍るんだよっ!」
一瞬で近づき、拳をグッと振り上げる。そして見事に頭の顎にアッパーをかまし、頭の体を天井にめり込ませた。綺麗にブッ刺さった体を見て部下達が悲鳴を上げる。
「頭ァ!」
「オラ次どいつだコラァ!」
即座に近くにいる男を殴り飛ばし部下と金髪男の乱闘になった。向けられる銃口をうるせえとばかりに足で蹴とばし、この野郎とばかりに頭をぶん殴る。窓がバリンと割れる音や人が壁や床にぶるかる音に紛れて、犬の鳴き声もどこからか響き渡る。フィナンシェはいつの間にか体を縛り付けていた縄をほどき、ポムやカヌレの救助に向かった。その横でマドレーヌは狂気に満ちた目を走らせ、フィナンシェが縛り付けられていた椅子を掴むと、銃弾を弾きながら相手に押し付けた。嫌な音が響き渡る。最早誰にも止められなかった。犬の入ったケースなどお構いなしで、マドレーヌが敵をケース付近に転がしたり、銃弾の流れ弾が犬のケースの隅に行ったりした。
ポムとカヌレの二人が解放された途端、丁度マドレーヌが最後の一人を殴り飛ばした。急に静かになった建物内で、フィナンシェがはあ…とため息を吐く。
「まさか本当に奥の手を使うことになるとはね。君たちにも紹介しておこう、僕の助手のマドレーヌだ。僕の二個年上だよ。彼はキャバクラの滞納金があったから、それの返済でこっちに引っ越してくるのが遅れたんだ。」
彼はカヌレとポムの二人に気付くと、先ほどの獣の視線をふっと和らげ慌ててぺこっと頭を下げた。
「あ、ども、ちーっす。…ちーっす…。…ちーっす…?」
何かが引っかかったのか、目の前の二人を見る。そして途端に、フィナンシェに飛びついた。
「ちょっ!?女じゃん?!…俺聞いてねえよ?!なにこれサービス?」
「キャバクラ狂いの君が騒ぐだろうと思って、敢えて伏せておいたんだよ。全く…彼女たちに迷惑をかけるなよ。」
「結婚は?!彼氏は?!」
「言った傍から…。」
フィナンシェがため息をつく横で、カヌレとポムに迫る男。目をキラキラをさせて、まるで飼い主に懐く犬の様である。カヌレが困ったように笑い、ポムがなによこいつと呆れた視線を向ける。するとその二人の様子にマドレーヌは嬉しそうに言った。
「うっわ~~!純粋そうな、優等生っぽそうな、少し痩せ気味の可憐な探偵の女の子に…ちょっと強気そうな、探偵の子より少しだけ背丈が小さい、ちょっとだけ肉付きの良い女の子…!うわどっちも捨てがたい。良い女だな~。」
その言葉にフィナンシェがため息を吐いた時だった。
「ご苦労様。…この子は頂いていくわ。」
突然の凛とした声に、全員が割れた窓の方へ視線を向ける。そこには、雪の結晶の髪飾りをした、一人の女怪盗がいた。紺色の小さなマントを背中に垂らし、一匹の黒柴を抱いている。黒柴はスースーと寝息を立てていた。フィナンシェが驚いたように言う。
「君が女怪盗ソルベ…!お初にお目にかかるね。」
「この拠点…潰してくれて助かった。盗み出せても、また他の犬が囚われては困っていたから。この子は頂いてく。」
「あ、それ依頼人の黒柴の黒糖…!」
カヌレが思わず口走る。女怪盗ソルベはフッと小さく微笑んだ。
「依頼…?フフ、偶然。…猶更、渡せない。」
すると二人の前で、呆けた顔で女怪盗ソルベを見ていたマドレーヌが歓喜の声をあげた。
「え?!うそだろ?怪盗も女?!なにこの街、マジ天国じゃねえかっ。引っ越してきてよかった~。キャバクラも、勿論行くけど、日常的にいろんな女がいるとか最高過ぎるぜ~。しかも長髪ストレートヘアに、ちょっと無口な怪盗とか…全員キャラ被りしてなくて良すぎじゃね?えちょ、もうちょい近くでお顔を拝ませてくれねェ…?」
キラキラと目を輝かせて、女怪盗ソルベに犬のように迫るマドレーヌ。しかし女怪盗ソルベは、小さく鼻を鳴らすと、懐から何かを取り出しマドレーヌに向かって投げた。
「…嫌い。」
「んなこと言うなって~。そんな冷徹な心も、溶かすのがまたこりゃ楽し…。」
マドレーヌがにっこにこで言いかけたが、自分の体に投げられ、服に張り付いたものにようやく気付いた。ムカデがこんにちは!と言わんばかりに張り付いていた。
「げえっ!節足!俺節足は無理なんだぁーーーーっ!」
即座にひいいいっと声をあげてのたうち回るマドレーヌを尻目に、女怪盗ソルベはすぐに窓から離れて、姿を消してしまった。慌ててフィナンシェが窓に駆け寄り、周辺を見るが…どこにも見当たらない。彼が逃がしたか…と呟いたところで、後ろから男の叫び声が上がった。
「フィナンシェ、これ取ってくれよォ!俺、節足は無理なんだって、知ってるだろっ。」
「そうですね、取ってあげますよ。まず粉砕した僕の事務所を見てからですが。」
そう言って彼はまあ、その前に錦玉羹さんのペットを回収して、警察を呼びますかと呟いた。
建物はパトカーに囲まれ、入れ墨の男たちは警察に補導されていった。建物には警察の他に、四人と錦玉羹、そしてガレット刑事がいた。
「またお前達か…。おい、なんで探偵が増えてるんだ。あとなんだそのムカデをつけた、今にも泣きそうな男は。あとなんで錦玉羹がここにいる。」
「あーっと…これはそのォ…。」
カヌレがこれまでのいきさつを軽く説明する。一連の流れに、彼はまたか…と顔をしかめた。
「おい、ふざけるな。お前達二人だけでも、俺の仕事がかなり増やされているのに…もう一人の探偵と助手が来たら、俺の仕事がさらに増えるだけだろう。探偵フィナンシェだかなんだか知らないが、事件に首を突っ込むな。カヌレとポム、お前らもだ。そしてその節足動物をつけたマドレーヌとやら…お前も暴行事件を起こすな。処理するこっちの身にもなれ。あと錦玉羹とかの一般人を巻き込むな。」
錦玉羹が、別に私は予定ないから、事件解決に協力できるのなら…と、本気で一般人らしく振舞う。その様子をポムとカヌレがじーっと見る。そしてガレット刑事の方もじーっと見る。あいつ一般人じゃないよな?みたいな視線を送ると、ガレット刑事も分が悪い様子で、ゴホンと喉を鳴らした。
「とにかく。探偵が首を突っ込むと、俺達の処理が大変になる。ある程度のことは警察に任せろ。良いな。錦玉羹、お前も家があるだろ。とっとと帰れ。」
錦玉羹が小さく頷き、その場を去った。ガレット刑事も去ろうとした時だった。フィナンシェがふっと微笑むと、ガレット刑事の背中に向かって言った。
「新聞を拝見しましたよ、十七年前の事件が解決して良かったですね。もしよろしければ、後で僕の事務所の方にもきてくれますか。何分、この男たちの一部が、うちの事務所にも来ていたみたいなので。」
「…は?おい、待て。事務所の方にもだと?先に言え!」
そういうとガレット刑事はすぐにスマホを取り出し、フィナンシェの住所を聞くと、警察の部下に電話した。そしてフィナンシェの事務所に警察をすぐさま移動させた。その迅速さに探偵フィナンシェが小さく拍手をする。
「素晴らしいです。流石刑事、とても頼りになりますね。全体を俯瞰して対応できる人だ。」
「…お前は俺を見くびってるのか。」
「いいえ?褒めてるだけですが?まぁ、少なくとも…視線の先は少し偏っているみたいですが。」
ガレット刑事が少し眉をひそめた途端、彼のスマホが鳴った。すぐに部下から驚きの声が響く。
「あの…事務所の隣が立て壊しの建物らしいんですが、あの球体のついてる重機あると思うんですけど…。あれがなぜかその新築のフィナンシェ様の事務所の方角にめり込んでいまして…。」
「あ、それあの男達の仕業っすーー!」
マドレーヌが節足のムカデと格闘しつつ、叫ぶ。ガレット刑事が半信半疑な視線を送りながら、電話の向こう側の相手に対応する。
「とりあえず…その探偵フィナンシェと助手のマドレーヌ、お前達後で事情聴取だ。カヌレとポム、お前達はなんとなく把握してるし、今回は何もしてないから見逃してやる。」
ガレット刑事の言葉に全員が頷く。
「ええ、分かりましたよ。」
「そしたらこの節足を取ってくれるか?!」
マドレーヌが暴れまわりながら悲鳴に近い声をあげる。未だにムカデがぴったりと服についたまま取れていないらしい。その様子にガレット刑事が探偵フィナンシェの方に呆れた視線を送る。
「この男は強いのか、馬鹿なのか、なんなんだ?」
「強い馬鹿ですね。ハスキー犬とかに近い感じでしょう。扱うのは大変ですよ。」
思わぬ返しにガレット刑事が多少困惑しつつも、とりあえずお前達二人とも署に来い。パトカーに乗せてやるという。そこで思い出したように探偵フィナンシェがあ、とカヌレに向かって言った。
「僕らの事務所は再建まで時間かかるから、しばらく共同捜査と行かないか?寝床は近くのホテルを借りるが…なに、探偵が二人いても悪くないだろう?昼間は君の事務所で依頼人を捌く…どうかな?」
思わぬ提案にカヌレが驚きの声をあげると共に、隣にいるポムが冗談じゃないわよと声をあげる。横で聞いていたガレット刑事も驚きの表情を浮かべていた。ポムがマドレーヌを指差しながら言う。
「そいつやばいし、うちの事務所まで粉砕されたらたまったもんじゃないわよ?!」
「大丈夫だ、彼の面倒は僕が見る。事務所を粉砕させるようなことはしないさ。それにもし、そんなことになればそこの刑事が黙ってないだろう?」
「ああ、勿論だ、逮捕する。」
ガレット刑事が静かに頷く。探偵フィナンシェがそれに…と言葉を続けた。
「君にとっても悪くない提案なはずだ、カヌレ探偵。怪盗ノクターンが君と接触しに来ているんだろう?君の前に奴がいつ現れてもおかしくない。その時に、探偵と助手がそれぞれ二人いた方が、奴を捕まえられる確率は高くなるだろう?」
カヌレがう~ん…確かに?と言い、ポムも少し苦虫をかみつぶしたような顔で、まあ…と言葉を濁す。二人の様子に、探偵フィナンシェがまあ、考えてみてくれと微笑んだ。そのままマドレーヌを連れ、ガレット刑事にパトカーに連れ込まれていった。残されたカヌレとポムが顔を見合わせる。
「なんだか、なかなかな探偵だったね。どうする?うちの事務所に来てもいい?」
カヌレの言葉にポムが気に食わないけど…と不満げに言いながら、頷く。
「確かに一理あるわ。怪盗ノクターンは正体が分からないものね。奴を捕まえるとなると、人数がいた方が有利だわ。一方で、正体の分かってる女怪盗ソルベは今回…多分マドレーヌが暴れまわってて、あたし達が犬を回収できなかったから、多分盗むと言う形で守ってくれたんだと思うけど…。今回は彼女に助けられたわね。」
彼女の言葉にカヌレが静かに頷く。後で差し入れかなんか渡そうかと言った。
「さて、タタンに迎えに来てもらおうか。」
スマホを取り出し、ポムが連絡をする。タタンが電話に出たが…ポムが、すぐにえ?という顔になった。
「事務所に黒柴が…?いつの間にか?」
カヌレとポムが顔を見合わせる。
「ソルベの仕業か。優しいね彼女。」
カヌレが言うとポムも静かに微笑んだ。
「黒糖ーーーーッ!」
事務所では飼い主が、黒柴の黒糖を大事そうに抱きしめていた。
「ありがとうございます…もう二度と散歩中に傍を離れることはいたしません!ちょっと仕事の振り込みが来て、慌てて近くのコンビニに寄るとかしませんっ。仕事より、犬です!大切なことを学びました…本当にありがとうございます!」
ペコペコと頭をさげる飼い主に、カヌレがいえいえ、良かったですと手を横にふる。飼い主の男は懐からチケットを取り出すと、カヌレとポム、タタンに手渡した。
「これ良かったら、大したものじゃないですけど受け取ってください。」
「え?!これあの有名なドーナツ遊園地じゃない?!」
ポムの叫びに男性がはいと頷く。
「会社関係で。すみません、全て別日になってしまったんですが…一人二枚ずつありますので、もし良かったら受け取ってください。探偵フィナンシェさんにも、後で渡していただけると助かります。」
その後、依頼人は黒柴を連れて帰っていった。
事務所でカヌレがチケットを手に持ち、小さく呟いた。
「ドーナツ遊園地か…。」
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最近作者のパソコンは電池消耗が激しいんです。いや電池くらいなら充電器つければどうにかなるんですが、マウスカーソルが飛ぶんですよ。見えなくなるんです。非常に困ってますね。まあ、見えないカーソルを問題解決せず、そのままで大体の位置を把握してる作者も作者なんですがね。




